10、茉莉花とフローラの楽しいお買い物
箱入り茉莉花は目立つ。
美人なフローラが箱に入った茉莉花を抱きかかえて道を歩いているのだから、それはもう注目の的であった。
が、茉莉花は図太いので突き刺さる視線を意に介さずに、キョロキョロと興味津々で町並みを眺めていた。
道は碁盤目状に整然としている。
家は石造りの家、レンガ造りの家、木骨造りの家、漆喰塗りの家、と様々な建築様式が古いものと新しいもので混在していて歴史を感じられる町並みであった。
しかも、どの家も窓辺や玄関に多彩な花々を飾ったり、ガラス玉に花を入れたり、水桶に花を浮かべたり工夫を凝らしている。あるいは家そのものを花飾りの家にしているので、道を歩くだけで花の香りと花びらが舞い散り漂って、人工の爛漫たる春を生み出しているかのように美しかった。
屋根と柱だけでつくられた広場には人と家畜がひしめき、種々の店が並んでいた。毛皮に工芸品、日用品、布、穀物、蜂蜜、乾した果物、と色々な専門店が密集している。
その中に鳥籠の専門店があった。
鳥籠ばかりが売られていて、空っぽの鳥籠からちゃんと中に鳥がいる鳥籠まで幅広く揃えられていた。鳥たちの鈴みたいな囀りは、高く低く、銀の雨が降り注ぐように耳に心地よかった。
「フローラさん、あの鳥籠のお店に行きたいです」
茉莉花がフローラの袖口をひく。
「いらっしゃいませ」
海千山千の商人である老人は、箱入りの奇妙な客であっても愛想がいい。
空気がゆらぐみたいな鳥の羽音。
レースを編むにも似た複雑な音階の鳥の鳴き声。
鳥籠の城のような店内には日差しと鳥籠が交差して床に濃淡のある影絵をつくり、隣の店の熟れた果実の甘い匂いが漂っていた。
店内の中央には、黒檀の台の上に空っぽの鳥籠が置かれている。いかにも高級そうな、金鈴と銀鈴で飾られた白い鳥籠だった。その鳥籠に茉莉花は引き寄せられて目が離せなくなっていた。
鳥籠の値札を見た茉莉花はフローラに尋ねた。
「昨日のお水の代金でこの鳥籠を買うことができますか?」
実は茉莉花の鞄にはジークのお金が入っているのだ。
備えを怠らないジークは万が一を考えて茉莉花に金貨の袋を持たせていた。その袋から今はお金を借りて水の代金をギルドで受け取ったらジークにお金を返そう、と茉莉花は思った。
「大丈夫ですよ。あの鳥籠が10個くらい買えます」
アウロラダンジョンの百階へ下りるには、A級のパーティーで約五ヶ月かかる。茉莉花の収納みたいな便利なものは誰も所有していないから、地底湖の水を持ち帰れる量は少ない。そして、また五ヶ月かけて地上に戻ってくるのだ。ただし、それはダンジョンを順調に攻略できて、と条件をつけての机上の空論であった。
実際にはA級のパーティーであろうと、S級のパーティーであろうとアウロラダンジョンの百階までを攻略するのは難しい。
ソロなのに三ヶ月で百階まで下りて攻略したジークが異常なのだ。
つまり百階の地底湖の水はありえないほどに貴重なのである。
高値の鳥籠を買ってくれそうな客に、老店主はもみ手をして言った。
「こちらの鳥籠は古い品で、妖精の鳥籠という名前がございます。名前の由来は、かつて妖精が鳥籠に遊びにきていたらしい、との話が伝わって名付けられました。鳥籠の材質は魔銀ですので魔力を通すことができ、魔力がある限り古くても錆びることも劣化することもありません。飾りの鈴は純金と純銀でございます」
さらにお得感を出すために老店主のセールストークが続く。何しろ魔銀の鳥籠は高額すぎて売れ残っていたのだ。今が売り時、と老店主が熱気に燃える。
「今ならば、水晶の鳥をおつけいたします。この水晶の鳥も古いものでして、水晶の鳥籠とセットで名工が精魂こめて作成した逸品にございます。残念ながら水晶の鳥籠が壊れてしまいまして、哀れにも鳥だけが残ってしまったのです。さらにさらに!」
在庫処分セールのように老店主はとまらない。
「こちらの花の蕾の形をした小物入れ、銀細工の釦を6個、レースの花瓶敷き、白磁の茶碗を2個、七宝の蝶々のブローチをおつけしちゃいます!」
何故、鳥籠専門店にあるのか不明な品々を老店主が力説する。本当に何かの現品処分セールなのかも知れない。
「買います!」
もともと鳥籠を買う気満々だった茉莉花が、ハイッと手をあげる。
ニコーッ、と老店主が笑った。
茉莉花もニコーッと笑う。
お互いに満足する取り引きに笑顔満載である。
そして箱の中は、茉莉花、鳥籠、各種のおまけの品々でいっぱいとなり、人々の好奇の視線が無遠慮に注がれることになったのであった。
「次はスパイダーシルクの店に行きましょうね」
鳥籠の店を出たフローラが微笑む。
「ジーク様といっしょでは買いづらい下着もスパイダーシルクの店にはありますからね。たくさん選びましょう」
「ありがとうございます。フローラさん」
「うふふ、さぁ、あの店ですよ」
市場の外側、立派な店構えの商店が立つ一角にスパイダーシルクの専門店があった。
上質の雪花石膏と大理石でつくられた華麗な建物で、たおやかな貴婦人のごとき風格のある趣きの店だった。
「いらっしゃいませ、フローラ様」
店員たちが一斉に頭を下げる。
フローラが箱入り茉莉花を見せた。
「今日は、こちらのマリ様のお洋服が欲しいの。マリ様は人間だから気をつけてね」
店員たちの頬が引き攣る。
しかし高級店の店員であるだけに、冒険者たちのように絶叫をあげることはなかった。及び腰になるものの決死の顔つきで全員が踏みとどまる。
「……かしこまりました。誠心誠意、尽力をいたします」
茉莉花が箱から立ちあがった。
よいしょ、と箱から出る。
店員たちの口が声のない悲鳴の形に固まった。
「よろしくお願いします」
茉莉花が高級店に心臓をドキドキさせて頭を下げた。
「……よろしく、お願いいたします」
精神的な恐怖で心臓をドキドキさせて店員が絞り出した声は掠れて、頭の天辺から足先まで身体は震えていた。不憫なことに顔は真っ青である。
そうして、憐れな店員に多大な心理的負担をかけまくるリアル着せ替え人形マリちゃんが始まったのだった、フローラが満足するまで。
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