異世界から来る人のために今日も受付を頑張ってます
――もう、帰りたい。
私は、前の人に聞こえないぐらいのため息を天井に向かって吐いた。
上には真っ白なドーム状の天井があり、そこに響き渡りそうで、少し怖かった。本来はありえないけど。
壇上の後ろの白い壁に掛けてある時計を見てみる。時刻は朝八時二十分より少し前。秒針が5の数字のところを回ったところだった。
ぼーと時計を見ていたら私の前にいる猫耳の同僚が耳を大きく一回動かした。
――多分、ため息に気付かれたかも。
少し恥ずかしくて、咳払いをしつつ制服を無駄に正す。
すると、私たちの前にある壇上に青い肌に二本の角を生やした大男が音を立てて上ってきた。少し大きなバインダーを持ちながら。
本人は静かに上っているつもりだろうが、この真っ白い神様の神殿みたいな建物では無駄な努力な様な気がした。
ともかく、壇上にいる角の生えた大男は、我らが所属している総務課の麗しい鬼族の課長、その人だ。
「おはようございます」
総合受付の前で課長が発した低音ボイスが、ホールに響く。
体がの芯が震えたような気がした。さすが課長。マイクいらずの声だ。
課長が担当の日の朝礼では、いつもマイクは設置されないだけある。
課長が持っていたバインダーを見つつ顔を上げた。
多分課長の目には綺麗に並んでいる約六十名の職員が映っているんだろうな。
私は、そのうちの一人。
「えー本日ですが、来週の特殊刀剣登録会の準備、及び神様・女神様能力登録申請会の準備があります」
はい、残業確定。
部署の垣根を飛び越えて協力して会場の設置準備、道具の運搬、書類整理がある。しかも二つのイベント。
帰宅予想時間……多分、夜十時に帰れたら早いほう。
周囲からも、微かだけどため息が漏れていた。
「……んんっ」
課長の咳払いがホールに響き渡った。
「皆さん、日常業務もある中ではありますが、ご協力をよろしくお願いします……えーまた、神域交流者によると、新たな転生者が昨日、二十名報告されました」
お、思っていたよりも今日は少ない。その人数を聞いて、予想帰宅時間を修正する。予想、夜八時ぐらいに。
昨日来た転生者、転移者は約五十名だったことを考えると今日は半分以下。
うまくやれば午後三時ぐらいには全員の受付が終わる。そこから会場設置と書類整理をして……夜七時頃には終わるかな。え、どうしよう。まだ、お店やっている時間帯に帰れる。何買おうかな。ちょっと今日の仕事にやる気が出てきた。
「あとは……私からの共有事項は終わりですが、何かある方いらっしゃいますか?」
「はい」
「はい、どうぞ」
「えー会計担当です。二十日払いのある方は、二日前までに起案書の捺印をしっかり上長からもらうようにしてください。上長の捺印をもらった書類は確実に、会計担当の箱まで提出願います。以上です」
「はい。ありがとうございます。他、ある方いらっしゃいますか?」
「はい。刀剣課です」
課長が手で発言を促した。
「刀剣課からですが、明後日開催される古代刀剣展ですが、最終運搬作業及び朝の受付対応助勢をお願いしたいと思います。え―各課から一名ほどお願いします。参加する方の氏名を記入する書類を後で回しますのでお願いします。以上です」
「はい。ありがとうございます。明後日は休日出勤になりますので、タイムカードはしっかり打刻してください。このところ、面倒で打刻せずに業務する方がいらっしゃいます。気を付けてください。他にある方は? ……ないようなので、本日の朝の打ち合わせを終わりたいと思います。本日もよろしくお願いします」
課長が頭を下げる。私たちも続いて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
