第三十八話 「財布」
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「ふぅ・・・」
旅行4日目の午後――
今日も特にやることが無い俺は、溜まりに溜まった疲れを癒すべく、自分の部屋のソファーでぐったりとしていた。
「今日も疲れたな・・・」
今日の午前中は、みんなで海上スキーにチャレンジしてみた。
簡単だと思っていたが、コレがまた難しい。
海上スキーは、俺にとって今回が初めての経験だった。
当然ながら、最初は苦戦した。
桜や紅葉も初めての経験だったらしく、大分苦戦していた。
特に桜は運動神経が今一つなので、人一倍苦労していたのではないだろうか。
だが、一番意外だったのは、神様であるソレイユがかなりの苦戦を強いられていた事だった。
俺は慣れと共に多少の上達を感じたが、それでもまだまだ上手いとは言えない。
やはり、もっと練習が必要なのだろう。
しかし、俺達が苦戦する中、一人だけスイスイと乗りこなしている奴がいた。
――雪奈だ。
雪奈は何でも軽々とこなしてしまう。彼女に不可能は無いのではないかと思ったこともあった。
だけど、雪奈は自分で・・・
コンコン――
そんな事を考えていると、不意に、部屋のドアがノックされる。
誰だろう?
「開いてるよ。どうぞ。」
ガチャ――
部屋のドアがゆっくりと開く。
入ってきたのは――
「・・・・・・・・。」
――雪奈だった。
「雪奈か。どうしたんだ?」
「・・・本を買いたいの・・・だから・・・涼太くんに・・・一緒に言って欲しいって思って・・・」
雪奈は少し顔を俯かせ、遠慮がちにそう言った。
本を買う・・・となると、本屋だな。
本屋となると、町の方に行かなければならない。
歩いて行くとなると、なかなかキツイ距離だ。
だが、せっかく俺のところまで来てくれたんだ。彼女の頼みを無碍にするわけにはいかない。
全身の筋肉痛は痛み、疲労は残っているが・・・・まぁ、こんなのは俺が我慢すれば良いだけの話だ。
「分かった。付き合うよ。けど、わざわざ観光地に来てまで本を買うなんて・・・この島限定のでもあるのか?」
依然として俯いたままの雪奈に向かって、そう言った。
「・・・夜とか、暇だから。」
確かに入浴を終えれば暇になってしまうことが多い。最も、俺はさっさと寝てしまうことが多いのだが。
布団に入ればさっさと寝てしまえる俺とは違うのだろう。
「まぁ、何にしても付き合うからさ。」
「・・・ありがと・・・」
雪奈は顔を上げ、微かに微笑んだ。
「それじゃあ行くか。」
俺はソファーから飛び起きると、雪奈と一緒に部屋を出た。
「あ・・・・」
ふと、桜の部屋が目に入る。
どうやら彼女は出かけているらしい。
・・・だが、桜は大丈夫だろうか。昨日、あんな目にあったばかりだ。一人きりにしては危険な気もする。
正直、かなり心配だ。
雪奈も桜の事を気にしているのだろう。少し不安げな表情だった。
「なぁ雪奈。桜がどこに行ったか知らないか?」
「紅葉さんと一緒に・・・買い物・・・」
紅葉が一緒か・・・
ならば大丈夫だろう。
紅葉は昔から、一緒にいて安心するヤツだ。それに心身共に非常に強い。紅葉と一緒ならば、桜もきっと安心して町を歩けるはずだ。
「紅葉が一緒なら心配は要らない。それじゃあ俺達も行こうか、雪奈。」
「・・・うん。」
「いや〜、やっぱり暑いな・・・」
鬱陶しいまでに照り映える太陽が、俺達の肌をじりじりと焼いていく。
ホテルから外に出るたびに、リゾート地に来たのだということを実感させられた。
町中はいつもよりも混雑しているように見えた。何かのイベントでもあるのだろうか。
「雪奈、何か知ってるか?」
雪奈は首をふるふると横に振った。
「そっか。でも何となく気になるような・・・・」
「・・・・それよりも・・・本の方が読みたい。」
雪奈がさらりと言った。
そりゃそうか。本を買うために来てるんだもんな。
ホテルを出て、随分と歩いた。
人通りも、先程より激しいものとなってきている。
そろそろ着いてもいい頃なんだけど・・・
「・・・着いた。」
ようやく本屋に到着する。
気温のせいか、いつもより疲れたように感じる。
「じゃあ、入ろうか。」
俺の言葉に、雪奈はコクリと頷くと、俺の後を追って本屋へと入った。
ウィーン――
「はァ〜・・・涼し〜・・・」
店に入ると、涼しい空気が俺達を包み込んだ。
ベットリとかいた汗が、急速に引いていくのが分かる。
「いらっしゃいませ!」
店内に、店員のはきはきとした声が響き渡る。
