第十六話 「自覚」
感想、評価などいただけると嬉しいです。
ソレイユと紅葉の勝負から一夜明け、日曜日―
ソレイユと紅葉の勝負は終わり、俺はやっと平穏な生活が戻ると思っていた。
だが・・・甘かったようだ。
荷物が届かなくて家での生活ができない紅葉は、結局俺の家に泊まる事になった。
「じゃあ今日から荷物が届くまで、よろしくね。」
「ああ。分かったよ。」
「ふん!私は認めないぞ!」
相変わらず文句を言ってくるソレイユ。
「まぁまぁ。いいじゃないか。紅葉は自分の家で生活できないんだぞ?」
「む・・・それなら・・まぁ、仕方あるまい・・」
渋々だが、了解してくれたようだ。
「よろしくね、ソレイユ・・・!」
「ああ!こちらこそな・・・!」
ギリギリギリギリ・・・・
握手を交わす二人の手には、尋常じゃないほどの力がこもっていた。
見ているこっちが痛い・・・
・・・しかし、紅葉の荷物が届くまでは、この二人の対立の中で生活しなきゃならないのか・・・
「生活しづらそうだな・・・」
俺の心は、不安で満ち溢れていた。
コンコン・・
俺がベッドで小説を読んでいると、誰かが部屋のドアをノックしてきた。
誰だろう?
「鍵、開いてるぞ。入ってこいよ。」
そう言って、部屋に招き入れる。
ガチャ・・・
「涼太・・・来ちゃった!」
入ってきたのは、紅葉だった。
「紅葉か・・・」
「うん!・・・涼太の部屋・・・久しぶりだなぁ・・・」
そう言って、紅葉は俺のベッドの上に座る。
「久しぶりって……この前入ったばかりだろう。」
「あの時は、暗くてよく見えなかったもん。」
そう言いつつ、紅葉は俺の部屋を見回している。俺も一緒になって見回してみるが、部屋中が自分の私物で溢れかえっている。正直、汚い。
「汚いから、あまりジロジロ見るなよ。」
「えへへ・・・懐かしいなぁ・・・このベッド・・よく二人で一緒に寝たよねぇ・・」
「こ・・・こら!い、いつの話だ!!」
恥ずかしい思い出を思い出させてくる。
しかし、久しぶりだな。この部屋で紅葉とゆっくり話すのは。
昔は紅葉の言うとおり、よく一緒に寝てたりもしたっけ。今じゃ・・・考えらんないな・・・
今の紅葉と一緒に寝ていることを想像し、つい顔が赤くなってしまう。
「涼太、どうしたの?顔が赤いよ?」
「な、なんでもないです・・・」
「ふぅん・・・」
と言いながら、紅葉は俺のベッドの下をあさり始める。
「こ・・・こら!何やってんだ!!」
「ん・・・すけべな本の隠し場所は、昔と変わってないのかなぁって・・・」
げっ!俺の秘蔵コレクションの隠し場所まで覚えてたのか!?
「や・・・やめろって・・この・・あッ!」
「ち・・・ちょっと・・・きゃッ!」
ドサッ!
紅葉の探索行為を止めようとした俺は、部屋のガラクタにつまづき、紅葉を押し倒す形でのしかかってしまった。
「も・・・紅葉・・・」
「り・・・涼太・・・」
二人の顔が近い。お互いの吐息を感じられるほどだ。
傍から見たら、非常にマズイ光景だ。
こんな所をソレイユに見られたら・・・
ガチャ・・・
「おお〜い!愚民!今日は私の・・・」
部屋のドアが開き、ソレイユが入ってきた。
当然ソレイユの目にも、この非常にまずい光景が映っているだろう。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
しばしの沈黙。
やばい・・・ソレイユの顔が引きつってきた。
あ・・・なんか顔が赤くなっていくぞ。
そして・・・お、なんか唱え始めた。
「@△●?ΩΣ@*?Λβθ!!」
バリバリバリバリバリ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ソレイユの呪文詠唱。雷が俺の体に浴びせられる。
「こ・・・この・・・!バカ!!ヘンタイッ!!!」
バタンッ!!
