脱衣麻雀ゲーのチュートリアルザコに生まれ変わった俺は、世界を救うためゲームをクリアする
出落ち小説。
突然だが人生で「あれっ、これ知ってる」って思う瞬間はなかっただろうか?
デジャビュ。
一度も経験したことがないのに、あたかも過去に同じ状況を体験したかのように感じる現象のことだ。
俺にとって、その瞬間は。
「ふははっ、口ほどにもない。その程度の腕前でこのザッコ様を倒せると思ったか」
と高笑いしながら言い放った時だった。
自分で言った言葉に俺は首をかしげる。
うん?
ザッコ?
目の前にいるややチャラい赤い髪をしたコイツは、主人公。
そして……。
俺は鏡を探して教室内を見回した。
目的のものは見つからなかったが、教室の窓に目つきの悪い素敵なイケメンが映っている。
窓に映る『彼』は驚愕したような表情で俺を見つめていた。
この男……。
「ザッコくんじゃん……」
序盤に出てくるザコキャラなのに神絵師さんの担当で、「その分攻略キャラに回してくれよ!」と散々プレイヤーを嘆かせたザッコくんだ。
あのゲームを死ぬほどやりこんだ俺が彼を見間違うはずがない。
血の気が引く同時にドクドクと心臓の鼓動が早まる。
「まさか……」
これっていわゆる、異世界転生?
思い返してみるとその日は朝から妙だった。
いつもの日、いつもの学園なのに、俺は朝からずっと謎の憔悴に駆られていた。
――間に合わない。
心の中で何かがそう叫んでいた。
だが、何が『間に合わない』のか?
さっぱり心当たりがないまま、俺はいつものように授業を受けるのだった。
その日は俺が学園に入学してから一月半経ったある日で、新入生達は学園生活にも少し慣れて、だらけ始める時期だ。
特にうちのクラスは学園でも最下位の一年F組だ。
やる気があるごく一部の生徒を除き、大半の生徒は朝からだらけている。
昨日と何ら変わりない今日が始まり、流れていく。
学園は、平和そのものと言っていいだろう。
だが俺は強烈な違和感を拭えないまま、その日の授業を終えた。
――今日を逃すと大変なことになる。
そんな憔悴が何故か俺を駆り立てる。
放課後。
授業はすべて終了した後だが、俺達生徒はまだ帰ることが出来ない。
この学園では、授業が終わった放課後の時間、「とあるもの」をしないと帰宅出来ない校則なのだ。
「ザッコさーん、デュエルしましょうー」
放課後になって、真っ先に俺に駆け寄ってきたのは、赤い髪をしたチャラい男子、マックス・フラッシュだ。
「とあるもの」とはゲームだ。
この学園では三回デュエル――決闘――をしないと帰宅出来ないと校則で決まっている。
さらにデュエルは基本的に格上の者との対戦が奨励されており、理由もなくランクが下の者からの挑戦を断ってはならないというルールがある。
だから俺が彼の挑戦を断るという選択肢はない。
「いいぞ」
と俺は了承した。
一年F組の中で、俺のランクはクラス二位、一方マックスはクラスランキング最下位だ。
格下とのデュエルではランキングは上昇しない。
だが百戦勝つと本来クラス順位一位でないと獲得出来ない上位クラスへの挑戦権が手に入るのでメリットが全くないってこともない。
だが俺がマックスと対戦する一番の理由はクラスの平和のためである。
すぐにデュエルが開始され、あっという間に俺が勝利した。
入学した直後の数日間はクラスの別の女子とデュエルしていたマックスだが、その女子生徒とデュエルしなくなってから、コイツはずっと俺とだけデュエルしている。
そう、コイツは、入学してから未だ一度も対戦相手に勝ったことがないというある意味スゴイヤツなのだ。
「いやぁ、今日も負けちゃったなぁ」
最下位クラスの中でも最下位というマックスは筋金入りの落ちこぼれで、やる気がない。
へらりとした口調からは悔しさなんてものはみじんも感じられない。
この男が対戦相手に俺を選ぶのも、俺が彼より数段強いため、さっさと勝負が付くからだ。
俺より強いクラス順位一位のクラス委員を対戦相手に選ばないのは、彼が長考に入るタイプだから、デュエルが長引くのが嫌なんだろう。
一方でF組で終わるつもりはない上昇志向の俺様にとって勝ちはこの上なく嬉しいものだ。
