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第一話 静かな始まり

 神話、魔法、科学、宇宙。

 考え得る要素をすべて詰め込んだフルダイブ型VRMMO

 《ASTRAL FRONTIERアストラル・フロンティア》――通称アスフロ。


 同時接続数は世界記録を更新し、

 一時期は「宇宙人が作ったゲーム」などと噂された、名実ともに超人気タイトルだ。


 黒瀬恒一がこのゲームを始めた理由は、至って平凡だった。

 現実逃避と、仕事のストレス発散。


 現実では評価されず、事故の責任を押し付けられ、

 自分の無実を説明しようにも、

 誰にも信じてもらえず、話すら聞いてもらえない。

 理不尽ばかりが積み重なる日々。


 そんな地獄のような現実の中で、

 別の人生を体験できるこのゲームだけが、彼の救いだった。


 だから今日も、いつもと変わらないはずだった。


 ――あの瞬間までは。


 肉の絨毯に覆われた地下空間。

 無数の触手を生やし、辛うじて人の形を保った怪物が、断末魔をあげて崩れ落ちる。


 死亡してなお痙攣する筋肉。

 時折、意思を残したかのように蠢く触手。


 倒したという達成感よりも、

 生き延びたという安堵が、先に胸を満たした。


 人体実験を行っていた邪教らしい、吐き気を催す光景に、

 思わず顔の筋肉が強張る。


「狂人どもが……」


 聖騎士が顔に付いた返り血を拭い、忌々しげに吐き捨てる。


「これで終わりでしょうか?」


 女性の魔法使いが、恐怖と安堵の入り混じった声で問いかけた。


「さあ……」


 生存者は、自分を含めて三人だけ。

 特級クエストと呼ばれる理由が、嫌というほど分かる惨状だった。


 倒れた怪物に近づいた、そのとき。


 心臓があったと思しき位置から、

 石のようなものが、ぬるりと床に転がり落ちた。


「これは……」


 ドロップアイテム?

