意外な救援
おまけに不敵な笑みも浮かべて。勝算があるのだろうか。俺にはまったく分からない。
「口だけは立派なようだ。その口もすぐに黙ることになる」
「お前こそよく回る舌だ。俺のカタナで黙らせてやろうか?」
「貴様ぁ……」
「…………」
もしかして、今の下ネタか?
エルターが矢を発射した。打つからには必中、殺す気で放たれた矢が一条の光となって迫る。
夜の闇を疾走する光。その矢に向かって魔来名の手が動く。
しかしその手は空手。柄を握っておらず矢を迎え撃つのは手刀だった。それを行うと同時に前に踏み込み矢の軌道から体を反らす。
矢と手が交わる。二つは重なり、直後、矢は後方へと進んでいった。
「なに?」
追撃しない。矢が戻る気配はなくそのままだ。でもなぜ?
エルターは弓を出現させた。自身の身長ほどもある巨大な弓だ。弦を引くと光矢がセットされておりさきほどまでのよりも三倍は大きい。
さらにエルターは光の弾を二つ作ると矢を発射していた。迫る二つの光を魔来名は手刀で応じ矢が通り過ぎていく。最後にエルターの弓直々に矢が発射された。
それは今までのよりもはるかにでかい一撃だ。
対してどうするか。魔来名は手刀を振るった体勢から前へと踏み込んだ。避けるなら横のはずだが魔来名は前に出る。
そして迫る矢に向かって、顔を近づけたのだ。それは当たるか当たらないかのぎりぎり。
顔面が潰れるか頭ごと吹き飛ばされるか。そんな脅威が横顔すれすれを通っていく。まさに神業。それにより魔来名の頬にはかすり傷がつき矢はそのまま素通りしていった。
今のは俺でも分かった。
当たりにいったんだ、自分から!
「なんだと!?」
「まじかよ!」
すごい。なんだ今の。エルターの技は絶対命中。防ぐことも躱すこともできない必中だ。
だが逆を言えば当たることしか決まっていない。
魔来名はそれを逆手に取り、わざとかすり傷になるようにしたんだ。それならダメージはわずかだし因果律にも反していない。
でも、それを考えついたからって実行できるか? まずできない。
人間には反射神経がある。だから当たるなら動体視力となにより反射神経を意識的に制御しなければならない。打ち所が悪ければ即死という攻撃。痛みや死ぬかもしれないという恐怖を強い意志でねじ伏せかすり傷で終わらせる。
それを、この男は平然とやってのけた。
すごいと思うがそれを通り越して異常だ。死ぬのが怖くないのか? それか自信があったのか?
自分なら出来ると。それだけの強い意志が。
「これが答えだエルター」
そう言って魔来名は片手を開閉する。よく見れば手にもかすり傷がついている。
いろいろすごいがなにより凄いのは洞察力と身体能力だけで対抗していることだ。
絶対命中を、異能ではなく生身で攻略するなんて。
「お前の脆弱性、お前の欠陥だ。お前の戦略は最初から瓦解している」
こんなにもすごいやつが、俺の敵……。俺は、こいつを越えなければならないんだ。
「ふ、ふふふ」
魔来名からの批判にエルターはしかし笑っていた。自信満々の魔来名をおかしそうに笑う。
「曲芸紛いで私の攻撃を軽傷に抑えたのはさすがだと言いたいけど、けれどしょせんその程度ね。これで私を封じたつもりとは片腹痛いわ」
「そう思うならさっさと証明したらどうだ」
魔来名は相変わらずの自信だ。エルターも追いつめられたような気配はなく底が見えない。
「魔卿騎士団幹部。どれほどのものかと思ってみたがこの程度の集まりとは期待はずれもいいとこだ。そんなのだから団長一人がいなくなっただけで瀕死にもなる。そして、その器を作るべく始めたスパーダにもこの様だ。魔卿騎士団などもはや不要だろう、大人しく滅びたらどうだ」
「そう」
魔来名の台詞にエルターの表情がみるみる冷めていくのが分かる。声からも激情のようなものは消えていた。
「お前に興味はなかったがその体は重要だ。よって温情を掛けていた私の方が浅はかだったわね」
冷たい。そしてどこか諦めたような心情。
「中身がどうであれ、お前のようなものを団長にはさせられない」
今まで殺気だと思っていたものですら過剰反応だった。炎のような戦意から氷のような殺意へと切り替わる。
「ふん。早くしろ、時間の無駄だ」
そう言う魔来名だが感じているはずだ、エルターの気配が変わったことを。
エルターは距離を大きく取り弓を構えた。鋭い眼光が魔来名をとらえるがその弦には矢がセットされていない。
代わりに彼女の後方に巨大な穴が空いていた。
「なんだあれは!?」
見たこともない光景に思わず声が出る。
穴が空くと同時に強風が巻き起こり落ち葉や石ころなどが吸い込まれていく。気を抜けば俺まであの穴に吸い込まれそうだ。
吸引される風の中なんとか穴の向こう側を見てみる。黒い穴にはいくつもの光が見えた。まるで夜空の星のような光の数々。
いや、比喩なんかじゃない。星そのものだ!
