介抱
空間転移。空間を操作して自在に位置を入れ替える異能。それで槍を取り出したり自身を別の場所に移動するのがロハネスの戦法だ。前から知っていたがほんと厄介だ。
その敵と、一週目の強敵が戦っている。
魔来名の周辺にいくつもの波紋が現れた。そこから槍が襲ってくる!
それを察して魔来名も走り出す。だが魔来名の進む先にも波紋は現れており魔来名めがけ槍が飛び出した。
何十本もの槍の突撃はまるで茨の道のようだ。前はもちろんのこと左右や上からだって襲いかかってくる。
どうあっても刀じゃ防げない。だが、その刃は一本たりとも魔来名に当たることはなかった。
突然突風が起こり無数とも思える斬撃が発生しすべての槍を切り刻む。
絶対命中。狙った得物は外さない因果の輪が魔来名を無敵の刃に変えていた。
「ほう、面白い。そういう使い方をするか」
それを見てロハネスが笑う。驚きと喜び、それらが同居した瞳で魔来名の技を見つめていた。
この能力がある限りロハネスの攻撃は通らない。いくら攻撃をしたところで当たらないのは半蔵戦で実証済みだ。空間から自在に襲ってくる槍の集団も因果の前には意味がない。
しかし、そうではなかった。
天黒魔を振るった後、魔来名の体から血が滲み出している。俺が縛った応急処置なんてもうほとんど役に立っていない。あの一瞬で何回も天黒魔を振るっているんだから解けて出血が始まっているんだ。
「ふん」
それが分かっているから魔来名の表情にも余裕がない。厳しい目でロハネスを見つめていた。
これは時間勝負だ。倒れる前にロハネスを倒すか、それまで魔来名から逃げ切るか。そういう戦いになっている。
魔来名は走り出した。それに合わせロハネスの攻撃が再開される。空間にいくつもの波紋が生まれ槍が飛び出しそれらを切り裂いていった。天黒魔を振るう度に一歩踏み出し、踏み出す毎に天黒魔を振るう。そうしてロハネスとの距離が縮まっていく。
魔来名とロハネスの距離が勝敗を決める。刃が届けば魔来名の勝ちだ。
迫りくる槍を伐採し、針地獄のような窮地を踏破してついに魔来名はロハネスの前まで近づいた。
「ふん!」
魔来名がスパーダを振るう。勝利を確定させる一撃。
しかし、それは空振りに終わっていた。
「くそ!」
ロハネスは天黒魔が振るわれる前、絶対命中が発動する前に空間転移で別の場所に移動していたんだ。魔来名と十分距離を離した場所で悠々と立っている。
くそ、駄目なのか?
ロハネスが空間を操ってくるのは分かっていた。でもこうするしかないんだ。なんとかしてロハネスの懐に潜り込み攻撃を当てるしかない。
「…………」
離れた敵を魔来名は静かに見つめている。ロハネスが空間転移したことで勝機は遠のいた。普通なら戦意消失してもおかしくない。
けれど、その目は死んでいなかった。
血を流し、勝機を逃し、それでも魔来名はロハネスを見つめている。戦意を湛えた瞳で。
絶望なんて、していない。
「ずいぶん楽しんでいるようだが」
魔来名は天黒魔の柄に手を添えた。
「そろそろ終わりにするか」
「できるのか?」
「お前の底は知れた。感覚も掴めた。これ以上延ばす理由もない」
「ほー、嬉しいねえ」
ロハネスも槍を構える。距離はあるが斬り合う姿勢を取る。
まるで次の一撃で決まるかのような雰囲気がこの場を覆う。
無言でにらみ合い、息を飲むほどの緊張が俺にまで伝わってくる。
「ッ」
ロハネスが動く。目が見開かれる。それと同時に展開されるいくつもの空間転移。それによって魔来名の周りに何本もの槍が出現する。
「!」
それとほぼ同時、魔来名は居合いを一閃させた。天黒魔が鞘から抜かれるが、しかし槍はまだ間合いに入っていない、早すぎる!