 粘液にまみれたそれを拾い上げると、

 石にしては妙に柔らかく、嫌な感触が指先に残る。


 ――アイテム情報が表示された。


『怪しい石』

 帝国が邪教と認定し、滅ぼしたある教団の遺物。

 教団内部では「神の授け物」と称されているが……。


「また、効果不明、用途不明のアイテムか……」


 このゲームには、こうした謎のアイテムが異様に多い。

 ゴミ同然のものもあれば、後に神アイテムと判明するものもある。


 用途は自分で探れ――

 それが運営の一貫したスタンスだ。


 正直、俺は謎解きが嫌いだ。

 面倒だし、リスクとリターンが不安定すぎる。


 どうするべきかと迷った、その瞬間。


 石が――脈打った。


 まるで、生きた心臓のように。


 トラップか。

 まずい。


 そう認識するよりも早く、視界が暗転する。


『異常発生! 異常発生!』

『プレイヤーの心臓停止を確認!』

『緊急事態のため――』


 警告音が、やけにうるさい。


 ……VRマシンに、救急車を呼ぶ機能なんてあったのか。


 そんなことを、まるで他人事のように考えながら、

 俺の意識は、静かに途切れていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 天井がある。

 安っぽい木材で組まれた梁には、ところどころ細かなヒビが走っていた。

 窓から差し込む光はやけに柔らかく、それでいて妙に眩しい。


「……ここは、どこだ?」


 まだゲームの中なのか――そう考えた、瞬間だった。

 はっきりとした違和感が走る。


 耳に届いた声が、俺の記憶にあるものと一致しなかった。

 自分の声でもなければ、ゲームで操作していたキャラクターの声でもない。


 ゲームでの操作キャラは、渋い中年男性だったはずだ。

 落ち着いた低音で、いかにも頼れるおじさん、といった声。


 だが今、喉からこぼれたのは――

 どう聞いても、少年の声だった。


 ベッドから身を起こす。

 足裏に伝わる、冷たい床の感触が妙に生々しい。


 壁際の鏡を覗き込み、息を呑んだ。

 そこに映っていたのは、やや痩せた少年の姿だった。


 手足は細いが、完全に非力というわけではない。

 最低限の筋肉はある。

 ただし全体的な体つきは、魔法使いらしい細身だった。


 視線を室内へ移すと、

 壁には年季の入った作業着が掛けられ、

 机の上には金属屑と、使い込まれた簡単な工具が無造作に並んでいる。

 粗末だが、生活の痕跡ははっきりとしていた。

 ここで誰かが、確かに日々を過ごしてきたのだと分かる。


 窓の外に目を向ける。

 低層住宅が立ち並ぶ街区の向こう、遠くには巨大な軌道エレベーターがそびえていた。


 未来的でありながら、どこか原始的。

 相反する要素が同居する――

 アスフロ特有の風景だった。


「……これは、一体?」


 最後の記憶を辿る。

 本来なら、次に目を覚ます場所は病院のベッドのはずだった。


 そうではない。

 ということは――


「ステータス」


 そう意識しただけで、視界に淡いウィンドウが浮かび上がった。


 ******************************************


 エリオ・ヴァイス

 種族 : 人間

 職業 : 魔法工房助手Lv2


 HP : 52/52

 MP : 30/30

 SP : 22/22


 力 : 12

 魔力 : 16

 精神力 : 22

 技術力 : 18

 素早さ : 10

 運 : 6


 称号 : なし


【スキル】

 技術 : 電子回路設計Lv3、機構解析Lv2、発明Lv1、解析眼Lv1、工具熟練Lv2

 魔法 : 魔法回路設計Lv1、魔法補助Lv2、魔法武器修理Lv2

 汎用 : 観察力Lv2


【パッシブ】

 自然成長


 ******************************************


 声に出さずとも、当然のようにステータスウィンドウが開いた。

 だが、いくら視線を動かしても、そこにログアウトボタンは存在しなかった。

 代わりに、知らない記憶が自然と浮かんできた。


 エリオ・ヴァイス。十三歳。

 両親は死亡、祖父との二人暮らし。

 現在は祖父の営む魔法工房で、助手として働いている。


 今年は星暦3217年。

 カリデス帝国とルミナス連邦が停戦して、二年目。


「転生なのか?……いや待て」


 記憶が正しければ、ここは確かに《アストラル・フロンティア》の世界だ。

 だがーー

 ゲームリリース初期は、星暦3220年。

 ルミナス連邦が超時空遺跡「アストラルゲート」を探索し、次元投影技術を確立。

 不死の戦士を生み出すため、別次元から異邦人(プレイヤー)の投影を招いたのが発端だ。

 プレイヤーの不死に妥当性を与えるための世界設定、のはずだが。


「すべての混乱は、三年後から、か……」


 プレイヤーが降臨してから、世界は一気に荒れた。

 不死の戦士を期待していた連邦も、自由すぎる彼らの行動に頭を抱えることになる。

 もちろん連邦法の制裁や、ゲームとしてのペナルティは存在する。

 だがそれは抑止力であるだけで、完全には防げない。


 善良な者もいれば、当然、狂人もいる。

 NPCが蘇らない仕様を理解したうえで、意図的に殺戮を繰り返す者すら現れた。

 曰く、「殺人の体験ができて最高」


 三年後は、そういう世界になる。

 NPCとなった俺にとって、それは恐怖以外の何物でもない。


 殺しても湧いてくるGより、プレイヤーの方がよほど厄介だ。

 そう考えると、自然と背筋が冷えた。


 NPCに転生したという事実。

 驚きはあるが、不思議と拒否感はなかった。


 ――生きている。


 現実が嫌だったのもあるだろう。

 だから、逆に不思議なわくわく感すらあった。


「この世界で生きるためには……」


 今後のことを考え始めた、そのとき。


「あ、今、何時だ?」


 壁の時計を見る。

 針は、すでに十時を回っていた。


「やばい……!」


 慌てて支度を済ませ、記憶を頼りに工房へ向かう。

 扉を開けた瞬間、祖父の怒鳴り声が飛んできた。


「エリオ、今何時だと思っている!」

「す、すみません!」


 工房の奥、油と鉄の匂いの中で、祖父は腕を組んで立っていた。

 白髪混じりの髭と、長年工具を握ってきた分厚い手。

 その視線だけで、遅刻の言い訳が無意味だと分かる。


「さっさと仕事につけ」

「はい!」


 任されたのは、魔法武器の刻印修理。

 仕事は極めて簡単で、序盤の資金稼ぎのために、よく引き受けた仕事である。

 当時は、設計図通りに回路を描くだけのミニゲームだったが…


「……魔力の出力が安定しない」


 現実は、まるで違う。

 線を描くこと自体が難しい。

 知識はあるのに、魔力が指先で微妙にブレる。

 集中しなければ、簡単な回路ですら歪む。

 簡易な図形のはずなのに、思い通りに描けない。


『修理が雑な魔法剣』

 力補正:+14

 魔力補正:+21

【スキル】

 炎属性付与

【特性:歪んだ魔法回路】

 炎属性ダメージが不安定

 暴走確率あり

【備考】

 ヴァイス魔法工房のエリオ・ヴァイスが修理した魔法剣。

 基本的な機能回復には成功しているが、魔法回路の歪みを完全には矯正できていない。

 その結果、炎属性魔力の出力が不安定。

 ――扱いを誤れば、剣より先に持ち主が焼ける。


 結果は、当然不合格。

 何度も修正を繰り返し、ようやく合格点に届いたころには、日が暮れていた。


 夜。

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


 そこで、ようやく一つの事実を認めざるを得なかった。


 ログアウトできない。

 NPCは蘇らない。

 ――そして俺は、確かに生きている。

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