白衣の悪魔と元担任との秘密
「で、結局、あんたのところの『先生』は、最近どうなのよ」
カチリ、と硬質な音を立てて、彩花がティースプーンをソーサーに戻した。午後の日差しが傾き始めた、駅ビルのカフェテラス。窓際の席で向かい合って座る佳奈は、目の前の親友の鋭い視線に、くすくすと喉を鳴らした。
「なに、その『先生』って言い方。彩花が言うと、なんかこう、意味深っていうか,,.」
「事実でしょ。さあ、白状しなさい。」
「うわ、堂々としてる。さすが彩花。」
佳奈は、きっちりとアイロンのかかったネイビーのブラウスの袖を小さくまくり上げながら、ふん、と鼻を鳴らした。艶やかな黒髪のボブが、その動きに合わせてさらりと揺れる。彼女は現役の看護師。その美貌と裏腹の、徹底したサディスティックな言動は、高校時代からの付き合いである彩花にとってはもはや日常だった。
対する彩花は、緩くウェーブのかかった髪をまとめ上げ、柔らかなベージュのカーディガンを羽織っている。職業は、学校の先生。奇しくも、佳奈が今まさに話題に出した『先生』と、同業者である。
「彩花こそどうなのよ。あんたも『先生』じゃん。最近の高校生、うざくない?」
「うーん、まあ、可愛いところもあるよ。確かに、私たちの頃より生意気かもしれないけど」
「ふーん。彩花は甘そうだもんね。私があんたの学校の生徒だったら、毎日お菓子せびりに行ってる」
「あはは、佳奈が生徒だったら、私は胃に穴が空いてるよ……。っていうか、話を逸らさないでよ。佳奈の『先生』の話。順調なんでしょ? もう付き合って長いじゃない」
彩花の指摘に、佳奈は注文したアールグレイのカップを持ち上げ、一口含んだ。その切れ長の目を細め、わざとらしくため息をつく。
「順調、ねぇ……。どうだか。あの人、ホントに学習しないっていうか、危機感がないっていうか」
「え、何? まさか浮気?」
「浮気、とは違うんだけど……。なんていうか、もう、性? 業?」
佳奈はこめかみをトントン、と指で叩いた。「あの人さ、今、高2の担任やってるんだけど」
「うんうん」
「この前、文化祭の準備期間だったらしくて。まあ、夜遅くまで学校残ってたわけよ。で、私も夜勤明けで、そろそろ帰ってくるかなって家で待ってたんだけど」
佳奈は、二人が同棲しているマンションの情景を思い浮かべるように、わずかに視線を宙に泳がせた。
「帰ってきたのが、夜の9時過ぎ。まあ、それはいい。文化祭準備だし、先生ってそういうもんだってわかってるから。問題は、その顔よ」
「顔?」
「そう。なんかね、ニヤニヤしてるの。ニヤニヤっていうか、デレデレ? 『疲れたー』とか言いながら、目がとろーんとしちゃってさ。私、看護師だからわかるのよ。あれは、アドレナリンと、あと……まあ、単純な『弛緩』の顔」
「……あー……看護師でなくてもわかりそう……」
彩花は、職業柄、その光景が鮮明に目に浮かんでしまった。文化祭の準備。遅い時間。生徒たちとの妙な一体感。そして、おそらくは。
「女子生徒、でしょ」
「ご名答。さすが先生」
佳奈は忌々しげにスプーンを再び手に取り、今度は空になったカップの中でカチカチと鳴らした。
「問い詰めたわよ、もちろん。『あんた、何ニヤついてんの。なんか良いことでもあったわけ?』って。そしたら、なんて言ったと思う?」
「えーっと……『生徒たちが頑張ってて、感動した』とか?」
「甘い。彩花は甘い。そんな殊勝なこと言うわけないでしょ、あのロリコン変態が」
佳奈は、彼のモノマネをするかのように、少し気の抜けた声色を作った。
「『いやー、今日の打ち上げ、クラスの女子がさー、俺の分のジュースまで買ってきてくれてさー。「先生も飲んで!」とか言われちゃって。あ、あと、「肩でももみましょうか」って、さすがに断ったけどさー。まいったよなー』」
