9、ダンジョンの石
「バカなことを言わないでください」
呆れたようにフローラが鼻を鳴らす。
「マリ様はジーク様の番ですよ。ジーク様が他の男性からの贈り物を番に許すわけがないでしょう」
「「「「「ウッ」」」」」
冒険者たちが言葉に詰まって、しょぼしょぼと萎れる。
フローラだって理解をしていた。
冒険者たちが茉莉花を愛でる本当の理由を。
フローラは、小さくて弱いから茉莉花が可愛い。
冒険者たちも同じであろう。だが、冒険者たちの根底には番への憧れがあった。
一生かけて、一生願って、飢えるように渇望しても、それでも出会うことが叶わない奇跡の確率の番である。冒険者たちはジークが羨ましいのだ。同時に番としての、ジークと茉莉花の幸福を願っていた。
だから少しだけ。
その気分を味わいたいのだ。
茉莉花を大切にすることによって、少しだけ番の真似事をしたいのである。
そんな冒険者たちの願望をフローラは知っていた。
が。フローラはシビアだった。
ジークが常に睨んでいるのだ、茉莉花を独り占めする機会なんてそうそうにない。
どうしてもフローラは、茉莉花でリアル着せ替え人形がしたいのだ。竜は強欲なのである。
後方の女性ギルド職員たちも、リアル着せ替え人形マリちゃんに参加したそうな顔をしているが仕事中である。
もちろんフローラは知らんぷりをした。
竜は、強欲で貪欲なのだ。
「ホホホホホホホホ」
茉莉花入り箱を大事に抱え、高笑いを残してギルドから出て行くフローラ。
しょぼんとする冒険者たちに、箱の中から茉莉花がちまちまと手を振る。とたんに冒険者たちも手を振り返した。
「「「「「マリちゃ〜ん!!」」」」」
その時。
「あっ!」
と、茉莉花が声をあげた。
「フローラさん、手を振っている冒険者さんの左端の白い髪の人!」
茉莉花が鞄からダンジョンで拾った石を取り出した。
「この石をあの白い髪の人に。何だか石があの人を呼んでいる気がするんです」
「白い髪の人って俺のこと?」
冒険者が茉莉花に近づく。だが、1メートルくらい手前で足をとめた。
コクコクと首を縦に振った茉莉花が、
「すみません。手のひらをこちらに伸ばしてください」
と自分も箱から手を伸ばした。
「ダンジョンで拾いました。よくわからないけど、石が貴方の所へ行きたがっている気がするんです」
冒険者の手のひらに石を優しく置く。
「まぁ、記録石だわ」
フローラが驚いたように言う。
「ダンジョンに吸収されずにマリ様に拾われるなんて不思議なこと……。あぁ、記録石に強力な保護魔法がかかっているみたいですね」
「記録石?」
「声や姿を映像で残せる石のことですよ、マリ様」
冒険者は直立不動で硬直している。
「…………この魔力は兄貴だ」
「「「「「え!?」」」」」
皮から出たばかりの豆のように冒険者たちが目を丸くする。
「おまえの兄貴って、確かアウロラダンジョンから帰って来なかったんだよな?」
「300年くらい前に……」
「仲間も……」
「ダンジョンマスターさんが、ジークは300年ぶりの下層到達者だと言っていました」
茉莉花の声に白い髪の冒険者の硬直が溶けた。
「それって」
吸い付くように距離を縮めようとした冒険者に、フローラのハイヒールの爪先がドゴッと食い込んだ。
「力加減のできない者はマリ様に接近禁止です」
倒れた冒険者をフローラが冷たく睥睨する。冷酷な表情も女王のように美しい。
「うっ、……うぅっ、っ」
冒険者が石を両手に握って呻くみたいに泣いている。
「「「「「フローラが泣かした!」」」」」
「違います」
フローラが否定した。
鞄から茉莉花が半透明の花びらの花を出した。
「同じ階層で咲いていた花です。石はボス部屋にありました、花はボス部屋付近で咲いている花です」
茉莉花からフローラが受け取り、別の冒険者に渡し、倒れている冒険者の手に握らせた。
「300年前から誰にも摘み取られることなく咲いていた花です。きっとお兄さんたちも見た花だと思います」
ダンジョンの花は普通の花ではない。自然の摂理から切り離された花である。散らされることはあっても、散ることも枯れることもない。
「あ、ありがとう……」
白い髪の冒険者が石と花を胸に抱き締めて涙を溢れさす。
「兄貴が帰ってこなくて、俺もダンジョンを探したんだ……。でも何も見つからなくて……、とっくにダンジョンに吸収されたものと思って、下層までは下りなかった……。下りればよかった。諦めずに。下りれば兄貴の形見を見つけることができたのに……」
探知能力に優れたジークでも気づいていなかった。
おそらく白い髪の冒険者が下層に下りていたとしても、発見することができたかどうかは疑わしい。
「よかったな」
「マリちゃんに感謝しろよ」
「こんな幸運、滅多にないぞ」
冒険者たちが白い髪の冒険者の肩や背中を叩く。
ダンジョンからは遺体も遺品も戻ってくることはない。ダンジョンに吸い込まれる、それが常識であった。
「フローラさん。似たような石をあと2個拾ったのですが、これも記録石でしょうか?」
「記録石ですね、古いタイプのものみたいです。魔力がほとんど残っていません。保護魔法が切れる寸前のようです。マリ様に拾われていなかったらダンジョンに吸収されていたことでしょう」
この世界の平均寿命は500年。
長命な種族も多い。
フローラは2個の記録石をギルド職員に渡した。
「ギルド長に報告して。遺品として家族に届けなければ」
「マリ様に拾得物届けを書いてもらいたいのですが」
ちらっと茉莉花に視線を流してフローラが言った。
「戻ってからマリ様に書いてもらうわ。準備をお願い」
あくまでリアル着せ替え人形マリちゃんを諦めないフローラは、今度こそギルドから出て行ったのであった。
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