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第五話 メインストーリーの前兆

 この世界は、ゲームなら最高である。

 魔法とロボット、星海を駆ける宇宙戦艦。神話と謎が交錯し、異形の怪物が蠢く世界。

 ありとあらゆる趣味嗜好を持つ者が、自分好みの何かを見つけられる世界。

 惑星を巡って景色や風習を楽しむもよし、強大なモンスターとの戦闘に明け暮れるもよし。

 現実では制限だらけで押し殺されてきた欲望も、ここでは自由だ。

 まさに夢のような人生――


 ただし、それは不死のプレイヤーに限った話である。


 現実になると、力なき一般人にとって決して住みやすい世界ではない。

 帝国と連邦は、開戦と停戦を幾度となく繰り返し、

 両国が隣接する国境線付近は、すでに無人地帯と化した。

 そこに残っているのは、もはや冷たい軍事要塞だけ。


 そして、舞台は宇宙。

 そのスケールがあまりにも巨大なため、情報の伝達は遅く、

 小さな惑星が一つ壊れる程度の戦争ですら、「小競り合い」として扱われる。


 まるで、遊び感覚だ。


 幸い、俺のいる場所は辺境ではあるが、帝国と連邦の国境線から離れている。

 戦争が突然始まっても、直接の影響は少ない。


 だが、こうした情勢が長年続いた結果、

 家を失った者、宇宙海賊に身を落とした者、

 怪しい宗教に洗脳された者、あるいは大罪を犯した罪人たちが、

 辺境、そして辺境を越えた無人地帯に集まるようになった。


 だから、中央に比べて、治安はお世辞にもいいとは言えない。


「誰か、誰か助けてください!」


 甲高い少女の悲鳴が聞こえる。


 祖父の工房では魔法素材こそ豊富だが、電子部品は扱っていない。

 だから、今日は珍しく少し遠くまで買い出しに出ていた。

 そしたら、その帰り道でこれだ。


「大人しくしろ!おい、早く口を塞げ!これ以上騒がれたら面倒だ!」


 クソアマが、などの罵詈雑言が、路地裏から漏れ聞こえてくる。

 ゲームだったなら、突発イベントだと嬉々として飛び込んでいただろう。

 死んでも復活するので、勝てなくても挑戦は必ずする。

 だが、今は――


「……っ!」


 敵の数も、強さも分からない、

 強力な戦闘職も、まだ持っていない。

 そして、突如自覚する死の可能性。

 恐怖が足に絡みつき、鉛のように重く固まって動かない。


「はは……」


 思わず、乾いた笑いが漏れた。

 情けない。実に情けない。

 街の人々のように、見なかったことにして通り過ぎるのが最善策だろう。


「はあ……」


 それでも――


「……やるしか、ないよな」


 人さらい程度の賊なら、強さは大体ゲーム序盤に出てくる雑魚敵に近い。

 理論上、確率的に考えれば、よほど運が悪くない限り、勝てる相手だ。


 ……理論上は、な。


 こういう連中は、一度見逃せば二度目がある。

 放置すれば、いつの間にか仲間を増やし、勢力を築く。


 そうなってからでは、手に負えない。

 この一帯は、確実に住みづらくなる。


 そうなる前に、芽は摘んでおくべきだ。


 帝国の治安維持部隊に頼る手もある。

 だが、貴族様がネズミ退治にそこまで熱心になるとは思えない。


 余程ひどくなければ、見て見ぬふりが関の山だ。

 最悪の場合、裏で結託している可能性すらある。


 だから、最悪な状況を想定しても、やるしかない。


 やらねばならない理由を頭の中で並べ立てるうちに、

 固まっていた足が、ようやく動き出した。


 それでも、怖い。

 これが現実だと思うと、どうしようもなく。


 そんな自分の本心に気づいて、

 俺は思わず、内心で苦笑した。


「……これは、ゲームだ」


 深呼吸をして、無理やり気持ちを切り替え、所持していた兵装を取り出す。

 白いリボルバーのような拳銃と、黒い球体が三つ。

 黒い球体は手のひらサイズだが、見た目以上にずっしりとした重みがある。

 それらを地面に置いた瞬間、

 三つの球体は、機構音ひとつ立てず、素早く蜘蛛型の機械へと変形した。


『近接対応型魔導銃』

 力補正 : +18

 魔力補正 : +26

 素早さ補正 : +6

【スキル】

 魔力弾射出、貫通属性付与、照準補正、近接斬撃(内蔵魔導ナイフ)

