第三十話 「出発」
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8月8日。
ついに旅行出発の朝を迎えた。
「お〜い!愚民!起きんか!」
時刻は午前4時30分。普段ならばまだ寝ている時間である。
「う〜ん・・・・後5分・・・・」
お決まりのセリフで少しでも長く眠ろうとする俺。我ながら潔くない。
「そうか・・・・・・・そんなに寝ていたいのならば・・・・・・・永遠の眠りにつくがいい!!・・・・・・・・@△●?ΩΣ@*?Λβθ!」
バリバリバリバリバリバリバリッ――
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
ソレイユの呪文が、情け容赦なく俺を貫く。
旅行出発の朝は、最悪の目覚めだった。
「ソレイユ!いくらなんでも呪文は無いだろ!」
俺はソレイユに反抗する。
「ふん。あのままならば、貴様は確実に起きなかったろう。」
「う・・・」
確かにそれはごもっともだ。あのままならば、俺は寝過ごしていたかもしれない。
「ちぇっ・・・まぁいいや。確か・・・雪奈の家に6時に集合だったな。」
「ああ。そうだ。準備はもう出来てるし・・・とりあえず朝食を食おう。私が作ってやろうか?」
最初のソレイユからは考えられないような発言。しかし、それは「地獄に行け」と言っているのと同じ意味を持っていた。
「い・・・いや、いい!いいよ!俺が作るからさ!ソレイユは座って待っていてくれよ。」
「む・・・そうか・・・?ならばお言葉に甘えさせてもらおう。」
旅行前に腹を壊したのではたまらない。わざわざ危険を冒してまでソレイユに作らせる必要は無い。
「んじゃ・・・軽く作るとしますかね・・・・」
俺は朝食を作るべくキッチンへと向かった。
「そういえばさ。」
食事の途中、俺はふと、ある事が気になった。
「何だ、愚民?」
ソレイユが聞き返してくる。
「ん〜っと・・・旅行に言ってる間、仕事サボっちゃってていいのか?」
旅行に行くのであれば、一時的とはいえ当然この町から離れる。その間の仕事は大丈夫なのだろうか。
「ああ。問題ない。調査の方は、旅行が決まった日から随分と先に進めた。既に最低一週間後の仕事までは進んでいる。私は最近、家にいないことが多かっただろ?」
ソレイユが答えた。
確かに、ソレイユは最近、家にいない事が多かったな・・・どうやら数日かけて調査を結構先まで進めたらしい。
「それに、私が持っている水晶でこの街の様子は確認できる。もし何か起こった場合は、私だけでもすぐに戻るつもりだ。」
ソレイユが続けて言った。
どうやら心配無用だったようだ。さすがはソレイユと言ったところか。そういった点で抜かりは無い。
朝食も終わり、後は出発を待つのみとなった。時刻は午前5時15分。そろそろ出発した方が良いかもしれない。
「ソレイユ、そろそろ出かけよう。」
ソレイユは荷物の確認をしていた。その確認も、ちょうど今終えたところらしい。
「うむ。そうだな。出発しよう。」
ソレイユは出していた荷物をしまい終えると、そう言った。
ガチャ――
玄関を開けると、やや蒸し暑い空気が肌に触れた。まだ朝早いというのに、この暑さとは。どうやら今年の夏は例年に比べて若干温暖のようだ。
「愚民。鍵はちゃんと閉めたか?」
「ああ。」
戸締りのチェックも完了だ。これならば何日家を空けていても大丈夫だろう。
「ん・・・・?あれは、紅葉じゃないか?」
門の前に、紅葉の姿を確認する。
「おーい、紅葉!」
紅葉に呼びかけると、紅葉はこちらに向かって手を振ってきた。
「どうしたんだ。もしかして、俺達を待ってたのか?」
「うん。せっかくだから、一緒に行こうと思って。」
どうやら紅葉は、俺達を待っていたらしい。待たせてしまっただろうか。
「悪いな。結構待ったか?」
「ううん。大丈夫。私も今来たところだから。」