それがこのやる気がないダメ野郎相手であっても、だ。
俺は喜びを噛みしめながら、立ち上がるとマックスを指さし、高笑いしながら、いつもの勝利宣言をした。
「ふははっ、口ほどにもない。その程度の腕前でこのザッコ様を倒せると思ったか」
通算百回くらいマックスに言い放った言葉だが、その時、何故か俺はその言葉をはじめて聞いたような気がした。
いや、はじめてではない。
遙か遠い昔に俺はこの『セリフ』を聞いたことがある。
携帯ゲーム機のスピーカーで。
その瞬間、俺は前世のことを思い出した。
前世の俺は平凡な高校生で、そして……。
「ここって、『王立麻雀学園』の世界?」
この世界が、前世でプレイした麻雀ゲーム『ドキドキ!王立麻雀学園!』であることに気付いてしまった。
主人公は最下位クラスの最下位で『王立麻雀学園』に入学し、デュエルに勝利してより強い敵と対戦していく。そういうストーリーだ。
デュエル――決闘――とは麻雀である。
学園の中でこれは試験より重要なことと位置づけられており、このデュエルの結果によりクラス分けされているのだ!
下位クラスの者もデュエルで勝利すれば上位クラスに上がれるし、逆に上位クラスでも負け続けると下位クラスに落ちてしまう。
弱肉強食ぅ。
いや、おかしいよね。
学園は高等部だから俺達は高校生だ。
高校生は麻雀より勉強の方が大事だよね。
それにこの学園は、貴族階級のために作られた学園で、一部の特待生には平民もいるが、ほとんどの者が貴族子弟。
つまりのちに国をリードする者達だ。
どう考えてもやらなければならないのは麻雀じゃなくて勉強だよね。
ヨーロッパ風のふんわり異世界なのに、プレイするゲームは麻雀っていうのもよくよく考えると意味分かんなくて困惑する。
この世界の文化水準は、水道ガス電気はあるが、スマホみたいなコンピュータ系はないので、俺が生きていた時代よりはちょっとだけ後れている。
思い返すとこの世界、いろいろめちゃくちゃおかしいのだが、前世を思い出すまでの俺はそれになんら疑問を持っていなかった。
恐るべし、異世界。
朱に交われば赤くなる。
いや、そんなことより、今、主人公がここにいるのはマズい。
「主人公はザッコくんとちんたら対戦している場合じゃないのに……くそ、このままでは世界が滅んでしまう!」
『ドキドキ!王立麻雀学園!』は俺が前世で県下で三番目くらいの進学校の平凡な高校生だった時にどハマりしたゲームだ。
ゲームにどハマりというと、「ゲームオタク?」って感じだが、そうではなかったと思う。
県下で三番目くらいの高校だと最難関大学は圏外だが、「まあまあの大学くらいならちゃんと勉強すれば入れるんじゃないの?」的なポジションだ。
当然親とか親戚からは将来をちょっと期待されている。
だが俺は所詮真面目が取り柄なだけの凡才。
成績を維持するため、部活も入らないであくせく勉強していた記憶しかない。
そんなむなしい日々を送る俺がたまたま目にしたのがゲーム『ドキドキ!王立麻雀学園!』だった。
このゲームは有名絵師さんがキャラデザしたことで話題になったゲームで、ちょっと売れた。
ジャンルは脱衣麻雀ゲーム。
ゲームの基本ルールは、麻雀で対戦し、負けた方が脱ぐ。先に三回脱がした方が勝ちとなる。
ただ脱がすだけでその後めくるめく大人の世界に突入したりしない、前世ではコードC(対象年齢15才以上)に分類されたギリギリ健全なゲームだ。
それまで真面目一辺倒、ゲームといえば超健全有名タイトルを少しプレイしたことがある程度の俺は初めて見た脱衣麻雀ゲームにどハマりし何十回とゲームを周回した。
もし俺が本物のゲーオタなら、むしろ、こんな「絵は綺麗だけど変」で話題になったゲームにははまらないだろう。
そう、『ドキドキ!王立麻雀学園!』はちょっと変なゲームだった。
『ドキドキ!王立麻雀学園!』はストーリーが進むと最終的に学園で勇者に倒され眠りについていた邪竜と戦うことになる。
麻雀で。
主人公が勝つと「わらわの負けだわ」と邪竜は大人しくなり、世界を滅ぼすことを止めてくれるが、主人公が負けると世界は滅びる!
