第二十五話 「笑顔」
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「私は・・・涼太くんたちと・・・友達になりたい・・・!転校なんて、したくない!」
心の扉を閉ざした少女は、生まれてはじめて、両親に自分の気持ちを告げた。
「な・・・・・・雪奈が・・・意見したのか・・・あの・・・雪奈が・・・」
冷司と凍恵は、信じられないと言った表情で、雪奈を見つめている。
「私・・・友達なんて・・・いらないって思ってた・・・だから私も孤立していたし、それでもいいと思ってた・・・でも・・・涼太君たちは・・・孤立している私を、いつも気に掛けてくれた。私の気持ちになって考えてくれた・・・!もう誰も寄り付かない私に・・・「友達になろう」って言ってくれた・・・だから私は・・・涼太君たちと友達になりたいの・・・!転校がこんなにも辛いと思ったことは・・・初めてなの・・・・・!」
驚いた。いつも無口な雪奈がこんなにも喋っているところを、見たことが無かったから。そして驚いているのは雪奈の両親も同様であった。口を大きく開けて、固まってしまっている。
やがて落ち着きを取り戻した冷司が、あわてて口を開く。
「し、しかし・・・・雪奈・・・!」
「私は・・・お父様がいいって言うまで・・・この家には・・・帰りません・・・!」
「くっ・・・・・」
雪奈は意外なまでに頑固だった。いつもの雪奈からは感じられないような決意――いや、雪奈の心の扉にしまってあった覚悟が、再び目覚めつつある。
「お・・・お前はそこまで・・・・」
冷司の心は、ゆっくりと、しかし確実に動いてきている。このまま行けば、交渉成立か?俺達の誰もが、そう思っていただろう。
しかし、俺達の願いは、意外な形で裏切られる――
突如、俺達の横を黒い人影が通り抜ける。その人影は、そのまま雪奈の方へと向かっていった。そして――
ガシッ――
「・・・・・きゃっ・・・!!」
「ククククク・・・・」
―――!!
黒い影の正体は、黒いスーツを着た男だった。その男は雪奈を羽交い絞めにし、首にナイフを突きつけている。
「「「「「雪奈ッ!!!!」」」」」
俺達全員の声が重なる。
「お・・・お前は給仕長の『仙崎』!!何のまねだ!!!!」
冷司は雪奈にナイフを突きつけている男――仙崎に向かって、そう叫んだ。
「ククククク・・・旦那様。雪奈お嬢様の命を助けたいのならば、3億ほど用意していただきたい。あなたほどの大金持ちならば、大した金額ではないでしょう?クク・・・」
「お・・・父さま・・・涼太・・・・くん・・・・!」
仙崎は、雪奈の命と引き換えに、3億円もの身代金を要求してきた。
「ふざけるな!雪奈をはなせ!!!」
俺は雪奈を取り返すべく、仙崎に殴りかかろうとする。しかし・・・
「おっと動くな!それ以上動いたら・・・この女・・・ぶっ殺しますよ・・・?」
「ぐ・・・・」
俺は思わず立ち止まる。相手が雪奈を人質にとっている以上、こちらは圧倒的に不利だ。
「く・・・なぜだ、仙崎!なぜ、給仕長のお前が・・・・!?あんなにも私に仕えてくれていたではないか!?」
冷司は困惑しながら、仙崎に尋ねた。目の前にいる仙崎という人物は、相当優秀な給仕長だったらしい。
「ククク・・・私が本心からあなたに仕えていたとでもお思いですか?全ては金のためですよ。当然でしょう?私は金さえいただければ、あなたがどうなろうが知ったこっちゃ無い。ククク・・・この瞬間を狙ってたんですよ。一番人質にしやすい、雪奈お嬢様に隙ができる瞬間を。ですが雪奈お嬢様は手強くてね。なかなか隙を見せてくれないのですよ。」
仙崎は依然として雪奈の首にナイフを当てながら、そう言った。
「ですが・・・・・・そこでトラブルが起きた。旦那様。あなたの言葉に、雪奈お嬢様は非常に動揺した。その時の雪奈お嬢様は、いつに無く隙だらけでした。まさに、格好の的・・・・・・。クククククク・・・・・・」
