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第二話 NPCの成長

 一晩中、起こり得る状況を洗い出し、これから先を思考し続けた。

 頭の中に無数の可能性を並べ、取捨選択を繰り返したが――

 結論は、驚くほど単純だった。


 まずは職業レベルを上げる。

 ステータスを伸ばす。


 どんな道を選ぶにせよ、これは避けて通れない。


 この世界のゲームシステムには、いわゆる「キャラクターレベル」という概念が存在しない。

 代わりに、あらゆる成長は職業レベルに紐づけられている。


 特定の職業に就き、経験を積み、レベルを上げる。

 その結果として基礎ステータスが上昇する――それが、この世界の成長法則だった。


 職業の種類に制限はない。

 理論上は、時間さえ許せば、あらゆる職業を修めることも可能だ。


 だが、無限ではないものもある。


 ステータスに直接影響を与えられる職業枠は、最大で十。

 それを超えた職業は、スキルこそ使用できるものの、能力値には一切補正がかからない。


 だからこそ、補正値の高い職業や、上位職へ派生可能な職業は、常に高い人気を誇っていた。


 職業の種類は、ほぼ無限と言っていい。

 中には、特定の職業とスキルの組み合わせが条件を満たした結果、後天的に派生するものも存在する。


 さらにNPCの場合、生き方や才能、積み重ねた選択そのものが反映され、

 世界に一つだけの「固有職業」が自然発生することさえある。


 需要。

 置かれた環境。

 そして、どのように戦い、あるいは生きるか。


 それらすべてを踏まえて職業とスキルを組み合わせ、

 唯一無二のビルドを構築する――


 それこそが、アスフロという世界の、最大の魅力だった。


 もっとも、現状では記憶にある強力な職業の大半は獲得不可能だ。

 だから当面は、「魔法工房助手」の職業レベルを上げるしかない。


 鍛冶や裁縫など、他にも選べる職業はいくつかある。

 だが、俺の思い描くビルドに照らし合わせると、いずれも少し遠回りになる。


 帝国の魔法、連邦の機械。


 帝国は皇帝を頂点とする、伝統と血統を重んじる貴族社会であり、魔法技術においては他を圧倒している。

 一方の連邦は、自由と民主を掲げ、帝国から分裂した国家だ。現在では科学技術に力を入れ、機械造物や宇宙戦艦といった分野では、すでに帝国を凌駕していた。


 ゲーム時代においては、魔法職が相対的に強かった。

 ただし、魔法使いになるためには師匠が必須であり、その門戸は決して広くない。


 しかも、今の俺が暮らしている惑星は、帝国辺境に位置する資源惑星だ。

 鉱物資源は豊富で、鍛冶や武器製造に長けた技術者は多いが、中央からは「田舎」として扱われている。

 優秀な魔法の師匠など、まず期待できない。


 加えて、古龍魔法のような希少魔法は、ほぼ例外なく貴族によって独占されている。

 現段階で強力な魔法職を得るのは、現実的とは言えない。


 プレイヤーだった頃の俺は、耐久力に優れた【竜殺し(ドラゴンスレイヤー)】という職業を主軸に、

 魔法と物理の両方で火力を出せる、いわば魔法剣士のようなバランス型ビルドを組んでいた。


 だが、同じ道を再び選ぶべきかどうか。

 正直なところ、迷っている。

 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)職業を得る前提条件は、その名の通り「竜を殺す」こと。

 しかも一体や二体では足りない。最低でも、十体。


 倒せるかどうかを考える以前に、

 そもそも、その数の竜をどこで見つけるのか、という話になる。


 プレイヤーだった頃でさえ、あれは綱渡りだった。

 時間と労力を注ぎ込んだのは確かだが、

 プレイヤー同士の情報交換によって集められた世界中の情報、そして運――

 そのすべてが噛み合って、ようやく成立していたに過ぎない。


 今の立場で、同じ幸運が巡ってくる保証は、どこにもない。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 早くレベルを上げたいという焦りのせいか、

 朝は思っていたよりも早く目が覚めてしまった。


 夜明け前の薄暗さがまだ残る中、工房の扉を開ける。

 途端に、むっとした熱気と金属の匂いが鼻を突いた。

 炉にはすでに火が入っており、赤く脈打つ炎が壁に揺れる影を落としている。


 工房の奥、炉の前に祖父が立っていた。

 分厚い作業着に身を包み、背筋は驚くほど真っ直ぐだ。


 背中越しでも分かる。

 今日は――機嫌がいい。


「エリオ。ぼさっとするな。まずは掃除だ」

「はい」


 言われるまま、床に散らばった金属屑を拾い集める。

 昨日削った魔導石の破片。歪んだまま放置された失敗作の回路板。

 変質して使い物にならなくなった触媒の残骸。


 しゃがみ込み、無言でそれらを分別していく。


 ……経験値は、入らない。


 思わずステータスを確認するが、当然のように数値は微動だにしなかった。


(おかしいな)


 プレイヤー時代なら、こういう作業でも確実に熟練度は溜まり経験値となっていた。

 回数を重ねれば、職業レベルは上がる。

 それが、このゲームの基本仕様だったはずだ。


 現実として考えれば、そんな理屈はおかしい。

 だが、ステータスウィンドウが存在する以上、何らかの共通点があるはずだ。


 ……いや。

 今はNPCだからこそ、プレイヤーとはまったく別の仕様で動いている可能性の方が高い。


 午前中は、祖父の横で作業補助に回る。

 魔法陣の刻印補助――とはいえ、俺に任されるのは、すでに引かれた線をなぞるだけの単純作業だ。


 言われた通りに刻む。

 失敗しないよう、呼吸を整え、手元に集中する。


 成功。成功。成功。失敗。成功。


 集中力を削られる単調な作業を、何度も何度も繰り返す。

 ミニゲームだったなら、とっくに放り投げている内容だ。


 だが、どれだけ回数を重ねても、期待していた変化は訪れない。


 おかしい。


 昼休憩が近づく頃には、はっきりとした違和感に変わっていた。

 この回数をこなしていれば、そろそろ職業レベルが上がる頃合いのはずだ。

 だが、その兆しすら感じられない。

 NPCは、プレイヤーよりも経験値の要求量が遥かに高いのか?


