第四十一話 「甘味」
いよいよ夏鈴島編も折り返し地点を過ぎました。これからどうなるのか、みなさん自身の目でご確認ください。
Another View 「秋月 紅葉」
「紅葉。ここがあなたの新しいお家よ。」
私達家族が聖ヶ崎に引っ越してきたのは、私が4歳の時だったと記憶している。
静かで大きく、とても便利な町。
私はこの町を、すぐに気に入った。
「ご近所に挨拶に行かなきゃね。まずはお隣さんの家。」
引越しが終わって一晩たった日。お母さんがご近所に挨拶に行くと言う。
引っ越したばかりでウキウキ気分の私は、当然お母さんと一緒に行きたがった。
「私も行く!」
「そう。じゃあ、一緒に行きましょうか。」
お母さんに連れられ、私はお隣の家にご挨拶に行った。
お隣の家も、私の家と同じで、新築だった。
建てられてから一ヶ月と経ってないであろうその家は、私の家と同じくらい綺麗だった。
「インターフォン、私に押させて!」
「はいはい。じゃあ抱っこしてあげるから、押してごらん。」
私は「うん!」と元気良く頷くと、お母さんに抱っこしてもらい、玄関の端に付いているインターフォンを、勢い良く押した。
ピンポーン――
家の中に響くインターフォンの音。
私は、なぜかこの音が好きだった。
「はぁ〜い。どちら様ですか?」
待つこと数秒、家の中からとても綺麗な女性が出てきた。
「あの・・・昨日隣に引っ越してきました、秋月と申します。こちらは、娘の紅葉です。」
お母さんは簡単な挨拶を済ませると、私の事を紹介した。
私もその女の人に向かって、ペコリと頭を下げる。
「そうですか!よろしくお願いしますね。実は、私達も先日引っ越してきたばかりで・・・・アレ?・・・あなた・・・もしかして、楓?」
その女性は、私のお母さんに向かって、尋ねるようにそう言った。
楓とは、お母さんの名だ。
彼女は、私のお母さんと知り合いなのだろうか?
「そうですけど・・・・ああっ!もしかして・・・菊乃!?」
今度は私のお母さんが、その女性に向かって、尋ねるように言った。
「そうよ!あぁ!やっぱり楓なのね!」
「ええ!本当に久しぶりね、菊乃!」
後から聞いた話によれば、どうやらこの二人は学生時代の同級生で、親友同士だったらしい。
どうりで仲が良さそうな訳だ。
「おかぁさん・・・お客さん?」
私のお母さんと菊乃さんが話し始めてしばらくすると、家の中から私と同じくらいの年齢の男の子が出てきた。
どうやら先ほどまで寝ていたらしく、眠たそうな表情をしている。
「あ。紹介するわ。この子は涼太。私の息子よ。」
菊乃さんが、私達にその男の子の事を紹介した。
「そうなの。・・・涼太君。よろしくね。」
「あ・・・よ、よろしくお願いします。」
何だかとても気の弱そうな男の子だ。とてもではないが私と同い年には見えない。だが、とても優しそうな子だった。
「ほら、紅葉も涼太君に挨拶なさい。」
「うん。私は、【秋月 紅葉】。よろしくね。」
母に言われて、私も男の子に挨拶をする。
男の子は、私の挨拶を受け、少し恥ずかしがっている様子だった。
だが、すぐに私の方へと視線を向けて、自分の事を紹介し始めた。
「あの・・・ぼ、僕、【四季嶋 涼太】。よ・・・よろしく・・・!」
これが私と涼太の、初めての出会いだった――
ジリリリリリリ――
「ん・・・」
静寂を引き裂く目覚まし時計の音で、私は目を覚ました。
そこには、幼い涼太も、お母さんも、菊乃さんもいない。
――夢か。
「はぁ・・・」
また、涼太の夢を見てしまった。