「…………」
「…………」
沈黙の後、彩花が噴き出した。
「ぶっ! あはは! なにそれ、ダメじゃん、その先生! ダメダメ!」
「でしょ!? 私、カチンときて。『へえ、良かったじゃない。女子高生にチヤホヤされて。さぞお疲れが取れたことでしょうね?』って言ってやったわ」
「彼はなんて?」
「『え? いや、まあ、うん。嬉しかった、かな……』とか、まだデレデレしてんのよ! 信じられる?」
「あー……。佳奈、悪いけど、ちょっと、想像ついちゃって……。それ、彼が悪いんだけど、なんか、面白い」
「笑い事じゃないわよ、こっちは」
佳奈はそう言いながら、口元は意地悪く吊り上がっている。彩花は、この親友がまったくもって本気では怒っておらず、むしろこの状況を最高に楽しんでいることを知っていた。
「で? もちろん、ただじゃ済ませてないんでしょ?」
「当たり前じゃない」
佳奈は身を乗り出し、声を潜めた。カフェの喧騒が、二人のヒソヒソ話を程よくかき消してくれる。
「言ったわよ。『あんたさ、自分がどういう立場かわかってる? ただでさえ、私とこういう関係だってバレたら一巻の終わりなのに、まだそんな、現役の女子生徒相手にデレデレして。あんた、ホントに捕まっちゃうよ?』って」
「うわぁ……。え、それ、どこで言ったの?」
「リビングで。とりあえず、正座させて」
「正座!」
「当たり前でしょ。で、説教続けてやったわ。『だいたい、なんなのよ。そんなに女子高生がいいわけ? 女子高生なら誰でもいいの?女子高生でなくなった私はもうどうでもいいのかな。どうなのよ! はっきりしなさいよ!』って」
「うわー……。究極の選択……。いや、答え決まってるけど!」彩花は腹を抱えて笑いをこらえている。
「そしたら、あの人、なんて言ったと思う? 正座して、上目遣いで、もじもじしながら」
「な、なんて……」
「『……佳奈が、いいです』」
「……っ、ははは! 降参じゃん! 可愛いとこあるじゃん、彼!」
「可愛いとかじゃないのよ。問題はそこからよ」
佳奈は、ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべた。
「『口だけならなんとでも言えるわよね?』って言って、私の膝に呼んだの」
「……膝?」
「そう。『ほら、ここにうつ伏せになりなさい』って」
「えええええええ!?」彩花は素っ頓狂な声を上げた。さすがに周囲の客が数人、こちらを振り返る。彩花は慌てて口元を押さえ、「ご、ごめん、続けて」と促した。
「もう、彩花、声でかい」佳奈は涼しい顔で続ける。「で、あの人、もう観念した顔で、すごすごと私の膝枕っていうか……まあ、うつ伏せになったわよ。スーツのまま」
「……それって、まさか」
「そう。『お仕置き』よ」
パン、パン、と佳奈が軽く自分の手のひらを叩く仕草をした。
「『いい? クラスの女子にデレデレした分。きちんと、清算するから』って言って、結構、本気で、いったわ」
「……お尻ペンペン、したんだ」
「もちろん。お尻百叩きだけどね」
「どっちでもいいわ! うそでしょ!? 先生が、教え子に、しかも膝の上で!?」
「元・教え子、ね。そこ重要。もう卒業して何年も経ってるし、私は立派な社会人。彼は私の彼氏。なんの問題もないでしょ?」
「理屈の上ではそうだけど! 絵面が! 絵面がヤバすぎる!」
彩花は、教師としての自分の倫理観と、目の前で語られる倒錯的な情景とのギャップに、頭がクラクラしていた。だが、それ以上に、この状況を完璧にコントロールしている親友のドSぶりに、もはや感嘆すら覚えていた。
「あの人、最初は『痛い!』とか『ごめん!』とか言ってたけど、そのうち静かになってさ。終わった後、私が『わかった? 次はないからね』って言ったら、耳まで真っ赤にして、『……はい』って。……ホント、手のかかるデカい子供よ」