ならば一安心だ。約束してないとはいえ、待たせてしまったのではバツが悪い。紅葉も待っていてくれたことだ、さっそく雪奈の家に向かうとしよう。
「んじゃ、ソレイユ、紅葉、行こうぜ。」
「うむ。」
「うん。れっつご〜っ!」
俺達は並んで、冬美家へと向かった。
「・・・・相変わらずデカイな・・・」
午前5時50分。俺とソレイユ、そして紅葉は、冬美家に到着する。城を守る巨大な門に設置されているインターフォンを押すと、マイクから執事の声が聞こえた。
「どちら様でしょう?」
「四季嶋です。それと、秋月もいます。」
ギィィィィィィ・・・・・・・
執事の問いに答えると、巨大な門が音を立てて開いた。ただでさえ巨大な門が開くとあって、その迫力も並ではなかった。
「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください。」
執事の声に促され、俺達は門をくぐる。二回目となる冬美家へと足を踏み入れた。
「おはようございます。」
「おはようさん!」
広大な居間に案内されると、そこには既に桜と颯人が到着していた。颯人はともかく、桜が既に着いていることに少し驚く。今回は何時に出てきたのだろうか。
「桜・・・今日は何時に出てきたんだ・・・?」
気になって仕方がないので、直接聞いてみることにした。
「え〜と・・・夜の1時くらいです。」
・・・・・やっぱり。
「君達、良く来てくれたな。」
雪奈の父、冷司が俺達の前に現れる。その表情は以前よりも随分と柔らかくなり、優しさを感じさせるほどだった。
「ジェットは私達で用意した。存分に楽しんできなさい。夏鈴島リゾートの建設には、私のグループも携わっている。フリーパスも用意した。これでいくら遊んでも無料だ。ちなみにホテルも無料となるぞ。」
どうやら、フリーパスまでも用意してくれたようだ。
「ありがとうございます。」
俺はみんなを代表して礼を言った。
「それでは、そろそろ出発するとしよう。格納庫に移動するぞ。」
冷司の指示に従い、俺達は格納庫へと移動した。
飛行機の内部は、結構な広さがあった。そのためわざわざ隣同士に座る必要も無く、俺達は散り散りに好きな席に座った。
「ドキドキするね〜。」
紅葉が声色を弾ませ言った。
「私も楽しみだ。」
同じくソレイユも声を弾ませている。
「そうだな。楽しんで来よう。」
俺はシートベルトを締めながら言った。
「私・・・実は高いところ苦手なんです・・・」
桜が俺の前の席で震えているのが分かる。どうやら真剣に恐がっているようだ。
「仕方ないな・・・」
俺は締めたシートベルトを外し、桜の隣に座る。
「ほら。これで恐くないだろ。」
ギュッ――
俺は、隣に座る桜の手を握り締めた。体温はやや冷たく、恐怖のために少し汗ばんでいるのが感じられた。
「えっ・・・」
突然のことに、桜はきょとんとしてしまっている。しかし、徐々に白い頬が赤く染まっていくのが分かる。
「あ・・・あの・・・ありがとう・・・ございます・・・」
「気にすんな。離陸して落ち着くまではこうしててやるから。」
俺は再度シートベルトを締めなおしながら、桜にそう言った。
「あ・・・・」
桜の顔は既に真っ赤に染まり切り、顔を隠すかのように下を向き俯いてしまっている。まだ少しは恐怖を感じる筈なのに、彼女の表情は少し微笑んでいるように見えた。
「む〜・・・・」
「む〜・・・・」
後ろから、ソレイユと紅葉の視線が突き刺さるのを感じる。・・・すごく痛い。
「あぁ〜!!てめぇ!涼太!一人だけいい思いしてんじゃねえよコラ!」
颯人がいつものように喚いている。つくづく愚かだと俺は真剣に思った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
雪奈も俺のほうを見ていた。心なしかいつもよりも無口な気がする。気のせいであることを願いたいが。
