17、茉莉花はジークの番
ジークも、冒険者たちも、茉莉花も、ギルド長たちの言葉を唖然として聞いていた。
ジークと冒険者たちは、この世界の歴史の表面的な部分を教えられて育った。その裏側にこれほどの事情と憎悪が隠されていたとは考えたこともなかった。
茉莉花も顔色を蒼くしていた。
「……人間は、番の代わり……?」
茉莉花の呟きにジークが狼狽する。耳鳴りがした。指先は冷たいのに、こめかみはドクドクと血の音が鳴っていて熱い。不様に縋りついてでも心の全てを伝えなければ茉莉花を失ってしまう、とジークはとっさに判断した。
「違う! マリは俺の番だ! 確かに最初は番だから本能で惹かれた、でも、今は番は関係なくマリ自身のことが好きなんだ。番と言ってしまうのはマリが俺の半身だと周囲に知ってもらうためだ。本当に俺はマリに恋しているんだ、信じてくれ!」
「……本当に?」
「信じて! お願いだ、捨てないでくれ!」
全力で茉莉花に取り縋るジークの目が潤んで涙をためていた。
「信じてもいいの……?」
「マリに捨てられたら生きていけない!」
真実、茉莉花を失えばジークの世界は終焉する。それほどにジークは茉莉花に執着して愛していた。茉莉花はジークにとって世界の中心であり、生きるための心臓であった。
鬼の巨体で、背中を丸めてジークは茉莉花に懇願する。後方の冒険者たちもお祈りポーズで茉莉花を拝んでいた。
「「「「「お願い」」」」」と、無言だが血走った目に込められた圧が重い。
ジッと茉莉花はジークを見つめた。ジークは目をそらさない。真摯に茉莉花を見つめ返した。
傷つき、血だらけになっても戦ってくれたジーク。冒険者たちも。
茉莉花にだって思慕はある。
「うん……」
16歳の少女らしく「はい」ではなく「うん」と幼げに茉莉花は頷く。
「うん。ジークを信じる、信じている」
ソッとガラス細工を扱うようにジークが茉莉花の背中に太い腕を回す。茉莉花がジークの分厚い胸に頭を寄せた。
「ありがとう、マリ」
感極まって声を震わすジーク。
「私はジークの番だもん」
と、茉莉花が花が咲くように微笑む。
冒険者たちも感激して、バレエの白鳥の湖の四羽の白鳥のごとくシンクロして踊っている。あるいはボレロのごとく肉体美でダイナミックにクルクルシュターンと舞い上がっていた。オーケストラ伴奏の不朽のバレエ音楽の幻聴が聴こえてくるような高いテクニックであった。
本音は自分たちも茉莉花に抱きつきたいが、茉莉花はジークの番である。他の異性が触れるなど論外だ。ましてやフレルナキケンの人間なのだ。お触りは厳禁であった。
花が溢れ咲くような雰囲気のジークと茉莉花と冒険者たちであったが。
ギルド長たちは極寒の零下だった。
「あぁ、長かったよ。七千年だよ、でもマリちゃんがいなかったならば七千年待っても会えていなかったね。忌々しい」
ギルド長が〈声の主〉のぼんやりと光る指を冷酷に切断する。
『ギャアッ!』
たちまち指が再生した。
「よかったわ。再生能力と痛覚はあるのね。じっくりコトコト煮込んであげるから、頑丈でないと」
ダンジョンマスターのアウロラが嬉しげに笑う。
「さて、誰の牢獄(地獄)から行こうか? 皆、七千年かけて完成させた牢獄を持っているものな」
帝国の皇帝が表情をあらためた。
「くれぐれも蔦を外すなよ。蔦は肉体能力はそのままだが、魔法発動を無効にする永久機関だ」
S級トップの冒険者が冷ややかに言う。
「わかっているとも。五人でようやく創りあげた蔦だ。何があっても外さないよ」
賢者が厳かに宣言をした。
『離せ〜! 解放しろ〜!』
身を捩らせて〈声の主〉がもがく。蔦によって魔力が吸収されて、徐々にぼんやりと光るヒトガタから隠されていた本来の姿が出現していた。長い金髪、宝石のような青い瞳、絶世の美貌、天使のごとく麗しい青年であった。
「へぇ、嬲り甲斐がある顔だね」
「うふふ。ゴリゴリと削ってあげるわ、再生するものね」
「オレの番と同じ金髪なんて許せん。炙ってやる」
「身体の中はどうなっているのかな? 開いてみるか」
「俺たちみたいな長命種は精神崩壊もできにくい。俺たちのために正常な精神で何時までもいてくれよ。狂うなよ」
凍てついた目でギルド長たち五人が、縛られて横たわる金髪の青年を見下ろす。
「アウロラ。君の牢獄の趣向は何だい?」
「まずダンジョンのために魔力を抽出して搾り取るの。想像を絶するほどに苦しいし痛いわよ。干上がったミイラになるけど再生するものね、次は凶暴な低級魔物のおもちゃにするわ。生きながら色々と食べられても再生するでしょう、プライドが高そうだから泣き叫んじゃうかもね? それから」
金髪の青年が蒼白になって叫んだ。
『やめろ! 離せ! 至高なる身に無礼な!!』
「やめろ、だと? オマエ、やめてと哀願されてやめたことがあるのか!?」
皇帝が金髪の青年の腹を蹴った。
『グェッ!』
「これまで何人を不幸にした? 何万人か? 何十万人か? 何百万人か? ああ、数えていないだろうな。オマエにとっては塵芥な命だ、いや、相手にも感情と命があることすら考えていないだろう?」
もう一度蹴ろうとした皇帝を賢者がとめる。
「落ち着け。マリちゃんが見てる。暴力場面は見せるな、マリちゃんは普通の女の子だ」
「ここでは理性的に、な。俺たちにはとびっきりの牢獄があるじゃないか」
S級冒険者のトップが言葉を添えて口角をあげた。
「とりあえず場所を移そう」
ギルド長の提案に四人が賛成する。
転移しようとした五人に、
「待ってください」
と、テテテテテと茉莉花がジークの腕の中から走り寄った。ジークと冒険者たちが後ろに続く。
「あの! あの! これに見覚えはありませんか!? さっき森で埋まっていたものを掘り出したんです」
少し欠けた古い腕輪を茉莉花が鞄から取り出して賢者に見せる。
怪訝そうな色を浮かべた賢者の顔が、驚愕に変わった。
「これは……! 両親から貰ったお守りの腕輪だ! 転移時の混乱で失くしてしまって、探したけど見つけられなくて。諦めきれずにずっと探し続けていた腕輪だ!」
「どうぞ」
茉莉花が差し出すと、賢者は肩を震わせた。心の底から熱い思いがこみあげてくるのを抑えきれない。
「両親からの守護がかかっているから七千年の歳月でも破損していないと疑っていなかったが、ちゃんと守護も魔力も残っている。この魔力……、父上と母上の魔力だ」
転移した時まだ子どもであった賢者は腕輪を胸に握りしめた。
「父上……、母上……」
読んでいただき、ありがとうございました。