【特性 : 連射】

 通常弾と同時に魔力弾を射出可能

【備考】

 近接戦闘を想定した魔導銃。

 銃身下部に展開式の魔導ナイフを内蔵しており、弾切れや狭所での戦闘にも対応できる。

 優れた機構構造により射速が高く、扱いに慣れれば中距離から近接まで隙が少ない。


『蜘蛛型偵察機』

 耐久 : 25/25

 SP : 15/15

 力 : 3

 魔力 : 0

 精神力 : 0

 技術力 : 12

 素早さ : 46

【スキル】

 形態変化(球体⇔蜘蛛型)、静音移動(隠密補正)、魔力信号探知(短距離)

【追加武装】

 単発式・貫通針(使用回数:1回)

【特性:機械造物】

 魔力探知に反応しない

 精神干渉系効果を受けない

【備考】

 情報収集および偵察用途に開発された蜘蛛型機械兵器。

 収納時はポケットに収まる小型の金属球だが、展開すると多脚構造の蜘蛛形態へと変形する。

 隠密性と機動力を最優先して設計されており、戦闘能力はほぼ皆無。

 ――兵器という名の壊れやすい玩具。


 三体の蜘蛛型機械は、命令を待つように低く身を伏せた。

 赤い光点がそれぞれの単眼で瞬き、周囲の地形を即座にスキャンする。


「偵察優先。見つからないように頼む」


 小声で命じると、蜘蛛型機械は音もなく動き出した。

 一体は壁を這い、もう一体は地面を滑り、

 残る一体は排水管へと張り付き、陰へ陰へと姿を消した。


 三体の偵察機が先行するのを確認し、

 俺も物陰に身を潜めながら、足音を殺して後を追う。


 近づくにつれ、視界の端に淡い情報表示が浮かび上がった。


 名前:???

 職業:不明、宇宙海賊lv32

 名前:???

 職業:宇宙海賊lv16、盗賊lv20

 名前:???