つまり、なんとしても主人公が邪竜に勝つ必要があるのだ!
麻雀で。
この世界が麻雀ゲームである以上仕方ないのかもしれないが、邪竜に「先に三回麻雀で勝てないと世界が終わる」のは世界の終わり方としてはあまりにもひどい。
いや、終盤でいきなりシューティングとか格ゲー持ち込まれてもどうかと思うが、とにかく俺は「邪竜に麻雀で負けたから」という理由で死にたくない。
このゲームをやりこんだ俺は知っているが、トゥルーエンド、つまり邪竜に勝つ道のりは割と厳しい。
そもそもトゥルーエンドを迎えるのに必須の邪竜イベントの最初のとっかかりに入るのがキツすぎてファーストプレイではほぼ無理って、明らかに難易度設定しくじった感がある。
課金ザブザブすればもちろん勝てます。
だが、俺は主人公でないからか、今までの記憶を辿っても、この世界でどこにどう課金すれば各種課金アイテムをゲット出来るのか分からない。
一介のザコである俺が分からなくても問題はないが、主人公が分からなかったら確実に積む。
このゲームを課金前提でなくクリアするのなら、時間制限があるのだ。
入学して一ヶ月半。
俺の前世の記憶だと、一刻も早くシナリオを進めないと、トゥルーエンドを迎えられなくなる。
逆算すると今日か、明日にもE組に上がってないと邪竜イベントの最初のフラグにたどり着けず、世界は滅びる。
なのに、主人公であるマックスはてんでやる気がない。
マックスの麻雀の実力は率直に言ってドヘタだ。
下手な上に彼は勝ちたいとか、上手くなりたいという気力がない。
俺が手を抜いて勝ちを譲ったところで、マックスが俺の次の対戦相手に勝つのは無理だろう。
そのくらいマックスは弱い。
俺の前にマックスと戦っていたのは、クラス女子のファースト・プレイさんだ。
これはゲームでも同じで、入学直後、最初に主人公が対戦する隣の席のメガネっ娘である。
はっきり言って初戦対戦相手なので彼女は弱い。
だが、そのファーストさんにもマックスは一度も勝てなかった。
通常、ゲームは対戦相手に勝利しないと次の対戦に進めないのだが、ファーストさんはゲーム内で彼女に五回負けると自動的に、「もうアナタの相手なんて御免だわ」とデュエルしてくれなくなる。
おそらくチュートリアル戦で勝てず先に進めないなんてことを防止するためだろう。
勝っても負けても最大八回戦うと主人公が次に対戦する相手は「今度は俺が相手してやるよ」と出てきた俺、セカンド・ザッコに切り替わる。
ゲーム内では詳しく描かれなかったが、マックスとファーストさんの間では一悶着あった。
「そんなこと言わないで対戦してくださいよー、ファーストさん」とマックスがファーストさんに食い下がるのをクラス全員で引き離し、俺と対戦させたのだ。
何故かというとですね、学園に入学する生徒は必ず必殺技というものを持っている。
大抵は麻雀に関係する技なのだが、たまに全然関係ない必殺技を持つ者がいる。
ファーストさんもその一人で、彼女の必殺技は「怒りゲージが限界突破すると教室内が火の海と化す」というピンポイントにクラスが全滅しかねない危険なものだった。
なお必殺技は普通は公表されないのだが、ファーストさんの必殺技は安全のため入学時にクラス全員に伝えられた。