ここ最近・・・・・・正確には3ヶ月くらい前から、涼太の夢を見ることが多い。
3ヶ月前といえば、5月。私が聖ヶ崎に帰ってきた頃だ。
更に言えば、涼太と6年ぶりの再会をした頃。
夢を見る頻度は・・・・・・大体3日に1回位だろうか。
どうしてこんなにも多く涼太の夢を見るのか・・・・・・実は、私にも良く分からない。
「まぁ、どうでもいっか。」
私は涼太の夢から頭を切り替えると、私服に着替え始めた。
夢で見た自分の幼い体と、今の私の体を比べ、「随分と成長したなぁ」と実感する。・・・・・・って、また頭の中が夢に戻ってるし。
「・・・そろそろ、朝食の時間ね。」
私は手早く着替えを済ませると、朝食を摂るためロビーへと向かった。
Another View END
「ぐぅぅぅぅぅ・・・・・・」
ベッドから起きると、凄まじい筋肉痛が俺の脚を襲った。
恐らく昨日、全速力で雪奈を追いかけたのが原因だろう。
「あれくらいで筋肉痛なんて、俺も情けないな・・・」
俺も何か運動をすべきだろうか。
しかし、いくら痛いとはいえ、雪奈の前で痛がる動作は見せられない。そんな物を見せてしまったら、雪奈は心配するに決まっている。そして「私のせいだ」と自分を責めるだろう。
「・・・ふんっ!」
脚に走る激痛を根性で堪え、部屋中を歩いてみることで、痛がる動作を最小限に抑える為の練習をする。
相当痛いが、どうにか堪えられそうだ。
「・・・・よし。完璧だ。」
これならば、筋肉痛がバレる事はまず無いだろう。
問題は、長い時間抑えていられるかだが・・・
こんな時、雪奈のポーカーフェイスは実に羨ましい。
「ん?そろそろ朝食か・・・・・・」
朝食の間も、痛がる動作は絶対に見せないようにしないとな・・・・・・
「・・・スイーツ店巡り?」
朝食も終わり、午前中の計画を立てている途中、桜がある提案をした。
今日の午前中は「スイーツ店巡り」をしようと言うのだ。
何でも島中のスイーツ店に行き、各店の名物を食べるというものだそうだ。
「はい!この島って、おいしいスイーツのお店が沢山あるらしいんです!」
実に嬉しそうに、桜が言った。
そう言えば桜は、前に甘いものが大好きだと言っていたような気がする。
「スイーツねぇ・・・うん!私も良いと思う!」
紅葉も桜の案に賛成らしい。
「私も良いぞ。人間界のスイーツはそれほど多く食べた機会がないからな。ぜひ行ってみたい。」
ソレイユも大賛成。
人間界の食べ物自体が珍しいソレイユにとっては、絶好の機会なのだろう。
「・・・私も・・・行きたい。」
雪奈は、いつもの「別にいい」では無く、今回はハッキリ「行きたい」と言った。
やはり雪奈も今どきの女の子。甘いものは大好きなのだろう。
「俺もいいぜ。町を歩ける=女の子をナンパできる!反対するわけがねぇぇ!」
颯人は無視するとして・・・
「涼太は?それで良い?」
・・・・・・。
スイーツか。正直、甘いものは嫌いではない。むしろ大好きと言っても良い位だ。
ただ、一つ心配があるとすれば・・・・・・脚の筋肉痛。
町を歩いている間、この痛みを我慢できるか・・・・・・
・・・・・・いや。皆がやりたいと思う事を、脚の筋肉痛如きで断るわけにはいかない。「我慢できるか」では無く、「我慢する」のだ。
「・・・分かった。俺も賛成だ。」
俺がそう言うと、桜は小さくガッツポーズを取った。
いつもはどちらかと言えば消極的な桜が、ここまで行きたがっているのだ。やはり断らなくて良かった。
「それじゃ、おいしいスイーツを求めて、レッツゴー!」
紅葉が元気良く言った。
皆もそれに合わせて「オー」などと叫んでいる。