一斉に声が揃い、ホールに響いた。
そして、職員たちは各部署へ散らばっていった。今日の予定を共有しながら。私も総合受付の方へ歩いていくと声をかけられた。
「あーユーリさん。今、良い?」
我らが上司。筋骨隆々の総務課課長。総合受付の前で話をしていた人である。
「あ、課長。どうしました?」
「さっき話に出た、刀剣展の手伝いなんだけど」
「はい」
この流れは知っている。絶対にアレだ。
「ユーリさん。行けるかな? どう?」
ほらきた。まあ、休日出勤分のお金が出るのは良いけど、ここ最近遅くまで仕事している身としては休養が欲しい。
「あー……良いですよ」
他のメンバーの顔が頭に浮かび、考えてみた。予定が無いのは私ぐらいだろうから承諾した。
「本当? ありがとう。そしたら、今日は定時で上がって良いから。残った仕事は僕に回して」
おおーやるな課長。良いのか課長。もう今後は陰で筋肉ゴブリンなんて言いません。多分。
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って一礼して、デスクに行く。
背もたれに体を預けて少し息を吐く。体の中心からやる気がわき上がってきた。今日の私は、天井知らずだ。
嫌な転生者がいても耐えられる気がする。
「ねえねえ。ユーリ。聞いた?」
「え? どうしたの? マリー」
隣のデスクのマリーが声をかけてきた。
「私、聞いたんだけど」
「うん」
「今日、ドラゴン便、遅れるって」
「え……もしかして文書収受は……」
「定時後になるかも」
「うそ……でしょ」
そう言って私は項垂れた。少し間を置いてから、マリーを見て、ニヤっと笑った。
「え、何よ。ユーリ……あんた、まさか」
「そう。私、明後日の古代刀剣展のお手伝いで出勤するから、今日は定時で良いって言われたの」
「……ユーリ。冒険者ギルドの近くにできた、甘味屋さん。行きたいって言ってたわよね」
「賄賂です? 私たちは公務員ですから、そう言うのはちょっと……」
「ねえ。お願い。嫌な転生者とか来たら私が対応するから。ちょっとだけ。ちょっとだけでも良いから一緒にやってよ」
「えー……どうしようかなー」
「なんなら、私のこの猫耳。触って良いから! ほら私の猫耳触ってみたいって言ってたじゃない?」
「"にゃん"って言ってくれたら良いよ。語尾に」
「鬼め」
「あいにく、私は人族なので。鬼族の人である課長に言ってみてください」
「この……人でなし!」
「甘味……三つ。いや、三日分ね。それで良いよ」
「二日にならない?」
欲をかくと、ろくなことにならないか。さすがに三日分は欲をかいたかなって思ってそこで妥協することにした。
「良いよ。ただ、少しだけになるけど。残業しすぎると、私が課長から鬼の一撃を貰うことになる」
「本当に鬼だからね」
そう言って、マリーとの会話は強制的に終わった。
なぜなら、受付のところに一人、男の子が来たから。
「ねえ、ユーリ。来たよ。転生? 転移? どっちだと思う?」
「んー多分、転生」
そう言いながら、デスクから立ち上がる。
そしたら、男の子と目が合った。
不安そうな目をしていた男の子が少し安心したような顔をしていた。
――任せなさい。慣れたもんよ。伊達に五年はやってないわ。
「本日はどのようなご用件ですか?」
私は公務員。公共に奉仕する身。迷える転生者たちに笑顔を振りまくことなんて朝飯前。
「えっと……その……」
どうした? 私が綺麗だから答えにくいのかな? それとも前世は恋愛をそんなに経験してないのかな?
「なんか、前世の記憶って言うんですかね。それを思い出しまして」
はいはい。成程。途中で思い出して、この世界に対して違和感を感じているのかな?