 職業:宇宙海賊lv13、鍛冶師lv20


「……三人、か」


 アスフロでは、自分以外の生物や物体のステータスは完全表示されない。

 所有知識、スキル、能力差、事前情報、

 それらを元にした複雑な判定と計算を経て、開示情報が変動する仕様だ。


 高難易度ボス攻略の事前準備としては、正直楽しかった。

 だが、今は詳細が即座に分からないのが正直面倒だ。


 確認できた誘拐犯は三名。

 魔力反応はいずれも薄く、全員が剣を所持している。

 近接戦闘を主軸とする構成、そう判断して問題ないだろう。


 ただし、一人。

 リーダー格と思われる男の剣からは、明確な魔力反応を検知した。


 魔法が付与された魔剣。

 魔力パターンから見て、風属性の可能性が高い。


「……厄介だな」


 逃走経路、遮蔽物、死角。

 蜘蛛型偵察機から送られてくる情報を統合し、

 路地裏の構造を頭の中で再構築する。


 すべて、把握。


「……よし」


 まずは、一人。


 蜘蛛型機械の一体が、男の背後へと忍び寄る。

 気絶させられた少女を見下ろし、下卑た笑みを浮かべるその男は、完全に油断していた。


 次の瞬間――

 単発式の貫通針が、ほとんど音もなく射出される。


 短い呻き声。

 男は何が起きたのか理解する間もなく、崩れ落ちた。


「なっ――!?」


 突然の出来事に、残る二人が驚愕する。

 だが、二人が振り向いた瞬間、

 蜘蛛は即座に跳躍し、路地の奥へと逃走を開始した。


「追え!機械だ!恐らく操ってる奴が近くにいる!」


 思惑通り。


 二人が蜘蛛を追って走り出した、その背中。

 死角から、残りの蜘蛛たちが飛びかかる。


 再び、針。


 今度は叫ぶ暇すらなかった。

 一人は即座に倒れ、リーダーらしき男だけが、咄嗟の判断で急所を外す。


「クソッ……!」


 男は舌打ちし、首元を押さえる。

 針に擦られ血は流れているが、致命傷ではない。


「こそこそ隠れてないで、出てきたらどうだ?」


 剣に風属性の魔力がまとわりつき、周囲の空気が、目に見えない圧で震え始める。


「そこか!」


 風を纏った斬撃が、俺の隠れていた壁を切り裂いた。


「……」


 一対一。

 良くも悪くもない状況だ。


 俺は魔導銃を構え、引き金を引く。


「ちっ!」


 男は即座に反応し、卓越した身体能力で射線を外すと、

 遮蔽物の向こうへと身を滑り込ませた。


 さすがに対人戦はそううまくいかないか。


 短い攻防の後、彼は再び遮蔽物に身を潜めようとする。

 その瞬間を狙い、俺は迷わず引き金を引いた。


 カチッ。


 弾切れを告げる乾いた音が、路地裏に響く。

 次の瞬間、男は考えるより先に体を動かしていた。


 遮蔽物から飛び出し、一気に距離を詰める。

 光を強める剣には風の魔力が集束し、

 勝負に出たことは、誰の目にも明白だった。


「くたばれ、クソガキが!」

「……」


 パン。


 破裂音にも似た、鈍く短い銃声が路地裏に響く。


「……魔力弾、だと?」


 信じられない表情で、男の視線が自身の手へと落ちる。

 傷は浅い。

 だが、剣は正確に撃ち飛ばされていた。


 次の瞬間、

 視界の端から、光の刃が滑り込む。


「……っ!?」


 一撃。


 剣が地面に落ち、

 男は膝から崩れ落ちた。


 静寂。


 俺は息を吐き、魔導銃の刃を解除する。

 心臓の音が、やけにうるさい。


「……腕は、そこまで鈍ってないか」


 勝った。


 こんな雑魚敵に勝っても、本来なら何の意味もない。

 だが、ゲームの時とは、明らかに感触が違った。


 生温い血の感触。

 相手の口臭。

 体内でアドレナリンが溢れ出しているのが、はっきりと分かる。


「……効果は、あったか」


 手の中の魔導銃を見下ろしながら、安堵の息を吐いた。


 あのリーダー格の男は、魔法剣士がメイン職だろう。

 風属性の魔法剣士は速度に優れ、距離を取られれば、今の俺では止められない。


 宇宙海賊は、Gに似ている。

 一人見つけたら、この宙域のどこかに、数百の仲間が潜んでいると思っていい。


 だからこそ、逃がすわけにはいかなかった。


「さて……この子は、どうしようか」


 海賊から回収できる物を素早く回収し、

 昏睡したままの少女を見下ろして、短く息を吐く。


 装飾らしい装飾はなく、実用一点張りの服装。

 粗末だが手入れは行き届いており、日々の労働に耐えるためのものだとわかる。


 だが、その質素さの奥に、整った顔立ちがある。

 長い睫毛と通った鼻筋、都会に出れば、間違いなく人目を引くだろう。

