これで雪華は、翠影の懐に飛び込んだも同然
それは話すと長くなりますので――そう返そうとした、その時。
「――慶昭帝」
ひやりとした言葉が背後から響いた。
声で分かる――発言者は、雪華の斜め後ろに控えている朱翠影だ。
「なんだ翠影、お前が代わりに語りたいのか?」
慶昭帝のからかいの視線が、実弟である朱翠影のほうに向く。
「そんなふうに雪華殿をからかうものではありません」
これを聞き、雪華は改めて感心した。
やはり兄弟仲は良いのだな……おそれ多い慶昭帝に、ここまで気安くものを言える者は、都広しと言えども、実弟の朱翠影をおいてほかにいないのではなかろうか。
――たしなめられた慶昭帝が、面白くなさそうに片眉を上げる。
「おいもったいぶるな、幸せのおすそ分けをしろ」
「すべてをお持ちの慶昭帝に分けるようなものはございません」
「では翠影、そなたは今、幸せではないと申すのだな?」
「………………」
朱翠影が沈黙する。
彼は今どんな顔をしているのだろうか……雪華は振り返って確認したい気持ちになったものの、皇帝の御前であるので自制した。
慶昭帝はしばらくのあいだ朱翠影をじろじろ眺めおろしてから、ふたたび雪華のほうに顔を戻した。
「では都に着いてからはどう感じた? これで雪華は、翠影の懐に飛び込んだも同然だぞ」
……翠影の懐に飛び込んだも同然?
慶昭帝の言葉は一からあいだを飛ばして十に飛んでいるように感じられた。
朱翠影は都の細部まで知り尽くしているから、彼を頼れということ? そして早くこの状況に慣れて、慶昭帝の役に立てということだろうか。
比喩の使い方が独特で、今ひとつ何を言いたいのかが分からない。
とはいえ……都の壮麗さといったら。
ここへ着いた時の鮮烈な印象がよみがえり、雪華はほうっと感嘆の息を吐く。
都市を囲う版築防壁と、表門の堅牢さに圧倒され、まるで天上の世界だと思った。
大門の上には威風堂々とした楼閣が建っていて、寄棟屋根の緻密さを見るだけでも、建築技術の粋が結集されているのが分かった。
「首都の壮麗さに圧倒されました」
雪華が答えると、慶昭帝がせせら笑うように鼻を鳴らす。
「そんなつまらん感想は訊いておらん」
……乱暴だな、「では都に着いてからはどう感じた?」と尋ねたのはあなたでしょうに。権力者はこれだから……。




