第三十九話 「天才」
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会場には、既に相当な人数が集まっていた。
ボディービルダーらしき、筋肉モリモリの男。
いかにも頭の良さそうな、スラリとした男性。
しなやかな肉体を持ち、かつ知的な顔立ちをしている女性。
・・・などなど。
その数は、ざっと百人を超えていると思う。
ここにいる人間は全員、この大会に出るのだろうか?
そう考えると、少し寒気がした。
「受付・・・済ませた・・・」
受付に行っていた雪奈が戻ってきた。どうやら受付を終えたらしい。
雪奈の胸には「105」と書かれた円形のプレートが付けられていた。
「105」か・・・やはり、人数は100人以上いる。それも、明らかに運動能力の良さそうな人間、見るからに頭脳明晰な人間がちらほら見られる。
本当に・・・勝ち抜けるのか・・・
雪奈の顔を見る。
雪奈は、相変わらず無表情だった。参加する選手達を、冷静に観察している。
・・・いや。よく見ると、雪奈の顔は少し緊張しているように見える。もしかすると、彼女は冷静を装っているだけで、本当はすごく緊張しているのかもしれない。
そんな雪奈が、俺は妙に健気に見えた。
ポンッ――
「・・・!」
雪奈の肩に手を置くと、彼女はピクリと反応した。
やっぱり、緊張しているんだ。
「雪奈、緊張するな・・・・・・ってのは無茶な話だけど、気楽に行こうぜ。もしも負けちゃって賞金がもらえなくても、明日の自由時間にまた一緒に本屋に行けばいい。その時は俺が奢ってやるからさ。」
雪奈の緊張を少しでも解そうと、声を掛ける。
「・・・うん・・・!ありがとう・・・!」
雪奈は静かにそう言うと、肩に置いた俺の手の上に、自分の手を添えた。
「頑張る・・・!!」
雪奈はそう言ったきり、言葉を発さなくなった。
俺の手に添えられた雪奈の手のひらは、すこし汗ばんでいた。
これから行われる競技は、【クイズ&アスレチック】。名前の通り、クイズとアスレチックを両方こなしてもらうことになる。
基本的には、さまざまなトラップが仕掛けられたアスレチックコースを進みながら、途中途中に設けられたクイズを解いていく形式だ。ただし、アスレチックの難易度は最大級。クリアするには、相当な運動神経が要求される。そして、クイズの難易度も並ではない。雑学問題が多く出題されるらしいが、中には相当マニアックな問題も入っているらしく、高い雑学知識が必要不可欠となる。クイズは基本的にランダムで出題され、誰がどの問題に当たるかは分からない。
さらに、クイズに間違えていいのは合計3回まで。3回間違えた地点で、失格となる。ちなみに、1回間違えるごとに問題は変わる。
つまり、この競技を勝ち抜くには、抜群の運動神経と高度な頭脳が必要不可欠なのである。
「そろそろ競技が始まります。選手はスタート地点に集まってください。」
アナウンサーの声が会場に響く。
「・・・行ってくる。」
「ああ。頑張って来い!」
俺の言葉に、雪奈はコクリと頷くと、スタート地点へと歩みを進めた。
『それでは・・・よ〜い・・・スタートっ!!』
アナウンサーの合図とともに、選手達が一斉にスタートする。
選手達の様子は、会場に設置されている巨大モニターで見ることができる。
しかし、凄まじいまでの人数だ。雪奈は巻き込まれてしまわないだろうか。非常に心配だ。
だが、俺の不安も無駄に終わったらしい。
『おーっと!105番の選手が飛び出たぁ〜!これは速い!』
雪奈は選手の群れをいち早く抜け、凄まじいスピードで最初のストレートを走っている。
しかし、本当に速いな・・・
『他の選手達も続いてきたぞ〜!』
雪奈に続いて、1番、24番、44番、72番の選手が、群れの中から飛び出してきた。
1番の選手は、体格が良い、いかにもスポーツマンといった選手だった。24番の選手は、一見ガリ勉といった感じだが、この足の速さだ。きっと優れた運動能力の持ち主だろう。44番の選手は、知的な顔と共にしっかりとした体格を持った選手だ。この中では一番の強敵かもしれない。72番は、なんと女性だった。スラリとした体系の持ち主で、顔も知的であった。
この4人のスピードも半端ではない。
他の選手達との差をぐんぐんと広げ、雪奈に迫る。
そして、最初の難関、「棒渡りセクション」だ。
鉄棒ほどの細さの棒を30メートルほど渡って、向かい岸へと到着すればクリアだ。
ちなみに、もしも落ちてしまった場合には下に水溜りが用意されているので安心だ。
しかし、こんな細い棒を渡るのは、至難の業ではないか。もしかすると「棒渡り」で大半が脱落するかもしれない。
タタタタタタタタッ――
雪奈は殆どスピードを落とさず、あっという間に向こう岸へと到着する。
さすがだ・・・
他の4人も、難なく棒を渡りきる。
しかし―――
「「「「う、うわぁぁぁぁぁ!」」」」」
案の定、相当な人数が棒を渡りきれず、落下していく。混雑もあって、渡るのはきわめて困難となっているようだ。
そんなことを見ている間にも、雪奈は最初のクイズに到着していた。
【Q:世界の三大発明と呼ばれるものを答えよ。】
いきなり難易度の高い問題だ。俺には到底分からない。と言うより、存在すら知らなかった。
果たして雪奈は・・・・
「【火薬】、【羅針盤】、【活版印刷】。」
――即答。
雪奈にとっては簡単な問題だったのかもしれない。
