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第六話 セラ

 少女は周囲の音に耳を澄ましながら、まぶたをわずかに開いて状況を確認した。


 予想していたように、海賊たちの宇宙船へ連行されてはいない。

 代わりに、周囲ではすでに戦闘が始まっていた。


(あれは……少年?)


 年齢は自分より下。

 おそらく、若さゆえの正義感で飛び込んだのだろう。


 だが、少女の胸に浮かんだ感情は感謝ではなかった。


(……迷惑)


 率直に、そう思った。


 最悪だ。

 任務の遂行に、不確定要素が出現した。


 本来であれば、私は「さらわれた田舎娘」として海賊に引き渡され、

 そのまま古代遺物の所在を探るはずだった。


 それを、この少年が完全に台無しにした。


(はあ……叫ばなければ……でも、抵抗しないと不自然だし……)


 ここで動けば計画が破綻する。

 一瞬だけ迷った末、少女は結論を出す。


 現状維持が最適。


 ごめん。

 後で仇は取ってあげるから。


 連邦調査局調査員「T612」――セラ・ルーベンは、心の中で小さくため息をついた。

 帝国に対して良い感情はない。

 それでも、何も知らない平民を巻き込んでしまったことには、わずかな罪悪感を覚えていた。


 ――っ!


 だが、その感情は、長くは続かなかった。

 少年が、勝った。


 その事実が、彼女の予測を裏切り、心臓の鼓動を一気に速める。


 年齢差、戦闘経験、人数差。

 どう考えても、少年が勝てる条件ではない。


 それでも、彼は勝ってしまった。


(……私が同じ年の頃、できただろうか)


 無意識に、そんな比較が頭をよぎる。


 やがて周囲は静寂に包まれ、

 少年が死体を漁る音だけが、やけにうるさく聞こえる。


 少女はまぶたの隙間から彼の動きを確認し、再び目を閉じる。


 呼吸は浅く、一定に。

 身体の力を抜きすぎないよう、最低限の緊張だけを残し、

 ――眠っているふりを、続ける。


 視線を感じる。

 じっくりと、隅々まで観察されている気配。

 セラは気づかれぬよう、「気絶したか弱い田舎娘」を自然に演じ続けた。


(ふふ……お姉さんに見とれているのかしら)


 そんな余裕すら浮かべた、その時。

 少年が銃を構え、振り返る。

 違和感にまぶたをわずかに開いた瞬間、彼女は目撃してしまった。


 死体が蘇り、人ではない「何か」へと変貌する瞬間を。


(……っ、なに、あれ!?)


「あ、ああ……」

「……邪教の実験体か」


 邪教?実験体?なんの話?


 少年は、まるでそれが何なのか理解しているような口ぶりだった。


 パン。


 乾いた音と同時に、怪物はあっけなく倒れる。

 少女は反射的に目を閉じた。


「面倒事を持ち込んでくれて……どうしてくれるんだよ」


 少年は振り返り、面倒そうに呟く。


 面倒事?

 おそらく、邪教と実験体の件だろう。


 ――だが。


 なぜ、私が文句を言われている?


(こっちだって、あんたのせいで任務が滅茶苦茶なのに)


 内心でそう突っ込みながら、セラは情報を整理する。


 年齢は若い。

 だが、一般人ではない。


 こんな辺境にいる理由も不明。

 ……調べる価値は、あり。


「……面倒だから、やっぱここに置いていくか」


(助けるなら、最後まで面倒見なさいよ!)


 内心でそう吐き捨てながらも、少女は目を開けない。


 だが、次の瞬間――


「……っと」


 身体が急に引かれた。


 だが、予想していた背負いや横抱きではない。

 少年は足首を掴み、そのまま乱暴に引きずった。


(えっ!?)


 状況を理解するより早く、後頭部に衝撃。

 地面と石が背中を擦り、頭は段差があるたびに――


 ごん。


 ……痛い。


(ちょ、待っ――)


 ごん。


(いや、ちょっと!?)


 三度目。


 ごんっ。


 さすがに、無理だった。


「ちょっと、痛いんだけど!!」


 反射的に声が飛び出し、少女は跳ね起きる。

 視界がぐらりと揺れ、目の前には涼しい顔をした少年がいた。


「……起きたか」

「当たり前でしょうが!!」


 セラは怒鳴りながら頭を押さえる。

 少年の「何も悪いことはしてません」という表情に腹が立ち、

 任務も立場も忘れて、感情のままに声を荒げる。


「人を引きずるなら、せめて道を選びなさい!頭が何度地面に――」


 言いかけて、はっとする。


(……しまった)


 海賊にさらわれそうになった「田舎娘」にしては、口調が強すぎる。

 それに、寝たふりをしていたことも、完全に露呈している。

 少年は一瞬だけ目を細め、それから小さくため息をついた。


「やっぱりな」

「……なにが」

「途中から起きていただろう。いや、最初から気絶自体が演技だった可能性もあるか」


 短い言葉。

 だが、その視線は鋭い。


(……観察力?勘?鋭い)


 少女は一瞬だけ内心で舌打ちし、それから即座に切り替えた。


「……途中から状況が分からなくなって、怖くて寝たふりをしていました。助けてくれて、ありがとうございます」


 そう言いながら、視線をわずかに落とし、声量もほんの少しだけ落とす。

 静かに髪を直す仕草は、ごく自然なものだった。


 強く否定はしない。

 だが、全面的に認めもしない。


「ただ……女性には、もう少し優しくしてほしいです」


 最後の一言は、視線を合わせずに零した。

 拗ねたようにも、困っているようにも取れる曖昧な表情。

 普通の男なら、ここで追及は止める。


 少女は、心の中で静かに微笑んだ。


「……」


 返事がない。


(……あれ?)


 少年は何も言わず踵を返して、歩き出す。


「ちょ、ちょっと!」


 呼び止めると、少年は足を止め、眉間にしわを寄せる。


「……なに?」


 声音には、露骨な面倒くささが滲んでいた。

 付いてくるな、と言外に告げている。


(このガキっ……)


 セラは奥歯を軽く噛みしめ、それから小さく息を整えた。

 次の瞬間には、肩の力を抜き、表情を柔らかくする。


 少年の横顔をちらりと見て、すぐに視線を外す。

 わずかに首を傾け、目元をやさしく細める。


 包み込むようでいて、踏み込みすぎない笑み。

 夏の朝焼けのように眩しく、それでいてどこか懐かしい。

 それは、この年頃の少年が最も抗えない、

「初恋のお姉さん」を彷彿とさせる、無自覚に心を射抜く笑顔だった。


「……あの、もしご迷惑でなければ」


 声を一段落とし、言葉を選ぶように間を置く。


「せめて、お名前だけでも教えてもらえませんか?助けていただいたまま、何も知らないのは……少し、心残りなので」


 少年の銃を下げていた手が、一瞬だけ止まり、

 次の瞬間、何事もなかったかのように歩き出した。


「……名乗るほどのことじゃない」


 短く、感情を挟まない声。

 それは拒絶というより、最初から距離を決めている響きだった。

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