いつまでも待ち続ける
それから時間が経った。ぬいぐるみは十三個になっていた。
扉が勢いよく開く。さらに大人になった聖治が入室するがその体には左腕がなかった。
「がああ!」
右手で肩口を抑え入り込む。扉を閉めると壁にぶつかり、そのままへたり込んでいく。壁に背中を預け両足を伸ばしていった。
「はあ、はあ!」
傷口は手で押さえているが血が止まらない。その表情は必死に激痛に耐えている。
聖治は右手を外すとカリギュラを取り出す。それを逆手に持ち、自分に突き刺した。
「があああああ!」
さらなる痛みに悲鳴が上がる。次の瞬間、左の肩から悪魔の腕が生え始めた。黒いそれはみるみると形を成していき左手を作っていく。
「がああ、ああ!」
そこでカリギュラを引き抜いた。それにより悪魔化は解け左腕は人間のものになっている。
荒い呼吸音が部屋に響く。疲労困憊の表情で天井を見上げるが、そこでふと香織に目を遣った。
「ああ……ごめん、うるさかったよな」
床に手をつき体を移動させる。香織に近づきカリギュラを見えるように掲げた。
「最近見つけたんだ。これを自分に使えば悪魔になれるってさ。それで自分の怪我なら治せるんだ」
香織からカリギュラに目を向ける。今しがた自分を救った剣。それを漫然と見つめる。
「けれど、これを使うとなんていうのかな、感情が希薄になるんだ。寿命とか、記憶とか、自分の中にあるものが取られるのかもな」
カリギュラはあくまで破滅を司る。それがもたらすものはなんであれ最後は身を亡ぼすものだ。そこに救いなんてあるはずがない。怪我は治っても代わりになにかを無くしている。
「大丈夫だよ、これは滅多に使わない。それに、香織より先に死ぬわけにはいかないからな」
聖治はさらに体を移動させ彼女の目の前にやってくる。その顔は未だ疲れているが、笑みを作ると香織の頬を撫でた。
「大丈夫さ、大丈夫。香織のことは忘れない。一人にはしないよ」
それから時間が経った。ぬいぐるみは十五個に増えていた。
扉が開く。聖治は入室すると扉を閉め上着をハンガーにかけていく。それからゆっくりとベッドに近づき腰を落ちつけた。深い息を吐き顔を下に向けている。そこで、ぽつりとつぶやいた。
「最近……悪魔たちの動きが激しい。俺も頑張ってはいるが」
顔を上げ周囲を見渡す。自分たちが来てから多くの時をここで過ごしてきた。
「もしかしたら、移動しないと無理かもな」
思い出の場所を捨てなければならないかもしれない。けれど過ごしてきたここを捨てたくはない。
「俺も、無傷ってわけにはいかなくてさ」
そう言うが聖治の体のどこにも怪我はない。自身の手を見つめる。今はこうしてある。それを握り締め、聖治は香織を見た。
「もう少し頑張ってみるよ。俺たちの家、だもんな」
それから時間が経った。ぬいぐるみは二十個になっていた。
扉が開く。聖治は入室するなりベッドへとドサッと座る。その表情は疲弊しており天井を見上げたままなにもしない。そのまま静かに時間が過ぎていく。
そこでふと香織を見た。その表情が不審に歪み香織をまじまじと見つめている。ベッドから立ち上がり香織の前で屈むと不思議そうな目で見続けた。
瞬間ハッとなり後ずさっていく。表情は驚きと恐怖に歪み、その後ゆっくりと香織の手を掴んだ。
「そんな……駄目だ、嫌だ!」
祈るように、彼女の手を掴む。
「嫌だ、忘れたくない。そんなの駄目だ!」
自分が思っているよりも自分は壊れている。このままではもっと壊れてすべて失ってしまう。
ここに来てから、ずっと一人だった。守って、守って、守り続けて。
彼女の、笑顔一つ見たことがない。
「なあ、なんとか言ってくれよ! 香織! なあって!」
彼女の肩を揺らす。それでも彼女は起きない。聖治の目に涙が浮かんでいく。
「なんでもいい、喋ってくれよ! 一言でいい。愛してるって言ってくれ。笑ってくれよ。俺を一人にしないでくれ! なあ。一人は嫌なんだ、一人なんて無理だ。香織! 香織ぃいいい! あああああぁああ、あぁあぁああ!」
