第五十一話 「悲痛」
お待たせしてしまい、すみません!
ようやくテストが終了しました!これからは通常ペースでの連載に戻りたいと思います^^
待ってくださっていたみなさん、本当にありがとうございます^^そして、すみませんでしたm(_)m
目の前が―――真っ暗だ。
視界に映るのは、ただの闇。暗く不気味な、闇。
……でも、それは俺が目を閉じているからであって。目を開ければ、島特有の眩し過ぎるほどの日の光や、青く澄んだ海原、穏やかに流れる白い雲が、俺の目に飛び込んでくるはずなんだ。
……ただし、それは現時点で俺が生きていればの話だが。
水の矢が直撃する寸前、俺は目を閉じた。あの威力を見る限り、直撃したら恐らく即死。痛いと思う間もないだろう。
だから俺は、今自分が生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。
だが、それは簡単に確かめる事ができる。閉じている目蓋を開ける……たったこれだけでだ。
果たして俺は死んだのか。
それとも奇跡が起こり、助かったのか。
俺は、閉じていた目蓋をゆっくりと開いた―――……
「……。」
まず俺の目に飛び込んできたのは、空を流れる雲だった。眩し過ぎるほどの日差しは、変わらず周囲に容赦なく光を放っている。目の前には、青く澄んだ海原。そして――――見慣れた背中。
「……愚民、無事か?」
「ソレイユ……!どうして……ここに……!?」
見れば、ソレイユは防壁魔法のようなものを前方に展開していた。魔方陣を思わせる形状をしたその防壁は、日光とはまた別の輝きを放っていた。
ソレイユが……俺を守ってくれたのか?
「……油断した。まさか私が休んでいる間にこんな事に……。」
ソレイユは悔しそうにそう呟くと、目の前にそびえ立つ水の龍を鋭い眼光で睨みつけた。
「貴様……私の優秀な下僕に手を出しておいて、ただで済むとは思うなよ。」
ソレイユの声には、明らかな怒りが感じられた。いつもの明るいソレイユからは想像もつかない、迫力に満ちた声。その迫力に、俺は一瞬身震いしてしまう。
「ギャアアアアアアアアアア!」
龍が叫んだかと思うと、その口から水の矢が4発、ソレイユ目掛けて発射された。が……。
「はっ!」
ソレイユは自分自身に魔力を収束させ、辺りに放つ。その魔力だけで、全ての水の矢は一瞬で弾け飛んでしまった。
だが、龍の攻撃は止まらない。今度は先程よりも大量の水の矢を、ソレイユ目掛けて発射した。その数は、軽く50を超えている。
「無駄だ……。」
ソレイユはまたしても、余裕綽々と言った様子で水の矢を弾き飛ばした。50以上あったであろう水の矢は全て消え失せ、ソレイユには唯一つの傷が残る事も無かった。
「今度は、私から行くぞ。……@△●★……」
ヴンッ―――……
ソレイユは前方に手を掲げ、呪文を唱え始める。と同時に、巨大な魔方陣がソレイユの前方に展開した。
今までは、呪文を打つ際に魔法陣を展開させる事などは無かったソレイユ。今回は本気の力で打つということだろうか。
やがて展開した魔方陣に向かって、巨大なエネルギーが収束していく。その巨大エネルギーは大地を揺らし、先程のものとは比べ物にならないほどのプレッシャーを俺に与えた。
「@*★◇!」
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリィィィィィッ――――!!
ソレイユが呪文を唱え終えるのと同時に、巨大な雷が魔方陣から放たれる。極限までエネルギーを凝縮したその雷は、触れたものを問答無用で消滅させるのではないかと思うほどに凄まじかった。
「消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ソレイユの叫び声が、雷音にも負けず木霊する。
やがて巨大な雷は、水の龍へと直撃した。
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリィィィィィッ――――!!