「ゆっくり見てきていいぞ。俺も適当にブラブラしてるから、選び終わったら呼んでくれ。」
「・・・分かった。」
雪奈は頷くと、店の奥へとトテトテと歩いていった。
しかし、観光地まで来て、暇つぶしの為だけに本を買うとは・・・なんと言うか、雪奈らしい。
さて・・・俺も適当にブラつくか。
適当な本を探すべく、店内をぶらつく。
漫画コーナーに差し掛かったところで、足を止めた。
漫画コーナーには、様々な種類の漫画が置いてあった。格闘、冒険、恋愛・・・・この島でしか見られない作品も数点あるようだ。
「せっかくだから、この島オリジナルのを読むか・・・」
漫画の棚に目を走らせ、面白そうなタイトルの漫画を探す。
「じゃあ・・・コレでいいか・・・」
漫画のタイトルは【いけ!じゃがいもん】。
なぜ俺がこのタイトルに惹かれたのかは不明だ。
表紙には「じゃがいも」の顔をした二頭身の謎の生命体と、いかにも気の弱そうな少年が描かれていた。
この表紙だけでは、どんな漫画だか見当もつかない。
とりあえず本の冒頭に記されている「あらすじ」を読んでみることにした。
【あらすじ:ある日、じゃがいもんがきました。へぼ助くんの家にきた。じゃがいもんはじゃがいもなので、おいしそうでした。何がおいしそうかというと、味である。おいしそうだが、へぼ助くんはたべなかった。そしてふたりは仲良くなりました。そしてビッグがいた。いじめっこの。このビッグはへぼ助くんをいじめるので、じゃがいもんはやっつけようとしました。でも、たべられたのであった。へぼ助くんはじゃがいもんのかたきをうつため、ビッグと戦いました。負けたのである。つまり、へぼ助はビッグに負けたということです。だがそのとき、じゃがいもんは復活し、ビッグは倒されました。】
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「こ・・・これは・・・」
果たしてこのあらすじを見て「読みたい」と思う人は何人いるだろうか。
俺は【いけ!じゃがいもん】を速攻で棚に戻した。
この漫画を書いた作者は、違った意味で才能があると思う・・・
「はぁ・・・・」
気分を変えるため、俺は漫画コーナーを離れた。
再び店内をぶらついていると、今度は何やら難しい本が沢山置いてあるコーナーへと出る。
「・・・俺もたまにはこういう本を読んで頭を鍛えたほうがいいかもな。」
何かタメになりそうな本はないだろうかと、棚に目を走らせる。
・・・が、タイトルだけ見ても何がなんだか分からない。
まぁ・・・こういうコーナーにおいてある本は、どれもタメになるだろう。
俺は適当に一冊の本を棚から抜き取った。
タイトルは、【特殊相対性理論について】。
「ぐっ!」
とんでもないハズレを引いてしまった。
だが、適当に取ったのがこの本だったんだ、何かの運命かもしれない。
一応、少しだけ読んでみるか。
「え〜、なになに・・・【特殊相対性理論とは、アインシュタインによって1905年に発表された物理学の理論である。】・・・」
ふむふむ。
コレ位ならばまだ理解できるぞ。
ちなみに何故わざわざ音読しているのかと言うと、黙読ではまず理解できないので、音読ならば理解しやすくなるかな。などと考えたためである。
「【え〜っと・・・事件 E1 と事件 E2 が同時刻に起こったとすれば・・・・ある観察者 A にとって事象 E1 と事象 E2 が同時に起こったとしても・・・・】」
・・・ダメだ。もう意味が分からない。
「【・・・・・・・また、「いかなる慣性系においても物理法則は不変である」・・・・・c2t2 − x2 = c2(t')2 − (x')2】」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
俺は無言で【特殊相対性理論について】の本を閉じ、棚へと戻した。
・・・やっぱり柄でもないことはすべきではない。
「さて・・・・」
次はどこでヒマを潰そうか・・・
正直もう本屋から出たい位だったが、雪奈の買い物がまだ終わっていない。
などと考えながら歩いていると、今までとは少し雰囲気の違うコーナーへと到着する。
・・・よく見ると、子供がいない。見られるのは中年の男性ばかりだ。
一体、ここは何のコーナーだろう?
そう思いながら横の棚へと目を向ける。
「―――!」
そこには、女性の裸体を表紙に刻んだ本の山。
俗に言う、「エロ本」である。
こ、これはマズイ・・・早くこの場を離れなければ・・・!
