第四十話 「変化」
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「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
もうどれくらい走っただろうか。未だに雪奈には追いつけていない。それどころか、彼女の背中すら見えない。
一体どこまで行ったのだろう。あの速さだ。どこかで止まってでもいなければ、相当遠くまで行っているはず。このままで、本当に追いつけるのか・・・
・・・いや。とにかく走るんだ。考えてる時間なんて無い。
走らなきゃ、追い付けっこないんだから。
「・・・よしっ!」
俺は更にスピードを上げ、雪奈を追った。
Another View 「冬美 雪奈」
なぜ、私はあの会場から逃げてきたのだろう。
あのような言葉には、もう慣れたはずだ。
どんな事を言われても、無表情で、そして冷静でいられたはずだ――
――以前の私なら。
そう。私は変わった。涼太くんやソレイユさん、紅葉さんやさっちゃん・・・・彼らと出会って、私は変わったのだ。
心の中に、温かなものが生まれたような気がした。
だが、同時に私はとても弱くなった。
たった少しの事でも、悲しいと感じてしまう。
だからあの程度の事を言われただけで、こんなにも悲しい気分になってしまうのだ。
『いくら出来ても、あれだけ凄いとやっぱり気持ち悪いよなぁ。』
『ドラッグとかヤッてんじゃない?』
『ただ自分の力を自慢しに来ただけじゃねぇのか?』
ズキンッ――
「・・・ッ!」
彼らの言葉が、私の心に響く。
胸にズキリとした痛みを覚えた。
あんなにも大勢の人がいたのだ。純粋に祝福してくれない人だっているのは当然だ。以前の私なら、そんなことは分かっていたではないか。
それに、たくさんの人に祝福され、私は喜んでいた。心から嬉しいと感じていた。これも以前の私には見られなかったことだ。
・・・やはり、私は弱くなった。
心の中で比較したことで、余計に実感させられた。
しかし同時に、私は様々なことを知った。
喜び、悲しみ、楽しさ、つまらなさ・・・・・
幼い頃に失ったはずのこれらの感情が、弱くなったことで再び私に与えられたのだ。
今は、毎日が感情に溢れている。
それもこれも、涼太くん達のおかげなのだ。
いつも元気で明るい、ソレイユさん。
しっかり者で優しい、紅葉さん。
ちょっぴりドジでおとなしい、さっちゃん。
そして・・・いつも私を支えてくれる、涼太くん。
彼らがいてくれたからこそ、今の私がある。
彼らには、感謝してもしきれないくらいだ。
しかし・・・
『あれだけ超人的だと、逆に近寄りにくいよね。』
『いいよなぁ〜。努力しなくてもできる奴はよぉ〜。』
再び、観客達の言葉が私の脳裏をよぎる。
ズキンッ――
「・・・ッ!」
切ない。胸が苦しくなるような思いだった。
確かに私は他の人よりも優れているのかもしれない。でも、何もしなかったわけじゃない。何もしないで、ただ漠然と毎日を生きてきたわけじゃない。努力して、頑張って、やっとここまで来た。
自分で自分の事を努力しただのと言うのは間違っていると思う。だが、私は「才能に頼っている」と思われるのが嫌だった。お父様もお母様も、私の「努力」よりも「才能」を見た。それが本当に悔しくて、でも、何も言えなかった。
彼らの言葉を聞いていると、時々思うことがある。
【私は、本当に変わって良かったのか。】
変わらなければ、こんなに悲しい思いをすることは無かったのかもしれない。ならば、変わらないほうが良かったのではないか?
感情を持たず、お父様やお母様の意思に従って生きていれば、こんなに胸が苦しくなることは無かったのではないか。
「・・・私は、変わって良かったの・・・?」
誰もいないはずの空に向かって問う。
無論、誰も答えない。
当然だ。
「私は・・・変わって良かったの・・・!?変わって・・・良かったの・・・!?・・・教えて・・・!」
再び空に向かって問う。自然と語調が荒くなっていた。
気がつくと、目からは涙が流れていた。足も震え、立っているのが辛い。いっそ、このまま崩れてしまおうか。
だがその前に、もう一度だけ問おう。
誰も答えるはずの無い問いを。
「・・・私は、変わって・・・良かったの・・・?」
「当たり前だ。」
―――!!
