第8話:戦う乙女と温泉猿
ゴロツキの襲撃から数日。
フィオの様子が変わった。
畑仕事の合間に、何やら真剣な表情で植物に向き合っているのだ。
「『成長』……『硬化』……!」
彼女が声を上げると、足元のツル植物が蛇のように鎌首をもたげ、空気を切り裂く音を立ててしなった。
バチンッ!
狙った岩が見事に砕ける。
「よし……これなら、次は源泉様を守れます」
フィオは汗を拭い、満足げに頷いた。
どうやら彼女なりに、前回のことを反省し、戦う力を身につけようとしているらしい。
農業スキルを攻撃転用する発想、たくましいな。
俺も負けていられない。ポイントを使って「効能付与:筋力増強」とか取っておくか。
そんなある日の夕暮れ時。
またしても、招かれざる客が現れた。
だが今回は人間ではない。
ズシン、ズシン。
重い足音と共に現れたのは、身長2メートルはあろうかという巨体の猿だ。
全身が赤い毛で覆われ、鋭い牙と爪を持っている。
この辺りの森の主だろうか。赤い毛並みの巨猿……前世のゲームで見たような強そうな魔物だ。
フィオが即座に構える。
ツルの鞭を手に、緊張が走る。
「源泉様には指一本触れさせません!」
だが、猿の様子がおかしい。
戦意がない。それどころか、足を引きずり、苦しそうな息を吐いている。
脇腹には深い傷があり、そこから黒い血が流れていた。
他の魔物か、あるいは人間にやられたのか。
猿は俺(温泉)の湯気を嗅ぎ、縋るような目でこちらを見ていた。
「助けてくれ」と言っているように見えた。
(……フィオ、待て)
俺は湯温を下げ、穏やかな波紋を広げてフィオを制した。
フィオは戸惑いながらも、構えを解く。
「源泉様……? あの猿を、入れるつもりですか?」
俺は肯定の泡を出す。
温泉は万人に平等だ。傷ついた者なら尚更だ。
それに、この猿からは邪気を感じない。
猿は俺の許可を察したのか、ゆっくりと湯船に近づき、巨体を沈めた。
「ウオォォ……」
猿が低い唸り声を上げる。それは威嚇ではなく、安堵の声だった。
俺は「傷治癒」の成分をフル稼働させる。
さらに、空腹だろうと思い、フィオに目配せをする。
フィオは察して、カゴに入っていたトマトやキュウリを猿の前に置いた。
猿は驚いた顔をしたが、遠慮なく野菜を貪り食った。
数十分後。
傷が塞がった猿は、湯船から上がると、俺とフィオに向かって深々と頭を下げた。
そして、胸を叩いて何かをアピールしている。
「……ここで働かせてくれ、と言っているのでしょうか?」
フィオの翻訳、合ってるのか?
だが、猿は近くの大岩を軽々と持ち上げ、入り口の近くに移動させた。
簡易的なバリケードを作ったようだ。
そして、その上にドカッと座り込み、周囲を睨みつけた。
どうやら、本当に「番犬」ならぬ「番猿」になってくれるらしい。
強力なボディーガードが仲間になった。
しかも賃金は「温泉入り放題」と「野菜」でいいらしい。コスパ最高だ。
『入浴者(魔物)が忠誠を誓いました』
『満足度ポイントを獲得:150pt』
魔物もカウント対象なのか。
俺たちの開拓団は、種族を超えて広がりを見せ始めた。




