表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/55

第四十話 「変化」

感想、評価などいただけたら嬉しいです^^

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


もうどれくらい走っただろうか。未だに雪奈には追いつけていない。それどころか、彼女の背中すら見えない。

一体どこまで行ったのだろう。あの速さだ。どこかで止まってでもいなければ、相当遠くまで行っているはず。このままで、本当に追いつけるのか・・・


・・・いや。とにかく走るんだ。考えてる時間なんて無い。

走らなきゃ、追い付けっこないんだから。


「・・・よしっ!」


俺は更にスピードを上げ、雪奈を追った。


         



Another View 「冬美 雪奈」


なぜ、私はあの会場から逃げてきたのだろう。


あのような言葉には、もう慣れたはずだ。

どんな事を言われても、無表情で、そして冷静でいられたはずだ――


――以前の私なら。


そう。私は変わった。涼太くんやソレイユさん、紅葉さんやさっちゃん・・・・彼らと出会って、私は変わったのだ。


心の中に、温かなものが生まれたような気がした。


だが、同時に私はとても弱くなった。

たった少しの事でも、悲しいと感じてしまう。


だからあの程度の事を言われただけで、こんなにも悲しい気分になってしまうのだ。


『いくら出来ても、あれだけ凄いとやっぱり気持ち悪いよなぁ。』


『ドラッグとかヤッてんじゃない?』


『ただ自分の力を自慢しに来ただけじゃねぇのか?』


ズキンッ――


「・・・ッ!」


彼らの言葉が、私の心に響く。

胸にズキリとした痛みを覚えた。


あんなにも大勢の人がいたのだ。純粋に祝福してくれない人だっているのは当然だ。以前の私なら、そんなことは分かっていたではないか。


それに、たくさんの人に祝福され、私は喜んでいた。心から嬉しいと感じていた。これも以前の私には見られなかったことだ。


・・・やはり、私は弱くなった。

心の中で比較したことで、余計に実感させられた。


しかし同時に、私は様々なことを知った。


喜び、悲しみ、楽しさ、つまらなさ・・・・・


幼い頃に失ったはずのこれらの感情が、弱くなったことで再び私に与えられたのだ。


今は、毎日が感情に溢れている。


それもこれも、涼太くん達のおかげなのだ。


いつも元気で明るい、ソレイユさん。


しっかり者で優しい、紅葉さん。


ちょっぴりドジでおとなしい、さっちゃん。


そして・・・いつも私を支えてくれる、涼太くん。


彼らがいてくれたからこそ、今の私がある。

彼らには、感謝してもしきれないくらいだ。


しかし・・・


『あれだけ超人的だと、逆に近寄りにくいよね。』


『いいよなぁ〜。努力しなくてもできる奴はよぉ〜。』


再び、観客達の言葉が私の脳裏をよぎる。


ズキンッ――


「・・・ッ!」


切ない。胸が苦しくなるような思いだった。


確かに私は他の人よりも優れているのかもしれない。でも、何もしなかったわけじゃない。何もしないで、ただ漠然と毎日を生きてきたわけじゃない。努力して、頑張って、やっとここまで来た。


自分で自分の事を努力しただのと言うのは間違っていると思う。だが、私は「才能に頼っている」と思われるのが嫌だった。お父様もお母様も、私の「努力」よりも「才能」を見た。それが本当に悔しくて、でも、何も言えなかった。


彼らの言葉を聞いていると、時々思うことがある。


【私は、本当に変わって良かったのか。】


変わらなければ、こんなに悲しい思いをすることは無かったのかもしれない。ならば、変わらないほうが良かったのではないか?

感情を持たず、お父様やお母様の意思に従って生きていれば、こんなに胸が苦しくなることは無かったのではないか。


「・・・私は、変わって良かったの・・・?」


誰もいないはずの空に向かって問う。

無論、誰も答えない。

当然だ。


「私は・・・変わって良かったの・・・!?変わって・・・良かったの・・・!?・・・教えて・・・!」


再び空に向かって問う。自然と語調が荒くなっていた。

気がつくと、目からは涙が流れていた。足も震え、立っているのが辛い。いっそ、このまま崩れてしまおうか。


だがその前に、もう一度だけ問おう。

誰も答えるはずの無い問いを。


「・・・私は、変わって・・・良かったの・・・?」


「当たり前だ。」


―――!!