雪奈は次の難関へと向かっていく。
他の四人は・・・・どうやら、1番がクイズで脱落したらしい。雪奈を追っているのは、24番、44番、72番の三人となっていた。
その他の選手達は、「棒渡り」で大分減ってしまった。最初の人数の四分の一程の人数しか残っていない。
次の難関は、「バランスタンク」と名付けられた障害だった。
12角形の柱に乗り、回転させながら渡るというものだ。
これは、相当なバランス感覚を持っていなければクリアすることはできないだろう。
「・・・・」
しかし、雪奈は手こずる様子も無く、さらりとクリアしていく。
・・・本当にすごい。
「うわっ!」
雪奈の後ろをピタリとマークしていた24番の選手が、バランスを崩し、下へと落下していく。その他の生き残っていた選手達も、ほとんどが「バランスタンク」で落下していく。これで、トップ争いは、雪奈、44番、72番の三人に絞られた。
トップの雪奈が、次のクイズコーナーへと到達した。
【Q:フグの毒の主成分は何?】
・・・普通に生活してたらこんな問題分かるわけが無い。
これは雪奈でも分かるかどうか・・・・
「・・・テトロドトキシン。」
またも即答。
雪奈は答えるや否や、即座に次の難関へと向かう。
それを、44番がすぐさま追いかける。72番の姿が見えないが、どうやら彼女はクイズコーナーで脱落してしまったようだ。
次の難関は、「クリフハンガー」。
壁面の突起に、指だけを掛けてぶら下がりながら進むというものだ。
言うまでも無いが、常人ではコレをクリアするのは難しい。
「く・・・・」
さすがの雪奈も、これには少々手こずっているようだった。この競技は、相当な指の力が要求される。いくら運動神経抜群とはいえ、雪奈はまだ少女。それほどの力は持っていない。
「・・・ッ!」
やっとの思いで、「クリフハンガー」をクリアした雪奈。が、44番の選手は既に先行していた。
「・・・・」
雪奈は今までの難関が嘘だったかのようなスピードで走り、44番の選手を追った。
44番の選手は、次のクイズコーナーで苦戦していた。既に二問間違えており、後が無いようだ。
少し遅れて、雪奈も次のクイズにたどり着く。
『Q:【ゲルニカ】などで有名な【ピカソ】の本名は?』
え?普通に【ピカソ】じゃないの?
・・・・などと思った俺は恐らくバカなのだろう。
「・・・【パブロ・ディエゴ・ホセ・フレンチスコ・ド・ポール・ジャン・ネボムチューノ・クリスバン・クリスピアノ・ド・ラ・ンチシュ・トリニダット・ルイス・イ・ピカソ】」
・・・今、なんて言ったんだ?
それより、今のって名前なのか?
などと下らない事を考えているうちに、雪奈はゴールへと続く一直線を走る。
そして――
『優勝は、105番の冬美 雪奈選手ッ!』
ワァァァァァァァッ―――
歓声が沸き起こった。彼らから見れば、抜群の運動神経と明晰な頭脳を持った雪奈は、まさに天才。これほど盛り上がるのも無理は無い。
ワァァァァァァァァッ―――
歓声は、収まる気配を見せなかった。表彰台にいる雪奈も、恥ずかしいような、嬉しいような顔をしていた。
雪奈が喜んでくれたなら、この大会に来た意味はあったのかな。
そう思っていた。
だが――
「・・・確かにすごいけどぉ・・・あれだけ超人的だと、逆に近寄りにくいよね。」
一人の観客の言葉が、俺の耳に届いた。
・・・まずい。コレだけ大人数の観客だ。純粋に祝福できない者は、必ずしも存在する。
雪奈の耳に届いてなければいいのだが・・・
雪奈を見る。
「・・・・」
雪奈の表情から、先程の笑顔は消えていた。
・・・聞こえてしまったのか。
「いくら出来ても、あれだけ凄いとやっぱり気持ち悪いよなぁ。」
「ドラッグとかヤッてんじゃない?」
「あんだけ凄けりゃあ、この大会で優勝できるに決まってるじゃねぇか。ただ自分の力を自慢しに来ただけじゃねぇのか?」
「いいよなぁ〜。頑張らなくても凄い奴はよ〜。」
「あ〜いうの、「天才」って言うの?」
勝手な事を次々と口にする観客達。
どうして、素直に祝福することができないのだ。
雪奈はすごい。傍から見れば、努力を必要としない天才のように見えるのかもしれない。
だが、彼女は決して努力を怠ったりはしない。そして、努力を必要としないわけでもない。
人の何倍も、死に物狂いで努力して。それでももっと努力して。たくさんの努力を重ねて、様々なスキルを手に入れたのだ。
雪奈には確かに素晴らしい才能がある。だが、彼女は決して才能だけに頼ったりはしない。彼女はその才能を、自分の努力で開花させているのだ。
「・・・・ッ!」
タタタッ――
耐えられなくなったのか、雪奈は顔を伏せる。
そして表彰台から飛び降りると、全速力で会場から出て行ってしまった。
「雪奈!待て!」
俺は慌てて、雪奈の後を追った。
彼女の背中は、もう見えなくなっていた。
「くっ!」
今から追いつけるのか!?
雪奈は足が速い。もしかすれば、追いつけないかもしれない。
だが、そんなことは関係ない。とにかく追うのだ。
最後に見た雪奈の背中は、「天才」という重すぎる看板を背負った、一人の少女の小さな背中だった――
次回予告
私は変わった――
私の中に芽生えた、様々な感情。
喜び、悲しみ、楽しさ、つまらなさ――
それらは、私にとって掛け替えの無いものだった。
私の中の変化・・・それはプラスか、マイナスか――
「・・・私は、変わって良かったの・・・?」
次回 第四十話「変化」