【間もなく離陸いたします。シートベルトをしっかりとお締め下さい。】
機内へとアナウンスが入る。いよいよ出発だ。
ゴオオオオオオオオオオオオオオ・・・
うねるような低い音を立てて、ジェットが加速する。やがて陸を蹴り、機体は空に身を任せる。
「・・・・・・・・・ッ!」
桜がまたも震えている。俺は桜の手をぎゅっと強く握った。
「・・・・・・」
桜もギュッと握り返してくる。
ジェット機の窓からは、徐々に離れていく俺達の町が確認できた。
「く・・・どれだ・・・」
夏鈴島に着くまでの暇な時間を潰すため、俺達はババ抜きを行っていた。
ただし、ただのババ抜きではない。ビリの人はトップの人の言うことを一つだけ何でも聞かなくてはならないという、何とも命懸けのルールである。そして俺は今、最大のピンチに遭遇していた。
「・・・・・・・・」
俺は、ソレイユにカードを引かせ、雪奈のカードを引くというポジションに位置していた。先程雪奈が紅葉からババを引き、(紅葉のわかりやす過ぎるリアクションのため分かった)今度は俺が雪奈のカードを引く番だった。
「どれだ・・・どれだ・・・」
「・・・・・・・・・・」
しかし、雪奈の表情からは、どれがババなのか全く予想できなかった。雪奈の無表情さが完璧な武器となっている。
「涼太〜!早くしてよ〜!」
紅葉が急かしてくる。だが、このまま悩んでいても同じだ。俺はさっさとカードを引いてしまうことにした。
「これだぁ―――ッ!!」
宝くじに当たらなくても良い。試験でヤマが当たらなくても良い。商店街の福引はティッシュで我慢する。だからお願いだ!ババだけは勘弁してくれ。俺は全ての運をこのカードに賭けた。引いたカードは――――
ババだった。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!」
所詮、俺の運はこの程度なのか。全ての運を賭けても、ババすら避けられないほど運が無いのか。それとも賭けた運がしょぼ過ぎたのか。くそう。
「あー、涼太さん、ババ引きましたね〜!」
桜が笑顔で言った。リアクションでバレバレだ。紅葉のこと言えないな。
まぁ良い。ゲームが終わるまでに、このババを誰かに引かせればいいことだ。
「ヘッヘッヘッへ・・・・」
何ともいやらしい笑みを浮かべながらそんなことを考える俺。だが、正面で颯人が「同類の目」で俺を見ていた。コイツと同類だけは嫌なので、俺は即座に正気に戻ることができた。
「さぁ!引くがいい!俺が持っているババを!そして俺がトップに君臨する!フハハハハハハハハ!!」
十分後――
長きに渡るババ抜きは終了した。結果は、
1位:紅葉
2位:雪奈
3位:ソレイユ
4位:桜
5位:颯人
6位:俺
だった。
・・・・・・・・・・結局ビリか。
「やったぁ!私が一番ね!何をお願いしようかなぁ・・・う〜ん・・・」
隣では紅葉が、俺に何をお願いしようかと考えを巡らせていた。あまり無理なお願いは避けたいんだが・・・・・・恐らく無理だろう。
【間もなく目的地、『夏鈴島』に到着致します。座席へ戻り、シートベルトをしっかりと締め、着陸にお備え下さい。】
「あ!もうそろそろ着くね!「お願い」が今は思いつかなかったから、また後で使うね。」
そう言い残し、紅葉は自分の席へと戻っていった。
だが、まだ安心はできない。「お願い」を実行されるのが少し先延ばしになっただけだ。俺は不安を心に残しながらも、自分の席へと戻った。
いつの間にか俺達を囲んでいた雲は消え、下にはもう海が見える。そしてその先に見える大きな島――夏鈴島。三日月を思わせる島の形状は、上空から見ると実に美しかった。
「綺麗・・・」
「ホントね・・・」
「うむ・・・」
「・・・・・・」
「すげぇ・・・」
皆口々に言葉を放つ。
いよいよ・・・俺達の旅行が始まる。期待、不安、様々な気持ちを胸に秘め、俺達は徐々に近づく夏鈴島をそれぞれの瞳に映していた。