また役職がついた……いらない
「さて、それでは」
皇帝の声音に笑みが交ざる。
「早速だが、雪華に初仕事を与えてやる」
ん……雪華は目を瞠り、思わず顔を上げた。人を従わせることに慣れた琥珀色の瞳が、謎めいた光を秘めてこちらに注がれている。
初仕事……?
あの、私、山奥の村から都に出て来たばかりなのですが……。
「そなたにはこれから後宮に巣食う災厄を祓ってもらう」
「災厄――でございますか?」
「黄賢妃が言うにはな、飛頭蛮が出て、人を食ったらしいのだ」
今度こそ雪華は呆気に取られた。
獰猛なあやかしである飛頭蛮が現れ、人を食った……ですって?
この手の怪談は伝承としてはよくあるけれど、実際にそれを見た、襲われたという体験談はあまり聞かない。少なくとも、これまで雪華が暮らしてきた山村ではそうだった。でも……都では違うの?
証言者は「黄賢妃」とのこと――確か「賢妃」の称号がつくとなると相当高位の夫人であるはずだ。つまり後宮にいる偉い妃が「飛頭蛮が出た」と語っているわけなので、周囲は頭を痛めているに違いない。下働きの女官が騒いでいるのと違って、関係各位は「ああそうですか、見間違いでは?」などと簡単にあしらうことはできないからだ。
慶昭帝が続ける。
「調査のため、そなたは後宮に出入りする必要がある。そうだな――先ほどの官吏役職とは別に、後宮で活動する際の身分も別途与えるとしよう」
……なんですって?
私はこれから後宮にも出入りするの? ただの団子屋の娘ですよ? もう何がなんだか……雪華は目を白黒させるばかりだ。
ただひとつ安心なのは、慶昭帝の口ぶりから察するに、後宮に出入りするといっても子を成すためのお務めはしなくてよさそうな点である。裏方として入り込め、ということらしい。
先に外朝での身分を与えられたことから、これからは『外』と『後宮内』を行ったり来たりする、ややこしい二重生活が始まるということだろうか。後宮に入った女性はよほどのことがないと外に出られない決まりなので、この扱いは異例中の異例である。どう考えても、団子屋の娘に与えられてよい特権ではない。
戸惑いを隠せない雪華に構わず、慶昭帝は話を先に進めていく。
「後宮でのそなたの位階は『宝林』とする」
「宝林……」
また役職がついた……いらない。
慶昭帝がにっこりと華やかに微笑みかけてきた。
「そなたは故郷で姉から譲り受けた神秘の『鋏』を使い、『救国の巫女』として災厄を断ち切れ。しっかり結果を出せよ――雪華」
さすが皇帝――圧のかけ方が堂に入っている。そこらにいる半端者から怒声を浴びせられるよりも、よほど背筋がぞくりとした。
おそろしい……雪華は『飛頭蛮退治』をやり遂げないと自分の首が胴体から離れると悟り、遠い目になった。




