3 砂漠
城戸がハルに出会ったのは2年前、六本木のスパ施設だった。
クーリング・ルームで休んでいると、ひとりの青年が入ってきて、城戸に視線を送ってきた。
腰にバスタオルを巻いただけの、色白で華奢な体つき、端正な顔立ち、うねった髪の毛はシャワー後らしく生乾きで乱れていた。それがハルだった。
ハルは城戸に近づいてきて、視線を合わせたまま、黙って城戸の手をとった。その手に導かれるように城戸は立ち上がった。
そして、ふたりは一言も交わすことなく、個室のロッカールームで関係を持った。
「名前? ハルって呼んで」
城戸が訊くと、ハルはそう答えた。
スパから出た後、ふたりは近くのステーキ・ハウスで食事をした。
「城戸さんより、カズさんの方がいいな。カズさん、でいい?」
「いいよ」
300gのレア・ステーキをハルは美味しそうに頬張った。
「学生?」
城戸が訊くと、ハルはおかしそうに笑って、
「高校も行ってないよ、俺」
フォークを振ってみせた。
「まあ、バイトってことにしといて」
秘密めかして言った。
それから週末は城戸のマンションで会うようになった。
恋人同士のように――。
熱い夜を重ねるその陰で、ハルは城戸を裏切っていたのだ。
それは砂を噛むような事実だった。
付き合いはじめてから2か月ほどたった頃、ハルが真っ青な顔で現れたことがあった。
ふだんは来ることのない平日の深夜だった。
マンションのドアを開けると、
「どうした? 何があった?」
城戸の問いかけに応えず、ハルは城戸の腕を掴み、緊張の糸がふっつり切れたようにその場に崩れ落ちた。
コート越しにハルの肩が小刻みに震えていた。
城戸はハルを抱えるようにして、リビングのソファに連れて行き、座らせた。オイルヒーターをつける。
「寒くないか?」
「う、ん」
「ちょっと待ってな、コーヒーでも淹れるから」
ハルは無言でうなずいた。
「ごめん...」
淹れたてのコーヒーを渡すと、ハルは泣きそうな顔で笑顔を無理につくった。
「ごめん?って、何のことかわからないな。わかるように話して」
城戸が自分のマグカップでコーヒーを飲んで促した。
ハルは涙を溜めた目で城戸を見つめ、無言でコートを脱ぎ、シャツを脱ぎ、その下のTシャツを脱いで上半身裸になった。
唖然とする城戸に向かって、ハルが体を捻って背中を見せた。
その背中には黒の太マジックで汚い言葉や卑猥な落書きがが殴り書きされていた。
誰に、と訊きかけて、その時、城戸にはもうわかっていたのだ。
ハルが客をとっていることを。
客にやられたのだということを。
城戸は黙ってハルをバスルームに連れて行き裸にしたが、ハルは何も言わずに城戸にされるがままになっていた。
城戸もジャージを脱いで、いっしょに入り、泡立てたボディソープでハルの背中を何度も強く擦った。
「あっ」
ハルが小さな悲鳴をあげた。両手首に縛られた跡らしき赤い擦り傷があった。傷口にボディソープがしみたのだろう。
落書きは完全には消えなかった。消せない罪の痕のように、汚い言葉が薄く残っていた。
背中を洗われている間、ハルは静かに涙を流していた。
「全部は消えないな」
「う、ん」
疲れ切ったようすで、ハルがうなずく。
「風邪ひくといけないから、風呂入って温まって」
「う、ん」
城戸に言われて、ハルは素直に浴槽に浸かった。
「カズさん、キスして」
城戸がハルの肩を抱き寄せて口づけると涙の味がした。




