16、この世界の人間が絶滅寸前の理由
「マリーッ!!」
ジークが絶叫して駆け寄ろうとするが、魔力の手は堅い壁のようにジークの足を妨害する。
「ジーク!」
懸命に茉莉花が手を伸ばすが、届かない。
「マリッ! マリッ! マリッ!」
狂ったようにジークが剣を凄まじい速度で振りおろし、跳ねあげ、斬り裂く。次々と魔力の手が吹き飛ぶ。だが、魔力の手の包囲網を突き破ることができない。
ことさらゆっくりと魔力の手が見せつけるように茉莉花を持ちあげた。
「いやぁ! ジーク!」
茉莉花の悲鳴が響く。
「マリッ! 俺の番だ! だめだ、俺の番なんだ! 連れて行くなァッ!!」
ジークの左肩に、右足に、魔力の手が突き刺さる。それでもジークは戦うことをやめない。前へ。茉莉花との距離をつめようと剣を振った。
堪えがたい焦燥感が奔流となってジークの頭の中を掻き回す。
「グオオォ゙ォ゙ッ!!」
ジークが地獄のような雄叫びで吠えた。
ジークの身体が二倍になる。
両眼は溶岩のごとくギラつく。
皮膚の色が赤黒く変化した。口には牙が、頭には大小四本の角が生え、手足の爪が鋭く長くなった。
『アッハ。本性が出たね〜。アイツ、鬼なんだよ〜』
茉莉花を怯えさすような口調の〈声〉が響く。
キッ、と茉莉花が声を張り上げた。
「鬼だから、何!? ジークはジークよ! 鬼のジークもかっこいいわ!!」
「マリを離せっ!」
ジークの角から電撃が流星の軌跡をえがいて放たれ、魔力の手の壁に直撃する。ドオン、と、轟音がして魔力の手の壁が破壊された。バリバリと電撃によって万の手のほとんどが消滅する。しかし、無限の連鎖のごとく魔力の手がすぐに出現してしまう。何度電撃を放っても、爪で引き裂いても、魔力の手は増え続ける。
『無駄だよ、無駄〜。オマエも、オマエたちも弱いね〜』
嘲りを含む〈声〉が笑う。冒険者たちの攻撃も歯牙にもかけずに一笑に付す。
『弱い者は惨めだね、番を奪われてさ〜。そこで指を咥えて見てるがいいよ〜』
「マリッ!」
「「「「「マリちゃん!!」」」」」
声まで蒼白にしてジークと冒険者たちが叫ぶ。
『アーハハハハハハッ!』
愉快そうに高笑いをする〈声〉であったが。
ドカッ! と気流にのみこまれた鳥みたいに吹き飛ばされる。直後に、ほのかに光るヒトガタの〈声の主〉に茨の蔓のような蔦が巻き付き呪いのごとく拘束したのであった。
同時に茉莉花が魔力の手の中から消えて、ジークの腕の中へと転移して現れた。
「マリ!」
「ジーク!」
ギュッとジークが骨が軋むほど茉莉花を抱きしめた。う、と漏れた茉莉花の息にジークがあわてて腕の力をゆるめる。
「大丈夫? ごめんよ、ごめん。助けられなかった……」
「助けてくれたわ。私、ここにいるじゃない」
「マリ……」
ジークが身を震わして涙を流す。
「俺が怖くない?」
「ジークはジークよ。怖くなんてないわ。それよりも怪我は?」
「再生している。心配しないで」
冒険者たちもジークとマリの周辺に集まり、状況を警戒して辺りを見渡す。
そこにいたのは。
「やっと会えたね」
ギルド長であった。アウロラダンジョンのダンジョンマスターもいる。他に大陸最大の領土を保有する帝国の皇帝と、S級トップの冒険者と、賢者と呼ばれる世捨て人の姿がいた。
「いつか必ず会えると信じていたよ」
「うふふ、七千年間も魔力を貯めてオマエを待っていたのよ。わたしは弱いけれども魔力の貯蔵庫としての能力には秀でていたから」
「オマエを殺す。オレと番を引き裂いたオマエを許さない」
「この日のためにひたすらレベルアップを重ねてきたんだ。一心不乱に努力をしたよ」
「七千年前はオマエに敵わなかったからね。だが、今の俺たち五人が力をあわせればオマエに勝てる」
ジタバタと〈声の主〉が暴れるが、蔦の拘束は緩むことはない。
『七千年前って何だよ〜。離せ〜』
「そうだね。オマエは覚えていないよね。数多い遊びの一つだったから。でもね、やられた方は忘れることはできないんだよ」
