第二十四話 「交渉」
前回のあらすじ:ソレイユの作戦で、ガードマン達を回避した涼太達は、ついに城内に突入する。さらに城内のガードマン達をも掻い潜り、雪奈の両親の部屋へ・・・!
「何の用だ、貴様ら。」
雪奈の父親の声が、部屋に響く。その声は厳しく、そして冷たかった。
鋭い眼光が、俺達をとらえる。そして、彼はゆっくりと口を開いた。
「雪奈もいるようだが・・・この屋敷に侵入し、バカ騒ぎを起こし・・・何を考えている?貴様らは!」
雪奈の父親の怒鳴り声で、俺達は一瞬怯む。雪奈は、青ざめた顔を下に向け、かすかに震えている。自分の両親であるというのに、それほど恐しいのだろうか。が、俺は気持ちを切り替え、雪奈の父親に問う。
「あなたが雪奈の父親ですか・・・!」
非常に憎むべき相手だが、余計なトラブルを避けるために、一応敬語で話す。
「いかにも。私が雪奈の父だ。だからなんだと言うのだ?」
そう答えた雪奈の父親は、俺の顔を冷めた目で睨みつける。
「なんで・・・なんで雪奈を転校させるんです!彼女の意思を無視してまで、どうして!?」
雪奈の父親は俺の言葉を聞き、ニヤリと冷たく笑うと、俺達にこう言った。
「ああ。君達は雪奈の知り合いか。その話は、居間でしよう。君達にも納得のいく答えを聞かせてあげよう。さぁ、こちらに来たまえ。」
・・・何を考えているんだ?俺達が雪奈の知り合いと知った瞬間、居間で話をしようなどと言い出すなんて。まぁ、いいか。いずれにせよ話をつけるつもりだった。
雪奈の両親の言うとおり、俺達は彼らの後をついて行く。居間に向かう途中にも、広い廊下、何十億としそうな絵画や芸術品などが、俺達の目に飛び込んできた。
そして――
「・・・!!」
凄まじいまでの広さの居間に出る。床には赤いカーペットが敷き詰められ、部屋の奥には、巨大な暖炉も見受けられる。食事をするであろうと思われるテーブルには、最低でも20人は座れそうだ。そして、そのテーブルをも小さく見せてしまう、部屋全体の広さ。その広さに、俺達はしばし言葉を失った。彼らは俺達をテーブルに座らせ、自分達は俺達の相向かいに座った。席順は、紅葉、ソレイユ、俺、雪奈、桜の順だ。周りには複数のメイドさんが、テーブルを囲んでいる。
「さて、名乗り遅れた。私は、『冬美 冷司』彼女は、妻の『凍恵』だ。君達の名も聞かせてもらおう。」
雪奈の父親――冷司は自分の名を俺達に教え、俺達の紹介を求める。
「俺は、四季嶋 涼太です。」
「私は、ソレイユ・エスターテだ。」
「秋月 紅葉です。」
「春咲・・・桜です・・・」
雪奈を除く俺達四人が、冷司に名前を名乗る。
「・・・・・」
雪奈は先ほどから何も言わず、俯いたままだ。やはり顔は青ざめている。
「そうか。・・・雪奈!」
「・・・!」
冷司の声に、雪奈はビクッと反応する。
「こいつらは、お前の【知り合い】だろう?【友達】ではないな?」
冷司は雪奈に向かい、つまりは、【知り合い】という答えを期待しているのだ。
だが・・・
「この人たちは・・・私の・・・【友達】です・・・!!」
雪奈は父親の期待を裏切り、俺達の期待にこたえた。しっかりと。そしてはっきり、俺達の事を【友達】と言った。
嬉しかった。俺達4人は顔を見合わせ、微笑んだ。
「そうです!雪奈は、僕達の友達です!僕達は・・・」
「黙れッ!!」
俺の言葉は、冷司の怒鳴り声に掻き消された。そして冷司は冷たい目をこちらに向け、言葉を続ける。
「貴様らクズが、雪奈の友達だと?笑わせるな。貴様らと雪奈とでは、住む世界が違う!財力も!才能も!知力も!全てが違う!貴様らはあくまで、雪奈の知り合いに過ぎん!そこから先は、断じてありえん!!」
冷司は、怒りを露にして言った。
「貴様・・・」
ソレイユが、いまにも冷司に飛びかかろうとしている。俺は手でそれを制すと、冷司に向かって言った。
「知力とか財力とか、そんなもんに頼ってたら、本当の友達なんてできませんよ!」
俺のその言葉に、冷司はフッと鼻で笑う。
