安神此方(やすかみこなた)
一旦マンションの外に出て広場で彼女たちを待つ。少なからずみんな緊張している、それは俺も同じで無言のまま立ち続けていた。
夕日の光が沈んでいき外灯の光が灯り始める。地平線の向こう側、かすかに残っている太陽の明かりがゆっくりと消えていた。
「みんな」
「ん?」
「気を付けろ。人の気配がねえ」
星都の言う通り俺たち以外ここに人はいない。帰宅する人はもちろんカーテン越しに見えていた人影も消えた。
「セブンスソードの結界はスパーダの戦意に反応して自動で発動するんだと思う。この場合だと」
「ありがとう香織、それ以上は言わなくていい」
言われなくても分かる。俺だってもう初めてじゃない、したくはなかったけど警戒はしていた。そしてそれは悪い形で当たりそうになっている。
けれど、やはり信じたい。
俺たちの表情が険しくなっていく中マンションの自動扉が開く。みなの視線が集中した。
そこから現れたのはワインレッドの髪をした女の子だった。学校の制服は俺たちと同じ。長髪はさらさらとしたストレートで背中まで届いている。瞳は切れ長でクールな印象がある。かなり美人でモデルをやっていてもおかしくない。
けれどその目は冷たく俺たちを見つめ距離を置いて立ち止まっていた。
「俺がさっき連絡した剣島聖治だ」
「安神此方よ」
此方ということは姉、同年代だな。けれど知らない子だ。
人の気配はなくなっている。おそらくすでに結界は発動しているはずだ。だがまだ戦闘は起きていない、交渉の余地はある。もうスパーダ同士で殺し合いなんてしたくないんだ。相手は俺と同じ高校生だぞ、きっと分かり合えるはず。
「聖治君気を付けて!」
「え?」
なんだ? なにか起きたのか? でもスパーダすら出していないぞ!
「この人、綺麗よ!」
……は?
「これ以上聖治君の視界に入ると気持ちが揺らぐかもしれない! ここはやっぱり倒してでもイタタ痛い痛い耳は止めて~!」
お願いだから邪魔しないで。
「今のは冗談だから気にしないでくれ。頼む、本当に本気じゃないんだ。俺たちに戦う気なんてない」
「そう」
警戒されてる!
「紹介するよ、彼女が沙城香織でこっちが皆森星都、彼が織田力也だ。俺たちの提案はセブンスソードを止めてみんなで管理人と戦おうって案だ。俺たちの敵はスパーダじゃない、セブンスソードを計画してるやつだ」
彼女だって俺たちと同じ高校生だ。好きで殺し合いなんてしないはず。理解してくれる!
「勝てると思うの?」
「え」
けれど彼女、此方の表情は変わらない。その瞳は依然と冷たい視線を放っていた。
「相手は管理人よ。スパーダを得た後ならともかく私たちが束になって勝てる相手じゃない。それに管理人を仮に倒せたとしてもその次は? 相手は魔卿騎士団よ。世界にどれだけいると思う? それとも戦うの?」
「それは」
俺たちのセブンスソードは管理人を倒して、それから先はどうなる? それで戦いが終わるとは限らない。彼女の質問は尤もでそこまで考えていなかった。
「君の言うことも分かる。だがセブンスソードに参加してなんになる? 君には妹がいるんだろ?」
「ッ」
そこで初めて彼女の表情が崩れた。彼女にとって妹という存在は特別なんだろう。
「俺にだって大切な仲間がいる。殺し合いなんて絶対にしたくない。それをするくらいなら仲間と一緒に戦いたい。それがたとえセブンスソードよりも過酷な戦いだったとしてもだ」
どちらを選択しても楽な道のりではない。でもそれがなんだっていうんだ、それでもいい。友達と戦うくらいなら。
「諦めたくないんだ、みんなと生きる未来を!」
仲間を犠牲にして生き残るなんて間違っている。
「たとえ絶望的な戦いだとしても、俺は仲間を裏切るようなことはしない」
「そう」
気持ちは届くだろうか。此方は少しだけ目を伏せ考え込み、俺は祈る気持ちで彼女を見る。