聖治は泣き出し、叫んでいた。
「香織! 一人にしないでくれぇ」
泣いていた、一人きりの部屋で。
「うああぁあぁあああ!」
香織は、眠り続けていた。
それから時間が経った。
ぬいぐるみは――壊れていた。
物が散乱している。ぬいぐるみも無秩序に転がり中には綿が飛び出しているものもある。棚に飾ってあったビンは倒れ割れていた。
ここに聖治はいない。いるのは香織だけでその時部屋が揺れ出した。建物全体が大きく揺れ遠くで音がする。さらにもう一度部屋が大きく揺れる。
瞬間部屋の壁を一体の悪魔が突き破ってきた。犬型のそれは鈍い黒色の鎧を纏いライオンほどの大きさに三本の尾を持っている。
悪魔は床に倒れていたが立ち上がり顔を振るう。そこで香織を発見すると飛び掛かってきた。鋭い牙と爪が香織に伸びる。
直後、扉を吹き飛ばし人型の悪魔が現れた。その手には漆黒のシンクロスが握られており飛び掛かる悪魔を掴まえると床に叩きつけシンクロスを突き刺した。さらに持ち上げ串刺しにするとグラン、ミリオット、カリギュラが空中に現れ悪魔の周囲を回ってから停止し一斉に突き刺していく。それで犬型の悪魔は黒い灰となり消えていった。
三本のスパーダを浮遊させ悪魔が立っている。黒い体に四枚の翼。けれどその手にはシンクロスが握られている。
紛れもなく、聖治だった。
その時扉の向こうでは巨大な悪魔が腕を引いており、その拳を突き出してきた。部屋一つ飲み込むほどの拳は建物を破壊しながら突き進みそれに対しグランに持ち変え迎え撃つ。グランの一振りは悪魔の拳を弾き返し後ずさっていった。
聖治は部屋から飛び出すと翼を広げ巨大な悪魔目掛け宙を飛ぶ。グランの能力によって無重力になったことにより巨大な悪魔も瓦礫と一緒に浮かび身動きが取れない。聖治は空中を疾走し何度もグランで斬り付ける。最後に大振りの一撃を放ち巨大な悪魔は反対側のビルへと衝突していった。
そこへ今度は翼を持った悪魔の群れがやってくる。人間に翼が生えたそれは服と髪、目がなく青白い肌をしている。それが聖治に向かい突進してきた。次々と衝突し聖治を覆っていく。その数は百にも届き肉の牢獄が聖治を閉じ込めてしまう。
しかし、次の瞬間赤いオーラが噴出し悪魔の群れを引き剥がす。聖治はカリギュラとミリオットを二刀流で持ち体を回していく。赤いオーラと白い光線が渦を巻き悪魔の大群を滅ぼしていった。
それでこの場に悪魔はいなくなる。聖治はゆっくりと壊れた部屋へと戻って来た。
「カ……オリ……」
思い出の詰まった部屋は破壊されクリスマスの度に増やしたぬいぐるみは無残にも裂かれている。
そんな中で彼女は未だに眠っていた。目の前で戦闘が起きたにも関わらず。彼女を救った彼が目の前にいるにも関わらず。
聖治は近づき手を伸ばすが、その手に思い止まり引っ込めた。
自身の両手を見る。その手は悪魔となり黒く禍々しい。手だけでない、今や全身が悪魔と化している。
「ア……アアア!」
頭を抱え膝を着く。部屋は壊れ居場所はバレた。心は蝕まれ記憶も失っていく。
自分たちは、まだ来ない。
「モウ、無理ダ」
帰ってこない。希望を託し、過去へ送った自分たちはやって来ない。
「俺デハ、ナクナッテイク……!」
悪魔に取り込まれ、自分を失っていく。
「ダケド」
それでも。
「君ダケハ……!」
諦めない。彼女を救うこと。それだけは。
立ち上がる。自分に残された時間は少ない。
「グ、ウウ……!」
意識が薄れていく。破壊衝動が内側から襲ってくるのをなんとか耐える。
聖治は香織に手を伸ばした。そこにはこれまでの間ずっと怪我から守ってきたエンデュラスがある。
それを手元に戻した。直後香織から出血が起こり服に滲み出していく。
早くしなければ香織は出血多量で死んでしまう。その前に。なんとしても。
「必ズ、戻ル」
この時代にロストスパーダを。