マックスが再びファーストさんを刺激しないよう、俺はマックスの相手をせざるを得なかったのだ。
ちなみに俺、ザッコくん戦まではまだチュートリアルなので、やはりデュエルで勝てなくても抜け道が存在する。
十回負けると一枚貰える『一回勝利券』がそれだ。
使うと一回、無条件に勝てるというチートアイテムで、普段は課金することでしかゲット出来ない超レアアイテムだ。
だがチュートリアルなので、ザッコに負け続けるとそれを貰える。上限三回。
もちろんザッコごときに使うアイテムではなく、きっちり三十回ザッコに負けてこの券を三枚吐き出させた後、彼を瞬殺するのがセオリー。
プレイヤー界隈でのザッコの別名は「勝利券引換券君」である。
おそらくゲーム中、全プレイヤーが一番対戦するのが、この俺、ザッコなのだ。
勝利券はこの世界にも存在している。
どっからともなくひらひらと落ちてきたその券を「何これ? 捨てよっ」とマックスはぽいっと捨てていた。
「マジで勿体ない! 俺にくれ!」
ともちろん貰っておいたが。
当時、勝利券は前世の記憶がない俺にとっても意味が分からない紙切れだったが、何故か猛烈に欲しかったのだ。
「いやぁ、負けちゃったなぁ」
マックスはヘラヘラと笑いながら、制服の上着を脱いだ。
うちの学園はブレザータイプの制服である。
学園もののゲームによく出てくる何故か襟とか尖っている系の制服だ。
デュエルの作法は、一番最初に負けると上着を、次に負けると下の男子はズボン、女子はスカートを脱いでいく。
そして最後にシャツを脱いで女子は下着姿、男子は上半身裸でパンツ一丁となるのだ。
「じゃ、とっとと二戦目しましょう」
マックスはさっさと帰りたいらしく、次の対戦をねだる。
だが、俺は立ち上がり、彼に言った。
「いや、マックス、もう今日はおしまいだ。違う相手と戦ってくれ」
「へっ、何で? 困りますよー、ザッコさん」
「悪いな、用事が出来たんだ」
新学期が始まって一ヶ月半。
その間、俺は初めの一回、クラスランキング一位のクラス委員に負けただけで、後のデュエルはすべて勝っている。
勝利数はすでに百回を超え、俺はE組への挑戦権を手に入れていた。
奇しくも、コイツ、マックスのおかげで。
「用事って何ですか? 急にそんなこと言われても俺、どうしたらいいんですか?」
とマックスは「知らんがな」みたいなことを言ってくる。
まあ、俺の事情でデュエルを断るのは事実なので、「知らんがな」よりはマイルドに返事した。
「俺じゃなくても誰か対戦してくれるだろう? クラス委員とか」
「そうだな、俺が相手になろう」
クラス委員がぽんとマックスの肩を叩く。
「げっ、クラス委員さん、デュエル長いんだよなー」
ぼやくマックスは無視して、クラス委員は俺に声を掛けた。
「行くのか?」
俺は彼に頷き返した。
「ああ、行ってくる。世界を救うために」
この世界が本当に前世で俺がプレイしたゲームの世界なのかは分からない。
だが、もし邪竜がこの学園の地下に眠っていて、シナリオ通りに目覚めてしまったら大変なことになる。
こうなったらもう俺がこのゲームをクリアするしかないだろう!
