7、衝撃のギルド長
朝の柔らかな光が窓の形に四角く切り取られて、床を照らしていた。
茉莉花は目を覚ますと、ベッドの上をコロンと転がった。
昨夜のパムの店の離乳食はくたくたに煮込まれたシチューだった。ふわふわのパンと新鮮なミルクがついていて、とても美味しかった。
ジークも同じメニューと、ドデカイ肉の塊を食べていた。
ギルドの部屋に帰ってくるとフローラが待っていて、部屋にあるお風呂やトイレの使い方を教えてくれて、しかも夜着や下着やタオルなどの衣料品と日用品を準備してくれていた。
ギルド併設の宿泊施設には共同風呂もあるが、この部屋は風呂付きで寝室は二部屋。一部屋を茉莉花の部屋として、茉莉花は疲れもあって泥のようにぐっすりと眠ったのだった。
ふぁ、と欠伸をもらすと茉莉花はベッドから足をおろした。
フローラが用意してくれたふかふかのウサギのスリッパを履く。着替えもフローラが用意してくれた。ハイウエストのワンピースだ。袖は七分丈、襟は花のレース、ボタンは貝殻のおしゃれなワンピースで、フローラは急遽用意したものでしてと申し訳なさそうな顔をしていたが、茉莉花は凄くありがたかった。
ワンピースに着替えて部屋から出ると、ジークが廊下に立っていた。
「マリ、おはよう」
「ジーク、おはようございます」
茉莉花は知らないが、ジークは茉莉花の部屋の前の廊下で立って寝ていたのだ。
ジークも人間の希少性は理解していた。
警戒のためにジークは廊下で眠ったのだ。気配に敏感で聴覚も発達しているジークは、全方位を警戒範囲にして瞬時に目覚めることができる。
だから建物周辺を冒険者たちが交代で警備していたことも感知していた。
ヴァイリカスの冒険者ギルドは茉莉花に友好的であることに、ジークは唇の端をわずかにめくり上げた。
貴重な人間を逃さぬためのギルドの包囲網とは思わなかった。悪意を感じなかったからだ。それに、ジークとヴァイリカスの冒険者ギルドとは信頼関係が深い。もしジークを裏切るのならば、ヴァイリカスのギルドはもっと狡猾な策略を巡らしてくるだろう。
「あのね、ジーク。お水をもう一瓶売ってもいいですか?」
「地底湖の水は全部マリのものだから好きにしてもいいよ。でも、あと一瓶だけだ。収納のことは秘密にしないと。たくさん水を売ってしまうと不自然になる」
「はい。気をつけます。ジークはお金をくれるって言ったけど、やっぱり自分で稼いだお金が欲しくて」
「わかっているよ。マリは頑張り屋さんだからね。自分で歩きたいし、自分で稼ぎたいんだよね?」
ジークは茉莉花をきちんと16歳の女の子として扱う。離れないように手は繋ぐが、決して赤ちゃん扱いをしなかった。
やんわりと茉莉花が口元を綻ばせる。ジークの気遣いが嬉しくて、自分でも単純だと思うが元気よく、
「はい!」
と返事をした茉莉花であった。
ギィ。
冒険者ギルドの扉を開くと、すでに冒険者たちが壁に貼り付いていた。一部は天井にくっついている。驚異の粘着力である。
「おはようございます」
茉莉花が挨拶をすると、
「「「「「おはよう」」」」」
と冒険者たちが野太い声で返す。天井にぶら下がりながら手を振る者もいた。
「ジーク様、マリ様、ギルド長がお待ちです」
フローラが麗しい笑顔で案内をする。
「こちらへどうぞ」
黒い扉をフローラが開けると、彫像のごとく整った顔立ちの美青年がいた。
「やぁ、久しぶりだね、ジーク。そちらのお嬢さんは初めましてだね。僕がヴァイリカスの冒険者ギルドの長、ギリアドレイジェンスルーベンローアリリアヴィラロイズだよ」
きょとんと瞬きをする茉莉花にジークが言った。
「ギルド長のフルネームはこの10倍長いから、皆はギルド長をギルド長としか呼ばない」
納得である。茉莉花もギルド長の名前を呼べる自信がない。
「は、初めまして。マリといいます。よろしくお願いします」
頭をさげる茉莉花にギルド長が目を細めた。
「可愛いねぇ。僕の最初の妻は人間だったんだよ。思い出すよ、新婚時代を。幸せだったなぁ。そうだ、僕と結婚しない? 僕は大金持ちだよ」
「年齢差を考えてください」
フローラの声が冷たい。
「え? 僕は若いよ」
ギルド長が窓を指差した。窓からは遠く巨大な山脈が霞んで見えた。
「あの山よりは若いもん」
基準がおかしい。
「山……」
昨日からのカルチャーショックの連続に、茉莉花は驚愕にポカンと口を開けた。目も真ん丸だ。何かに驚いてマジマジとしている猫のような顔だった。ジークが苦笑する。
「ギルド長は五千歳だったか六千歳だったか、いや七千歳だったかな?」
ギギギ、と茉莉花がジークを見上げた。身長差があるので見上げてしまう形となるのだ。
「……ジ、ジークは?」
「俺? 俺はまだ97歳だよ。俺の種族の寿命は平均で500歳くらいなんだ」
日本だと考えられない年齢差であるが、ギルド長の年齢を聞いた後だとジークが若く思えた。
「ギルド長、からかわないでください。結婚する気もないくせに」
ジークが抑揚のない口調でギルド長を睨む。嫌悪感を隠そうともしていない。
「えー。1パーセントくらいは本気だったよ」
「1パーセントでもダメです。マリは俺の番なんですから」
「ごめんよ。最初の妻が懐かしくなって、つい」
「つい、でもダメです」
「そんなに怒らないでよ。用事があって僕に相談しに来たんだろう?」
読んでいただき、ありがとうございました。
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