あの穴は宇宙空間に繋がっているんだ。それだけじゃない。光で編まれていく一つの柱。周囲に煌めく星光を集めて像を成し、宇宙の彼方から破滅の光がこちらを伺っている。
「天より裁きよ来たれ断罪の時」
あんなものが打ち込まれたらどうしようもない。避ける避けないとかじゃない、爆発に巻き込まれ殺される。この町一帯ただじゃ済まないぞ!
「それがお前の全力か」
そう言って魔来名は居合いの構えを取った。今までにない脅威を前にしても怯えはない。エルターが離れる間魔来名も魔力を充填していく。
「こい、次の一撃で終わりにしよう」
弓と抜刀による早抜き勝負。一つは宇宙からの戦略級の爆撃。
片や刀による斬撃。両者の距離は数十メートルは離れている。どう考えても魔来名が不利だ。もし失敗すれば俺も魔来名も終わり。
緊張が極限まで張りつめる。魔来名のつま先がじりじりと前へと滑り、エルターの目つきが鋭さを増す。
どちらが勝つにしても、次の勝負で決まる。
エルターが弦から指を離した。さらに周囲に浮かべた矢も一斉に発射する。宇宙に輝く光のミサイルは加速すらなく瞬時に襲いかかってきた。
対して魔来名も動く。刀身が鞘から出るなり充満する死の気配を漂わせ。瞬間この場は死の呪いに支配される。
瞬間、勝負は終わっていた。
なにが起こったのかは分からない。ただ分かるのは魔来名の姿は直後消え、気づいた時にはエルターの背後に立っていたことだ。
そこで彼は天黒魔を納刀していく。その最中、首を失ったエルターの遺体が地面に倒れていった。
勝負は、決していた。
放たれた矢は標的を失ったように明後日の方向へと消えていき、宇宙に空いていた穴は閉じて光の柱がこちらへ来ることはなかった。
魔来名は姿勢を元に戻す。
「術師が死ねば因果律の操作も解けるか。つくづく詰めが甘かったな」
魔来名の言うとおり矢が追撃してくることはなかった。あのまま消えていったのはそういうことなんだろう。
そこでエルターの遺体が消えていき代わりに光の玉が浮かび上がる。それは魔来名に吸い込まれるように近づくと体に溶けていった。
「……ふん」
その光景の一部始終を俺は見た。なんだかとんでもないものを見てしまった気分だ。
なにせ、あの管理人をスパーダが倒したのだ。俺たちがどんなに頑張っても倒せなかった管理人を、しかも一人で。こんなの普通に考えてめちゃくちゃだ。あまりのことに唖然としてしまう。
いや、そんな場合じゃない。これからどうなるんだ? 普通に考えて今度は俺が殺される?
逃げないと。そう思うが体が動かない。さらに意識まで薄れてきた。体から力が抜け倒れる。
やばい……。
ぼんやりとした視界に魔来名が映る。
俺は見上げるが、それを無視するように意識が底へと沈んでいった。




