第四十二話 「香水」
さて、いよいよ紅葉とのデートがスタートです♪
この先、二人はどうなっていくのか!?
お楽しみに☆
「じゃあ、もうお昼も過ぎちゃったし、ここで解散しましょうか。」
時刻は午後1時。紅葉が解散の合図を出す。
「そうだな。私は少し寄りたい所があるので、ここで失礼するぞ。」
ソレイユはそう言うと、人混みの中へと消えていった。
「私はせっちゃんと買い物に行ってきます。行こう、せっちゃん。」
「・・・・・ん。」
桜と雪奈は一緒に買い物に行くようだ。
二人は手を繋いで、バイヤーストリートのある方角へと向かっていった。
さて、俺はどうするか。
残ったのは紅葉。久しぶりに、一緒にどこかに行きたい気がする。
だが、この筋肉痛だ。この痛みの中で紅葉と出かけても、楽しめるかどうか・・・
「・・・涼太。」
不意に、紅葉が俺の名を呼ぶ。
「何だ、紅葉?」
紅葉は俺の顔をじっと見て、
「・・・脚、痛いんでしょ?」
ズバリとそう言った。
「え・・・な、何で・・・・」
どうしてバレているのだろうか。まさか、無意識に痛がる動作をしてしまったのか!?
「バカね。6年間会って無かったとはいえ、私は小さい頃から涼太を知ってるのよ。その位お見通し。」
「・・・・・。」
確かに、紅葉は昔から俺の隠し事をすぐに見破ってしまう。
どんなに隠そうと努力しても、紅葉にだけは必ず見つかってしまうのだ。
「ははは・・・紅葉には敵わないな。」
「えへへ。・・・それより、脚が痛いんでしょ?ホテルに戻らなくて良いの?」
紅葉が心配そうな顔で聞いてくる。
・・・確かに、俺の筋肉痛はヒドイ。未だ例を見ないほどの痛みだ。
だが、こんな観光地にまで来て、ホテルでのんびりと過ごすのもいかがなものか。
「・・・・・・。」
筋肉痛の事は、もう紅葉にバレてしまった。それに何より、一日くらい紅葉と夏鈴島で一緒に過ごしたいのだ。
・・・・・・こんな筋肉痛、一日くらい我慢してやる。
「・・・いや。ホテルには戻らないよ。紅葉に隠し事しても無駄だから正直に言うけど、脚は結構痛いんだ。」
「なら、どうしてホテルに戻らないの?」
紅葉は、心配したような、不思議に思ったような表情で俺に尋ねた。
「・・・この脚の痛みより、紅葉と一緒にいたいって気持ちの方が上だからかな。」
「・・・へっ!?」
紅葉は目を丸くして驚いている。
・・・確かに、自分で言っておいてアレだが、かなり際どいセリフだった。
だが、この気持ちは真実なのだ。
幼い頃にたくさん遊んだ紅葉。俺は紅葉とまた遊びたいと思っている。
「だからさ、今日の午後は俺とどこかに行かないか?」
「ほ、本当!?」
紅葉は嬉しそうな顔を俺に向ける。
だが、その表情も一瞬だけで、すぐに、
「・・・・・・でも、涼太は脚が・・・・」
と、俯きながら言った。
「大丈夫だよ、これくらい!ほら!」
紅葉の前で腿上げをしてみせる。鋭い痛みが俺の腿を襲った。
だが、表情は変化させないよう堪える。
「・・・ウソ。涼太、心の中では痛がってるもん。」
紅葉は顔を俯かせたままそう言った。
・・・やはり、紅葉の心配性は相変わらずだ。
「でも・・・・・・」
紅葉が再び何か言いかけている。
「・・・今日だけは、涼太のウソに騙されたことにしてあげる!」
紅葉は満面の笑みを浮かべて、そう言った。
つまり、俺と一緒に過ごしてくれるということだろう。
俺は、心の中で小さくガッツポーズを取った。
「で、どこに行く?」
出かけるとは決まったものの、どこに行こうかと迷う。
この島は色々な施設があるので、行く場所を決めるのにも一苦労なのだ。
「ん〜・・・取り敢えず、もう午後だし、お昼食べる?」
さっきあれだけ甘いものを食べたのに、まだ食う気か。
例の「甘いものは別腹」というヤツだろうか。
