閉幕?
今まで人並みには幸せな人生を送ってきたと思う。
頭はそこそこ良く、一流大学を卒業し一流企業に就職、そして顔の造形が整っている、かつ女性を大切にするという我が家の家訓からか、自分で言うのはあれだがそこそこモテた。
思い返してみても、苦労はしたが、難なく過ごしてきたんだろう。
しかし、そんなことは結局今までの話でしかないということを、俺はビルの上から落ちる瞬間に初めて気がついたのだった。
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「あーあ!まじでやってらんねえよ。」
11月21日。
冬を感じさせる冷たい風が吹き抜け、街はクリスマスに向けて緑と赤の色彩に包まれつつあった。
その日、俺は彼女に振られた。
仕事が忙しくてなかなか会えなかったせいか、彼女には他に好きな人ができたようだ。
もともと彼女に言いよられ、当時付き合っている相手もいなかったから承諾したような関係であったから、そこまでショックではない。
しかし、仕事の追い込みで残業している中、一方的に別れを告げられたことに対しては少々苛立ちを感じた。
だから、気分をリフレッシュさせようと屋上に登った。
なのに。俺の気分は晴れるどころか、別れ話のことを考える余裕もない事態に巻き込まれた。
俺の目の先には、本橋部長がいた。
ただいただけならば問題ない。柵を超えた向こう側で、靴を脱ぎ、今にも飛び降りようとしていることが何よりも問題なのである。
部長は俺にとって憧れと言っていい存在だ。女性でありながら、激務と言われる総合商社でやり手とされ、様々な部署で活躍をしていた。そして現在は俺も所属する営業部で、過去最高の成績を残している。
そんな部長がなぜ、とも思ったが、人には表に出せないところで様々な事情を抱えているものだ。
理由を考える前に何とか止めなければと思い、静かに部長に近付く。部長はなんだか周りを遮断しているようなため、まだ俺に気が付いていないようだ。
少し離れた所から柵を越え、あともう少しで手が届く、というところで、部長の体か前に傾き、一瞬浮いたように見えた。
実際に人の体が浮くはずもなく、ただ落下しているだけだったのだが、俺にはそれがスローモーションのように見えていたのかもしれない。
ただがむしゃらに手を伸ばし、部長の腕を掴み、勢いをつけて自分のほうに引っ張った。
そして、俺の体は、その反動で屋上から投げ出された。
「・・・一之瀬くんっ!!!いやあぁぁぁ!!」
遠くで本橋部長の叫び声が聞こえた。
女性を守って死ぬなんて、俺かっこいいな。なんて暢気なことを考え、比較的平凡な人生を歩んできた俺の生涯の幕は閉じた。
一之瀬相馬、享年 27歳。
それで俺の人生は終わるはずだった。