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第四十三話 「目標」

感想、評価などいただけたら幸いです。

『イタタタタタ・・・・・』


思い切り転んでしまった。

膝は擦り剥け、血がにじみ出ている。

傷口がズキズキと痛む。


――泣きそうになった。


『涼太、どうしたの?』


ふと、紅葉が僕の方へと駆け寄ってくる。


『こ、転んじゃったんだ。痛いよぉ・・・・・・』


情けない声を上げる僕。目からは涙が出てきた。


『もう、しょうがないわねぇ・・・・』


紅葉は肩をすくめてそう言うと、僕をおぶってくれた。

僕はされるがままに紅葉におぶられた。その間も、涙は一向に止まらなかった。


『涼太の家までおぶってってあげるから、もう泣かないで。』


『グス・・・・うん・・・・』


紅葉におぶられたまま、家を目指す。

女の子に背負われて家まで送っていってもらうなんて、我ながら情けないと思った。


『ホラ、着いたよ。』


紅葉は僕を家の中まで送ってくれ、不在だった両親の代わりに、傷の手当までしてくれた。


『それじゃ、私は帰るね。』


傷の手当てを終え、紅葉は言った。 


『うん・・・・ゴメンね・・・・グス・・・・』


僕は、未だに泣き止んでいなかった。傷が痛いというのもあったが、何より自分が情けなかったのだ。


『ホラ、男の子なんだから泣かないの。』


紅葉は少し呆れたような、それでも心配そうな表情で言った。




【男の子なんだから】


紅葉は小さい頃、口癖のようにこの言葉を俺に言っていた。


どうして男の子は強くならなくちゃいけないの?

どうして男の子は泣いちゃいけないの?


まだ幼なかった俺は、紅葉の言葉に込められた想いなど、知る由も無かったんだ――






再び行く場所を探し、町を歩く。


「いろいろあって、なかなか行くところ決まらないね。」


「まぁ、まだ時間はあるし、ゆっくり探せば良いさ。」


とは言え、あまり決めるのに時間をとっていては、あっという間に終わってしまう。どこか行くところはないだろうか・・・・・・



そんなことを考えながら歩いていると、男性グループ5人にからまれている女性を発見。


あの連中・・・・・・桜を襲った奴らだ。


周りの人間達は、関わり合いになりたくないのか、見てみぬ振りをしている。


「あいつら・・・また・・・・」


男達は、女性を狭い裏路地へと連れ込もうとしていた。

このままでは、あの女性は桜と同じ目にあう。


・・・・・・止めなければ。


「おい!お前ら!」


俺は男達に向かって走り出した。


「り、涼太!」


後ろから紅葉の声が聞こえたが、俺は振り返らなかった。




Another View 「秋月 紅葉」


私達の眼前には、複数の男達にからまれている女性がいる。

このままでは、あの女性は何をされるか分からない。


助けに行かなければ――


だが、相手は5人。それも、全員腕力がありそうだ。

一方、私は女性。涼太を入れても2人。


涼太は相当ケンカが強いらしいが、恐らく女性と私を庇いながら戦うことになる。


それで、果たして勝てるのか。

人を呼んできた方が良いのではないか。


あの女性が、無事に助かる方法は・・・・・・


「おい!お前ら!」


そんなことを考えていると、涼太はもう男性達に向かって走り出していた。


「り、涼太!」


さすがに一人では危ない。

相手は手にナイフを持っているのだ、もし涼太がやられてしまったら・・・・・・


私の声を受けても、涼太は振り返らない。


「おい!その手を離せ!」


涼太が男の中の一人に呼びかけた。

その男は、涼太を睨みつけると――


「お・・・お前は!」


涼太を見て、何故か驚いている。


「げ!コイツ一昨日の!」


「おい!やべぇぞ!」


他の男達も驚いている様子だ。

一体、どうしたというのだろう。

涼太と彼らの間に、一体何が?


「お前ら!逃げるぞ!」


リーダーと思わしき男の掛け声を合図に、5人の男達はその場から急いで立ち去っていった。


「大丈夫ですか?」


涼太は、からまれていた女性に声を掛けている。

助けられた女性は、涼太に深々と頭を下げると、その場から立ち去っていった。


「涼太!大丈夫!?」


私は慌てて涼太の元へと駆け寄る。


「ははは。心配ない。ご覧の通り無傷。」


涼太は私に向かってガッツポーズを取った。


・・・・・・結局、私は何も出来なかった。

男達を追い払ったのは、涼太だ。

私は、ただその場に立っている事しか出来なかった。

・・・・・・我ながら、情けない。


女性がからまれているのを見るや否や、真っ先に男達に立ち向かっていった涼太。


・・・・・・昔の涼太とは大違いだ。

昔の涼太ならば、助けに行くどころか、私に助けを求めたかもしれない。


やっぱり涼太は、たくましくなった――


「・・・涼太、強くなったんだね。」


「ん・・・・まぁな。」


涼太は、少し恥ずかしがりながら言った。

こういう恥ずかしがり屋さんな所は、昔とあまり変わっていないみたい。


「さ、行こう。」


「うん。」


私達は再び、歩みを進めた。


Another view end



紅葉の希望で、俺達はこの島限定公開の映画を見ることとなった。


「どういう映画なんだ?」


「んっとね・・・・舞台はこの夏鈴島で、ずっと離れ離れになっていた幼馴染の二人が再会するお話・・・・・・みたいよ。私も観た事が無いから詳しくは分からないけれど・・・・・・」