「はい。それでした"途中覚醒者"という扱いになりますので、こちらのほうに書類をお書き頂いてもよろしいですか?」
「あ、はい……なんか、前世の役所と似てますね」
「そうですね。この場所というか、機関を作った方も転生者の方でしたから」
「え。そうなんですか」
「はい。あ、文字は……読めますか?」
「はい。大丈夫です……もしかして、日本とかですか? この場所を作った方って」
「ええ。そうです。むしろ、日本の方が多いですね」
「おお」
「あ、こちらにフリガナをお願いします。記入は壁際に机がございますので、そちらでお願いします」
「分かりました」
「また書き終わりましたら、こちらにいらっしゃってください」
「はい」
そう言うと、トコトコと壁際に行く男の子。その後姿から年齢に似合わない哀愁を感じた。
早朝だからなのか、次の受付の人はいないから、私は自分のデスクに戻る。席に座って背もたれに少し体を預けて、体の力を抜く。今日はあと、十九人。五十人受付した日は、午後三時頃まで受付が続いたもんだ。そう思うと、今日は本当に少ない。
すると、またマリーが話しかけてきた。
「転生? 転移?」
「転生、途中覚醒者」
「へー珍しいね。気が付いたら赤ん坊だった、という人が多いのに」
「ねー。だけども、いるっちゃあいるよね」
「いるいる。まあ、申請しない人もいるだろうけど」
「それはそれで、良いみたいだけどね」
「でも、申請しなかったら、いろんな補助とか受けられないから、申請する人がほとんどじゃん」
「そうね。あ……また、きた。いってくる」
「いってらっしゃいー」
私が立ち上がると、マリーが手をひらひらと振ってきた。
私も軽く手を振って、受付のところへ向かいながら行くと、受付の前にいたのは金髪の女の子だった。
多分、年は十歳ぐらい? 綺麗な髪色、しかも髪の毛の長さは背中にまであるほど長かった。その髪を少し左右に揺らしながら小走りでやってきた。
服、綺麗。髪の毛、整えられている。ネックレス、高価そう。あのネックレスのメーカーは……私の給与では買えないぐらい。
服装のチェックが終わったところで、女の子が見上げるように私を見てきた。
「あの、転生者登録にきました!」
「はい。記憶があるのは、赤ん坊のときからです? それとも途中からです?」
「産まれたときからです!」
「分かりました。そしたら、こちらの紙に記入をお願いします」
「あ、あの!」
「どうなさいましたか?」
「えっと……その……」
女の子は手を胸の前で祈るように組んでいて、悩んでいるようだった。私は黙って待ちながら考えてみる。
――なんだろう。何か、神様から言われたりしたのかな。もしかしたら、能力のことかな?
そんなことを考えていたら、女の子が口を開いた。
「私……その、会いたい人がいるんです」
お、珍しいパターン。会いたい人? 誰だろう。前世の両親とかかな? とりあえず聞いてみるか。
「人探しはこちらの管轄外になりますが……ちなみに、この世界の人ですか?」
「あ、いいえ。前世の……旦那です」
旦那かー旦那ときたか。知らんがな。勝手に調べてくれよ。
「すいません。そちらも管轄外でして」
「で、でも! 旦那も転生しているって神様が言ってました!」
余計なことをしてんじゃないよ、神様。あの世に逝った際は、一発殴らせてください。お願いします。
「そうなんですね。お力になりたいところではありますが、他の転生者については開示できないことになっておりますので」
「そう……なんですね」
「ええ。ですが……転生者は転生者のコミュニティがあるみたいですから、そこで聞いてみても良いかもしれませんね」
「あ、そうなんですか! ありがとうございます」
そう言ってお辞儀をすると、壁際へ小走りで向かっていった。
お辞儀をするってことはあの娘も、もしかしたら日本人かも。
一息つきたいと思っていたら、すぐに次の人が女の子の後ろにいた。
――流れがきたか。ガンバ、私。今日の甘味の為に。
そう自分を激励し、一生懸命に働く。
五人ほど受付を終えたところで、再びあの男の子が戻ってきた。
「記入しました。お願いします」
「はい。確認します。お座りになってお待ちください」
