第三話 新しい職業
一ヶ月後。
工房の一日は、相変わらず早い。
夜明けと同時に炉に火を入れ、金属を温め、魔法陣を刻む。
工程そのものは変わらないが、工具を握る手の動きは、明らかに以前とは違っていた。
魔力が流れ、滞り、歪みかける箇所を、まるで最初から見えていたかのように捉え、流れるような動作で修正していく。
かつてなら一度は手を止め、首を傾げていた工程も、今では迷いなく通過していく。
確認は不要になり、判断は一瞬で済む。
――成長している。
それは本人の自覚とは関係なく、誰の目にもはっきりと映る変化だった。
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エリオ・ヴァイス
種族 : 人間
職業 : 魔法工房助手 Lv10
HP : 68/68
MP : 48/48
SP : 30/30
力 : 13
魔力 : 21
精神力 : 28
技術力 : 26
素早さ : 11
運 : 6
称号 : なし
【スキル】
技術 : 電子回路設計Lv3、機構解析Lv2、発明Lv1、解析眼Lv1、工具熟練Lv3
魔法 : 魔法回路設計Lv5、魔法補助Lv4、魔法武器修理Lv3
汎用 : 観察力Lv3
【パッシブ】
自然成長
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ステータスウィンドウをチラ見しながら、思考を巡らせる。
下位職業の最大レベルは20、まだ伸びしろはあるが、限界は見え始めている。
そろそろ転職、あるいは新たな職業を獲得することを視野に入れる時期である。
この世界では、下位職を限界までレベルアップすると、上位職への転職が可能になる。
転職と同時に職業は上位職へと変化し、レベルはLv1からの再スタートだ。
職業の格が上がるほどレベル上限も引き上げられ、Lv20、Lv40、Lv60、Lv80と段階的に伸びていく。
高位職になれば、ひとつ昇進するだけでも数年単位を要する。
普通のNPCであれば、どこかで限界を感じ、そこで成長が止まるのが当たり前だ。
プレイヤーたちも、転生する前のゲーム時代を振り返れば同じだった。
レベル上限がLv100に設定された最上級職を、実際にLv100まで育てきった者はごく少数。
多くはメイン職とサブ職を併用し、無理のない範囲でバランスよくレベルを上げていた。
「……やはり、魔法の勉強をしないといけないのか?」
技術や原理を深く理解すればするほど、NPCの成長が早くなることは知った。
だが、レベルが上がるにつれて、理解そのものの難易度も跳ね上がっていく。
例えば、武器に刻まれた魔法回路。
あれは結局のところ、魔法の行使を補助するための仕組みだ。
魔法そのものを理解していなければ、回路設計の理由や理念を深く理解できない。
最近、成長が鈍ってきていると感じるのも、そのせいだろう。
プレイヤーであれば、理屈が分からなくとも、
同じ工程を何十回も繰り返すだけでレベルアップできた。
だが、後期レベル帯に入れば、プレイヤーであっても成長は容易ではなくなる。
最初こそ、NPCたちはプレイヤーの異常に驚いた。
だが、やがて皆、そういうものだと納得するようになった。
なぜなら――この世界には、プレイヤーすら霞むほど理不尽な天才が存在する。
プレイヤーたちから「チートだろ」と半ば本気で罵られるほどの天才が、確かに存在している。
邪神を葬り、「神葬剣姫」という専有職業を獲得した帝国の薔薇――エリシア・ローゼンフェルト。
彼女は一年という異常な速度で、
騎士見習い → 正騎士 → 神罰騎士 → 剣聖
という昇進ルートを駆け上がったと記録されている。
噂によれば、彼女は戦闘から学ぶ速度が異常に早い。
ゲームの仕様に翻訳するなら、戦闘経験値の獲得倍率を大きく引き上げるスキルを持っていた、と考えるのが自然だ。
史上最年少で剣聖に到達した、連邦の蒼閃――アレクシス・ヴァン・レインハルト。
彼はわずか十か月で
剣士 → 剣闘士 → 無想剣士 → 剣聖
というルートを踏破し、歴代記録を塗り替えた。
彼の特徴は、剣の才能が異常なまでに高いことだ。
システム的に説明するなら、剣関連職業のレベルアップに必要な経験値そのものが、他者より圧倒的に少ない。
さらに、同じ技でもプレイヤーの数倍の威力を叩き出すことから、剣系スキル全般に強力な補正がかかっていると推測されていた。
公式設定にも、彼は「剣に恵まれた天才」と明記されていた。
神に選ばれし聖女――ルシア。
平民出身でありながら、
聖徒候補 → 正教司祭 → 高位神官 → 聖女
という、上げるのが極めて難しい正統ルートを、わずか二年で成し遂げた。
この偉業に、教会の教皇すら驚愕し、彼女を「神に選ばれし聖女」と直々に認めたという。