ソレイユはドアを思い切り閉め、部屋から出ていってしまった。
「が・・・くはぁ・・・」
「あ・・・・・」
部屋には黒焦げになった俺と、少し戸惑い気味の紅葉だけが残された。
その日、ソレイユは俺達と口もきいてくれなかった。
夕飯になっても現れず、謝ろうとしてソレイユの部屋を訪れても、カギがかけられていて、話をすることさえさせてもらえなかった。
「あんな場面見ちゃったんだもんな。怒って当たり前だよな。」
「うん・・・ちょっと、調子に乗りすぎちゃったね。ゴメン。」
「紅葉だけの責任じゃない。俺の責任でもある・・・」
あの時、紅葉の上から退こうとすれば、すぐに退けた。それができなった、俺の責任でもあるんだ。
俺は、自分の浅はかさを深く反省した。
その日の真夜中、ソレイユは喉の渇きをおぼえ、目を覚ました。
「・・・喉が渇いたな。リビングで何か飲むか・・・」
ソレイユは階段を下り、リビングに向かった。
「ん・・・?」
よく見ると、リビングの電気がついている。
誰だろうか?もしかして泥棒か?・・・違うとも言い切れない。
私がこの家にいる間は、泥棒などは断じてさせない。
ソレイユは呪文詠唱の準備をし、リビングに飛び込んだ。
そこにいたのは―
「え・・・」
「あ・・・」
リビングにいたのは紅葉だった。ホットココアを飲みながら、何かの雑誌を読んでいた。
「・・・」
「・・・」
そして沈黙。
重苦しい空気。
先に沈黙を破ったのは、紅葉だった。
「・・・ソレイユは、涼太のことをどう思うの・・・?」
「・・・!?」
いきなり何を言い出すのだろうか、この女は。
愚民のことなど、奴隷としてしか見ていないに決まっている・・・
決まっているはず・・・
「・・・愚民は、ただの私の奴隷だ。」
ズキンッ!心が痛んだような気がした。
・・・気のせいに決まっている。
「そう・・・?じゃあ、なんであの時怒ったりしたの?」
「・・・!!」
・・・そうだ。何故だろう。何故私は怒ったのだろう。
愚民はただの奴隷だ。
ズキンッ!
ただの奴隷と一人の女が何をしてようと、怒る必要などないではないか。
ズキンッ!
愚民がどの女と愛し合おうが、私には関係ないではないか。
ズキンッ!
だが・・・あの時・・・私は・・・
ズキンッ!
私は・・・私はッ・・・私はッ・・・・!
ズキンッ!ズキンッ!ズキンッ!ズキンッ!
「何故怒ったのかは分からない!だが・・・私は愚民が女と抱き合っているのが許せなかったのだッ!!」
・・・
・・・・・・何を言っているのだろう、私は。しかし、その言葉を発した途端に、心の痛みがおさまった。
「・・・」
「・・・」
今日、何度目の沈黙だろう。
「そっか。やっぱり・・・」
またしても沈黙を破ったのは紅葉だった。
「ソレイユ。あなたは、あなた自身の気持ちに気付いているはずよ。本当は、涼太をただの奴隷とは思えなくなっている。そして、私が現れた。あなたは自分の気持ちと、私の出現に戸惑い、混乱してしまったのでしょう?」
「そ・・・そんなこと・・・」
私は否定しようとする。
ズキッ!