「ま、いいか。じゃ、レストランに行こう。」
そう決めると、俺達は早速近くのレストランへと向かった。
「なかなか綺麗なお店ね。」
「そうだな。」
最寄りのレストランは、俺達が解散した場所から徒歩約3分の位置にあった。
内装も綺麗で、メニュー豊富。文句は無い。
「じゃあ、俺はサンドイッチとコーヒーで。」
「あ、私も同じで。」
メニューを聞きにやってきた店員に、注文をする。
店員は「かしこまりました。」と礼儀正しく言うと、店の奥へと消えていった。
「涼太、それだけで足りるの?」
紅葉が不思議そうな顔で聞いてくる。
「あれだけ甘いもの食べたんだから、全然足りるって。昼飯ナシでも良いくらいだよ。」
「お昼ご飯ナシは体に悪いから、ちゃんと食べてね。」
あれだけ甘いものを食べるっていうのも体には良くないと思うのだが・・・
まぁ、紅葉は心の底から俺のことを心配してくれているのだろう。
数年前にも、同じような言葉を聞いた記憶がある。
・・・
・・・・・・
『涼太・・・今日、朝ご飯食べなかったんだって?』
『うん・・・だって眠くて・・・』
『眠くったって食べなきゃだめよぉ!学校で倒れちゃうよ!』
この時の紅葉は、本当に真剣な顔でそう言ってきた。紅葉は、俺の事を常に心の底から心配してくれているのだ。
・・・
・・・・・・
「涼太?何ボケっとしてるの?」
「え!?ああ、悪い。少し昔の事を思い出してたんだ。俺が朝飯食べなかったとき、紅葉に怒られたなぁって。」
どうやら少しボケッとしていたらしい。
「ああ。あったね、そんな事が。何年前だかはよく覚えていないけど・・・あの時私、涼太が倒れちゃうんじゃないかって本当に心配だったの。あのときの涼太、少し弱々しかったから。」
思った通り、紅葉は俺の事を本当に心配していたのだ。
子供の頃の事だし、過度に心配するのもムリはない。
「ははは。でもあの時から、俺は毎日朝飯を食べるようにしてるよ。もし食べなかったら、紅葉に心配させちゃうからな。」
「も・・・もう!涼太ったら!」
少し茶化すように言ったが、これは本当の事だ。
どんなにダルくても、どんなにお腹が空いていなくても、どんなに眠い朝でも、朝食は必ず欠かさないようにしている。
その後も、俺達は昔の話をしながら、ゆっくりと昼食を終えた。
「さぁ〜て、昼飯も食ったし、どこに行こうか?」
昼食を終え、レストランの外に出る。
そろそろ行く場所を決めなければ、本当に時間が無くなってしまいかねない。
「そうだね〜・・・じゃ、町を歩きながら決めよ?」
「おう!」
町は、いつもと変わらず混雑していた。
それでも昨日に比べればまだいない方か。
「あっ!あのお店可愛い〜!」
紅葉は気になる店の前を通る度に、興味を示している。
そんな紅葉が、少し微笑ましく見えた。
「涼太、あのお店入ってもいい?」
「ああ。」
紅葉が指差したのは、随分とファンシーな外見の店だった。
ピンクや水色で彩られた外装が、女性らしい可愛らしさを演出している。
あの店に俺が入るのは、少し恥ずかしいような気もするけど・・・・
「ほら、涼太!早く行こ!」
「あ、ああ。」
なるべく紅葉から離れぬよう、店内へと入る。
カランカラン――
店内は、外見と同じくとてもファンシーだった。
内装はピンクや水色が主体。所々に可愛らしいぬいぐるみが置いてある。
商品は、女の子用の香水やら何やら・・・・俺には良く分からないものがたくさん売っている。
香水のせいだろうか、店内には甘い香りが漂っていた。
そして・・・女性の割合は、ほぼ100%。男は俺一人だ。
「あ〜!可愛い〜!」
紅葉は楽しそうに、香水が売っているコーナーへと向かう。
「あ!待ってくれよ!紅葉!」
こんな女だらけの店に取り残されたのではたまらない。
俺は慌てて紅葉を追った。
「〜♪」
紅葉は色々と試すように香水を見ていた。
