第二十九話 「準備」 後編
感想、評価などいただけたら幸いです^^
前回のあらすじ:旅行の準備のため、ソレイユに買い物に付き合わされた俺。水着を選ぶのやら色々あって、かなりの疲れを覚え家に帰宅した。ソレイユは出かけるらしいので横になろうと思ったら、今度は紅葉からの電話が。用件は、買い物に付き合ってくれとのこと。行かないと後が恐いので行ったものの、そこでも水着選びをさせられるハメに。それもやっと終わって、今度こそ家で横になれる――と思った矢先、三度目の電話が鳴り響いた。
ピリリリリリリリリリ――
携帯の呼び出し音が鳴り響いている。
・・・・とてつもなく嫌な予感がするのは何故だろう。
俺は恐る恐る携帯を手に取り、サブディスプレイを見ずに通話ボタンを押した。
「もしもし・・・」
「あ!もしもし〜!涼太さんですか〜??」
「桜か!?」
電話を掛けてきたのは桜だった。一体何の用があるのだろうか?
「どうしたんだ?何か用か?」
俺は桜にそう尋ねた。
「あのですね〜・・・デパートに水着を買いに行こうとしたら、迷ってしまったんです・・・本当に申し訳ないんですが・・・迎えにきてはいただけないでしょうか〜・・・?」
・・・また迷子か。
やっと帰ってきて横になろうと思った矢先にこれだ。どうやら今日は俺のカンが冴えているらしい。・・・悪い意味で。
だが、桜をこのまま放っておくわけにもいかない。彼女のことだ、もしも俺が行かなかったら迷い果てた挙句、野垂れ死に掛けない。決して大袈裟な話ではない。なにせ彼女は、地図がないと学校も満足に歩けないほどの方向音痴なのだから。
「・・・分かった。今から行くよ。今、どこら辺にいるか分かるか?」
「えと・・・丸光薬局っていう看板が見えます・・・!」
丸光薬局・・・・なんだ、意外とデパートに近いじゃないか。
「じゃ、すぐに行くからそこを動くなよ。」
「はい!どうもスミマセン・・・ありがとうございますっ!」
俺は三度仕度を整えると、自転車にまたがり目的地に向かった。
「涼太さ〜ん!」
何メートルか先に、こちらに向かって手を振っている人影が見えた。桜だ。
俺は自転車のスピードを上げ、桜がいる地点まで一気に進んだ。
「お待たせ!ついでだからデパートまで案内しとくよ!また迷われちゃったら困るからな。」
ブレーキを掛けながら、桜にそう言った。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
桜は嬉しそうにそう言った。
「気にすんなよ。んじゃ、行こうぜ!」
「はい!」
桜の元気の良い返事が響く。俺と桜は、デパートへの道を進み始めた。
「着いたぞ。」
自転車で走ること5分。俺達はデパートに到着した。
「ありがとうございました、涼太さん。それで・・・あの・・・」
桜は何か言いたそうに体をモジモジとさせている。
「なんだ、桜?何か言いたそうだけど・・・」
このまま帰るのもどこか気持ち悪いので、桜に尋ねてみることにした。
「はい・・・あの・・・できれば・・・涼太さんに・・・水着を選んで欲しいなぁ・・・なんて・・・」
「・・・・へっ!?」
なんという偶然だろう。本日、三回目の水着選択要請だ。俺としては、帰って休みたいのだが・・・・ソレイユや紅葉の水着は選んだのに、桜の水着だけ選ぶのを断るというのも何か嫌だった。
「あの・・・ダメ・・・ですか・・・??」
桜の純粋な瞳が、俺を真っ直ぐに捉えている。この純粋な瞳を無碍にすることは、俺にはできなかった。
「・・・分かった。選ぶよ。」
・・・・・ついに言ってしまった。
「本当ですか!?ありがとうございますっ!」
「はぁ・・・・」
俺は溜息を吐きながら、自分は頼みを断るのが苦手な人間なんだな、と改めて自覚した。
「・・・で、どれがいいでしょうか??」
「う〜ん・・・」
桜のスタイルを見る。・・・・・中々に良いスタイルをしている。・・・しまった。これじゃあまるっきりオヤジじゃないか。しかし、桜のスタイルが良いというのは事実だった。俺は桜の水着を選ぶためには仕方がないんだ、と自分に言い訳をした。
「じゃ・・・これかな・・・??」