「……はぁー……。すごい。すごすぎるよ、佳奈。あんたたち、一体いつからそんな関係なの……」
彩花が呆れ半分、感心半分で言うと、佳奈は「いつから、ねぇ……」と、今度は本当に昔を懐かしむような目をした。
「いつからだと思う?」
「え、そりゃあ、付き合い始めたのは卒業してからって言ってたよね? 卒業式の後、告白したとか?」
「告白は、まあ、そうね。私からだけど。でもね、彩花」
「うん?」
「『お仕置き』は、高校生の時からよ」
「…………は?」
彩花の思考が、今度こそ完全に停止した。
「……え、まって。ど、どういうこと? 高3の時? 担任だった、あの、人の良さそうだった、彼を?」
「そうよ。あの人、昔っからああだったの。女子生徒に甘くて。特に、可愛い子とか、甘えてくる子には、もう、デッレデレで」
「あー……。言われてみれば、そうだったかも。文化祭とか体育祭の時、他のクラスの女子とも普通に喋ってたし、人気あったよね」
「そう! それよ! あれが私は許せなかった」
「……え、それって、まさか、佳奈、高校生の時から……」
「別に、恋愛感情とかじゃなかったわよ、最初は」佳奈は、慌てて付け足した。「ただ、なんか、ムカついたの。『私の担任』のくせに、他の女に鼻の下伸ばしちゃって、だらしない、って。教師のくせに、威厳も何もない、って」
「(……絶対、最初から好きだったパターンだ、これ)」彩花は心の中でツッコミを入れたが、口には出さなかった。佳奈が機嫌を損ねると、話の続きが聞けなくなる。
「でね、ある日の放課後よ」佳奈の声のトーンが、一層低く、楽しげになった。「私、学習係で、よく準備室に出入りしてたの。そしたら、あの人、準備室で、隣のクラスの女子と二人きりで喋ってて」
「うわ」
「その子がまた、あざといのよ。『先生じゃないとわかんないー』とか言って、プリント見せながら、すごい近いの、距離が。で、あの人も『んー? どこどこ?』とか言って、頭くっつきそうになってんの」
「うわー……。それは、まあ、教師としては、アリ……いや、ナシか?」
「ナシに決まってるでしょ。私、無言で準備室のドア、バーン!って開けてやったわ」
「ひえっ」
「二人とも、ビクゥ!って肩揺らして。隣のクラスの子、私の顔見て、青ざめて『お、お邪魔しましたー!』って逃げてった」
「……佳奈、高校の時から怖すぎ……」
「で、準備室には、私と、あの人、二人きり。あの人、気まずそうに『あ、えーっと、佳奈。どうした?』とか聞いてくるわけ」
佳奈は、当時の光景を反芻するように、目を細めた。
「私、何も言わずに、ゆっくりドア閉めて。鍵、ガチャってかけて」
「鍵!?」
「『先生』」
「『は、はいっ』」
「『ちょっと、そこの壁に手、ついてもらえます?』」
「……え、それ、まさか」
「そう。壁ドン。私から」
彩花は、もう笑うしかなかった。想像の中の、まだ若かった担任教師が、自分より背も高いはずの小柄な女子生徒に、壁際まで追い詰められている。
「あの人、わけもわからず、『え? こ、こう?』とか言って、壁に両手ついて。私、その背中に向かって、言ってやったわ」
「なんて……」
「『先生。あんた、教師でしょ。今から、あんたにお仕置きするから、ありがたくうけなさい』って」
「無茶苦茶だ!」
「あの人、もうパニックよね。『え? え? なんで? 俺、なんかした!?』って。だから、教えてあげたの」
「『さっきの、何?』『さっきって?』『あのデレデレした顔、何?』『デレデレ!?』『とぼけないでよ。あんた、あの女子のこと、どう思ってんの?』『いや、生徒で……』『生徒相手に、あんな至近距離で、頭くっつけそうになって。みっともない。あんた、ホントにそういうとこ、だらしない』」