 海賊に狙われるだけはある。


 放置するという選択肢も、ないわけじゃない。

 だが、海賊の仲間が彼女が目を覚ます前に到着すれば、想像するまでもなく結末は最悪だ。

 下手をすれば、助けなかった方が、まだましだったと思えるほどに。


「――っ!?」


 背後で、突如として物音がした。


 反射的に振り向き、銃を向ける。

 そこにあったのは――さきほど、確実に息の根を止めたはずの海賊の死体だった。


 胸元が、不規則に上下している。


 呼吸ではない。

 まるで、心臓だけが外側から無理やり動かされているような、不自然な動き。


 次の瞬間、骨のきしむ音が路地裏に響いた。


 死体はありえない角度で起き上がり、裂けた肉の隙間から血が滴り落ちる。

 口腔や眼窩からは、ぬめった触手のようなものが蠢きながら這い出し、

 さらに、致命傷だったはずの傷口では、細い触手が糸のように伸び、

 縫い合わせるように絡みつき、目に見える速度で傷口が塞がっていく。


 ……再生している。


 パン、パン。


 試しに心臓を撃ち抜く。

 だが、弾痕は即座に肉に埋もれ、何事もなかったかのように塞がった。


「あ、ああ……」


 喉の奥から絞り出すような呻き声を発しながら、

 死体だったものは両腕を伸ばし、生者を求めてにじり寄ってくる。

 人間の形を保ってはいるが、もはや人ではない。


「……邪教の実験体か」


 距離を保ったまま、銃口を揺らさず観察する。

 幸い、動きは鈍い。

 初期型……いや、時間を考えると研究途中の不完全体か。


 全身を走査する中で、すぐに異常が目に入った。

 右下腹部。

 不自然に膨れ上がり、内部で何かが蠢いている。


 核は……そこか!


 核――邪教の実験体に共通する制御器官。

 初期型は、ここを破壊すれば機能を維持できない。


 パン。


 引き金を引く。


 鈍い衝撃音とともに、弾丸が肉を貫き、内部で破裂した。


 悲鳴――いや、悲鳴に似た音が響き、触手が一斉に痙攣した。

 死体だったものは膝を折り、糸が切れたように崩れ落ちる。


「……」


 邪教――正式名称は「原初回帰教団」。

 表向きは、「アーク・ライフサイエンス社」という企業を運営している。


 連邦で設立された先端生命工学企業。

 宇宙開拓の進展に伴い、各惑星で発生する過酷な環境、未知の病原体、

 そして、戦争による人的損耗に対応するための技術を提供してきた。


 連邦と帝国、双方と正式に契約を結んだ、数少ない中立企業。

 民生にとどまらず、軍事分野にも深く関与する――宇宙規模の巨大企業だ。


 その理念は――


『生命を、次の段階へ』


 生命は完成された存在ではない。

 環境に適応し、進化し続けることでこそ、未来へ辿り着く。


 アーク・ライフサイエンス社は、

 人類を脆弱な肉体の檻から解放し、

 より強く、より賢く、より長く生きる存在へ導く。


「まあ、人ではなくなる以外は、確かにその通りではあるけど」


 そんな彼らの表の顔に騙され、「簡単に強くなれる」という甘言に釣られた者たちは、

 等しく実験台へと回される。


 その結果が、あのリーダーらしき海賊の成れの果てだ。

 本人の知らぬ間に、恐ろしい実験に組み込まれ、

 体内に得体の知れない何かが寄生する。

 

 生きている間は普通に見えたけど、いずれ意思は奪われ、人格は削られる。

 そうなれば、邪教の操り人形となり、

 死ぬまで使い潰され、死後ですら、化け物の餌食となる。


「はあ……」


 頭が痛くなる。

 邪教は全員の頭がイカれた厄介な組織である。

 俺の中では、数ある勢力の中でも、一番関わりたくない組織の一つに数えられる。


 本来、実験体の存在は極秘事項。

 表に出るはずのない研究であり、帝国と連邦に露見し、

 正式に「邪教」と認定されるのは、Ver.3.0のメインストーリー。

 

 大型アップデートを何度も経た、ずっと先の話であるため、

 少なくとも、今から五年は先の話。

 この時点では、帝国も連邦も、まだ何も知らない。


 だからこそ、厄介だ。


 もし実験体がここで死んだと知られれば、

 情報漏洩を防ぐため、邪教がこの場所を嗅ぎつけ、調べに来る可能性がある。

 また、アーク・ライフサイエンス社の力をもってすれば、俺が関与したと突き止めるのは、そう難しい話ではない。


 再び少女に視線を落とす。


 少女はそんな俺の悩みも知らず、静かに眠っている。


「面倒事を持ち込んでくれて……どうしてくれるんだよ」

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