俺は白と水色のセパレーツ型の水着を桜に見せた。
「うわぁ〜・・・可愛いですね〜!」
桜は俺の選んだ水着を見て、目を輝かせている。それが何となく嬉しかった。なので・・・・
「桜が着たら、きっともっと可愛くなるよ。」
調子に乗って、そんな発言をしてしまった。
「へっ・・・・」
桜はきょとんとした表情を浮かべている。・・・しまった。まずい発言だったか。
「涼太さん・・・・嬉しいです・・・」
桜は顔を真っ赤にさせて、うつむいてしまった。そして俺からすばやく水着を奪い取ると、試着もせずに小走りでそれをレジに持っていった。
恥ずかしがっているのか・・・恥らう乙女はいつ見ても綺麗だな・・・ってオイ。今日は俺、なんだかオヤジ発言が多いような気がする。
「・・・あの・・・お待たせしました・・・」
「ん、ああ。じゃあ行こうか。」
桜は依然として顔を真っ赤に染め、うつむいたままだ。そんなに恥ずかしがることかなぁ。聞いた話によると桜は男性が苦手らしいので、こんな経験が皆無なのかもしれない。ならば頷ける。
「桜、その水着、気に入ってくれた?」
夕日に染まった道を自転車を押して歩きながら、俺は桜に尋ねた。
「はい・・・!もちろんです・・・!」
夕焼けのせいか、桜の顔がますます赤く感じた。
その後しばらく歩き、桜は急にその歩みを止めた。
「涼太さん・・・・今日は、ありがとうございました・・・!あの言葉、本当に嬉しかったです。涼太さんには、人を幸せに出来る力があると思います。私・・・涼太さんのそういうところ、好きですよ・・・!」
「えっ・・・」
桜の言葉に、俺は思わず歩みを止める。
「え・・・えと!それじゃ、今日はありがとうございましたっ!!」
桜はそう言うと、自転車にまたがりさっさと帰ってしまった。・・・自分の家と逆の方向に。
「全く・・・桜も相変わらずだな。でも、あんなに喜んでくれたなら、俺も嬉しい。」
俺は独り言のようにそう呟き、家へと自転車を進めた。
帰宅途中、いかにも高級そうな車とすれ違う。
「あ〜いう車、いったいどんなやつが乗ってるのかな・・・」
どこかで見たような気もするけど。
俺がそう思っていると、俺とすれ違った何メートルか先で、その車が突如停車した。そのままバックして、俺の真横につく高級車。
「な・・・なんだ・・・」
ガチャ・・・
高級車のドアが開く。
「・・・涼太くん・・・」
「雪奈!?」
高級車から出てきたのは、雪奈だった。つづいて、冬実家の執事らしき人物も車から出てくる。
「おお!四季嶋様!探しましたぞ!」
執事は車から出てくるなり、俺にそう言った。
「へ?俺を?何でですか?」
執事に尋ねる。
「実はですな・・・旅行に行くにあたり、雪奈さまは新しく水着を購入したいと言うのです。それで、ぜひとも四季嶋様に選んでいただきたいと・・・」
コクコク。
執事の言葉に、雪奈はコクコクと頷いた。
本日四回目の水着選びの依頼・・・これはもう、偶然だとは思えなくなってきた。いや、こんなのが偶然であるとは考えたくなかった。神様が俺にイジワルをしているとしか思えない。・・・あ。神様は俺の家に住んでるんだった。
「涼太くん・・・・??」
雪奈が俺をジッと見つめてくる。・・・どうも俺は、この子にジッと見つめられるのに弱いらしい。
「・・・ああ、分かった。行くよ。」
「・・・ありがとう・・・」
雪奈はニコっと微笑む。
こうして俺は、本日四回目となるデパートに向かった。
「う〜ん・・・」
「・・・・・」
雪奈の水着か・・・どれにしようか。雪奈は体の凹凸がそれほど激しくないため、ビキニやセパレート等といったものは無理かもしれない。
「じゃ・・・これはどうだ?」
俺は雪奈に、水色のワンピースタイプの水着を見せた。
「・・・・いいと思う・・・」
雪奈は俺からそれを受け取ると、試着室へと消えていった。
しかし、雪奈の水着姿か・・・きっと可愛いんだろうなぁ・・・
またしても親父的な発言をする自分自身に、深刻な絶望を感じる。
「涼太くん・・・・お待たせ・・・・」
試着室のほうから、俺を呼ぶ声がした。
「着替えた?じゃ、開けるぞ。」
