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白い空

5話


「結界って何?...」


セラの素朴な疑問。


「それは俺も疑問に思ってた」


エリオットは振り返らず、


空を指差した。


灰の奥に膜のようなものがある。


「この世界は零から20階層に分断されています」


「知ってる」


「ですが、自然に別れたわけではありません」


風が止む。


「人工的に"遮断"されたのです」


「....誰が?」


セラの指先が、俺の袖を強く掴む。


「数百年前の王族です」


「5階層から先では結界が張られています」


「物理的、魔法的に干渉を拒絶する壁」


「簡単に言えば」


一瞬だけこちらを見て


「下のものを上らせないための蓋です」


俺は空を見上げた。


「そして下層の人間を逃さないためです」


「逃さない?」


「2人は知らないと思いますが、この世界は10層以下の人の力で成り立っているのです」


嫌な予感がする。


「それはどういうことだ?」


「零階層に位置する天穹動力炉」


「下では“空食い”と呼ばれていましたね」


あの轟音。


あの振動。


毎日、地面を揺らしていた怪物。


「あのうるさいやつが何なんだ?」


エリオットは迷いなく答える。


「あれは、羽を燃やしているのです」


空気が凍る。


「羽?」


「正確には――」


わずかな沈黙。


「零から10階層の人間を羽へと変換し、それを燃料にしているのです」


音が消えた。


遠くで空食いが鳴る。


ゴォン…

ゴォン…


「嘘…だよね」


エリオットは否定しない。


「そこから出た膨大なエネルギーを利用し、この結界が作られているのです」


「でも十層までの人間なんて限られてるだろ?

それに一層も零層も、人なんてほとんど残ってない」


俺の声は荒れていた。


エリオットは静かに頷く。


「ええ、それも把握しております」


淡々と続ける。


「そのため、殿下の反乱までは――」


一瞬だけ間。


「翼の無い零層、そして翼の小さい一層から五層の人間が変換されることは、ほとんどありませんでした」


セラが顔を上げる。


「……じゃあ」


「どこから燃料が作られていたの?」


風が、少しだけ強くなる。


エリオットは俺たちを見る。


ほんのわずか、目が細くなる。


「それについては、言葉にするより――」


「ご自身の目で見た方がよろしいかと」


そう言って、空を指す。


灰が、わずかに上へ吸い込まれている。


不自然な流れ。


まるで、空が呼吸しているような。


「あれが、殿下の開けた穴です」


視線を凝らす。


灰の膜に、小さな歪み。


「……あれが」


人一人、ぎりぎり通れるほどの裂け目。


結界に、空いた穴。


世界に開いた、傷。


「六階層の門を通らずに上へ干渉できる、唯一の裂傷です」


「羽監に見つかる前に早く上へ行きましょう」


「彼女たちに迷惑はかけたくない」


…彼女?

誰のことだ?


「セラ様こちらへ」


そう言ってエリオットはセラを抱えた。


「レイ様の翼はもう動きますね?」


「ああ、動ける」


「では私の後ろから付いてきてください」


エリオットの金の翼がゆっくり広がる。


灰が渦を巻く。


セラを抱えたまま空へと浮かび上がる。


次の瞬間、音も立てずに穴へと吸い込まれていった。


「ルクス、行けるか?」


「イケルゾ」


俺も羽を広げ、穴へと向かう。


地面が離れていく。


「街が見えるぞ、レイ」


ルクスの声が、やけに滑らかだ。


振り向けば、五階層の街が小さく遠ざかっている。


人の影。


灰。


結界。


すべてが縮んでいく。


「流暢になってない?」


「飛行時だけですが」


どこか誇らしげだ。


穴はすぐそこ。


そこから一筋の光が刺していた。


光に包まれる。


懐かしい感覚。


白い世界。


音が消える。


「レイ」


誰かの声。


長い髪。


笑顔。


「セラ」


「空って青いんだって」


頭の中で響く


「一緒に…」


「ああ、わかってる」


「見に行こう」


結界を抜けた


風。


匂い。


温度。


まぶしい光。


思わず目を細める。


灰がない。


真っ白な空。


肺に入る空気が違う。


灰が、ない。


視界が開ける。


思わず目を細める。


空が――


真っ白だった。


どこまでも、白。


雲ではない。


光でもない。


ただ、均一な白。


「……」


言葉が出ない。


「青くないじゃん」


無意識にこぼれた。


あの約束。


空は青いって。


笑っていた顔。


胸の奥が、わずかに痛む。


「レイ」


遠くで、セラの声。


振り向く。


彼女は空を見上げたまま、呆然としている。


「…これが、上」


不気味なほどに白く、灰がない分、空が永遠に続くように感じるほど広かった。


セラ達の元に近づくとともに建物のようなものが目に入る。


「レイ...あれ」


セラが指差す先に


大量の羽。


一面の白。


人の影はない。


ただ何かうごめいている気がした。


エリオットが指を指す。

「あの建物が燃料を生産していました」


「生産していた?」


「反乱時殿下によって破壊されましたので」

よく見ると壁が円形に切り取られている場所があった。


「なんで破壊したんだ?こんなに羽があれば人が羽になる事なんてないだろ」


「そうですね、内情を知らなければ画期的な手段であったと私も考えます」


「...内情?」


「あれは今から17年前、反乱の2年前ですね」


白い空の下。


風が羽を揺らす。


「あの日が全ての始まりだったと思います」


「あの日?」


エリオットは壊れた農園を見つめたまま、わずかに目を細める。


「私と殿下が、初めてここへ来た日です」


沈黙。


エリオットが何かを思い出すかのように壁を見ている。


羽の擦れる音だけが聞こえる。


俺は円形に削られた壁を見つめた。


そこだけがなぜか綺麗だと思えた。


まるでーー


怒りをそのままに形した、そんな傷。


「ここで何があった」


喉の奥が、渇くのを感じる。


エリオットがゆっくり俺を見る。


そして目を瞑り、息を吸った。


「お話し...しましょう」


静かな声。


「殿下が、王子であることをやめたその日のことを」


風が止む。


舞上げられた羽が落ちる。


17年前。


始まりの日。


真っ白な空の下で。


壊すと、


決めた者がいた。


なぜか、そう思った。


白い羽が、足元に積もる。


胸の奥で、何かが熱を持ったのを感じた。

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