確かにあの時、雪奈はかなり動揺していた。それは俺の目から見ても明らかだったし、確かに狙うには持って来いだったかも知れない。雪奈が冷司達に意見を言っている時も、きっと動揺は消えていなかったんだ。
「まさか、ここまで上手くいくとはね。さぁ!この小娘の命がほしかったら、さっさと金を出しやがれ!あーっはっはっはっは!!」
仙崎は、狂気に満ちた笑い声を上げながら言った。これがこの男の本性なのだ。
・・・・・・確かに雪奈を動揺させたのは冷司だが、トラブルの原因は俺達だ。・・・・・・雪奈をこんな目に逢わせたのは、俺達でもあるんだ・・・・・・。
「クソッ・・・・・・!」
たまらなくなって、床を叩く。こんな事をしても雪奈を助けられるわけじゃない。だが、俺達のせいで雪奈が危ない目にあっていると思うと、ただ立っている事など出来なかった。
「愚民・・・・・・今は自分を責めていても仕方が無い。私がいれば、雪奈を助けることは可能だ。今は、自分達が出来ることをやるんだ。」
振り返ると、そこにはソレイユが立っていた。ソレイユの言葉に、俺は成すべき事を思い出す。
そうだ。今は自分を責めている場合じゃない。とにかく雪奈を取り戻すんだ。
「仙崎・・・・・・雪奈は返してもらうぞ。」
「・・・・・・フン。無駄だというのがまだ分からんか。仮にこの小娘を助けられたとして、貴様らは生きてここから出られん。」
ザッ――
気がつくと、俺達の周りは、何人ものボディーガードに囲まれていた。
「まさか・・・・ボディーガード達もグルだったのか・・・!!」
冷司は仙崎に尋ねる。
「その通りだ!覚えてないのですか!?このボディーガード達の契約をしたのは、全て私だと!かれらはボディーガードに変装した、私の仲間ですよ!!」
「・・・・!!この私が・・・ハメられてたのか・・・」
ボディーガードさえも仲間だったと言う仙崎の告白に、冷司はショックを受け、床にへたり込む。
「さぁさぁ!へたってないで、さっさと3億円を用意しなさい。ホラ!!」
「・・・!痛ッ・・・!」
仙崎は雪奈の頬に、軽くナイフを走らせる。雪奈は頬から血を流し、痛みに必死に耐えていた。その目には、僅かな涙が浮かんでいた。
こいつは絶対・・・許せない・・・!
ジリ・・・ジリ・・・
さらにジリジリと距離を詰めてくる、偽ボディーガード達。そして、追い詰められていく俺達。状況はますます不利になっていく。
「ホラホラどうした!さっさと3億円をよこすんだ!!」
仙崎の煽りが、俺達を更に焦らせる。まさに、絶体絶命だろう。ただし――
この場に太陽神がいなければの話だが。
「ソレイユ。」
俺は、ソレイユに目で合図する。ソレイユは黙ってうなずくと、小声で呪文を唱え始めた。
「@゜$^・・・・」
ヒュッ――
仙崎の腕の中から、雪奈が瞬間移動させられる。
「・・・・・!!なんだと!?」
ヒュッ――
そして雪奈は、俺の腕の中へ。
・・・対象の瞬間移動か。そんな事も出来るんだな。
「涼太・・・君・・・」
雪奈は俺の腕の中で、心底安心した表情を浮かべている。目にはまだ、僅かに涙が浮かんでいた。
「よく頑張ったな、雪奈。後は俺達に任せろ。」
俺は傷口を抑えるように雪奈にハンカチを与え、雪奈の頭を撫でてやる。
「よし!ソレイユ!俺は仙崎をどうにかする。お前はボディーガード達を頼む!今までの分、思いっきり暴れちまえ!」
俺はソレイユに向かって、そう言った。
「良かろう!!」
ソレイユは周りボディーガード達へ、俺は仙崎のほうへ向かって走る。
「くらえぇぇ!貴様ら!@△●ΩΣ@*Λβθッ!!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチィィィッ!!