シャッ――
「・・・・・・・・」
試着室の扉を開けると、俺が選んだ水着を着た雪奈が、少々恥じらいの表情を浮かべて立っていた。
「あ・・・・」
その光景は、俺の心を深く振動させた。いつもは無表情な雪奈が恥らう姿に、思わずドキッとさせられる。俺が選んだ水着も大変似合っており、雪奈の繊細さを引き立たせていた。
「似合ってるよ、雪奈。」
ポンッっと雪奈の頭に手を置きながら、俺はそう言った。
「・・・・・・・・」
雪奈はますます顔を赤くすると、早々と試着室のカーテンを閉めてしまった。
もっと見ていたかったのだが・・・
結局、雪奈は俺の選んだ水着を購入した。彼女は俺が選んだ水着を、大事そうにずっと抱えている。
「そんなに気に入ってくれたのか?」
雪奈を車まで見送るとき、俺は何と無く雪奈に聞いてみた。
「うん・・・だってこれは・・・涼太くんが・・・私のために選んでくれた水着・・・だから・・・どんなに高い水着よりも・・・大事・・・」
「雪奈・・・・」
雪奈の言葉は、俺にとって何より嬉しいものだった。
「俺も・・・雪奈の水着が選べて良かったよ・・・!!」
雪奈の頭をクシャッと撫でながら、俺は彼女にそう言った。雪奈はくすぐったそうに方目を瞑る。
「じゃあ・・・また・・・涼太くん・・・」
「ああ。またな。」
俺と雪奈は、別れの挨拶を交わす。雪奈がドア閉めると車は発進する。俺は小さくなっていく車を見届けながら、なんとも言えぬ充実感を感じていた。
家に着いた頃には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。遅くなってしまったな、と少々反省しつつも家に入る。
「ただいま〜!」
ソレイユはもう帰っているだろうか?
「ぐ〜〜〜み〜〜〜ん〜〜〜!!」
思った矢先、リビングから怒りの形相のソレイユが飛び出してきた。
「な・・・何怒ってるんだよ・・・・」
大体の察しはつくが、念の為尋ねてみる。
「何でではない!!今何時だと思っている!私の夕飯も作らんで・・・一体どこで何をしていた!?」
現在の時刻は夜の十時。夕飯時はとっくに過ぎている時間だ。確かに俺も腹が減ったな。と、今はそんなこと言ってる場合じゃない。ソレイユの怒りはごもっともだけど・・・
「えっと・・・あの後さぁ、紅葉と桜と雪奈に水着選びを頼まれちゃって・・・それで一緒にデパートにいったらこんな遅く・・・」
俺は事実を赤裸々に告白した。
「ほう・・・すると貴様は・・・こんな遅くまで・・・他の女と・・・遊んでいたと言うのだな・・・」
ソレイユから怒りのオーラが放たれている。幻覚だろうか、ソレイユ後ろに阿修羅が浮かび上がっているような気がするのだが。いや、きっと幻覚ではない。彼女の今の心境は・・・阿修羅そのものなのだ。俺は死の恐怖を覚えた。
「い・・・いや・・・ソレイユ・・・これはだな・・・」
何とか言い訳をしようと頭をフル活用するが、もともとそれほど良い頭ではない。それに、今のソレイユにはいかなる言い訳も通じないと感じた。
「問・答・無・用!!」
ソレイユが呪文詠唱の準備を始めている。・・・非常にマズイ。
「ひ・・・ひぃぃぃぃ!!」
「@△●?ΩΣ@*?Λβθ!」
バリバリバリバリバリバリバリッ!!
俺の必死の抵抗もむなしく、ソレイユの呪文は無残にも俺を貫いた。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」
結局、俺はこうなる運命なのか。
もしも神様がいるのなら、俺をこんな運命にしたことを深く憎しみたいと思う。
・・・あ、神様は俺の家に住んでるんだった。
次回予告
いよいよ出発の日――
「お〜い!愚民!起きんか!」
再び訪れし巨城――
「・・・・相変わらずデカイな・・・」
もう一つの弱点――
「私・・・実は高いところ苦手なんです・・・」
いぶかしむ視線――
「む〜・・・・」
そして、残酷なる遊戯――
「ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!」
旅行の 始まり
次回 第三十一話「出発」