誰も答えるはずの無い問いに、誰かが答えた。
とても優しく、そしてしっかりと答えた。
いつも聞きなれている声。私を優しく包んでくれる声。
―――涼太くんだった。
「涼太・・・くん・・・」
なぜ涼太くんがこんな所にいるのだろう。
私は全速力で駆けてきた。そう簡単に追いつけるはずがないのに――
見れば、涼太くんは全身に汗をかいていた。
息も荒い。膝が少し震えているように見える。
ここまで、全速力で走ってきてくれたのか――
「やっと・・・追いついたぜ・・・」
額に流れる汗を拭いながら、涼太くんは言った。
「こんなに走ったのなんて久しぶりだから、いい運動になったよ。」
涼太くんは、嘘をついている。
いい運動になったどころではないはずだ。
今にも倒れそうなくらい疲れているはずだ――
「・・・雪奈。」
涼太くんが、私の名前を呼んだ。
会場を抜けたことを怒られるのかもしれない。だが、怒られても仕方がない。感情に任せて会場を抜けた私が悪いのだ。
だが、涼太くんは――
「・・・ごめんな。」
一言、私に謝った。
・・・どうして謝るのだろう。
どこに涼太くんが謝らなくてはいけない要素があったのだろう。
「雪奈が優勝すれば、妬む人だっている。そんなことにも気付いてやれなかった。それどころか、雪奈を悲しませちまった。本当にごめんな。」
「・・・・・・」
・・・いやだ。涼太くんに、謝って欲しくない。
謝らなくてはいけないのは私ではないか。本を買いに行くのに付き合わせて、財布を忘れて、勝手に会場を抜け出して・・・
涼太くんは、何も悪くないはずだ――
「・・・涼太くん。お願い。謝らないで。」
「・・・雪奈。」
「・・・悪いのは、私。・・・会場を抜け出したのだって、私の勝手な行動。・・・涼太くんは、何も悪くないもの。」
そう言う私の目を、涼太くんはずっと見つめていた。
「・・・やっぱりみんなの言葉、ショックだったよな。」
涼太くんが言った。
確かにショックだった。あの時、私は自分の感情を抑えることができなかった。悲しみが、自分の心の底から溢れてきたような感覚だった。
「・・・うん。」
私にはそう答えることしかできない。
悲しく無かったとウソをつくことも出来たが、会場から逃げ出してしまった手前、ウソは通用しないだろう。
それに、私の感情がウソをつくことを許してくれなかった。あのショックをウソで済ませてしまうには、少々傷跡が大き過ぎたのかもしれない。
「・・・でもな、俺は知ってるぞ。」
再び、涼太くんが口を開く。
「俺は知っている。」――
涼太くんはそう言った。・・・だが、一体何のことだろう。
涼太くんは、一体何を知っているというのだろう。
「・・・お前が努力家だってことを、俺は知ってる。」
「―――!」
涼太くんの言葉に、私は一瞬、自分の耳を疑った。
「雪奈はさ、確かにすごい才能がある。でもな、その才能を開花させたのは、紛れも無い雪奈自身だ。人の何倍も、死に物狂いで努力して。それでももっと努力して。やっと今の雪奈がある。そうだろ?」
彼の言葉を、私は信じられない気持ちで聞いていた。
今まで誰にも理解されなかった私の努力。
才能の陰に隠れていた私の努力。
才能よりも見て欲しかった私の努力。
涼太くんは、見抜いていてくれたのか――
「それに、雪奈の努力を知っているのは俺だけじゃない。ソレイユや紅葉、桜だって雪奈の努力を知っているはずだ。冷司さんや凍恵さんだって、今は雪奈の努力を認めてる。みんな、お前の努力を知ってるんだ!」
知らなかった――
私はただ「すごい」とちやほやされているだけかと思っていた。
だが、違ったのだ。
涼太くんをはじめとして、ソレイユさん。紅葉さん。さっちゃん。お父様。お母様――
――みんな、私の努力を知っていてくれたのだ。
「・・・確かに雪奈は変わったけどさ、昔から変わってないことがあるぞ。」
「・・・何?」
私が変わっていないところ・・・
・・・無口なところ?