「「「「「ぐあああああああああああああああ!!!!」」」」」
ソレイユの呪文詠唱を受け、次々に倒れていく偽ボディーガード達。さすがはソレイユだ。容赦というものを知らない。だが、今はその凶暴さが心強い。
そして俺は、仙崎に向かって言った。
「今度はお前の番だぜ!行くぞ!」
「このクソガキ・・・・!!せっかくの計画が大失敗だ!ブッ殺してやらぁぁぁ!!」
仙崎はナイフを思い切り振り上げ、俺に切りかかろうとする。が、仙崎の動きを読むのは容易かった。
シュッ――
「・・・・!何!?かわしやがった!?」
俺はナイフによる攻撃をかわすと、仙崎の頭部に強烈な鉄拳をお見舞いする。
ドガッ――
「ぐぁっ・・・!」
よろめき、ふらつく仙崎。俺は、さらに回し蹴りを仙崎の後頭部に炸裂させた。
ズガッ――
「ぐぅっ・・・!!」
倒れかける仙崎に、俺は止めのボディーブロを食らわせる。
ドゴッ――
「グッ・・・・・・ッあ・・・ッ!!」
ドサッ――
仙崎は強烈なボディーブローを受け、気絶する。
「り・・・涼太って、こんなにケンカ強かったの!?」
「りょ・・・涼太さん・・・お強いです〜・・・」
紅葉と桜が、俺を見て驚いている。無理も無いか。紅葉は昔の泣き虫だった俺しか知らないし、桜とは出会って長くないからな。
シュウウウウ・・・・
「うぅ・・・」
ソレイユの方も終わったようだ。偽ボディーガード達は全員、黒焦げになって床に倒れている。
「よし・・・ひとまず、解決か。大丈夫か、雪奈?」
「うん・・・・大丈夫・・・ありが・・・とう・・・」
雪奈が無事なことに、俺は安堵する。しかし雪奈は顔を赤くして、俯くばかりだった。
「ゴメンな。俺達のせいでこんな目に・・・・・・」
俺は雪奈に向かって、そう言った。雪奈を傷つけてしまったのは、実質俺たちなのだから。しかし、雪奈はフルフルと首を振ると、
「・・・・・・いいの。私、涼太君達のお陰で・・・・・・自分の意見を言うことができた。それは・・・・・・自分一人では、絶対に出来なかった事・・・・・・だから、謝らないで欲しい・・・・・・」
「雪奈・・・・・・」
雪奈の言葉は、意外なものだった。だが、雪奈のその言葉は、今の俺にとって本当に嬉しいものだった。
「せ・・・雪奈!!」
「せ・・・雪奈ちゃん!!」
声がした方を見ると、冷司と凍恵が、急いで駆け寄ってきていた。そして――
ガバッ――
「・・・・!!」
冷司と凍恵は、雪奈を思い切り抱きしめていた。
「お・・・・お父様・・・お母様・・・」
その姿は、いままでの冷徹な人間でなく、我が子を愛する親そのものだった。
「雪奈・・・すまなかった・・・・すまなかった・・・ッ!」
「雪奈ちゃん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ッ!」
冷司と凍恵は涙を流しながら、雪奈に謝った。何度も何度も、謝った。
2時間後――
警察に連絡し、仙崎と偽ボディーガードの身柄を引き渡した俺達は、雪奈の両親の部屋に呼ばれていた。
「「「「失礼します。」」」」
挨拶をし、部屋に入る。部屋の中には、雪奈の両親と、雪奈がいた。冷司は俺達全員の顔を見回すと、口を開いた。
「先ほどは、すまなかった。仙崎と偽ボディーガード達は、警察に任せようと思う。君達の活躍のお陰だ。礼を言う。」
冷司がそう言うと、凍恵も口を開いた。
「あなた達は、本当に雪奈のことを思っているのね。」
凍恵のその言葉に、俺は全員を代表して言う。
「そんなの当然ですよ!雪奈は友達ですから!」
その言葉に、冷司はフッと優しい笑みを浮かべ、言った。
「私達は勘違いしていたようだ。何が雪奈に必要なのか。何が雪奈にとっていけないのか。・・・・雪奈にとって本当に必要だったのは、【友達】だったのかもしれん。そしていけなかったのは、雪奈を籠の鳥のように扱っていた私達なのだ。今日、雪奈を見て、それを実感させられた。雪奈の心を閉ざしてしまったのは・・・・私達だ。無責任かもしれんが、その心を開けるのは君達しかいないようだ。」
―――!と、言うことは・・・・!!
「これからも、雪奈を頼む――!」
冷司はそう言うと、俺達に頭を下げた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「「「「「「や、やったぁぁ〜!!!」」」」」」
嬉しかった。雪奈は、晴れて俺達の友達になったんだ!
「う・・・うぅ・・・」
雪奈は嬉しさのあまり、泣いてしまっている。
俺とソレイユ、紅葉、桜の4人は、互いの手を押さえあうように、手を重ねる。俺達が始めて友達となった、あの日のように。
「さぁ!雪奈!」
「雪奈!」
「雪奈ちゃん!」
「せっちゃん!」
雪奈は涙を流しながら、俺達の手を見る。そして――
スッ――!
自分の手を、俺達の手の上に重ねた――
「俺達は・・・」
「「「私達は・・・」」」
「「「「「友達っ!!」」」」」
心の扉を閉ざしていた少女の願いは、こうして叶った。
それは――『友達がほしい』という本当にささやかな願いだった。
しかし、少女の顔には最高の「笑顔」が輝いていた――
久々の休日―
「お〜い、ソレイユ〜!昼飯の材料がないから、今日の昼飯は二人で外で食おうぜ〜!」
そして久々の安息――
「それじゃ、あそこの喫茶店でいいか。」
二人の動揺――
「「なっ!!!!????」」
二人で味わう、休日のひととき――
「ソレイユ・・・」
次回 第二十六話 「買物」