2、世界の真理は番が可愛い一択である
茉莉花は普通の女の子だ。
武道を習ったこともなければスポーツが得意なわけでもない。
平均的な体力しかない茉莉花であったから鍛えあげられたジークのように歩けるはずもなく、岩やむき出しの土の足元に手こずった。歩幅はジークの半分もなく、幼児のようによちよちと歩く。
危なっかしい茉莉花にハラハラしたジークは歩幅をあわせてゆっくりと歩くが、バランスが悪く転んでしまいそうな茉莉花に我慢できずに抱き上げて左腕に乗せた。
「ダンジョンでの怪我は軽くでも命取りになる時があるから」
内心は、茉莉花の体温の温かさや身体の柔らかさに大歓喜をしていたが何食わぬ顔をしている。
「これから足元が悪い場所は俺がマリを運ぼう」
「すみません、ジークさんにご迷惑をかけてしまって……」
「ジークさんではなく、ジークと呼んでくれ」
「え、でも……」
「君を運ぶ手間賃とでも思って、ね? いいだろう?」
「……う、は、はい。あの、えと、ジーク?」
「ありがとう、マリ」
曇りのない清々しい笑顔のジーク。脳内では昇龍拳的ガッツポーズをしていた。〈声の主〉は、茉莉花には他に複数の番候補がいると言っていたのだ。少しでも茉莉花との親密度をあげて、茉莉花から選んでもらいたいジークなのである。
ボス部屋から出てしばらくすると、地底湖があった。かなり大きい。天井の光る苔が微弱な青白い陰影をつくり、銀色の湖面は真珠貝の内側のように色が変化して神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「マリ、地底湖の水を収納できるか? この水は薬を作るのに最良なんだ。薬師たちが狂喜乱舞する水なんだよ」
ジークが地底湖を指差す。
「それと、結界を張ったまま収納できるかい? 地底湖の魔魚は凶暴なんだ。俺が魔法で魔魚を駆逐するけど、念のために結界を自分に張っておいて欲しいんだ」
茉莉花は手に触れたものしか収納できない。出す時も手から出すので、空中に出して敵の頭上に落下させるなどの攻撃方法は使えない。
結界も自分から半径3メートルの間だけの展開となるので、敵を結界に閉じ込めてぺちゃんこにする攻撃とかも使えない。
要するに茉莉花は便利なスキルは所有しているが、攻撃方法はほとんどないのである。
一方ジークは殲滅特化のタイプなので、茉莉花のスキルとはある意味ぴったりの相性であった。
ちゃぷん、と茉莉花が地底湖に右手を入れた。
「えいっ!」
と、気合いとともに水を一気に収納する。
バシュッ!!
空気が破裂するような音がして一瞬で干上がった。ピチピチとたくさんの魔魚が跳ねる。地底湖は湖底をさらして宝箱が露出していた。
「……ごめんなさい。スキルを使い慣れていないから、やり過ぎてしまいました……」
しょぼんとする茉莉花をジークが慰める。
「大丈夫だよ。ダンジョンは再出現があるから。レベルの低い上層部ならば数時間で、高レベルの下層部は数日で再び元通りになるから。ボスであろうと地底湖の水であろうと原状復帰するんだよ」
「風刃」
ジークが片手を振ると無数の風の刃が魔魚に突き刺さった。百発百中。素晴らしい命中率である。
「マリ、魔魚を収納してくれるか? 湖底の泥や石や水草や宝箱も、全部根こそぎ持ち帰ろう。高価なものばかりだから、マリが生涯遊んで暮らせる財産になるよ」
「で、でも魔魚を屠ったのはジークでしょう。ジークのものだわ」
「マリのものだよ、マリの財産にしよう。どこへ行くにしても金は必要なんだ、持っていた方がいい。竜もあげるよ。どうせ俺一人だったら竜を背負って持ち帰るなんてできなくてダンジョンに吸収されるだけだったんだから」
何も持っておらず、身ひとつで無理矢理に転移させられた茉莉花をジークは心配しているのだ。その心がありがたくて茉莉花は素直に礼を言った。
「ありがとう、ジーク」
「これもあげるよ」
ジークが茉莉花の前に大きな袋を置く。下層に降りてくるまでに倒した魔物の魔石だった。
「それはいただけません。収納でお預かりします」
「プレゼントということで」
「ダメです。それはジークのものです。私は預かるだけです」
「マリは真面目だなぁ」
俺の番は性格も可愛い、とジークは微笑んだ。
それからもジークが戦い、茉莉花が収納するのを繰り返した。
ガン!