天黒魔の刀身が空を切る。それはただの空振りに思われた。
だが、
「ぐう」
直後、挙がったのはロハネスの悲鳴だった。
ロハネスの周囲に紫色の線がいくつも走る。それを受けた瞬間体の至る所から血が流れ斬られていた。ロハネスも槍を回しいくつかは防いだようだがすべては防げずその場に膝を突く。
魔来名の周りには槍が空間から顔を覗かせているが襲ってこない。勝負がついたことをロハネスも分かったんだろう。波紋は消え槍も下がっていった。
「多元同時攻撃、半蔵か」
魔来名の放った居合斬り、それは半蔵のした多元同時攻撃だ。並行世界にいる、ロハネスのいる場所で起きた斬撃をこの次元に重ねたんだ。斬撃による複数遠距離攻撃。
血が滴り地面に落ちる。この一瞬で痛々しい姿に成り果てたロハネスだがその口調はどこまでも楽しげだった。
「いい。やはり戦いはこうでないとな」
負傷した自身の体を見る。今のロハネスは魔来名よりもひどい。
もうすぐで命は事切れる。ロハネスは満足げに笑い、魔来名を見上げた。
「私のわがままに付き合わせたな。お前のその体。それと最後にやり合えた。それだけで十分だ」
ロハネスの顔が下がる。それからはなにも言わず、体が音もなく消えていく。
「魔卿騎士団に、栄光を」
ロハネス・ガンブルクはそれだけを言うと俺たちの前からいなくなっていた。最後に残った魂だけが魔来名に吸収されていく。
俺たちは、生き残ったんだ。
「魔来名、大丈夫か?」
天黒魔を納刀している魔来名に駆け寄る。勝ったはいいが傷だらけだ、危ない状態に変わりはない。
「なんとかな」
そうは言うがその表情に余裕はない。深刻そうだ。
「行くぞ」
魔来名は安定しない足取りで歩き始めた。
「待ってくれ」
そんな状態で動くなと言いたいがこの男はきっと止まらない。案の定俺が呼び止めても魔来名は止まらなかった。自分勝手で、頑固で、人の言うことを聞かない。
そんな背中に、俺は言っていたんだ。
「ありがとう」
迷いはあった。けれど言った。
初めて魔来名が歩みを止めた。そしてゆっくりと振り返る。
「まだ言ってなかっただろ? 一応、礼は言っておかないといけないと思ってさ」
魔来名には何度も助けられた。敵同士なのに魔来名は俺ではなく管理人を倒し俺を庇いもしてくれた。その理由は教えてはくれないけれど、俺を助けてくれた事実は変わらない。
魔来名と出会っていなければ、俺は今頃管理人に殺されていたはずなんだ。
「そうか」
俺の感謝を聞いてどう思ったのか、魔来名は一度俺を見ると視線を逸らし、そうつぶやいた。
この男がなにを考えているかなんて分かったためしはない。今もなにを考えているかなんて分からない。
でもいい。こいつはこういうやつだ、それでいい。そう思えていた。
「それにしてもすごいよな、管理人は今ので全員だろ? それをたった一人で倒すなんてさ。て、ちょっと待て、もしかしてセブンスソードってこれで終わりなんじゃないのか?」
今更気づいた。連戦続きの管理人戦に気を取られていたが俺の知ってる管理人はこれで全員。これなら逃げ出しても襲われない。セブンスソードは終わったんだ!
「あとはみんなと合流すれば」
すべてのスパーダが揃う。未来ではこのスパーダが欠けていたから悪魔の侵攻に対抗できなかったけれど、これならなんとかなるはず。
「期待するな」
が、そんな俺に魔来名は冷たい声で言ってきた。
「どうなるかなどその時になってみなければ分からない。すべてが終わったと浮かれていると足下を掬われるぞ。それに、スパーダは一つにまとめなければ意味がない」
痛みにひきつる表情の中、その目はまだ戦いを見据えていた。
「一つになるまで、この戦いは終わらない」
魔来名は最後まで続ける気だ。この男は自分が残るまで全員を殺す気なのか?
「そんなことにはならないし、させもしない」
魔来名が俺を見るが、負けじと俺も見る。
「みんなで生き残る。俺はそう決めたんだ。みんなは仲間だ。誰一人死なせないし、それをしようっていうなら俺が止める」
冷たい瞳が俺を見る。だが興味をなくしたように魔来名は顔を動かした。
「甘いな」
「なんとでも言え。これは絶対だ。俺はみんなと一緒に乗り越える」
「スパーダは一つにならなければ力を発揮できない。お前の言ってることは単なる願望だ」
「試してもないのに望みを捨てるなんてするわけないだろ。みんなには手を出させないぞ。そして、あんたも守ってみせる」
「なに?」
俺は魔来名の隣に立ち腕を取る。その腕を俺の肩に乗せた。俺も魔来名の体に腕を回し腰を掴む。身長差があるのでバランスが悪いがないよりはマシだ。
「香織のいるところに行こう。彼女なら傷を癒せる」
「お前」
「いいから黙って歩け。怪我人のくせに、いつまでも強がるなよな。くそ」
魔来名の体を引っ張る。無理矢理にでも歩かせ俺は二人三脚のように夜の町を歩き始めた。観念したのか魔来名もしぶしぶながら歩き出す。




