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月ノ光  作者: 藤井 周
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6 幻夜

城戸と付き合うようになってから、ハルは土日のシフトを入れなくなった。


土日は恋人同士のように過ごした。


いっしょに夕食の買い出しにスーパーに出かけたり、レストランで外食をしたり、ついでにショッピングを楽しんだり、そのひとつひとつがハルにとっては新鮮な喜びだった。

「うちで鍋なんてはじめてだな、俺」

寄せ鍋の材料を切る城戸の横で、ハルが感心して言った。城戸もとくに料理が得意なわけではないが、30過ぎまで独り身で暮らすと簡単なものくらいは作れるようになっていた。

土鍋に下ごしらえした豆腐、しらたき、春菊、白菜、鶏肉、エビ、タラの切り身を入れていく。その工程はハルがはじめて見るものだった。

「こんなの、男の料理だけど、珍しい?」

「うん」

炊飯器では茶飯が出来上がっている。

あとは出来合いの白菜の浅漬けだ。

「ああ、ごはん、いい匂い」

リビングのカセットコンロに土鍋をかけて煮立つのを待つ。

城戸を手伝って、二人分の箸と取り皿、茶碗をハルが用意する。そんなささいなことさえ喜びであるかのようにハルの顔は幸せにみちていた。


「店なんか辞めて、ここでいっしょに暮せばいいのに」

湯気が立ちのぼる寄せ鍋の具をハルに取り分けてやりながら、城戸が言った。

「熱っ」

ハルがポン酢のつけダレに浸した鶏肉を口に運んでやけどしそうになる。

「でも、うまいよ。うまい」

「そっか。よかった。茶飯もあるから」

「うん、いただきます」

ハルは細身のわりによく食べた。

「カズさんって、料理がうまいんだね」

「こんなの料理のうちに入らないけどな、ま、ハルがうまいっていうんなら作り甲斐あるよ」

城戸がハルの取り皿に豆腐と春菊を入れてやる。そうしないとハルは肉ばかり食べていた。ふだんからあまり野菜類をとらないのだろうと察せられた。

「ホントにうまいよ」

「だったら、いっしょに暮そう。そうすれば」

城戸が言うと、ハルの箸を持つ手が止まった。

「この部屋でずっとカズさんのこと待ってるの? ひとりで?」

「バイトしてもいいじゃないか、退屈だったら」 


ハルができる仕事はウリしかなかった。

他のどんなバイトも経験がなく、できるとも思えなかった。そもそもハルは履歴書を書いたことがなかった。最終学歴が中学卒で、その後が空欄では単純労働のバイトさえ難しかったろう。まして肉体労働など体力的にも無理だった。

ウリが好きだったわけではない。それしか知らなかったのだ。

働かなくてもいいとも言われても、平日、マンションでひとり城戸の帰りをただ待つ生活は耐えられそうになかった。

誰かに、好きでもない男であっても、求められるのがまだましに思えた。心が麻痺していた。

ハルの気持ちが変わらないと知ってから、城戸はハルの仕事に口を出さなくなった。

城戸なりに割り切ったのか。


だが、一方で好きな男に抱かれる快感をハルは知ってしまった。

客に抱かれるのとは、何もかも違った。

まったく別の行為で、まったく別の快楽だった。

城戸に抱かれていると、体全体が柔らかなもので包まれているような安心感と恍惚があった。

ハルが生きてきた中で、暗い夜の闇の中で見つけた、ただひとつの灯りだった。

愛されている、とはじめて思えた。


「カズさん」

ベッドでハルが甘え声で言った。

「ん?」

耳元で聞こえる城戸の声がハルの心を温かくした。

「俺のこと、ずっと離さないでいてくれる?」

「ああ、離さない」

城戸がハルを背後から抱きしめ、ハルの肩に口づけた。

「いつまでもこのまま夜ならいいのに」

「そうだな」

どちらからともなく唇を重ね合った。


そうして、土曜の夜を抱き合って過ごしたあと、日曜はふたりでブランチを食べ、夕方にはハルは自宅マンションに帰った。翌日からは客に抱かれるのだ。


いつ破綻してもおかしくない、いびつな関係が2年続いた。


あてもなく歩き続ける先に待っているものが何だったのか、ハルは知らないまま彷徨い続けていた。



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