このセカンド・ザッコが。
***
クラス編入デュエルの相手は、そのクラスの担任だ。
E組担当は古文のイーミ先生だ。
俺は職員室のイーミ先生の席に行き、彼女に声をかけた。
「すみません、F組のザッコです。E組に編入したいんですけど」
イーミ先生は黒髪で眼鏡、目元のほくろがチャームポイントのお姉様系である。ゲームと同じ容姿で、「うぉー、本物!」と俺のテンションはだだ上がった。
「あらぁ、編入希望? クラスで一番になるか、F組で百回勝利のどちらかの条件は満たしているのね、オッケー、オッケー。じゃあ編入試験をしましょう」
あ、声も同じだ。すんげぇ、聞き覚えがある。
早速デュエルが始まった。
麻雀は四人対戦だが、デュエルは基本的に一対一だ。
デュエルが開始されると、直後にどこからともなく「全身黒いタイツに身を包んだ人間」が出てきて麻雀卓をセットして空いた席について戦う仕組みだ。
率直に言って謎なシステムである。
この人達、どこの誰?
イーミ先生はクラス委員よりはちょっと強い程度の強さで、俺は難なく彼女に勝利した。
通常のデュエルと違い、クラス編入試験は一回勝てばいい。
ゲームをやりこみまくった俺にとってイーミ先生は決して脅威に思う相手でない。
多分勝てるとは思ったが、それでも本来のセカンド・ザッコはイーミ先生よりも弱い。
ゲームの設定通りなら、俺はイーミ先生に勝てない。
そのため俺が負ける可能性は否定出来ず、勝利が決まった時はかなりホッとした。
おそらく、ここはゲームによく似た世界であってゲームそのものではないんだろう。
この分だと、ちょっとだけ頭をよぎった最悪のケース、『主人公のマックスでなければゲームをクリア出来ない』ってことはなさそうだ。
俺は二重の意味で安堵した。
「あら、負けちゃった」
とイーミ先生は着ていたワンピースを景気よく脱いで下着になった。
これもゲームのイベント通りで、俺は改めてここが『ドキドキ!王立麻雀学園!』の世界なんだと実感する。
解像度はゲーム機とは比べものにならないくらい高い。
さすが、『ドキドキ!王立麻雀学園!』。
ドキドキだなっ!
「それじゃあ、編入おめでとう。明日からよろしくね」
イーミ先生は俺がかつて何度も聞いたゲームのセリフを口にした。
本当に俺、ゲームの世界に生まれ変わったんだな。
幸か不幸か俺には自分が死んだ時の記憶がない。
そのせいか、俺は前世の自分の死にはあまりショックを受けずにいられた。
ていうか、また&まだ死にたくない。
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします!」
翌日から俺は編入したE組で積極的にデュエルしてランキングを上げていく。
目指すのは一年B組。最上位クラス一年A組の一つ下だ。
邪竜イベントのルートが開かれるのは、三ヶ月後の体育祭。
その時までにB組に上がれなければ、邪竜イベントが始まらない。
間に合うか、俺。
E組初戦の相手は、アン・ネクストさん、次の相手はチャールズ・ドゥ君、その次はトロア・ミッシェルさん……。
お気付きだろうか?