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
雷は、龍の体を容赦なく滅ぼしていく。一体何万ボルトあるのかも予想できない電撃が、龍の体に纏わり付き、轟音を上げながら浸透していく。やがて……直撃から2秒と立たないうちに、龍の体は完全に消滅した。
シュウウウウウウウウウウウウウウウ……
辺りには、電撃の余韻と爆煙、そして水蒸気だけが漂っている。先程まで圧倒的存在感を誇っていた龍の体は、もうどこにもありはしなかった。
「か……勝ったの……か……?」
「……いや。まだだ。」
ソレイユの表情は、まだ緩んではいなかった。辺りをきょろきょろと見回し、何かを探しているように見える。まだ何か残っているのだろうか……。
「誰だ!先程の龍……あれは魔法で作り上げたものだろう!一体何の目的で愚民を狙った!」
ソレイユは辺りを一通り見回し終えると、空に向かってそう叫んだ。
あの水の龍は……魔法によって作り上げられたもの……?ならば、俺達を見ていた奴はあの龍じゃないのか……?それに、魔法を使えるなんて……人間じゃないのか……?ならば、一体誰が……。
疑問は一向に尽きなかった。
「……。」
ソレイユの問いに対して、辺りからは何の返答も無い。
聞こえてくるのは、依然として町の方から微かに聞こえる騒音と、さざなみの音のみだった。
「どうやら、逃げられたようだな。もう気配を感じない……。」
ソレイユは、実に悔しそうにそう言った。
だが、もし逃げられたのだとすれば、ここに居ても仕方が無い。
一度公園に戻って、対策やらを考えるべきか……。
「……とりあえず、一度公園に戻らないか?
ソレイユは一瞬考え込んだようだったが、俺の言葉に頷くと、
「……ああ。そうだな。そうしよう。」
力の無い笑みを浮かべた後、そう言った。
「……すまなかった。」
公園に着くや否や、ソレイユは突然俺に頭を下げた。
「え!?いきなり謝られても……なんで謝ってんだ?」
自分に聞くも、ソレイユに謝られるいわれなどは無かった。どうしてソレイユは俺に頭を下げているのだろう。
「私が呑気に休んでいたせいで、愚民を危ない目に合わせてしまった。……神として、実に情けない。」
ソレイユは悲痛そうな声を上げて、そう言った。
垂れ下がっている髪が影になり、ソレイユの表情は確認できないが、きっと悲痛そうな表情を浮かべているに違いない。
「ソレイユ……。」
ソレイユは、俺の呼びかけにも決して頭を上げようとしなかった。俺に向かって頭を下げたまま、何度も何度も“すまなかった”と繰り返していた。
確かに、俺は危ない目にあった。あれは命に関わることだったし、ヘタをすれば死んでいただろう。
だが、それは断じてソレイユのせいではない。鋭い眼光とプレッシャーを感じた俺が、勝手に海岸まで行き、勝手に死にそうになっただけだ。
今回の件は全て俺が勝手にやった事。どうしてソレイユが悪いことがあろうか。
「ソレイユ、頭を上げてくれ。」
「だが……。」
俺の言葉に、ソレイユは迷っているようだった。
こうなったら……。
「ソレイユは悪くないんだ。悪いのは全部俺なんだ。」
「そ、そんな事は無いっ!!」
ソレイユは俺の言葉を否定するように、慌てて顔を上げた。やっと見ることの出来たソレイユの表情は、俺の予想通り悲痛に歪んでいた。
「……やっと、頭を上げてくれたな。」
「―――あっ!」
ソレイユは一瞬、はっとした表情を浮かべ声を上げると、再び頭を下げようとした。
だが、俺はソレイユを抱きとめることでそれを阻止する。
「ぐ、愚民……何を……。」
「俺なんかに抱き締められるのは嫌かもしれないけど、今はガマンしてくれ。こうでもしないと、ソレイユはまた頭を下げちゃうからな。」
俺はソレイユを抱き締めたまま、そう言った。
洋服越しに、ソレイユの心臓の鼓動が感じられる。とくん、とくんと、激しく鼓動するソレイユの心臓。その鼓動からは、ソレイユの激しい動揺が伺える。
「だが、私のせいで愚民は……」
「……どうしてソレイユのせいなんだよ?」
俺はソレイユの言葉を遮るように、そう言った。ソレイユは申し訳なさそうな表情を浮かべた後、ポツリと呟くように口を開いた。
「……私が、呑気にベンチなどで寝てしまっていたから……。」
そう言い終えた後、ソレイユは、俺の胸に顔を押し付けるように俯いた。
「ソレイユ……。」
ソレイユの体は、微かに震えていた。こう見えて、ソレイユは非常に責任感が強い。自分の仕事にも誇りを持っているだろうし、神としての立場も大事にしている。そんなソレイユが、自分のせいで俺を危ない目に合わせたと思っているのだ。……こうなってしまうのも、無理はない。
だが、俺はソレイユが悲しんでいるのを見てはいられなかった。自分は何も悪くないのに……ただ、少し休憩していただけなのに……それなのに自分を責めるソレイユ。そんな彼女を、俺はどうにかして元気付けたかった。
遺跡のときと言い、今と言い……ソレイユが悲しんでいるのを見ると、胸がキュッと締め付けられるような痛みを覚えるのだ。
「ソレイユ……これ以上自分を責めないでくれ……。」
俺はソレイユを抱き締めていた力を、ぎゅっと一層強くした。一瞬、ソレイユの体がビクリと反応する。
「俺はソレイユに感謝してる……!あのままだったら、俺は殺されてたんだ。ソレイユはそれを助けてくれたんだ……!どうして俺がお前を責められる……?」
「し……しかし……。」
俺の言葉にも、ソレイユはまだ納得しきっていない様子だった。言葉を濁し、相変わらず声は沈んでいる。
……ただ休んでいただけの少女が、どうしてこんなにも悲しまなくてはならない?どうしてこんなにも責任を感じなければならない?
