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月ノ光  作者: 藤井 周
4/9

4 荒野

夜明けまではまだだいぶ時間があった。


春の夜明けは遅い。

ワゴン車は職安通りから靖国通りへと歌舞伎町のまわりをゆっくり走っている。


時生は接客中だ。少々意外なことに、勇斗や玲央のように派手な今どきのイケメンよりも、時生のような一見して地味な普通の男子のほうに客がつくのだ。


城戸は眠気覚ましのドリンク剤を飲み干した。

勇斗と玲央は後部座席でうたた寝をしている。

それぞれ、今日の売り上げは2、3万といったところか。何らかの資格や技能があるわけでもない若者にとっては大きな金額なのだろうが、稼げるのは若いうち、ごく一時期に限られる。自覚があるのかどうか、リスクも大きい。この仕事から足を洗ったあと、彼らがどんな人生を歩むのか城戸には知りようのないことだ。

特に、城戸が契約している店は少年が売りで年齢も18歳から23歳ということになっている。

玲央は実は25歳なのだが、店のプロフィール欄では23歳だ。

ハルと勇斗は前後して入店し、シフトが重なることも多かったので自然と話すようになっていった。


「カズさん、コンビニに寄ってくれない?」

目を覚ました勇斗が話しかけてきた。

「ん?」

「トイレ。ついでに何か買うものあったら買ってくるよ」

目を擦りながら、勇斗が言う。手にしているごつい長財布はブランド物だ。

「特にないな。じゃあ、その先のセブンで」

「オッケー」

長財布を手に勇斗が降りていき、その隙に玲央は後部座席に横になっていた。

「あー、玲央、寝ちゃってるし」

戻ってきた勇斗が諦め顔で助手席に乗り込んできた。

「はい、差し入れ」

勇斗が城戸にドリンク剤を差し出した。さきほど飲んだものと同じだが、

「サンキュー」

勇斗の気持ちを、ありがたく頂いておく。

「そういえばさ、思い出したんだけど、ハルのこと」

勇斗が言いかけた。

「うん?」

「ここの店に入ったばかりの頃、ハル、咳止めシロップ、何本も飲んでたな、って」

「咳止めシロップ?」

「う、ん。気分がアガるとか言って、危ないからやめとけって俺、言ったんだよ」

「俺が知り合った頃はそんなの飲んでなかったと思うけどな」

「一回、オーバードーズして救急車で運ばれちゃってさ、で保険証ないもんだから支払い大変だったらしくって、それでやめたんじゃないかな」


そういえば、と城戸は思い返す。

おとなしそうに見えて、ハルには激しい一面があった。客に背中にマジックで落書きされた時もそうだった。消えない落書き跡にしょげていたかと思うと癇癪を起こして、翌日さっそくタトゥーを入れに行こうとするハルと口論になった。マジックの汚れは数日もすれば消えるのだからと説得してやめさせたのだが、そうでなかったら、あの美しい背中にタトゥーを背負うことになっていただろう。


ハルの背中――。

肩甲骨の下のあたりに、タバコの瘢痕らしい、3つの薄い印があった。天使の翼の抜けた痕のように。

ハルはタバコは吸わない。

自分では手の届かない位置だし、古い痕だったので、幼い頃につけられたものだと思われた。

その傷跡が残っていたことをハル本人は知っていたのかどうか、今となっては知りようがないことだった。


スマホが鳴って、時生のピックアップを告げている。

店の最終受付が朝4時だから、おそらく今日はこれで最後だ。

歌舞伎町のホテル街近くで時生を拾った。

ドアが開くと、ひんやりした朝の風が車内に流れこんできた。

「ちょっと、もう、起きろって」

後部座席を独り占めして眠っている玲央を時生が揺さぶって、ワゴン車に乗り込んだ。


4時になったらキャストを降ろし、歌舞伎町の雑居ビルにある店の事務所に売り上げを納め、城戸は日当を受け取る。それがいつものルーティーンだ。


キャストの3人はさすがに疲れているらしく、それぞれシートにもたれて、目をつぶっている。

まだ、夜は明けていない。



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