さて、俺も頑張らなくちゃな・・・・・・
まず俺達がやってきたのは、「スイーツ☆アイランド」と名付けられた店だった。
この店の名物は、「いちごショート」。
名物にしては些か月並みなメニューだが、桜によれば、
「こういう月並みなメニューが美味しいお店は、とっても信頼できるんですよ。」
だそうだ。
確かに、この店のいちごショートは絶品だった。
上品で飽きが来ない味。濃厚だが、しつこさが全くと言って良いほど無い。
「ん〜。おいしいです〜♪」
極上スイーツを頬張り、幸せそうな桜。
「ホント!おいしいわ!」
「ああ。コレは美味い!」
「・・・・美味しい。」
皆の評判も上々のようだ。皆が皆、幸せそうな顔をして食べている。
皆がこのままスイーツに集中してくれれば、俺の筋肉痛もごまかしやすくなるんだけどな・・・・・・
次にやってきたのは、「★ドリーム・アイスクリーム☆」という店だった。
その名の通り、主にアイスクリームを扱っている店らしい。アイスクリームがふんだんに使われたパフェなども大人気だそうだ。
そして名物は、「ウルトラ・ジャンボ・ミックス・フルーティー・スペシャル・パフェ」なる物らしい。
その名前からは、どんな物なのか想像できない。
と言うより、あまり想像したくない様な気もする。
恐らく、ウルトラでジャンボでミックスでフルーティーでスペシャルなパフェなのだろう。・・・・・・想像力に乏しくてごめんなさい。
俺達は、名物の「ウルトラ・ジャンボ・ミックス・フルーティー・スペシャル・パフェ」を頼んでみることにした。また、どんな物が出てくるのか予想不可能な為、とりあえず2つだけ注文する。
「どんなものが出てくるのか、楽しみですね〜!」
桜は期待に目を輝かせている。
「ああ。そうだな。期待しよう。」
ソレイユも相当期待しているようだ。
俺としては正直、期待よりも不安の方が上なのだが。
「お待たせしました。」
店員が、俺達のテーブルに「ウルトラ・ジャンボ・ミックス・フルーティー・スペシャル・パフェ」を置く。
「・・・・・・」
出てきたのは、通常のパフェの5倍はあるであろう、巨大なパフェだった。
所々にフルーツが置かれ、チョコレート、イチゴ、バニラのアイスクリームが乗せられている。天辺に乗せられているサクランボは、なんと5個。
まさしく、ウルトラでジャンボでミックスでフルーティーでスペシャルなパフェだった。
そんなパフェが、俺達のテーブルには2つも乗せられている。
非常に壮観な光景だ。・・・・・・いや、これはもう、壮観といったレベルを超越している。ある意味、恐怖だと言えよう。
「・・・これ、全部食えるの?」
恐る恐る、女性陣に聞いてみた。
「もちろんですよ。甘いものは別腹ですから♪」
「そうよ。こんなの余裕よ。」
「当然だな。」
「・・・・・・余裕。」
・・・。
・・・・・・。
正直、「甘いものは別腹」じゃあ済まないような気がするのだが・・・
結局、女子達はこの巨大パフェを本当に平らげてしまった。もちろん俺も加勢したが、やはり限度があった。途中でトイレに駆け込み、そのままギブアップ。
パフェは、当分食べたくないな・・・・
その後も、俺達は何件ものスイーツ店を訪れた。
洋菓子から和菓子、アイスクリーム、ちょっと代わったデザートまで、今日の午前中だけで相当な種類のスイーツを味わった。
様々なのスイーツを味わえたのは良いのだが・・・甘い物の食べすぎで、少し気持ちが悪くなってきた。
そんな俺とは裏腹に、女子達はまだまだ食べる気満々である。
