0章 0話 遺志
「……完成したのか」
低く押し殺した声だった。
「ああ」
頷いた男は、布に包まれた赤子を見つめる。
小さな拳を握りしめ、必死に泣いている。
その背には、小さな翼と水晶のようなコア。
淡く、脈打っている。
「だが……」
男は目を伏せる。
「こんな物を、こんな小さな赤子に背負わせ、その上この子の行く末も見届けることができないなんて……無責任だ。これじゃあ、あいつらと同じだ」
沈黙。
その時、テントの扉が乱暴に開く。
「失礼します!ルシウス殿下、開発主任!敵部隊が二十階層から五階層へ高速接近中、砲撃開始まで約五分!」
「速いな……」
ルシウスは静かに呟く。
「もう奴らが来たのか」
舌打ちする。
「迎撃は?」
「完了しています!」
兵士は飛び出していった。
外の空が震えている。
ルシウスは赤子のコアに触れる。
「ノア。もう時間がない。君は上層へ行け」
「お前はどうする」
「一つだけ、方法がある」
ノアの顔が歪む。
「……アレを使う気か」
ルシウスは答えない。
ただ、赤子を見つめる。
「私たちがすべきことは何だ?」
ノアは唇を噛む。
「……未来を残すことだ」
ルシウスは微笑んだ。
「そうだ」
爆光。
轟音。
テントが焼ける。
「決して、振り返るな」
ノアは赤子を抱え、走る。
ルシウスはその背を、ほんの一瞬だけ見送る。
迫る五つの光。
金色の羽が、静かに広がる。
「……これでいい」
空が裂けた。
光。
衝撃。
そして――静寂。
⸻
やがて、何も聞こえなくなった。
暗闇の中。
ノアの腕の中で、赤子は泣き止んでいた。
その背の水晶が、
闇を拒むように、
かすかに光を灯す。
小さく。
だが、確かに。
未来は、消えていなかった。




