さようなら故郷
「――二姐」
声かけとともに、豆妹がぐい、と雪華の手を掴む。
あ……と気づいた時には、手のひらに金の指ぬきを握らされていた。
「あげる、持ってて」
そう懇願する豆妹の声は少し震えている。
雪華はしばらくのあいだ可愛い豆妹の顔を眺めていたのだが、やがてふっと笑みをこぼした。
受け取った指ぬきを大切に懐にしまい、身に着けていた珊瑚の耳飾りを外す。それを豆妹の耳に着けてやった。
豆妹は目をまん丸くして固まっている。
「勇敢な船乗りさんが、お洒落な耳飾りを着けていても良いでしょう?」
先ほど豆妹は「私は将来船乗りになるから、指ぬきはいらない」と言っていたので、冗談めかしてそう尋ねた。
豆妹の頬が真っ赤に染まる。海賊と戦うと宣言していた時はあんなに勇ましかったのに、耳飾りを着けてもらった途端もじもじと照れている。
「でも……でもこれ、姐姐からもらった大切な耳飾りじゃなかった?」
「そうだよ」
「じゃあもらえないよ」
「私はこれを豆妹に持っていてほしい」
「二姐……」
「さっき私は『おそらくもう戻れない』と言ったけれど……いつかまた、あなたに会えることを願っている」
「うん」
ふたたび涙声になる豆妹を雪華は抱きしめた。
眉根を寄せ、ぐっと涙をこらえる。豆妹の耳もとで静かに声をかけた。
「おそらく姐姐も戻らないから、私たちの家は豆妹にあげる。大切にしてくれる?」
「うん」
「今日は家人が誰もいないのよね? 私が旅立ったら、あなたは二軒隣の高さんの家に行きなさい――分かった?」
両親は仕事で不在、いつも一緒にいる祖母は隣村に行っていると言っていた。この状態の豆妹をひとりで隣家に残すのは不安だった。夜になれば彼女の親が帰って来るので、それまでは誰か大人と一緒にいてもらわなくては。
「うん」
豆妹が頷いたので、包み込むように背中を撫でてやり、体を離す。
「じゃあ――私と手を合わせて」
手のひらを向けると、豆妹もそれにならった。互いに温もりが伝わる。
「三、二、一で手を離して、振り返らずに高さんの家に向かうのよ――いい?」
「うん」
「三、二、一――豆妹、大好きだよ」
「私もずっと大好き」
豆妹はしゃくり上げ、最後にもう一度こちらをじっと見つめてから、さっと踵を返した。
豆妹の姿が見えなくなるまで、雪華はしゃがんだまま見送り、やがて立ち上がった。
「朱殿――大変お待たせして申し訳ありません」
* * *
「馬車を先に行かせて、しばらく歩きましょう」
朱翠影がそう提案してくれて、雪華は深く感謝した。
起伏のある通りをふたり並んで歩く。
我が故郷――青く瑞々しい稲の葉が、風に揺れるさまを雪華は眺めた。
私は烏解を愛している。美しい村だ。
けれど今日、旅立つ。
さようなら故郷。
さようなら豆妹。
さようなら姐姐――私の最愛の人。