誰も答えるはずの無い問いに、誰かが答えた。

とても優しく、そしてしっかりと答えた。

いつも聞きなれている声。私を優しく包んでくれる声。


―――涼太くんだった。


「涼太・・・くん・・・」


なぜ涼太くんがこんな所にいるのだろう。

私は全速力で駆けてきた。そう簡単に追いつけるはずがないのに――


見れば、涼太くんは全身に汗をかいていた。

息も荒い。膝が少し震えているように見える。


ここまで、全速力で走ってきてくれたのか――


「やっと・・・追いついたぜ・・・」


額に流れる汗を拭いながら、涼太くんは言った。


「こんなに走ったのなんて久しぶりだから、いい運動になったよ。」


涼太くんは、嘘をついている。

いい運動になったどころではないはずだ。

今にも倒れそうなくらい疲れているはずだ――


「・・・雪奈。」


涼太くんが、私の名前を呼んだ。

会場を抜けたことを怒られるのかもしれない。だが、怒られても仕方がない。感情に任せて会場を抜けた私が悪いのだ。


だが、涼太くんは――


「・・・ごめんな。」


一言、私に謝った。


・・・どうして謝るのだろう。

どこに涼太くんが謝らなくてはいけない要素があったのだろう。


「雪奈が優勝すれば、妬む人だっている。そんなことにも気付いてやれなかった。それどころか、雪奈を悲しませちまった。本当にごめんな。」


「・・・・・・」


・・・いやだ。涼太くんに、謝って欲しくない。

謝らなくてはいけないのは私ではないか。本を買いに行くのに付き合わせて、財布を忘れて、勝手に会場を抜け出して・・・

涼太くんは、何も悪くないはずだ――


「・・・涼太くん。お願い。謝らないで。」


「・・・雪奈。」


「・・・悪いのは、私。・・・会場を抜け出したのだって、私の勝手な行動。・・・涼太くんは、何も悪くないもの。」


そう言う私の目を、涼太くんはずっと見つめていた。


「・・・やっぱりみんなの言葉、ショックだったよな。」


涼太くんが言った。


確かにショックだった。あの時、私は自分の感情を抑えることができなかった。悲しみが、自分の心の底から溢れてきたような感覚だった。


「・・・うん。」


私にはそう答えることしかできない。

悲しく無かったとウソをつくことも出来たが、会場から逃げ出してしまった手前、ウソは通用しないだろう。

それに、私の感情がウソをつくことを許してくれなかった。あのショックをウソで済ませてしまうには、少々傷跡が大き過ぎたのかもしれない。


「・・・でもな、俺は知ってるぞ。」


再び、涼太くんが口を開く。

「俺は知っている。」――

涼太くんはそう言った。・・・だが、一体何のことだろう。

涼太くんは、一体何を知っているというのだろう。


「・・・お前が努力家だってことを、俺は知ってる。」


「―――!」


涼太くんの言葉に、私は一瞬、自分の耳を疑った。


「雪奈はさ、確かにすごい才能がある。でもな、その才能を開花させたのは、紛れも無い雪奈自身だ。人の何倍も、死に物狂いで努力して。それでももっと努力して。やっと今の雪奈がある。そうだろ?」


彼の言葉を、私は信じられない気持ちで聞いていた。


今まで誰にも理解されなかった私の努力。

才能の陰に隠れていた私の努力。

才能よりも見て欲しかった私の努力。


涼太くんは、見抜いていてくれたのか――


「それに、雪奈の努力を知っているのは俺だけじゃない。ソレイユや紅葉、桜だって雪奈の努力を知っているはずだ。冷司さんや凍恵さんだって、今は雪奈の努力を認めてる。みんな、お前の努力を知ってるんだ!」


知らなかった――


私はただ「すごい」とちやほやされているだけかと思っていた。

だが、違ったのだ。


涼太くんをはじめとして、ソレイユさん。紅葉さん。さっちゃん。お父様。お母様――


――みんな、私の努力を知っていてくれたのだ。


「・・・確かに雪奈は変わったけどさ、昔から変わってないことがあるぞ。」


「・・・何?」


私が変わっていないところ・・・

・・・無口なところ?