受け取った紙を見てみる。名前、住所、職業、ここは普通だけど。
前世の職業に"公務員"と記入されていた。きた。我らの仲間になる人だ。
「確認なのですが、前世でも公務員をされていたんですか?」
「あ、はい」
「事務です?」
「あ、いいえ。お巡りさんでした」
いいね。とても良い。私は口元が緩むのを抑えて、口を開いた。
「なるほど。そしたら、二階の警備課にも顔を出してください。書類を発行しますので少々お待ちください」
そう言って、受付の引き出しから書類を出す。"前世公務経験者申請書"という名の紙に書いてくれた情報を元に、一つずつ書いていく。これで私たちの苦労が少しは軽くなってくれたら嬉しい。そして、ダンジョンとかイベントの警備とかもやってくれたら嬉しい。
「あ、あの……」
「はい。どうなさいましたか?」
私は書類から顔を上げて男の子を見る。すると少し困惑しているみたいで、目が泳いでいた。
「前世の職業を活かすようにご紹介いたしますって言うのは分かるんですが……どうせなら、違う仕事をしたいと思ってまして」
「あ、大丈夫ですよ。そのような選択もすることは可能ですので。一応、規則で顔をだしていただくことにはなってますが」
「そうなんですね。分かりました」
「はい。……これが書類になります。まず、三階の転生住民課をお尋ねください」
「分かりました」
「よろしくお願いします」
ため息をつきたくなる衝動を抑えつつ、男の子の背を見送る。
――厳しいか。もしかしたら、ワンチャンあったりしないかな……希望をもつのはやめとこ。
男の子は歩いて三階へ行く階段に消えていった。
私は、次に受付を待っている人に断りをいれ、少し待ってもらいつつ、すぐに受付にある魔法通信端末を起動させる。
「……もしもし? 総務課のユーリです。お疲れ様です。本日受付された方で、公務経験者がおりました……はい。はい。お願いします。え? 手ごたえ? ……厳しいかもしれませんね。えー私から? そんな無茶な。じゃあ、受付業務があるので。失礼します」
魔法端末を切ったあと、少しの間、端末を睨む。便利屋だと思うなよ。
あ、と思い口から息を吐いてから切り替える。
――今日は、定時だ。そう。定時で上がれるんだ。
私は、無理やり心を落ち着かせてから次の人を呼んだ。
受付の波が一段落したころに、時刻を確認してみたら十一時五十五分を過ぎそうだった。楽しいお昼休みの時間が目の前だった。
私は違う人に総合受付の番を代わってもらってから、デスクに戻ると、書類とにらめっこしているマリーが目に入った。
「マリー、もう少しでお昼だよ……どうしたの?」
「あ、ユーリ。お疲れ。なんか……支出命令書が返ってきちゃって。なんでかな。これ。予算はあるし、購入できると考えていたんだけど」
「ちょっと見せて」
「うん」
そう言って、マリーから紙を受け取る。起案書をまず見る。起案理由、購入理由、を見て金額を見てみた。
――あ、これって。
「ねえ、マリー。これ、先週も買ってなかった?」
「え、買ってないよー」
「いや、私も起案したし。先週。ほら、昨日届いているじゃない」
「え、そうなの? 気が付いてなかったなーだからか」
「そうじゃない? こんな短期間で購入することはあり得ないから、戻されたのよ」
「一昨日に起案したから、そのときは早く買わないとって思っていたんだけど」
「まあ、削除で良いんじゃない? あ、これで三日分とかになる?」
「なりません」
「マリー、そこを何とか」
「二日分だから。最初に決まったものを守ってもらわないと困ります」
まるで受付の時みたいな口調で言うマリーがおかしくて笑ってしまった。
マリーも私に釣られるように笑った。
「だけども、なんでこういったことが起きたのかな。また繰り返さないようにしないと。マリーがやったなら私もやりそうだし」
「んーなんでだろう。在庫を確認してなかったというのもあったけど。担当を決めずに、誰かが気が付いたらやるようになっているから?」
「そしたら、もうどこかリスト作って置いておく? いつ購入したか分かるようにしとくとか」
「じゃあ、お願いね。ユーリ。さすが同期の星!」
「マリーだって、期待されているじゃない」