ズキリと再び、俺の胸に痛みが走った。
「嫌なんだ……。ソレイユが悲しんでいるのは……。ソレイユは何も悪くないじゃないか……。それなのに、自分を責めないでくれ……。俺はどうなったっていいんだ……。だけど、ソレイユが悲しんでるのだけは、嫌なんだ……。」
それは、もはや説得と呼べるものではなかった。ソレイユが傷つくのを見たくない俺の、わがままをぶつけているだけだった。本当にみっともないと思う。
だが、俺はそれでも構わなかった。ソレイユが感じている責任を、少しでも取り払いたかった。そのためなら、いくらみっともなかろうが、情けなかろうが、そんな事は全く気にならなかった。
「ぐ……みん……。」
ソレイユが驚いた顔を浮かべ、俺の顔を凝視していた。気が付けば、俺の目からは涙が溢れていたのだ。
一番悲しんでいるソレイユをよそに涙を流すなんて……ははは、俺って本当に情けないんだな。
「…………まったく、何を泣いておるのだ……。」
ソレイユは自分の指を俺の目元に持っていくと、流れる涙をそっと涙を拭い取った。ソレイユの指の温もりが、俺の頬に優しく浸透していく。
「不思議なものだな……愚民の腕の中にいると、心が落ち着く。」
ソレイユは静かに目を閉じると、穏やかな口調でそう言った。その表情には、先程までの悲痛な表情は見られない。
「夏に抱き締められるのは少し暑いが……嫌ではないぞ。」
そう言うソレイユの顔には、僅かだが笑みが浮かんでいた。
「……やっと、笑ってくれたな。」
「ここまでしてもらっておいて……悲しそうな顔をしているわけにもいかないだろう。」
ソレイユはそう言うと、再びにこりと微笑んだ。
結局最後は、俺が慰められる形になっちまったな……。
でも、過程なんてどうだって良い。肝心なのは、ソレイユが悲しんでいるのか、それとも悲しんでいないのか……だ。
今のソレイユは、確かに笑っている。それは、少しでも悲しみがやわらいだって事なんだと思う。
今の俺には、それだけで十分だった。
「……ホテルに、帰ろうか?」
そう言って、俺はソレイユを抱き締めていた手を離そうとする。
だが……
「……もう少しだけ、このままでいてくれ。」
ソレイユが、俺の背中に自分の手を持っていく。そして、そのままぎゅっと俺を抱き締めた。
その力は、とても強くて。ソレイユの思いが詰まっているような、そんな自己満足的な感想を覚えてしまう。
「……ああ。分かったよ。」
俺はそう言うと、自分の手により一層の力を込めた。
俺の心臓の鼓動は早く、バクバクと高鳴っているのが自分でも分かる。
……これは、やっぱり俺も緊張してるって事なんだろうな。
まさか、ソレイユ相手に緊張する日が来るなんて……。
「……ははは、我ながらすごい変わりようだ。」
「ん?何がだ?」
「……。」
突然家に現れた当初は、口うるさい存在でしかなかったソレイユ。
だが、今は違う。
確かに今でも口うるさい存在であることに変わりは無いが、それ以上にソレイユは俺にとって大切な存在だ。
絶対に失いたくない、大切な―――
次回予告
訪れた安穏―――
「んじゃ、行きますかね……。
だがそれは、新たなる出来事への幕開け―――
「で、涼太とソレイユはどこに行ったの?」
穏やかに見えるその光景は―――
「ふーん。ソレイユと一緒にねぇ……。そっか。」
一体いつまで続くのか―――
「でさぁ。お前、誰が本命なんだ?」
訪れた最終日、安穏のひととき―――
次回 第五十二話「安穏」