「……すごい。それ、もう完全に痴話喧嘩の導入……」
「そしたら、あの人、しどろもどろになって、『いや、でも、質問されてただけだし……』とか言い訳するのよ。だから、もう、カッとなって」
「カッと?」
「気づいたら、バッグから部活動で使ってるバットを取り出してて」
「……まって、佳奈。それ、凶器」
「違うわよ。躾よ。それで、あの人の、スーツのお尻のところ、パン!って」
「やったんだ!?」
「やったわよ、ケツバット。『言い訳しない!』パン!『だらしない!』パン!『教師の自覚持ちなさい!』パン!って」
「うそ……。先生、なんて……」
「『ごめんなさい! ごめんなさい!』って。もう、半泣きよ。面白いくらいに」
佳奈は、心の底から楽しそうに、ケラケラと笑った。彩花は、自分の知っていた高校時代の思い出が、根底から覆されていくのを感じていた。あの穏やかだった教室、優しかった、そして尊敬していた担任。その裏で、準備室で、こんなことが。
「私、先生を尊敬して、先生になったのに……佳奈の話を聞けば聞くほど……残念な気持ちになるよ。」
「ごめんね。でも、男なんて外面がよくても、家ではこんなもんじゃなかな。」
「うん、違う。絶対違う。少なくても、ここまでではないと思う。」
「それからよ」と佳奈は続けた。「あの人、私が準備室に入っていくと、ビクッてするようになって。でも、なんか、私を避けるっていうよりは……なんていうか、妙に意識するようになって」
「……そりゃ、するでしょ……。トラウマか、あるいは……」
「あるいは?」
「……いや、なんでもない」彩花は、危うく「目覚めちゃったんじゃないの」と言いそうになるのを、ぐっと堪えた。
「ま、それ以来、女子生徒とデレデレしてるところ見かけるたびに、準備室に連行してたわね。『先生、ちょっとお話が』って。もう、合言葉よ。周りの生徒は、私が先生に真面目な進路相談してると思ってたみたいだけど」
「……誰も、真実を知らないんだね……」
「彩花くらいよ、こんな話したの」
「光栄……なのかな、これ……そういえば、準備室に金属バットおいてあったのって……」
「もちろん。お仕置き用に置いておいたんだよ」
「……うわぁ……ひくわ……」
二人の間に、しばし、なんとも言えない沈黙が流れた。カフェのBGMであるジャズの音色が、やけにクリアに聞こえる。
先に口を開いたのは、佳奈だった。
「……まあ、そんなこんなで。卒業式の日に、告白して」
「うん」
「『大学生になったら、もう生徒じゃないから。一人の女性としてみてくれますよね。』って」
「……プロポーズみたい。いや、宣戦布告か」
「そしたら、あの人、顔真っ赤にして、『……よろしく、お願いします』って。……笑えるでしょ」
「……いや、もう、なんていうか……。お似合い、だね」彩花は、心からの感想を述べた。
佳奈は、窓の外をぼんやりと眺めた。傾いた日差しが、彼女の整った横顔に淡い影を落としている。
「……でもさ」
「ん?」
「やっぱ、面倒なことも多いわけよ」
「あ、さっきの話?」
「それもそうだけど。……ほら、私たち、結局、地元じゃ絶対に二人で歩けないの」
その声には、先ほどまでのSな響きはなく、少しだけ、拗ねたような、寂しそうな響きが混じっていた。
「あー……。そっか。佳奈の地元、彼が今も教えてる学校の学区だもんね」
「そう。いつ、誰に、生徒とか保護者に見られるかわかんない。彩花も教師だからわかるでしょ。元・教え子と、卒業後すぐに付き合った、なんてバレたら、あの人、終わる」
「……うん。終わる。倫理的にアウトじゃないけど、心情的に、保護者とか、同僚とか、絶対良く思わない。特に、佳奈みたいな美人を、卒業即ゲットとか……『手を出した』って、絶対言われる」