脱衣麻雀ゲームなのに、対戦相手に男子が混じっていることに。
このゲームが発売された頃、俺が住んでいた日本のみならず世界的にポリコレというものが重要視されていた。
「ポリコレ」とは、「ポリティカル・コレクトネス」の略で、特定の人々に不快感や不利益を与えないようにするための表現や行動である。
多様性を尊重し、社会的な公平性を促進するために重要な概念だ。
このゲームは……。
女性だけが脱ぐのは良くない→男子も脱ごう
という非常におかしい結論に達し、対戦相手の半数が男性という息を呑むような仕様になった。
前世の俺を散々苦しめたこの「誰得?」なシステムは今世でも現在で、俺は二回に一回は野郎の下着姿を見るのだった。
そんな苦難を乗り越え、俺はついに一年B組に編入した。
「よし、間に合った!」
今月に行われるイベント、体育会までに上位クラス、B組に在籍していると、邪神ルートがスタートする。
だがこれは始まりに過ぎない。
この先、いくつもの選択肢をクリアし、トゥルーエンドにたどり着かねばならない。
その手始めに。
「まずは体育会委員に立候補だ」
体育会委員は立候補によって決定する。
立候補者が複数名いる場合、デュエルで勝った方が体育会委員になる。
体育会委員に立候補したのは、俺ともう一人。
序盤最大の敵、バーナード・セントだ。
眼鏡に青緑の髪、同色の瞳のバーナードはめちゃくちゃ頭良さそうに見える。
この男も神絵師さんのイラストだ。
タイプは違えどこの俺に勝るとも劣らないイケメンである。
さらにこの男、何でB組にいるのか分からないくらいの実力者だ。
大抵、ザッコ戦でゲットした『勝利券』を手放すのは、この男との対戦である。
だが、やるしかねぇ。
そもそも邪竜はこのバーナードより麻雀強い。
こんなところでくじけてはいられない。
「体育会委員をかけて勝負だ、ザッコくん」
と戦いの火蓋は切って落とされた。
バーナードとの初戦は俺が勝利した。
バーナードは最初の一回戦は舐めてるのか、様子見なのか本気を出さないので、ここまでイベントを進めたプレイヤーなら大体勝てる。
だが、続く二戦目。
「君を甘く見ていたよ、ザッコくん。次は本気でいかせてもらう!」
本来の実力を発揮するバーナードだが、前世で何度も対戦した相手だ。
彼のクセを知っている分、俺がデュエルを有利に運ぶ。
だが、しかし。
戦いの最中、俺は余計なことを考えてしまった。
(次勝つとバーナード、パンツ見ることになるのか、こいつの下着ふんどしなんだよなー)
なんでそんな設定にしたのか、こんな欧米風異世界の色彩と顔立ちを持つバーナードだが、ふんどしなのだ。
そのためプレイヤーが付けた彼のあだ名は『ふんどし眼鏡』である。
8Kもビックリの高解像度でふんどし拝むのか……。
見たくねぇ。
俺は一瞬だが、そう考えてしまった。
常に『勝つ』イメージを持ち続けるのが勝利の秘訣だ。
一瞬でも『負ける』と思うと本当に負ける。
前世で散々やりこんだゲームということもあるが、爆速で勝利し続ける俺の強さの秘訣は何より『世界を救うために負けられない』という気概だろう。
だが、それがぶれてしまった。
俺の中で「何が何でも」と思っていたはずの勝利のイメージが揺らぐ。
バーナードほどの実力者が、その隙を見逃すはずがない。
一気にたたみ掛けられ、俺は二戦目を落としてしまった。
互いに一勝一敗で迎えた三戦目、大事な一戦だったが、気持ちが立て直せず、俺は結局このデュエルも落としてしまう。
俺、二敗。
「ぐぬぬっ」
と思いなから、仕方なくズボンを脱ぎ、パンツ一枚になる。
ちなみに俺は皆に優しいボクサーパンツ派である。
後一回負ければ俺の敗北が決まる。
実は体育会委員になれなくても、邪竜イベントを進めることが可能ではある。
だがそのルートだと、邪竜イベント最初の異変が起こり、辺境のとある古びた神殿が崩落し、その巻き添いを食って小さな村が壊滅してしまう。
俺とはなんの関わりもないド田舎の村だが、壊滅って聞くと目覚めが悪い。
このデュエル、落としたくない……!