「なあ、エリオ」


 祖父が手を止め、こちらを見る。


「同じ作業を、さっきから何回やっている?」

「……十回以上、です」

「で、何を考えて刻んでいる?」


 一瞬、言葉に詰まる。

 経験値を得て、早くレベルを上げたい――

 頭の中にあったのは、それだけだ。


 何かを考えていたはずもない。

 ただ手を動かし、回数を重ねていただけだった。


「えっと……失敗しないように、線を……」

「それだけか」


 祖父は、深く息を吐いた。

 炎の揺らめきが、その皺の刻まれた横顔を照らす。


「手を止めろ。刻むな」


 言われるまま工具を置く。


「いいか。お前は今、作業をしているだけだ」

「作業……?」

「そうだ。なぜ、その線が必要か分かっているか?」

「……正確な魔力の流れを、作るため……?」


 祖父は首を振った。


「浅い。それは結果だ。理由じゃない」


 祖父は回路板を引き寄せ、自分の指で一本の線を指差した。


「この線はな、魔力を通すためじゃない。逃がすためにある」

「逃がす……?」

「魔力は、溜めればいいもんじゃない。余剰は必ず歪みを生む。だからここで逃がす。そうしないと、次の工程で必ず壊れる」


 ……初めて聞く話だった。

 いや。聞いたことはあったのかもしれない。

 だが、プレイヤーだった頃は、そんな説明を気にも留めなかった。


「もう一度、刻め」


 言われて、再び工具を握る。


 線を引く。

 だが、今度は明確に違った。


(ここは、魔力が溜まる……だから、逃がす)


 その瞬間だった。


 視界の端で、淡い光が走る。


 魔法工房助手Lv2 → Lv3

 魔法回路設計Lv1 → Lv2


 同時に、情報が一気に流れ込んでくる。


 魔力の流れ。

 歪みが生じる条件。

 この回路が、どこで失敗しやすいのか。


 説明されたわけじゃない。

 だが、分かる。

 考えなくても、理解できる。


「……今、分かったな」

「はい……たぶん」

「それでいい。だが、覚えておけ」


 祖父は、こちらを見て静かに口を開いた。

 俺の変化も、理解も、すべて見通しているような目で。


「回数を重ねることは、無意味じゃない。だが、一番大事なのは理解だ」

「理解……」

「熟練するには回数が要る。だが、突破するためには理解が必要不可欠だ。」


 俺は、ステータスをもう一度確認した。

 確かに、レベルは上がっている。

 その理由は、あまりにも明白だった。


 理解したからだ。


(プレイヤーとは、根本的に違う……)


 だが、同時に思う。

 一度、理解してしまえば。

 レベルアップした瞬間、その段階に相応しい知識が、一気に流れ込んでくる。


 あたかも、すべてを見通すかのような感覚。

 あの「分かってしまう」快感は、言葉にできないほどの魅力があった。


 プレイヤーだった頃は、回数を重ねるだけで、何も考えなくてもよかった。

 だが――今も、そのやり方でいいのか。


 否。

 いいわけがない。


 祖父の言葉が、胸の奥に静かに沈んでいく。


 回数ではない。

 理解だ。


 それをプレイヤー時代の俺が聞いたら、きっと鼻で笑っていただろう。


 効率。

 最短ルート。

 再現性の高い攻略法。


 それらを集め、なぞり、積み上げることこそが正しい成長だと、疑いもしなかった。

 理解など、結果についてくる副産物に過ぎない、と。


 だが、今は違う。


 ステータスに表示された数値は、確かに上がっている。

 しかし、俺の中で変わったのは、それだけではなかった。


 世界の見え方そのものが、少しずつ変わり始めている。


 祖父の手元を見る。

 魔法陣を刻むその動きには、迷いがない。

 一つ一つの線には、理由があり、目的がある。


 魔力がどう流れ、どこで溜まり、どこで歪むか。

 それをすべて理解した上で、必要な形だけを選び取って刻んでいる。


(回路設計には……理念がある)


 そう思った瞬間、胸の奥で何かが噛み合った。


「この魔法回路は、並列処理にした方が効率がいいと思いますが……」


 一瞬、祖父の手が止まる。

 そして、ゆっくりとこちらを見た。


「欲が出てきたな」

「……はい」


 祖父は、ふっと小さく笑った。


「いい兆候だ。だが焦るな。理解が浅いまま複雑にすれば、必ず失敗する」

「分かってます」


 本心だった。

 もう、回数を重ねるだけの作業には戻らない。

 一つ一つを理解し、積み上げていく。

 その方が、俺にとっては、よほど「効率的」なレベリング方法だ。


(この仕様なら、天賦の才がないモブNPCでも戦える)


 俺は、もう一度工具を握り直した。

 プレイヤーだった頃には見えなかった世界が、

 今、確かにここにある。

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