「えー絶対にユーリほどじゃないし」
「そんなことないわよ」
「私、ダンジョンにスイスイと潜れないし。ユーリみたいに」
「慣れよ。マリー。行けるわ。何なら、一緒に潜ってあげましょうか? 定時後に」
「遠慮しておきます。こちらの体力には限度というのがありまして」
マリーがまたかしこまった口調で私に言った。彼女の頭を見ると、猫耳が何回か大きく動いていた。
楽しくなっているな、これ。私が大袈裟にため息をしてから「そんなー一緒に行ってくださいよー」と言ってみた。
また、二人して静かに笑う。
そして、お昼休みの鐘が鳴り響いた。財布と身分証を持って、私たちはまた他愛もないことを話しながらお昼をとりに行く。
さて、今日のお昼は何を食べようかなー。
時刻は午後四時三十二分。
あと少しで本日の業務は終わる。そう思うとどこか心が落ち着かなかった。
転生者・転移者も三時頃に全員来て、新規登録の受付対応は終わり。ちょろいもんだ。
あとは……ドラゴン便が早く来るのを祈っている。そこで私がどこまで早く帰れるか決まる。お願いします神様。殴るなんてもう言いません。グーからパーに変えますから。お願いします。
デスクで書類の整理と国へ報告する文面を書いていたら、ドラゴン便がきた。カタカタとデスクの上のカップが鳴ったから姿が見えなくても分かった。時計を見ると、時刻は午後五時五分。地響きみたいに揺れていた地面が止まり、出入口を見てみるとそこには地龍が伏せの状態で待っていた。
思っていたよりも早く着て、私の心は少し明るくなってきた。
「いやー遅くなってすいません。急遽、国からの依頼でドラゴンを貸すことに決まってしまって」
配達員が総合受付のところにくると、外の熱気が私の頬を撫でた。
今日の配達員は好青年。年齢も私と近そう。少し疲れてるのか、体が重そうだった。
「いえいえ。大丈夫ですよ」
そう言いつつも、こちら宛ての書類を受け取る。受け取った書類の厚さからすると、三十分ぐらいで終わりそう。
「あ、こちらには捺印もしくはサインをお願いします」
「あ、はい」
そう言って私は受付のとこにあるペンでサインをする。小さな紙に私の名前をサラサラと流れるように書いて、配達員の好青年に渡す。
「お疲れ様でした」
配達員さんが紙を受け取ると同時に私は、そう言った。
「はい、ありがとうございましたー」
と好青年は被っていた帽子の唾を持ってお辞儀する。私も思わずお辞儀をする。
さて、頑張りますか。定時帰宅の為に。
「ねえ。ユーリ」
「ん? なに?」
封筒をペッパーナイフで封を切っていたらマリーが声をかけてきた。
「さっきの配達員さん。良くなかった?」
「あんた、彼氏いるじゃない」
解いた封から紙を取り出して中身を見てみる。これは刀剣課。
「私じゃなくてさー。ユーリだよ」
「え、私?」
書類の束から、一つ封筒を手に取る。束の厚さ、あと残り約二センチ。
日付印で封筒に印する。送付元を見てみると文具屋さんから。これはうちらの総務課宛てか。
「そう! ユーリも相手欲しくないの?」
「んーどうだろう」
「美人で、スタイルも良くて、仕事は普通かもしれないけど」
「そこはさ、仕事できるって言ってくれない?」
私がそう言うと、マリーは明るく笑った。マリーが持っていた封筒は、企画課と書かれているボックスへ入れられた。
「とりあえず、あの配達員さんは? 明日、また来たら声かけてみたら? なんなら私が声かけてみたい」
「マリーが話してみたいだけじゃないの? それ」
「違うわよー私はユーリの恋路が心配で心配でしょうがないのよー」
わざとらしく大袈裟に言う、マリーを見て、私はため息をつく。
「素敵そうな人は大体、もう彼女がいるって相場が決まっているのよ」
「えーいいじゃん。奪っちゃえば」
「……そういうの好きだっけ?」
「そうじゃないけどさーこう……燃えない?」
「とりあえず、あと少しで文書収受が終わるんだから。早くやるわよ」
「この続きは、甘味処でってことね! 分かったわ」
あとは、テキパキやり終わらせられた。魔法ネットワークを使って本日きた書類の登録を二人で分けてやればすぐだった。
いつもよりも大きめの声で「お先に失礼します」と言って退勤。