ガガッ!
ドシュッ!
ダンジョンの魔物をジークが剣をふるって斬り、魔法をはなって貫く。
その間、茉莉花は結界を張ってちんまりとしゃがみ、ちまちまと草や石を集める。当社比、自社基準で自分にできることとして頑張っていた。下手にジークを手伝おうとすると邪魔になるのだ。ソロでの戦闘に慣れているジークにはジークなりの戦闘スタイルが確立しているのだから。
「わぁ、素敵!」
半透明な花びらの花の群生を発見して茉莉花がポイポイ収納する。ジークから原状復帰すると教えてもらった茉莉花は遠慮なく花を摘んでいく。
縁に細かいフリルが入った星形の花で、透け感のある繊細な花びらが美しい。
そんなふうに。
魔物も地底湖も植物もあらゆるものが、ジークと茉莉花によって丸ごとダンジョンからドンドンと奪われていく状態であった。
これに我慢できなかったのがダンジョンマスターである。
茉莉花とジークをダンジョンから追い出そうと、二人の足元に魔力で創った転移陣を出現させたのだ。
しかし。
ザシュ!
と、ジークが転移陣を真っ二つにする。
「あなた! 非常識すぎるわ、魔法を剣で切るなんてっ!!」
たまらずダンジョンマスターが姿を現す。若い美女であった。薄絹の衣装が色っぽく艶めかしい。
「誰だよ?」
自分の身体で茉莉花を隠したジークが前に出る。
「ここのダンジョンマスターよ! もう出て行ってよ、あなたたちではダンジョンの収入と支出が合わないわ! 大赤字になってしまうじゃない!」
「へぇ?」
ピタリ、とジークがダンジョンマスターに剣を突きつけた。威圧感に身体が動かない。ジークの殺気を浴びてダンジョンマスターは立ちつくす。くわえてジークが、ダンジョンマスターの転移による逃亡を阻止するために転移無効の魔法を展開していた。
「幸運だな。ちょうどレベルアップをしたかったんだ。おまえを屠れば確実にレベルアップができる。ダンジョンマスターは、レベルは高くても実戦の方は弱いことが多い。おまえはどうかな?」
「ひっ!」
猛々しく笑うジークにダンジョンマスターが真っ青になって震える。
「わ、わたしを殺せばダンジョンが崩壊するのよ。ここは下層の百階よ。その娘を連れて脱出なんてできないでしょう、いいのかしら!?」
「ダンジョンマスターが倒されても、ダンジョン自体の崩壊はゆっくりと進むはずだ。ダンジョンに満ちている魔力の残滓があるからな」
ダンジョンマスターの討伐経験のあるジークは、頭の中で逃走路を組み立てる。
「俺の魔法と脚力、マリの結界、イケるか?」
「イケない!! ほら、その娘はトロくて弱そうだわ! 無理は禁物よ、イケないわよ! ねっ、ねっ、危ないことは止めましょう!?」
半泣きの美女が必死で言い募る。
「ねっ、そこの弱そうな娘。あなたも危険な目にあうのは嫌でしょう!?」
「え? 私ですか?」
いきなり話しかけられた茉莉花はダンジョンのことなど何も知らない。困惑のまま上目遣いでジークを見た。
「私はジークの決定に従います。正解なんてわからないので」
茉莉花の言葉を細めた目で吸いとり、ジークは本日何度目かの番が可愛いと心で絶叫して、剣をおろした。
ダンジョンが崩れ去っても逃げのびられる自信はあるが、リスクも伴う。わずかでも茉莉花を危険に曝したくないジークはダンジョンマスターと取り引きをすることにした。
「で? 俺たちにダンジョンから出てもらいたいって、まさか無報酬ではないだろうな?」
ニヤリ、と笑うジークが恐ろしくてダンジョンマスターは切羽つまった声で返事をする。
「……ご、ご希望は?」
7月からログインが変わるそうなので、無事にログインができましたら7月に第三話を投稿します。投稿できていなかった場合は、三香は絶賛パニック中とお許しください。
第三話は「箱入りになりました」です。
読んでいただき、ありがとうございました。
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オリヴィアがヘロヘロの猫パンチで頑張って戦っています。
お手にとってもらえたならば凄く嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。