いや、そんなところは今さらだ。

ならば一体どこだろう。


「そうやって、一人で悩みを抱え込んじゃうところさ。」


「―――!」


―――そう。

確かに私は、一人で悩みを背負い込んでいた。

さっきだって、涼太くんに相談する前に会場を抜け出してきてしまった。


「でも、今のお前は一人じゃない。今のお前の周りには、俺達【友達】がいる。」


一人じゃない――

私の周りには、友達がいる――


「確かに辛いこともあるかもしれない。悲しいこともあるかもしれない。でもな、俺達がいる!今の雪奈の周りには、【友達】がいるんだ!お前は十分頑張った!十分努力した!十分悲しんだ!今度はその悲しみを、俺達に分けてくれよ!・・・・・・そのための【友達】、だろ?」


涼太くんはそう言うと、最後に微笑んだ。


――そうだ。


以前の私なら、悲しさを自分ひとりで受け止めていた。確かに悲しくは無かったけれど、それはひどく冷たく、寂しいものだったような気がする。


でも、今の私の周りには、素敵な友達がいる。私の悲しみを分かち合ってくれる友達が。とても暖かい、たくさんの優しさが溢れている。


どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。


今の私は、一人じゃないのだ。


悲しければ、友達と悲しさを分かち合えばいい。

一人で受け止める必要など、全く無かったのだ。


「・・・ッ!」


涙が出た。

でも、さっきみたいな悲しみの涙じゃない。

友達の暖かさを実感した、嬉しさの涙。


「ううっ・・・!く・・・!ううう・・・!」


悲しみをこらえることが出来ない。

いや、こらえる必要は無いのかもしれない。

だって私には――


――悲しさを分かち合える友達がいるから。


「雪奈、好きなだけ泣いて良いぞ。もう我慢する必要なんて無いから。」


「・・・うん・・・ッ!」


私は頷くと、涼太くんの胸で泣いた。

今まで溜めておいた分、思う存分泣いた。


涼太くんはそんな私を、そっと抱き締めてくれた。

やさしい温もり。とても暖かい。


「涼太くんの・・・においがする・・・」


「わ!ごめんな!走ってきたから、汗臭いぞ。」


涼太くんは少し慌てた様子でそう言った。

しかし、私は涼太くんの言葉に小さく首を振った。


「・・・いいの。・・・涼太くんのにおい・・・大好きだから・・・」


「せ、雪奈・・・」


涼太くんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。余計に動揺させてしまったようだ。


だが、少し経つと、涼太くんは再び私をぎゅっと抱き締めてくれた。

彼の温もりが、私の心にまで染み渡ってくる。

それが、例えようも無く嬉しかった。




私は変わった――


変わったことで、悲しいことも増えた。辛いことも増えた。

しかし同時に、嬉しいことも、楽しいことも増えた。


それに、今の私は一人じゃない。素敵な友達が、私の周りにはいる―――


私が変わったからこそ、友達がいることに「嬉しい」と思えるのだと思う。

私が変わったからこそ、こんなにも彼のことを「愛しい」と思えるのだと思う。


理由はたったそれだけだけど――

それだけで、こんなにも幸せな気分になれるのだ。


だから、今なら胸を張って言える。


私は、変わって良かった――



「・・・涼太くん。」


「なんだ、雪奈?」


言おう。彼に。私の気持ちを伝えるんだ――


「・・・私、変わって良かった。」


依然として私を抱き締めてくれている涼太くんに、私は言った。


私の言葉を聞いた涼太くんは、少し驚いた顔をした後、


「・・・そうか。」


と言って、満面の笑顔を私に向けてくれた―――



Another View END




「すぅ・・・すぅ・・・」


俺の背中で、規則正しい寝息を立ててる雪奈。

雪奈はあの言葉を言った後、倒れるように眠ってしまった。


無理も無い。あんなにも頑張ったのだ。

今はぐっすりと寝かせてあげよう。


さて・・・俺もここからホテルに戻らなくてはならない。


「・・・行くか。」


そう呟くと、俺はホテルを目指して歩き始めた。



「ん・・・?あれは・・・」


ホテルに帰る途中、昼間に寄った本屋を発見する。


雪奈が貰うはずの賞金は、雪奈の代わりに俺が預かっておいた。

この賞金で、雪奈が欲しがっていた本を買って帰ろうか。


勝手に雪奈の金を使っても良いのかと迷ったが、当の本人は俺の背中で気持ちよく眠っている。許可を取ることも出来ない。


「・・・仕方ないな。」


俺は雪奈の賞金を使い、雪奈が欲しがっていた本を購入した。


ホテルに戻ったら、俺の財布から本の値段分の金を賞金に加えておこうと思う。

・・・もちろん、少し多めにな。


ここまで頑張ってきた雪奈への、俺からのささやかなプレゼントだ。


次回予告


甘い誘惑――

「はい!この島って、おいしいスイーツのお店が沢山あるらしいんです!」

甘いひと時――

「ん〜。おいしいです〜♪」

甘い計算――

「・・・これ、全部食えるの?」

甘い美味――

「ああ・・・・素晴らしい・・・」

女性達を刺激する、数々の甘味――


次回 第四十一話 「甘味」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