課長は机に向かって書類を見ながら、手を挙げてくれた。
じゃあな筋肉ゴブリン。また明日。心でそう言ってからタイムカードを打刻させる。
足取り軽く出口へ歩いていたら、職員用出入口付近にマリーが待っていた。
彼女は好きな人を待つように、少しうつむきながら両手を後ろに回して立っていた。片足に体重をかけ、もう片足の足先で地面を軽く叩いている。
ああ、これはモテる。私でも好きになりそうだもん、これ。
そういえば、今の彼氏の相談を受けたのはいつだったろうか。確か、冒険者の男の人で、大剣使うんだけど、筋肉隆々っていう人ではなくて。すごく線が細くて、笑うとすごっく可愛い人。そんな風にマリーが言っていたっけ。
線が細くて笑顔が可愛い彼氏でも、これはさすがに好きになりそう。
「へい、彼女ー今、暇? 一緒に美味しいモノ食べに行かないー」
どこか路上でナンパしてくる男の真似をしながらマリーに声をかけてみた。
「……間に合ってます。ただ……甘いモノだったら付き合いますが?」
「そしたら、甘いモノ食べに行こうよー彼女ー」
少し踊りながらマリーの横を通り過ぎたら、彼女が明るく笑った。
「もう……ユーリったら。何それ。あーまた、明日も頑張れる」
マリーも私の横に来て、腕に抱きついてきた。
彼女の胸が私の腕に押し付けられる。
おおー凄い。これが彼氏が感じているものなのか。
私が男性だったら、きっと盛んなドラゴンになっていたかも。
いや、なっている。絶対。
「じゃあ、行こうか。今日はマリーのおごりだから私は気分が良い」
「そうね」
マリーはそう言うとまた明るく笑った。
甘味処には裏口に続く小さな道がある。そこから男女の声が聞こえてきた。
マリーが私の肘当たりを持って、目で促す。
「やめておきなさいよ。ケンカはゴブリンでも食わないって言うでしょ」
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから。ね? お願い。一緒に見に行こう」
そんな可愛く耳をピコピコ動かしても……仕方ない。そう、仕方がないのです。
私とマリーはこっそり、路地裏を見に行く。声のする方へ近づいて行ったら、少し湿った匂いがした。温度も、大通りと比べて寒い。
そんな道を私はしゃがみ、店の壁からそっと顔だけを出した。私の顔に影ができたと思って少し上を見たらマリーが路地裏を見ていた。
しかも、すごく興味津々と言った様子で、楽しそうなだった。ちなみに鼻息も少し荒かった。
マリーの鼻息を頭に感じながら私も路地裏を見る。
そこには一組の男女がいた。
しかも、今日、朝受付した二人。
どうしたんだろう。まあ、声かけることはしないけど。明日になったらまた来るかも。そんなことを考えていたら。女の子が大きな声をだした。
「なんで、すぐに探さなかったの!! 私を!! 私はずっと会いたかったのに!」
お、修羅場。修羅場だ、これ。
あの女の子、確か旦那を探しているって言ってたけ。あ―あの公務員経験者が旦那だったんだ。男の子は中途覚醒者だから、覚えてなかったんだろうな。
だけども、女の子の言い分は結構、無理があるかな。
そんな無茶なって感じ。だって異世界だし。何人もいるし。
むしろ、こうして一日も経たずに見つかること自体が奇跡に近いし。
でも、どうやって見つかったんだろう。気になる。
気になるけど、詮索はやめよう。
異世界の修羅場よりも、甘味処の甘みが気になるお年頃だし。
私はそっと覗いていた顔を戻し、マリーに声をかけることにした。
「マリー、行くよ。修羅場には近寄らない方が良い」
「……そうね。なんだー単なる喧嘩か」
そう言うとマリーはため息を吐いた。
まあ、あとはお二人の問題っていうことで……。
「それよりも、早く行こ。匂いだけでも美味しそうだしさ」
店の前に行くと、そこには"営業中"と赤文字で書かれている扉があった。
甘い匂いが扉を通り越して私たちを包みこみ、お店に誘ってきた。
「これがないと日々の仕事やってらんないしね……じゃあ、この私、マリーが先陣を切らせていただきます」
少しふざけた口調でマリーが扉の取っ手に手をかける。
――そして。
私たちは甘い世界に足を踏み入れた。