ルシアの成長速度の理由は、他の二人ほど明確ではない。
だが推測はできる。
信仰がシステム上どのように処理されているかは不明だが、何らかの形で経験値補正、あるいは成長補助が付与されていたとしても、不思議ではない。
プレイヤーが彼らと同じ偉業を成し遂げようとすれば、毎日十二時間以上の狩りを休みなく続ける、いわゆる“廃人プレイ”でも、なお届かない。
「……だが、今の俺なら、ある程度は参考にできる」
生まれつきの天賦の才がなくとも、人にはそれぞれ得意不得意がある。
ならば、この世界にも――いや、ゲーム時代から既に、
NPCには、それぞれに目立たない補正が存在していたはずだ。
もし効率を最大限に求めるのなら、自分の長所を伸ばすのが一番合理的だ。
ふと、思考が止まる。
電子回路設計Lv3
機構解析Lv2
発明Lv1
これらは、本来の「エリオ・ヴァイス」の記憶には存在しない。
つまり、これは「黒瀬恒一」のスキルだ。
ロボットアニメが好きで、いつかは専用機を作りたいと思いながら、電子工作に没頭していた時期があった。
その影響なのか、電子回路設計などの知識がそのままスキルとして残っている。
「そういえば、ガンプラに回路を設計して、ライトを組み込み、アニメのシーンを再現したこともあったな……」
今思い返しても、あれはわくわくしてとても楽しかった。
設計、作成、実装。
何度も繰り返し失敗しても、自分の脳内の設計が形になる瞬間がたまらなかった。
「……でも、機械系の職業って弱いんだよな」
ゲームの仕様上、機械系は剣士などの物理職と同じく、主に物理ダメージを担う。
遠距離型も近距離型も存在はするが、総じてマイナー寄りだった。
例えば、巨大機械兵器を操縦する職業—―「機神騎士」。
あれは搭乗する機体によって戦力の上下限が激しく、戦闘後の修理費用や維持費も馬鹿にならなかった。
一時期は「男のロマン」として流行ったが、総合的に見れば、魔力が自然回復する魔法職や、育成コストの低い剣士系物理職には到底及ばなかった。
「……いや、待て」
ゲームでは、操縦・所有できる機械の数に厳しい制限があった。
また、ゲームである以上、コストパフォーマンスは追及せざるを得なかった。
だが、ここは現実だ。
俺はもうプレイヤーじゃない。
「なら……ゲームの制限自体が、存在しない可能性もあるんじゃないか?」
そして、今の俺のスキル構成を見る限り――
電子、機械、構造。
どう考えても、そちらに偏った才能がある。
「……試してみる価値は、あるな」
そう結論づけると、俺は迷わず祖父のもとへ向かった。
事情を簡単に説明すると、祖父は深く追及することもなく、工房と材料の使用を許してくれた。
工房を借り受けた俺は、まず使えそうな材料を一つずつ確認していく。
金属板、歯車、バネ、軸受。
加えて、最低限の加工が施された魔法素材。
当然だが、電子部品は存在しない。
「……なら、全部物理でいくしかないな」
歯車比、回転数、力の伝達。
記憶の奥にある設計図を、純粋な機構設計へと置き換えていく。
電流の代わりに力、信号の代わりに回転。
俺が作ったのは、ゼンマイを動力にした小型のからくり人形だ。
構造は単純で、一定距離を歩くだけの、極めて原始的な機構。
それを一つ、二つ、三つと作っていく。
気づけば、作業台の上には十数体の小さな人形が並んでいた。
「……よし」
手のひらサイズの木製の人形が、ずらりと並んでいる。
どう見ても玩具でしかない。
だが、ゲームではこういう玩具でも、一応操縦ユニットとしてカウントされていた。
一体ずつ起動させ、動作を確認。
そして、最後に――同時起動。
ゼンマイの音が重なり合い、
からくりたちが一斉に動き出した。
「できた……」
その瞬間だった。
視界の端に、見慣れた半透明のウィンドウが浮かび上がる。
続けて、情報が書き換えられていく。
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機構解析Lv2 → Lv3
発明Lv1 → Lv2
【新たな職業条件を満たしました】
【新職業獲得】
機械整備士Lv1
【新スキル獲得】
機械整備 Lv1
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思わず、息を呑んだ。
「……成功した」
俺は、今も動き続ける人形たちを見下ろし、
静かに口元を緩めた。
操作が極めて煩雑で、
自律兵装や遠隔兵装を他の職業よりも多く扱えることで知られる、
機械系の中級職「機甲指揮官」でさえ、
同時に運用できる兵装の数には、明確な上限が設けられていた。
確か、最大で十機。
それ以上は、システム側がそもそも許可しなかったはずだ。
「やっぱり……制限はない」