「なぁ・・・もうそろそろ・・・限界なんだけど・・・・」
「もう、涼太さん!だらしがないですよ〜!」
そんな事を言われても困る。
甘いものに関しては鉄壁の胃袋を誇る桜と一緒にしないでもらいたい。
「そうね・・・そろそろ時間も時間だし、次で最後にしましょうか。」
紅葉がナイスな発言をしてくれた。
良く言った、紅葉。
「む〜・・・仕方ないですね。分かりました。」
桜は少しだけ不満な顔をしたが、渋々了承してくれたようだ。
・・・しかし、桜がここまで甘いもの好きだとは。いつもは消極的なだけに、ギャップが激しい。
「じゃあ、次はこの島一番の人気店に行きましょう。」
本日36件目のスイーツ店。店名は「キング・オブ・スイーツ」。
桜曰く「夏鈴島一番の人気スイーツ店」。
「スイーツの王」の名の通り、この店のスイーツは「王の味」らしい。まぁ「王の味」と言われてもイマイチぱっと来ないのだが、要するに相当美味いのだろう。
どうやらこの「キング・オブ・スイーツ」という店は、島外でも相当有名らしく、この店に来る為だけに夏鈴島を訪れる客までいるそうだ。
夏鈴島特産のフルーツをふんだんに使用したスイーツは、濃厚な甘さだけでなく、さっぱりとした味わいをも引き出すらしい。
美味で有名な「キング・オブ・スイーツ」のスイーツ。是非とも味わってみたい・・・・・・が、俺は気持ち悪さが限界を超えかけている。味わって食べる余裕など無いだろう。
「さて、注文しましょう。」
桜が俺達に向けて言った。
ちなみに、この店の名物は「フルーツショコラ」。
ココアスポンジの上に、純白のクリームを掛け、色とりどりのフルーツを乗せたケーキだ。写真で見ただけだが、相当美味そうなケーキだった。
「お待たせしました。」
やがて、俺達のテーブルに、「フルーツショコラ」が運ばれてくる。
「うわぁ・・・・」
「おいしそう・・・」
「うむ・・・・」
「・・・・・」
実物は、写真の何倍も美味そうだった。
綺麗なトッピングに、甘い香り。目でも口でも楽しめそうなそのケーキは、俺の食欲を復活させるには十分過ぎるほどだった。
先ほどまで気持ち悪かったはずの俺が、今はこのケーキを「食べたい」と思ってしまう。それほどの魔力がこのケーキにはあるのだ。
「じゃあ、いただきましょう!」
「そうだな。」
「うんっ!」
女性陣は早速「フルーツショコラ」を食べ始めた。
「お・・・・おいしいですっ!」
「すごいわ・・・このケーキ・・・」
「ああ・・・・素晴らしい・・・」
「・・・・・美味しい。」
絶賛の声を漏らす女性陣。
美味しいスイーツを食べなれているはずの桜や、天才的な料理の腕を誇る紅葉でさえも圧倒されているのだ。相当美味いに違いない。
さて、俺も食うか・・・
フォークでケーキを突き刺し、そのまま口に運ぶ――
パクッ――
「――!」
こ、これは・・・
濃厚な甘さ。ジューシーなフルーツ。ココアスポンジの程よい苦さ。
それら全てが、一部の無駄も無く重なり合っている。
「美味すぎる・・・」
こんなケーキを食べたのは、生まれて初めてだ。
俺は先ほどの気持ち悪さなどさっぱりと忘れ、「フルーツショコラ」をしっかりと味わった。
このケーキには、本当に魔力があるのかもしれない・・・・
次回予告
姉のような存在だった紅葉――
「何だ、紅葉?」
とても頼もしい存在だった紅葉――
「ほ、本当!?」
昔と変わらぬ部分もあれば――
「お昼ご飯ナシは体に悪いから、ちゃんと食べてね。」
昔と変わった部分もある――
「〜♪」
昔とは違う、今の紅葉の、香水の香り――
次回 第四十二話 「香水」