いや、そんなところは今さらだ。
ならば一体どこだろう。
「そうやって、一人で悩みを抱え込んじゃうところさ。」
「―――!」
―――そう。
確かに私は、一人で悩みを背負い込んでいた。
さっきだって、涼太くんに相談する前に会場を抜け出してきてしまった。
「でも、今のお前は一人じゃない。今のお前の周りには、俺達【友達】がいる。」
一人じゃない――
私の周りには、友達がいる――
「確かに辛いこともあるかもしれない。悲しいこともあるかもしれない。でもな、俺達がいる!今の雪奈の周りには、【友達】がいるんだ!お前は十分頑張った!十分努力した!十分悲しんだ!今度はその悲しみを、俺達に分けてくれよ!・・・・・・そのための【友達】、だろ?」
涼太くんはそう言うと、最後に微笑んだ。
――そうだ。
以前の私なら、悲しさを自分ひとりで受け止めていた。確かに悲しくは無かったけれど、それはひどく冷たく、寂しいものだったような気がする。
でも、今の私の周りには、素敵な友達がいる。私の悲しみを分かち合ってくれる友達が。とても暖かい、たくさんの優しさが溢れている。
どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。
今の私は、一人じゃないのだ。
悲しければ、友達と悲しさを分かち合えばいい。
一人で受け止める必要など、全く無かったのだ。
「・・・ッ!」
涙が出た。
でも、さっきみたいな悲しみの涙じゃない。
友達の暖かさを実感した、嬉しさの涙。
「ううっ・・・!く・・・!ううう・・・!」
悲しみをこらえることが出来ない。
いや、こらえる必要は無いのかもしれない。
だって私には――
――悲しさを分かち合える友達がいるから。
「雪奈、好きなだけ泣いて良いぞ。もう我慢する必要なんて無いから。」
「・・・うん・・・ッ!」
私は頷くと、涼太くんの胸で泣いた。
今まで溜めておいた分、思う存分泣いた。
涼太くんはそんな私を、そっと抱き締めてくれた。
やさしい温もり。とても暖かい。
「涼太くんの・・・においがする・・・」
「わ!ごめんな!走ってきたから、汗臭いぞ。」
涼太くんは少し慌てた様子でそう言った。
しかし、私は涼太くんの言葉に小さく首を振った。
「・・・いいの。・・・涼太くんのにおい・・・大好きだから・・・」
「せ、雪奈・・・」
涼太くんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。余計に動揺させてしまったようだ。
だが、少し経つと、涼太くんは再び私をぎゅっと抱き締めてくれた。
彼の温もりが、私の心にまで染み渡ってくる。
それが、例えようも無く嬉しかった。
私は変わった――
変わったことで、悲しいことも増えた。辛いことも増えた。
しかし同時に、嬉しいことも、楽しいことも増えた。
それに、今の私は一人じゃない。素敵な友達が、私の周りにはいる―――
私が変わったからこそ、友達がいることに「嬉しい」と思えるのだと思う。
私が変わったからこそ、こんなにも彼のことを「愛しい」と思えるのだと思う。
理由はたったそれだけだけど――
それだけで、こんなにも幸せな気分になれるのだ。
だから、今なら胸を張って言える。
私は、変わって良かった――
「・・・涼太くん。」
「なんだ、雪奈?」
言おう。彼に。私の気持ちを伝えるんだ――
「・・・私、変わって良かった。」
依然として私を抱き締めてくれている涼太くんに、私は言った。
私の言葉を聞いた涼太くんは、少し驚いた顔をした後、
「・・・そうか。」
と言って、満面の笑顔を私に向けてくれた―――
Another View END
「すぅ・・・すぅ・・・」
俺の背中で、規則正しい寝息を立ててる雪奈。
雪奈はあの言葉を言った後、倒れるように眠ってしまった。
無理も無い。あんなにも頑張ったのだ。
今はぐっすりと寝かせてあげよう。
さて・・・俺もここからホテルに戻らなくてはならない。
「・・・行くか。」
そう呟くと、俺はホテルを目指して歩き始めた。
「ん・・・?あれは・・・」
ホテルに帰る途中、昼間に寄った本屋を発見する。
雪奈が貰うはずの賞金は、雪奈の代わりに俺が預かっておいた。
この賞金で、雪奈が欲しがっていた本を買って帰ろうか。
勝手に雪奈の金を使っても良いのかと迷ったが、当の本人は俺の背中で気持ちよく眠っている。許可を取ることも出来ない。
「・・・仕方ないな。」
俺は雪奈の賞金を使い、雪奈が欲しがっていた本を購入した。
ホテルに戻ったら、俺の財布から本の値段分の金を賞金に加えておこうと思う。
・・・もちろん、少し多めにな。
ここまで頑張ってきた雪奈への、俺からのささやかなプレゼントだ。
次回予告
甘い誘惑――
「はい!この島って、おいしいスイーツのお店が沢山あるらしいんです!」
甘いひと時――
「ん〜。おいしいです〜♪」
甘い計算――
「・・・これ、全部食えるの?」
甘い美味――
「ああ・・・・素晴らしい・・・」
女性達を刺激する、数々の甘味――
次回 第四十一話 「甘味」