どこかで聞いたような・・・・・・と言うより、どこかで体験したような話だ。


俺達は地図を頼りに、映画館を探す。

映画館は、町のほぼ中央部に位置している大型ショッピングモール内にあるらしい。

そこではこの島オリジナルの映画を始め、全国公開の映画など、種類豊富な映画を公開しているという話だ。


そして・・・・その映画館で今、最も人気がある映画が「おさななじみ」という映画らしい。俺達が観る予定の映画だ。


「うわ〜・・・やっぱり混んでるなぁ。」


映画館は、予想通り混雑していた。

こんな混雑の中、本当に入れるのか?


「取り敢えず、チケット買おう。」


「そうだな。」


俺と紅葉は、チケットを販売しているコーナーへと向かう。

そこにも、長い行列が出来ていた。


「これは、チケット買うにも覚悟が必要だな・・・・・」


俺達は、行列の最後尾に並んだ。






30分ほどして、ようやくチケットを購入。

なんとか指定席を取ることが出来たため、並ばずして劇場に入れる。


「上映まで・・・・・・あと20分だ。そろそろ行っとくか。」


「そうね。」


遅れてしまっては、せっかくのチケットが無駄になる。

俺達は少し早めに劇場に向かうことにした。




劇場内は、既に薄暗かった。

所々に灯るオレンジ色の光が、映画館特有の何とも言えぬ緊張感を醸し出す。


俺達は指定の席を見つけ、並んで座った。


「涼太と一緒に映画を見るのは・・・・6年ぶりかな。」


「そうだな。確かホラー映画だった。頑張って最後まで観た記憶があるなぁ。」


紅葉と映画を見たのは、6年前が最後。

最後の映画がよりにもよってホラーだったので、よく覚えている。


「お、始まるみたいだな。」


スクリーンがパッと明るくなり、館内に複数設置されているスピーカーから、大音量の音声が流れ出す。

スクリーンには様々な映画の予告編が流れるが、早く本編が見たいのだと映画館に来る度に常々思う。


予告編を観る事数分、ようやく「おさななじみ」本編が始まった。


「・・・・・・。」


夏鈴島オリジナルの映画なので、やや迫力に欠けるところもあるが、ストーリー、演出などは全国公開の映画などにも劣らぬ出来だ。


それにしても・・・・・・


(主人公の幼馴染役の女の子、少し紅葉に似てるかも。)


黒く長い髪をポニーテールにして束ねた髪形に、白く繊細な肌。

やはり、少し紅葉に似ている。


いつもなら映画は眠くなるものだが、今回はどうしてか全く眠くならない。

それどころか、俺は映画に熱中していた。

ストーリーの運びの良さに、ほど良く散りばめられた笑い。涙を誘う演出。


『いつか絶対に男らしくなって・・・俺がお前を守ってやるんだ!』


主人公のセリフに、ちょっとした既視感デジャヴを覚える。

男らしくなる・・・・・・紅葉と一緒に虫捕りに行った日、俺が心に誓った目標だ。


あの日、俺は初めて誰かを「守りたい」と思った。

男らしくなって、紅葉を守りたいと心から思った。


ハチに惨敗した事・・・・・・あれが、俺の人生の中で最も悔しかった出来事だ。たった一人の女の子を守れなかった自分を恥じ、弱さを実感した。


そして、俺は自分に問う。


このままで良いのか?

いつまでも紅葉に守られていて良いのか?

こんな弱い自分のままで良いのか?