ギルド長が低い声で言った。
「七千年前、この世界は人間だけの世界だった。この世界の支配種だった人間は驕っていたのだろう。世界の頂点ゆえに自分たちより強い者はいない、と。だから新たな魔法開発により得た異世界召喚の技術を試した―――自分たちよりも遥かに強い者が召還される可能性を考えることなく」
アウロラダンジョンのマスターが言葉を引き継ぐ。
「未熟な魔法ゆえに召喚は不完全な小さな穴だった。その穴は私たちの元の世界に繋がった。すぐにわたしたちの元の世界の者たちが気付いて穴を塞ごうとしたけれども、それをオマエが邪魔をして穴を巨大にした」
帝国の皇帝が続ける。
「オマエの遊びだった。巨大になった穴は元の世界の一部をそっくりと呑み込んでこちらの世界へと転移させた。膨大な魔素と、数多の魔獣と、オレたち五人と、ジークや他の種族の祖先たち。一族ごと、村ごと、都市ごと転移できた者たちはまだ幸運だった。しかしオレたち五人は。万年単位の寿命を持つオレたちは、それぞれの自身の一族から離されて長い寿命を生きなければならなかった。それがどれほど孤独であったことか。ましてやオレは番がいたのに、オマエのせいで! オレは愛する番と引き離されたのだ!!」
S級冒険者のトップが静かに話す。
「穴は元の世界の者たちが命懸けで閉じた。元の世界の者たちもオマエを憎悪したが世界のバランスの維持のために力を注ぐことを優先した。再び穴を繋ぐことはできなかった。もともと不完全な穴だったのにオマエの干渉のせいで不安定なものとなってしまった。次に穴が開いたならば世界が崩壊する危険性があった。だから、もう元の世界に帰れない」
話は説明口調で続く。
「この世界も危うかった。膨大な魔素の流入の影響で環境が激変した。くわえて猛り狂った魔獣たちが人間たちを食らった。俺たちも転移したばかりの頃は自分たちのことで精一杯だった。ようやく落ち着いて人間たちを救おうとした時には人間の数が激減していた。異世界召喚した者たちは憎いよ、でも関係のない人間たちまで滅ぶなんて間違っている。助けようとしたけど、もう人間は絶滅寸前だった」
賢者が腕を組んで言った。
「この世界で番の概念があるのに、番と出会えることが奇跡の確率であるのが何故か知っているか? この世界に番がいないことが多いからだよ。元の世界に番が生まれているからだよ。この世界の人間は運命の調整のためか、一定数の者には番の代わりになるけど数が少なすぎる。元の世界も広大すぎて番と出会えることは稀だったけど、少なくとも同じ世界に生まれていた。出会える機会は稀有であったがチャンスはあったんだよ。オマエはその唯一無二さえ奪ったんだ」
「オマエが憎いよ。恨んでいるよ」
ギルド長が指を動かすとギリギリと〈声の主〉を縛った蔦が狭まった。腹の底から蛇がもがくみたいな怒りが湧きあがってくる。
『ギャア!』
叫ぶ〈声の主〉をギルド長が睥睨する。
「ジークの話を聞いてオマエだと確信した。アウロラもオマエの〈声〉を聞いていたから、マリちゃんの身体に付いていたオマエの魔力の残滓を解析して、七千年前と同じ魔力だと確定をした。だからね、きっとマリちゃんと再び接触すると思って、マリちゃんの危機には僕に伝わるように密かに魔法をかけたんだよ。五人が集結するのに多少時間がかかってしまい、マリちゃんに怖い思いをさせてしまったのは申し訳なかったけど」
アウロラダンジョンのマスターが甘い囁きで綴った。そこに含まれている熱情は恋のように熱い。
「ねぇ、知っている? オマエは神に等しい力があるけれども神ではない。わたしたち、オマエを殺すことができるのよ。うふふ、この世界の人間も自分たちよりも強い者はいないと慢心していたけどオマエも同じ。オマエよりも強い者はいない? いいえ、強い者にも更に上位者はいるのよ」
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