「でしょ? だから、デートはいつも、こうやって、電車で1時間以上離れた隣の県。こっちに引っ越してきて、同棲始めてからも、それは変わらない。地元の友達にも、彼氏が『先生』だったなんて、絶対言えない」
佳奈は、テーブルの上で指を組んだ。
「……結婚、とかさ。どうすんのかな、って」
「え」
「あの人、最近、なんか、指輪のカタログとか見てんのよ。隠してるつもりみたいだけど、バレバレ」
「……え、それ、プロポーズ、考えてるんじゃ」
「だとしても、よ。結婚式、どうすんのよ。高校の友達、呼べないじゃん。彩花はいいよ? 口堅いし、事情知ってるから。でも、他の子たち、呼んだら、新郎の顔見て、一発で『え、担任じゃん!』ってなるでしょ」
「……確かに」
「親にだって、『高校の時の担任の先生』としか言ってない。まさか、高校時代から準備室で、ケツバットくらわしてた、なんて言えないし」
「……そっか。結構、大変なんだね」
今まで、ただ面白いノロケ話として聞いていた彩花だったが、親友が抱える現実的な悩みに、ようやく思い至った。教師と生徒だったという過去は、卒業して、どれだけ時間が経っても、十字架のように二人に付きまとう。
「ホント、面倒よ。なんで、あんな、手のかかるロリコン変態、好きになっちゃったかね……」
佳奈は、そう言って、深くため息をついた。
だが、その表情は、先ほどまでの「お仕置き」の話をしていた時よりも、ずっと穏やかで、柔らかかった。
「……でもさ」
彩花が、何かを察して、ニヤリと笑う。
「でも?」
「……まあ、面倒だけど」
佳奈は、視線を落とし、自分の指先を見つめた。
「……あの人がさ、私に叱られて、しょんぼりして、でも、最後には『佳奈がいないとダメだ』みたいに、甘えてくるところとか」
「うん」
「私が夜勤明けで疲れ切って帰ってきたら、オムライスとか作って、待っててくれるところとか」
「うんうん」
「……そういうの見ると、まあ、いっか、って。……思っちゃうわけ」
「…………」
「な、何よ、その顔」
彩花は、もう、耐えきれないというように、テーブルに突っ伏した。
「……佳奈。あんたね……」
「なによ」
「それ、ただのノロケ!!!」
顔を上げた彩花がビシッと指を差すと、佳奈は一瞬きょとんとして、それから、ふい、と顔を背けた。その耳が、夕日に照らされているせいか、ほんのりと赤く染まっている。
「……う、うるさいわね。……事実を言ったまででしょ」
「あー、もう! ごちそうさまでした! 散々、Sっ気全開でお仕置きだの躾だの言っといて、結局、ベタ惚れじゃない!」
「ベタ惚れじゃない!」
「ベタ惚れよ! だって、今の顔、めちゃくちゃ幸せそうだったもん!」
「……っ」
佳奈は、ぐっと言葉に詰まった。そして、観念したように、もう一度、深くため息をついた。
「……まあ、いいわよ。どうせ、彩花にしか言えない愚痴だし、ノロケだし」
「はいはい。存分に聞きますよ。で? 今日の夜ご飯は、佳奈が作るの?」
「まあ、しょうがないかな。学校祭の準備で疲れているから、ちょっとだけ癒してあげないとね。それに今日は、ちゃんと栄養あるもの作って、そのあとの『お仕置き』に備えさせないとね」
「……え、今日ももやるの!?」
「当たり前じゃない。昨日のデレデレの分、継続的に指導をつづけるんだから」
そう言って、今日一番の、悪魔のような、それでいて、最高に幸せそうな笑みを浮かべる佳奈を見て、彩花は思う。
(あーあ。あの先生も、大変な教え子に捕まったもんだ。……でも、世界で一番、幸せな『先生』かもな)
傾いた日差しが、二人の笑い声を、カフェの喧騒の中へと溶かしていった。外は、もうすぐ夜になろうとしていた。