俺は嫌だった。

いつまでも紅葉に守られているのが嫌だった。

こんな弱い自分のままでいるのが嫌だった。


紅葉がよく言っていた「男らしく」という言葉。

それはいつの間にか、自分自身の目標になっていたのかもしれない。


そしてあの日、俺は誓ったんだ。

【いつか絶対に男らしくなって、紅葉を守るんだ】と。


そう言えば、あんな事もあったな・・・・・・

あれは確か―――


・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。


―――6年前、虫捕りに行ってから、一週間後の出来事。


「男らしくって・・・・・・どうやったらなれるんだろう。」


再放送のテレビドラマを見ながら、一人考える。


一週間前、俺の中に芽生えた感情。

紅葉に「男らしく」と言われる中で、知らぬ間に抱いていた目標。

【男らしくなりたい】

俺は、一週間前にそれを実感した。


外面では、紅葉に頼れば良いと思っていた俺だが、心の中では悔しかったのだ。紅葉に守られているのも、紅葉を守れないのも。そして自分の弱々しさも。

実感するのが、こんなにも遅くなってしまった。

それすらも、今は悔しい。


「お母さん。どうやったら男らしくなれるの?」


自分で考えていても分からないので、ダイニングのテーブルで紅茶を飲んでいた母に聞いてみる。


「男らしく?ふふふ。涼太も、ついにそんな事を思うようになったのね。」


母はクスクスと笑いながら、そう言った。


「もう!笑い事じゃないよ!俺は本気で考えてるんだ。」


そんな母の態度に少し腹を立て、声を荒くしてしまう。


「あら、ごめんなさい。・・・・・・男らしくねぇ。涼太は最近、男らしくなってきていると思うわよ。」


母はそう言うが、俺には全く思い当たる節が無い。


「確かに昔のあなたはとても弱い子だったわ。でもね、紅葉ちゃんと出会って、一緒にいるうちに、涼太は随分と男らしくなったわよ。」


果たして本当にそうだろうか。

確かに紅葉と出会って、俺は変わったかもしれない。


臆病だった俺が、少しだけ強くなれた。

人見知りだった俺が、ある程度なら誰とでも話せるようになった。

泣き虫だった俺は・・・・・・まだ変わっていない。


「でも、少しだけ臆病じゃなくなったり、誰とでも話せるようになったりって・・・・・・当たり前の事ばかりだよ?」


「それらを当たり前の事だって思えるようになっただけでも、涼太は男らしくなったわよ。」


母の言葉に、素直に頷けなかった。

今でも紅葉は「男らしく」と俺に言い続けている。

それはつまり、俺が男らしくなっていないという事ではないか。


「う〜ん・・・・・・」


自分で考えてもダメ、母に聞いてもダメ。仕方なく、俺は視線をドラマに戻した。


『君にロマンチックな景色を見せてあげるよ。』


『素敵・・・・・・』


「・・・・・・。」


「ロマンチックな景色を見せてあげる」といった男に、相手の女は惚れ惚れとしている様子だ。男性にその身を任せ、抱き寄せられている。まさに「ベタ惚れ」状態。


・・・・・・これだ!


女性にロマンチックな景色を見せてあげる・・・・・・それが、男らしくなるコツなんだ。


単純な頭をしていた俺は、そう信じ込んでしまったのだ。

それが間違いだと悟ったのは、それから更に一週間後。

紅葉にその事を話し、「バカ」と言われた時だった。


・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。


約2時間半に渡った上映が終わる。

上映終了後の数分間、俺達は映画の余韻に浸っていた。


「いい映画だったな。」


「そうだね。なんか私、昔を思い出しちゃった。」


紅葉が言った。

どうやらこの映画を観て昔の事を思い出したのは、紅葉も一緒らしい。


「昔の涼太って・・・・・・本当に弱々しかったよね。」


「まぁな。だけど俺だって、強くなろうって思ってたんだぜ。」


ただし、実感したのは虫捕りの後の話だが。


「え?そうなの?う〜ん・・・・・・確かに、涼太はだんだん強くなっていったよね。出会った頃は私と話すのさえビクビクしてたクセに、私と別れた頃には少し生意気になってたしね。あ・・・・・・泣き虫グセは治ってなかったけど。ふふふ。」


「い、いいだろ別に!昔のことだ!」


泣き虫グセはもう治った・・・・・・はず。

今は何があっても泣かないようにしているのだ。


「それでね、その時の涼太ったら・・・・」


「あの時の紅葉だって・・・・・・」


俺達は昔の話をしながら、映画館の出口へと向かっていた。

紅葉と昔の話をするのは、本当に楽しい。

あの時の様子が再現されているようで、とても懐かしく感じるのだ。


「え〜、あれは涼太が・・・・・・キャッ!」


そう言いかけたところで、急に紅葉が小さな悲鳴を上げる。


―――紅葉が、階段でバランスを崩したのだ。

この階段は相当高い。落ちたらケガでは済まないかもしれない。


紅葉が倒れてしまう前に、紅葉の手を掴まなければ――


「紅葉!」


俺は紅葉に向かって手を伸ばし、紅葉は俺に向かって手を伸ばす。


ほんの一瞬の出来事だった。

それなのに、俺には時間が止まったように感じられた。


俺の手は、紅葉に届かなかったのだ―――


「も、紅葉ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


次回予告


弱虫だったあの頃――

「また転んじゃった・・・・・・痛いよぉ・・・・・・」

泣き虫だったあの頃――

「えぇ!?でも転んだら痛いし!泣いちゃうかも・・・・」

紅葉に頼りきりだったあの頃――

「なるべく・・・・・泣かないようにする!俺、頑張るよ!」

もしかすると俺は、あの頃と何も変わってないのかもしれない――

「涼太・・・・・・泣いてるの?」


堪え切れずに流れ出る、涙――


次回 第四十四話「涙」

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