またか―
なんなんだ・・・この痛みは―
「ううん。そんなことあるよ。だってソレイユは、私と同じだから。」
「・・・!?」
何が同じだというのか。私にはさっぱり分からなかった。
「私も、昔は涼太のことは兄弟みたいな存在って思ってた。でも、外国に引っ越して、涼太と離れて・・・いつも一緒にいた涼太が隣にいない。胸に穴が開いたような不思議な感覚だった。毎日涼太のことを考えて、早く会いたいって思ってた。」
「・・・」
「まだその時は、兄妹だから会いたいって感覚だったと思う。でも、涼太と再会して、大きくたくましくなったその姿を見て、そのとき初めて思った。ああ。私は兄妹じゃなく、一人の女として、涼太に会いたかったんだって。」
「・・・!」
「でも・・・涼太の家にいるソレイユを見て、私は戸惑った。やっとこの気持ちに気付けたのにって。だから、勝負までしちゃったんだ。」
「そうか・・・」
同じ・・・か・・・
「涼太ってさ・・・」
「ああ、愚民は・・・」
「バカで」
「ドジで」
「グズで」
「アホで」
「マヌケで」
「アンポンタンで・・・」
二人で愚民の悪口を言いまくる。やがて、二人の声がかさなる。
「「でも・・・優しい。」」
二人が発した言葉は同じだった。二人とも、同じことを思っていたのだ。思わず、笑いがこぼれる。
「くくく・・・」
「ふふふ・・・」
紅葉の口からも笑いがこぼれる。
「ふふふ・・なんだか、ソレイユとは気が合いそうだな。」
「私もそう思っていたところだ・・・貴様とは気が合うな。」
あの愚民の不甲斐なさの中に優しさを見つけられる人間は珍しい。こいつは、悪い奴ではなさそうだ。
そして・・・人間にしてはできる。人間界で、いや、天界も含めて、私と気が合う数少ない人間かもしれない。
紅葉が突然立ち上がる。
「ソレイユとはいいライバルになりそう。」
「な・・・!わ、私は別に愚民のことなんか・・・」
「ふふふっ!いつか、本当に分かるときが来るよ、ソレイユ!じゃあ、おやすみ!」
紅葉はにっこりと微笑むと、リビングから出ていった。
私はリビングの椅子に座り、コーヒーを飲む。
・・・そういえば、腹も減ったな。今日は夕食をとってないからな。仕方ないか・・・
そう思っていると、リビングのドアが勢いよく開いた。
ガチャッ!!
「ソレイユ!起きてるのか!?」
勢い良く入ってきたのは・・・愚民だった。
「愚民・・・」
なぜ、起きてきたのだろう。
「なぜ、起きてきたのだ・・・」
一応、聞いてみることにした。
「なぜって・・・ソレイユにもう一度謝ろうとしたら部屋にいなかったからさ、もしかして、ここにいるんじゃないかと思ってな・・・それにソレイユ、腹減ってるだろ?夕飯食べてないもんな。作っておこうとも思ったんだけど、やっぱり出来たてを食べてほしいからな。材料も買いなおしてきた。さ、何でも作ってやるぞ。何が食いたい?」
「え・・・・」
それだけのために、わざわざ買い物にも行ってくれたと言うのか。この真夜中に。開いてる店も少ないだろうに。私に飯を作るためだけに・・・
「遠慮すんなよ、お前は、家族の一員なんだからな。それと、今日は本当にゴメンな。」
「・・・・ッ!」
ドクンッ!!
なんだろう。この動悸は。
顔が赤く染まる。
ドクンッ!!
「どうしたソレイユ、顔が真っ赤だぞ?」
愚民の顔が近づいてくる。
ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!
「あ・・・いや・・・なんでもない・・・」
なんとなく愚民の顔を見ることができず、うつむいてしまう。
照れ隠し―まさか自分がする日が来ようとは。
「なんだよ?ソレイユ?熱でもあるのか?」
「な・・・なんでもないっ!は、早く飯を作らんか!」
今は照れ隠ししかできない。素直に気持ちを認めることもできない。
でも・・・いつか認められる日が来るだろうか?
私の・・・本当の気持ちを。
次回予告
トラブル続きの休日が終わりを告げる。
「いやぁ、なんだか学校が久しぶりに感じるなぁ。」
久しぶりに感じる学校の授業。
「このバカモンがぁぁ!!廊下に立っとれぇぇぇぇ!!」
しかし、俺に落ち着いた日常は訪れない。
「てめぇ良くみたらなかなか可愛い顔してんじゃねぇか。」
俺に平穏が来る日は、果たしてあるのだろうか。
「おいおい!!女に暴力とは、とんだ困ったちゃんだな。」
次回 第十七話「日常」お楽しみに!