しばらくして、此方の目が俺へと向いた。
「あんたの言いたいこと、それは理解した。本当にそう思っているのかもしれない。だけど、それをどう信用できる?」
その瞳は、冷たいままだった。
「私には妹がいる。セブンスソードは私だけの戦いじゃない、私だけの命じゃない。けっきょく戦うしかないのよ、私たちは」
氷のような冷気が戦意となって突き刺さる。
「来なさい、至紅剣カリギュラ」
彼女の手に赤い光が現れる。そこから出現する一本の剣は不吉過ぎるオーラに包まれていた。
それは刀身が赤く柄が黒い剣だ。そのデザインはまさに美麗、かっこいい装飾に彩られながらも品のある造形はまるで彼女のために作られたかのようだ。
だがそれが放つ印象はまるで違う。これはどう使っても人のためにならない。人を不幸にしかしない、そんな直感を見る者に与えてくる。
「待ってくれ!」
「おいおいこの人数差でやるつもりかよ?」
「見ての通りよ」
星都が突っ込むがこの場で戦えば四対一だ。彼女がどう考えても不利ではある。が。
「違う、あれはまずい!」
俺は知っている。香織の魂を得て未来の記憶を思い出した。そこで俺は五本のスパーダを操っており、そこにはカリギュラもあって、
「止めろ、それは――」
あれを発動されたらまずい!
「ごめん」
俺の言葉を謝罪が遮る。
「発動しろ、暴虐」
瞬間、刀身から赤いオーラが噴出した。
「みんな逃げろ!」
振り返りみなへと叫ぶ。だが遅かった。星都はみなを置いて一人で逃げれず結果彼女を中心としたオーラに覆われる。
「ぐ!」
直後疲労感が全身を襲う。それだけでなく眩暈もしてきた。次第に立てなくなり地面に膝を着く。
苦しい。まるでフルマラソンでも走ったようだ。動けないッ。
「暴虐と破滅の魔剣……」
「そう、知っていたのね」
そのスパーダは知っている。俺も使っていたから。
至紅剣カリギュラ。振り撒く赤いオーラは触れたものから体力を奪う。段階が増えていけば寿命や無機物すらも老化させ破滅させるその力は対多数において絶大だ。広範囲を攻撃できるため数の優勢もひっくり返せる。今も、俺たちの体力は吸われていきこのままでは衰弱死しかねないッ。
「あんたのこと、信じたかった。だけど、分からないじゃない。本当は裏切るつもりで近づいたかもしれない」
「そん、な……こと!」
「だから、ごめん」
そう言いながら此方は近づいてくる。カリギュラを両手で握り、持ち上げる。
「シンクロス!」
俺もスパーダを取り出すが、駄目だ、持ち上げられない。なんとか操って浮遊するが彼女に薙ぎ払われてしまった。
俺の前に立つ。カリギュラは頭上高く掲げられ血のような赤い刀身が夜空に伸びた。
彼女の目つきが大きく見開かれ表情も険しくなっていく。両腕はすぐにでも振り下ろそうとしているが、しかしその剣はなかなか下りてこなかった。
迷っている。その体は見えない糸で絡まっているようだった。
「君だって、本当は人を殺したくなんてないんだろ? こんなこと、やめろよ」
「簡単に言わないでよ!」
彼女の表情、それが苦痛に歪む。やらなければならない目的が目の前にあるのにそれを実行できない、彼女の顔は心の痛みを表している。
「知ってるでしょ、私には妹がいるの。私はあの子を守らないといけない。責任があるの!」
単純じゃない。もし俺たちが裏切ることが目的なら? その時犠牲になるのは自分だけじゃない、妹もなんだ。
「だから、だから! これは仕方がないことなのよ!」
必死に言うその言葉はまるで自分に言い聞かせているようで、実際そうなんだと思う。彼女を見た時冷たい印象を持った。けれどそれは違った。
妹を守ること、それに一生懸命で、余裕がないだけで、本当は優しい女の子なんだと。
「出会い方、違えばよかったな……」
「……そうね」
彼女の諦めたような表情。そこに力が入り両腕が動く。血のように赤いカリギュラが迫る。