気合いを入れ直した俺は、四戦目を取った。
「ふう、ギリギリ勝てた」
あやうく、主人公のマックスから貰っておいた『勝利券』を使うところだが、なんとか勝つことが出来た。
再び、一勝二敗同士のドロー。
勝負は最終戦五戦目に持ち越された。
「やるな、ザッコくん!」
とバーナードは上は学園子弟のワイシャツ、そして下はふんどしという珍妙な姿で言った。
日頃の沈着冷静な彼が、嘘のように闘志をむき出しにしている。
まあ俺もワイシャツ&ボクサーパンツなので人のことは言えないが、ふんどしの破壊力はスゴイ。
そっと目をそらす俺である。
「悪いな、俺は、こんなところで負けられないんだ!」
五戦目の序盤は俺が押す展開で、このまま逃げ切れるかと思ったが、窮地になったバーナードは勝負に出た。
「ここで流れを変えさせて貰う! くらえ、必殺『トーフ変化!』」
バーナードの必殺技が炸裂する。
『トーフ変化』は一戦に一度、相手の手牌をランダムに一つ、予備の白い牌通称『トーフ』に変えることが出来る必殺技だ。
牌を『トーフ』に変えられたプレイヤーは、「うわっ、なんだこれ」となる。
初見だと、めちゃくちゃ驚かされる攻撃だ。
意表をつかれた対戦相手は、ペースを崩され、負ける!
恐るべき必殺技だ。
だが、前世バーナードと何度も対戦した俺はこの必殺技にひるまない!
俺はバーナードに言った。
「その攻撃は俺には効かない!」
「なっ、なに?」
「俺の必殺技を受けてみろ! 『鳥、入れときますね』」
麻雀牌の中に一つだけ鳥の絵が描かれている札がある。あれは索子の一、『一索』って牌だ。
俺の必殺技は一戦に一度だけ、自分の手牌の任意の一つを『一索』に変化出来るのだ!
チュートリアルザコのくせに意外と強い!
俺は『トーフ』を『一索』に変え、それにより、ちまちま集めていた俺の手牌の全てが索子となった。
「清一色! 俺の勝ちだ!」
俺はバーナードに勝利した。
これで体育祭中に起こる、邪竜イベントの最初のストーリー『パン食い競走のあんパン行方不明事件』のルートが開けた。
ちょっとやばかったが、運良く『勝利券』も使わずに勝てた。良かった良かった。
「やった!」
「ザッコくん」
喜ぶ俺の前に、勝利に負けた屈辱か、心なしか頬を赤らめたバーナードが立っている。
ふんどし姿で。
「あ、デュエル終わったからもう服着ていいよ、バーナードくん」
季節は夏だが、ふんどし一枚では寒いのだろう。
服、着ろ。
「いや、その前に」
とバーナードは言った。
「?」
「ザッコくんは強いな」
そう言ってバーナードは俺の手を握りしめてきた。
「はあ、どうも……」
なんだかすごく悪い予感がする。
バーナードは一層頬を赤らめて、俺に宣言した。
「僕は君の仲間になろう。よろしく」
あ、まずい。
「これ、仲間イベントだ……」
好勝負をすると、『仲間イベント』が発動することがある。
発動条件はオープンになってなかったが、勝負が第五戦までもつれ込んだり、互いに必殺技を繰り出したりと、接戦になればなるほど発動しやすくなるイベントだ。
俺は奇しくもバーナードとこの仲間イベントを立ててしまったようだ。
仲間になれば、デュエルで一緒に戦うことが可能となったり、色々お得なのだが、冗談じゃない。
仲間は、この先出会う巨乳のエルサさんか、普通乳のベルガモットさんか、ロリ枠のシャーロッテさんだと決めているのに、なんでコイツなんかに。
だが、仲間イベントは一度発動すると必ず仲間になる。
しかも、三枠ある仲間枠は早いもの順で、変更不可能というクソ仕様なのだ。
「え、ヤダ! リセットしたい!」
そうは言っても、どこを探してもリセットボタンなどはなく、俺は『ふんどし眼鏡』くんと世界を救うことになってしまった……。
ザッコの冒険は、始まったばかり!
おしまい