後宮の禁忌
朱翠影と『甘やかし議論』を繰り広げているうちに、門衛によって通桂門の扉が開かれた。
どうやら準備が整ったらしい。
通桂門は二重扉構造になっていて、手前の頑丈な扉が開いても、その少し先に格子状の扉がもうひとつある。
訪問者が中間部分に進むと、背後の扉が閉められ、そこでやっと奥の格子扉が開かれる仕組みだ。
格子扉の先は後宮の入口部分で、石床を敷いた広場になっている。洒落た灯籠や、手入れのされた植物が見えた。
朱翠影が手配してくれた後宮内の案内人・甜甜は既に待機していた。
格子扉の向こうに、丸顔で陽気そうな娘が佇んでいる。年齢は十六、七歳だろうか……雪華と年齢はそう変わらないようである。好奇に瞳を輝かせ、首を長く伸ばしてこちらを眺めている。髪は真ん中で分けて、両耳の上で団子形に結っており、それがとても良く似合っていた。
女官と視線が絡み、雪華は思わず笑みを浮かべた。
隣に立つ朱翠影を横目で見て口を開く。
「私、案内役の甜甜とは上手くやれそうです」
「それはよかった」
朱翠影がほっとしたようにそう返してきた。
「では行ってきます」
雪華が前に進もうとした、その時。
「――待った」
朱翠影が何かに気づいた様子で瞳を細め、雪華を引き留めた。
何事かと驚いて彼のほうを振り返ると、朱翠影は鋭い視線で奥を見据えている。
……どうしたのだろう?
雪華も彼にならい、広場の奥を視線で探った。
「……あの女官は?」
広場右奥の木陰に、初老の女性が佇んでいる。柳のようにしなやかな佇まいで、どことなく得体が知れない。目鼻立ちは整っていて身なりも上品な女官であるのだが、まとっている空気が海千山千で、堅気に見えない。「あれは三百年生きた妖狐です」と言われたら、信じてしまうかも。
朱翠影が身をかがめ、耳打ちしてきた。
「とんだ曲者が現れた――あれは白女士――彼女は『後宮の禁忌』と呼ばれています」
「後宮の禁忌?」
「絶対に関わってはいけない人です。目を合わせず、近づかず、速やかに離れるようにしてください」
雪華は安心させるように朱翠影の手の甲をぽんぽんと軽く叩き、頷いてみせた。
後宮の禁忌、白女士ね――これは幸先が良いのか、悪いのか。さてどちらだろう。
雪華は気を引き締めて、後宮へ足を踏み入れた。