「いいか。この世には、才能のある人間とそうでない人間がいる。私や凍恵や雪奈は前者、貴様らは後者だ。才能のある人間はその才能を開花させ、成長していく。が、才能のない人間は自分にうぬぼれ、そして絶望、堕落していく。例外もあるがな。そして、才能のある者にとって最も邪魔なものが、才能のない者との接触だ。才能のない人間と低能な付き合いをすることで、才能のある人間の才能は開花せず無駄になっていく。しかし、才能の無い人間は才能のある人間の知識や技術をうばい、自分のものにする。分かるか!?この差が!?才能の無いものは、才能のあるものにとって、ウイルスでしかないのだ!!まぁホームレス等といったゴミクズよりはましだがな!ははははは!」
冷司が言い終えると、今度は雪奈の母――凍恵が口を開いた。
「雪奈ちゃんは、才能のある子です。貴方達のようなウイルスと接触し、感染してしまっては、いままで育ててきた雪奈ちゃんの才能が、無駄になってしまいます。わかるかしら?例えば、高級料理が、ばい菌に侵されては食べられなくなるでしょ?そんな感じかしら。」
・・・冷司と凍恵の言葉が、容赦なく俺達に向けられる。
ソレイユは、相当我慢しているらしく、顔は真っ赤になっていた。今まで神様として君臨してきたんだ、こんな風に言われるのは初めてだろう。が、きちんと我慢できている限りはえらいと思う。紅葉は、表情を変えず、相変わらす凛とした表情で、冷司と凍恵を見据えている。桜は泣いてしまっているのかと思いきや、意外にもしっかりとした表情で、話を聞いていた。逆に泣きそうなのは雪奈だった。いつもは無表情の彼女が、悲痛の表情を浮かべている。
・・・こんな顔をさせてはいけない。約束したじゃないか。転校を止めると。
俺は、再び口を開いた。
「確かに、俺には才能は無いかもしれません。でも、俺は自分のことをクズと思ったことはありません。そして、他の人をクズだと思ったこともありません。それに、思う資格もありません。才能は、威厳とは違います。あるものに関して優れている、ただそれだけの事です。その才能を駆使して神にでもなったのなら、あなたの言葉を信じましょう。しかし、それは不可能。あなたも僕も、才能があろうが無かろうが所詮、一人の人間なんです。家を持たない人や、身寄りの無い人も、同じ人間です。一生懸命生きている人間をクズ扱いする権利は、あなた達にはないはずだ!!」
そんな俺の言葉にも耳をかす様子もなく、冷司は言った。
「クズが何を言おうが、所詮は戯言だ。それに、貴様らは勘違いをしているぞ。私は、雪奈のためにやっているのだ。雪奈の才能を育て、一人前にしてやるために、こうしているのだ。見ろ!そのお陰で雪奈はこんなにも才能のある子に育ったろう!?私のおかげなのだ!!それをこんなところで台無しされてたまるか!」
「・・・!!」
冷司のその言葉に、雪奈はピクッと反応する。その顔は、とても悲しそうだった。
許せない。自分達の子に、こんな表情をさせるなんて。絶対に許せない。
ソレイユや紅葉、桜までもが怒りの表情で冷司を見ていた。こんな捻じ曲がった人間に、俺達の友情を壊されてたまるか。
その決意を胸に、俺は雪奈の両親に言った。
「違いますよ!あなた達は、決して雪奈のためを思っていない!あなた達は、自分の為に雪奈を育ててきたんだ!一人前にして、才能を開花させようと思ったのも、あなた達の名誉のためだ!その証拠に、雪奈が自分からそれを望んだことは無いはずだ!自分の欲望を、雪奈の欲望と勘違いするな!!」
「な・・・なんだと、キサマ・・・!」
居間まで冷静を保っていた冷司が、わずかに動揺を見せる。
「それに、雪奈がここまで才能を開花させたのは、あなた達だけのお陰じゃない!雪奈がたくさん頑張って、死に物狂いで努力して!それで才能は開花したんだ!才能っていうのは、ただそれに向いてるって事だけだ!それを開花させるのは、他でもない、自分の努力だ!雪奈は、自分でがんばって、努力して・・・それで才能を開花させたんだ!」
「・・・!!」
雪奈が顔を上げ、俺のほうを向いた。
「そ・・・そんなことは分かっているわよ!」
凍恵が、そう言った。が、俺はすかさず言葉を続ける。
「雪奈の努力を自分達の手柄にしてるあなた達には、雪奈の努力は絶対にわからない!!」