などと言いつつ、一冊の本に手を伸ばしている俺。
まぁ、少しくらいなら大丈夫だろう。みんな自分の読んでいる本に夢中だ。幸い、誰も見てない。
「じゃ、じゃあ・・・少しだけ・・・・」
表紙を少しだけめくる。そこには――
「・・・涼太くん」
「ひゃうわぁっ!!!!!!」
俺のすぐ真横に、雪奈が立っていた。
「ど、どどどどどどどうした雪奈!」
声が裏返り、全く動揺を隠しきれていない。
「・・・買う本、決まったから。・・・レジに行こうと思って。」
「そ、そうか・・・・」
しかし、本当にびっくりした。心臓が止まるかと思ったぜ・・・
驚きのあまり、つい奇声を上げてしまった。これでは逆に怪しまれかねないぞ。
「・・・涼太くんは・・・何をしてたの・・・?」
ギクッ――
ま・・・まずい。なんて答える?まさか「エロ本に興味があったので読もうとしてました」なんて言えるはずはない。考えろ・・・考えるんだ俺・・・
「あ、あぁ〜!アレだよアレ!きょ、教養をつけるために、タメになる本を探してたんだよ〜!いや〜、なかなか見つからないなぁ〜!」
我ながらナイスな言い訳。
「・・・・そう。」
雪奈は俺をジッと見つめている。
その表情からは、彼女が何を考えているかを読み取ることはできない。
「ほ、ほら!早くレジに行こうぜ。」
俺は雪奈の背中を押し、レジへと向かった。
・・・大丈夫だ。バレてはいないはず。先程の言葉から推測するに、彼女はこのコーナーに来たばかりだ。それに俺を探して行動していたのだ。周りの本は見ていないだろう。大丈夫だ・・・!バレてない・・・!
「・・・でも・・・涼太くん・・・ああいう本は・・・タメにならないと思う・・・」
「―――なっ!!」
そ、そんな・・・バカな・・・・
バ、バレてる・・・
完全にバレている・・・・
雪奈はその後、顔を真っ赤にして俯いてしまい、レジに着くまで口を開くことは無かった。
「―――以上でよろしいですか?」
「・・・はい。」
雪奈が渡した数冊の本を、店員は丁寧に紙袋に包んでいく。
「お会計、4200円になります。」
雪奈が自分の財布を取り出すために、バッグに手を入れる。
「・・・あ・・・!」
雪奈が突然声を上げた。
「どうした?」
「・・・お財布、忘れた・・・」
無表情でそう言う雪奈。だがその表情には、若干の困惑が浮かんでいた。
「仕方ない。ここは俺がおごるよ。」
「・・・いいの?」
俺も男だ。たまには男らしいところを見せねばなるまい。
「ははは。気にするなよ。」
そう言いながら、俺はサイフが入れてあるポケットへと手を入れる。
――が。
「・・・あ、あれ?」
サイフが・・・無い!?
そんな筈は・・・
俺は慌てて、他ポケットも探り始める。
しかし、どのポケットからもサイフは見つからなかった。
「わ・・・悪い・・・雪奈・・・俺もサイフ忘れちまった・・・」
「えっ・・・・」
雪奈は少し驚いたような顔をしたが、すぐに、
「・・・そう。」
と言って、またいつも通りの無表情に戻った。
これは・・・今日は諦めるしかないか。
今からホテルに帰って、またここに来るのでは大変だし、時間も遅くなってしまう。明日の自由時間に来れば・・・
「・・・仕方ない。」
雪奈はそう言って、店の出口へと向かう。俺もその後に続き、出口へと向かった。
「あ!ちょっと待ってください、お客さん!」
出口の自動ドアまで来たところで、店員に呼び止められる。
「あの・・・お金が無いのでしたら、コレに出てみたらいかがでしょう?」
店員が、手に持っていたポスターらしきものを俺達の眼前に広げた。
ポスターには、【クイズ&アスレチック大会のお知らせ】と書いてあった。
「クイズ&アスレチック・・・なんだ、これ??」
「はい。今日、この近くの競技場で開催される大会です。なんでも、頭脳と運度能力の両方が備わっていないと勝ち抜くことのできない大会だそうで・・・斬新なアイデアと高額な賞金で、けっこうな噂になっているらしいです。」
なるほど。今日はやけに人が多いと思ったが、この大会があるからか。
だが、あいにく俺には高度な頭脳は無い。運動神経だって、他の猛者たちに敵う自信はない。
大体、高度な頭脳と抜群の運動神経を兼ね備えた奴なんて、そうそういるもんじゃない。
「クイズ&アスレチック・・・・」
雪奈は相変わらずの無表情でそのポスターを見ていた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
待てよ・・・いるじゃないか。
高度な頭脳と抜群の運動神経を兼ね備えた奴が。
「・・・雪奈。この大会、出てみるか?そうすりゃ本も買えるぞ。」
雪奈なら、もしかすれば・・・
それにこの大会で賞金を獲得することができれば、明日の自由時間を潰す必要も無い。
「・・・出る。」
雪奈は短く、しかしはっきりとそう言った。
「決まったようですね。受付は近くの競技場で行っています。急げばまだ間に合うはずです。」
店員の言葉に頷くと、俺達は急いで競技場へと向かった。
次回予告
ついに幕を開けた大会――
「頑張る・・・!!」
集まる猛者たち――
『他の選手達も続いてきたぞ〜!』
抜群の運動神経と――
「・・・・」
高度な知能――
「・・・テトロドトキシン。」
勝ち残れるのは、天才のみ――
「く・・・・」
次回 第三十九話「天才」