その表情は、とても嬉しそうだ。
6年前の紅葉は、もちろん香水などつけなかった。
あの頃はまだ化粧などに興味が無かっただろうし、なにせ幼かった。
今の紅葉からは、時々香水の香りがする。
紅葉も、大人になっているんだよな。
昔は掛け替えの無い親友で、姉のような存在だった紅葉。今はしっかりと女性らしい魅力を持っている。
体つき、声、仕草、顔つき・・・・・・
今でも紅葉は俺の掛け替えの無い親友だ。
だが、とてもじゃないが紅葉を姉とは見れない。
彼女はもう、一人の女性なのだ。
しかし・・・・・・
「紅葉はまだ、俺の事を弟のような存在だって思ってるんだろうな。」
昔の俺は、気が弱く、とてもじゃないが今のような性格ではなかった。
臆病で人見知り。軟弱で恥ずかしがり屋。
当然、ケンカだって弱かった。
紅葉はそんな俺を、いつも慰めたり、叱ったりしてくれていた。
時には、紅葉とケンカした時だってあった。
でも、一回も勝った試しは無い。
身長も、6年前は紅葉より小さかった。
そんな紅葉にとって俺は、弟のような存在だったのだと思う。
それは今でも、きっと変わっていない。
・・・・・・少しは、俺だって成長しているんだって事を分かって欲しいんだけどな・・・・・・
「ま・・・無理な話か。」
思わずため息をついてしまう。
「何がムリなの?」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
不意に、紅葉の顔が横からひょこっと出てくる。
し、心臓に悪い・・・・・・
「な、なんでもないよ。買い物は済んだのか?」
「あ、うん。買いたいものは買ったから。」
紅葉は手に持っていた紙袋を俺に見せた。
「そうか。じゃ、早くここを出よう。こんな女性100%の店にいたら、恥ずかしくてたまらない。」
「実は嬉しいくせにー!」
紅葉はからかうように、俺の腕を自分の肘でつつく。
「お、おいおい。俺を颯人と一緒にするな。」
「でも、一緒にお風呂のぞいてたよね。」
うっ!
その話題を出されては、俺も言い返すことは出来ない。
「それで・・・私の裸・・・見た?」
紅葉が顔を赤らめながら、大胆な発言をする。
「み、見てない見てない!」
首を横に振り、全力で否定する。
実際、紅葉の裸は見ることが出来なかった。
タオルを胸まで巻いていたし、湯煙で周りは霞んでいたからだ。
「はぁ・・・・・・良かった。」
紅葉がホッと胸を撫で下ろす。
だが、昔はよく一緒に風呂に入っていたものだ。
・・・・・・昔と言っても、幼稚園くらいのときだ。
あの頃はまだ、紅葉の体も幼かったし、俺に見られるのにも抵抗は無かっただろう。
しかし、湯煙の中でうっすらと見えた紅葉の体は、タオルの上からでも分かるほど女性らしかった。
やっぱ昔とは違うんだなぁ・・・・・・
「別にね、お風呂をのぞかれた事はもう怒ってないの。ただ、私の裸を見られたか少し気になっちゃって・・・・・・」
「ははは、安心しろよ。見てないから。・・・・・・って、のぞいたくせに偉そうだな、俺。」
紅葉たちで無ければ訴えられかねない状況だった。今は、無事に許してもらえただけでも感謝しなければ。
「さ、取り敢えず店を出ようぜ。」
「そうね。」
俺達は話を切り上げると、店を後にした。
さて、次はどこに行こうかな・・・・・・
次回予告
あの日立てた目標――
『ホラ、男の子なんだから泣かないの。』
強くなりたかった――
「おい!お前ら!」
紅葉を守りたかった――
「昔の涼太って・・・・・・本当に弱々しかったよね。」
男らしくなりたかった――
「も、紅葉ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
今でも心に残る、あの目標――
次回 第四十三話「目標」