俺の言葉に、雪奈の両親は明らかに動揺していた。おそらく、自分にここまで意見してくるものはいないと思ったからだろう。
「く・・・貴様らに、雪奈の何がわかる・・・!!」
冷司が、そう言った。
「まだ・・・何も分かりません・・・!でも、俺達は雪奈を分かりたい!分かってあげたい!それが【友達】だ!!」
俺は言った。
「・・・・!!」
雪奈は、依然俺のほうをジッと見ている。少々あっけにとられているのか、口は少し開いたままだ。いつもの意図的な無表情とは、少し違った。
「な・・・何が友達だ!ふざけるな!!そ・・・そんな連中とつるむのならば、雪奈、お前もクズだ!」
その言葉に、雪奈はビクッと怯えるように体を震わせる。
そして、俺の中で、何かが切れた。娘をもクズと見なす冷司に怒りがこみ上げる。
そして――
「ふざけるなぁぁぁ!!」
ドゴッ――
「ぐッ!」
俺は冷司を殴った。自分の怒りと、雪奈の悲しみをこめて。
「「「「旦那様!」」」」
複数のメイドが駆け寄ってくる。
「き・・・きさま・・・なにを・・・!!」
メイドたちに支えられ、冷司は立ち上がりながら俺に言った。
「あなた達は、気付かないのですか?雪奈が、心の扉を閉じてしまったことを!どんなに苦しかったかを!どんなに辛かったかを!」
俺は続けて言った。
「な・・・何だと・・・?」
冷司が、俺に問うように言った。
「当然、気付かなかったでしょう。雪奈の気持ちも聞かずに、自分達の欲望を押し付けていたあなた達には・・・友達も自由に作れず、日々習い事に終われる毎日・・・たまに作った友達は、いつも認められず、学校の能力が低いと分かると、すぐに転校・・・・どれだけ辛かったか、分かりますか・・・?」
「・・・・」
「思い出してみてください!あなたは、本当に雪奈のことを思って雪奈を育ててきましたか!?雪奈の気持ちを聞きましたか!?」
「・・・」
冷司は黙っている。そして、振り返っていた。いままで雪奈にさせていたことを。
毎日習い事に行かせ、遊びに来る友達を皆追い出し、何かあっては転校させる。そんな毎日だった。雪奈は文句を言わなかった。ただの一言も。が・・・同時に、殆ど口を開かなかった。そうだ。子供の頃、あんなに明るかった雪奈。今はどうだ?殆ど口を開かず、最低限の言葉しか交わさない・・・まるで、心の扉を閉じたかのように。
そして、雪奈を見る。
雪奈は、悲しみをぐっとこらえているようだった。自分の中に入ってくる感情をシャットアウトしている。冷司には、そう見えた。改めてみる自分の娘の姿は、傷つき、
ボロボロになっていた。
「バ・・・バカな・・・私は・・・知らぬ間に雪奈を傷つけていたのか・・・雪奈の心は閉じ・・・その原因は・・・私たちなのか・・・!!」
冷司は激しい動揺を隠しきれず、そう言った。
凍恵も、同じことを思っているようだった。顔を背け、何かを深く考えている。
俺は、雪奈に言った。
「雪奈。今度は、雪奈の意見を言う番だ。雪奈は、どうしたい?生まれてはじめて、雪奈の気持ちを両親に話すんだ。」
「わ・・・私は・・・」
雪奈は、まだ迷っているようだった。中々言い出せずにいる。
俺は雪奈の頭に手を置き、言った。
「大丈夫だ。今の雪奈には、俺達がついてる。友達の、俺達がな!」
「そうだぞ!」
「そうよ!」
「そうですよ!」
ソレイユたちも、雪奈に微笑みかける。
雪奈の目には涙が溢れていた。
やがて雪奈は決意を固めたらしく、まっすぐに両親を見据え、決意に満ちた目で、そしてはっきりと言った。
「私は・・・涼太くんたちと・・・友達になりたい・・・!転校なんて、したくない!」
心の扉を閉ざした少女は、生まれてはじめて、両親に自分の気持ちを告げた。
ついに自分の気持ちを打ち明けた雪奈。
「私は・・・涼太くんたちと・・・友達になりたい・・・!転校なんて、したくない!」
戸惑う両親――
「な・・・・・・雪奈が・・・意見したのか・・・あの・・・雪奈が・・・」
固い決意――
「転校がこんなにも辛いと思ったことは・・・初めてなの・・・・・!」
さまざまな想いが交差する中で、更なる試練が待ち受ける――
「お・・・父さま・・・涼太・・・・くん・・・・!」
次回 第二十五話「笑顔」