勇者再び
出発日の夜。わたしたちはとある町の宿に泊まっていた。
わたしとカンナは同部屋である。
各々のベッドに腰かけて向かい合い、日本についての話をカンナに聞かせていた。
「星羅が暮らしていた二ホンというところでは鉄の塊が道を走ってるの!?」
「ええ、自動車っていうの。他にも電車とかバイクとか、馬車よりよっぽど速いし乗り心地も快適よ」
「それは凄いわね! 一度乗ってみたいわ!」
目を輝かせてそう言うカンナの姿は実にほほえましい。車の話でこんなにいい反応をするのだから、飛行機ならもっと驚くのでは?と思い、そのまま話つづける。
「飛行機っていう空を飛ぶ乗り物なら、この大陸の端から端まで1日で行けるわよ」
案の定、信じられない! といった表情をするカンナ。
「それも鉄でできてるの?鳥とかじゃなくて?」
「鉄も材料の一部だけど…大部分はアルミニウムっていう鉄より軽い金属でできてるの。」
「ほえー! どっちにしても金属が空を飛ぶなんてまるで異世界のお話ね」
「いやカンナたちから見れば本物の異世界じゃない…」
それからもカンナにせがまれるまま、日本での話やアールゲニアに一緒に持ってきてしまったスマホを取り出して見せたりと、女子トークならぬ異世界トーク?をしていると、
コンコンッ
扉がノックされる。わたしが扉を開けると、そこには神妙な表情をしたアドルフ団長の姿。いつもの鎧姿ではなく、宿が用意してくれたローブを身に纏っている。
「どうしたんですか、こんな夜遅くに?」
「大したことじゃないんだが、少し星羅に聞きたいことがあってな」
ちらっとわたしの背後に視線を向けるアドルフ団長。おそらくカンナを見たのだろう。
「こっちにきてくれ」
そしてアドルフ団長はそう言うと、宿の廊下を奥へと歩き出す。
「ちょっと行ってくるね」
ポケ―ッとしているカンナにそう言うと、わたしは団長の後について廊下へと出た。
少し進んで止まった団長は、周りに誰もいないことを確認すると、口を開いた。さっきから随分と人の視線を気にしているようだ。
「話ってのはラナ様のことについてなんだが…」
「ああ、あの問題児王女のことね」
「その言い方はどうかと思うが…それは置いといて、昨日ラナ様と口論したっていうのは本当なのか?」
なるほど、その話題なら人目をはばかるのも納得である。
「ええ、この遠征について文句を言ったのよ」
昨日のことを思い出して、わたしは嫌な気分になる。あまり話したくありませんオーラをまき散らすが、団長はあまり気にしないようでそのまま話を続ける。
「その詳細を話してくれないか? 例えばラナ様がどんなことを言っていたかとか、なにかいつもと雰囲気が違かったとか」
「特に変わったところはなかったと思います…いや、ラナは普段からかなり変わった子だけども。話した内容は、ラナがわたしを迷いの森へ魔物退治に行かせるよう団長に言ったことについてです。あの子『わたしはそんなこと言ってないですわ』ってしらばっくれたんですよ!? 信じられないっ!!10日はラナと口きかないことにしたわっ」
「迷いの森とリーディッヒの往復は12日くらいかかるから、どのみち話したくても話せないと思うんだが…」
「揚げ足とらないでください」
ギロリとアドルフ団長を睨む。
「悪い悪い。うーん…そうか」
顎に手を当ててなにかを考え出すアドルフ団長。
「どうかしたんですか?」
「いや、まだ確証がないことだ。悪いが話せない。勝手にいろいろ喋ってあとで怒られたくないからな」
そう言って団長は苦笑いを浮かべた。
「そうですか。無理に聞いたりはしませんが、何かあったらわたしにも話してくださいね」
そう言ってわたしは部屋のほうへと戻ろうとアドルフ団長に背を向ける。
「ああ、わかった。あと1つだけ…ラナ様は理由もなくそんなウソはつかない方だ。だから…できたら恨まないでくれよ」
「そんなの分かってるわ…友達だもの」
後ろからかけられたアドルフ団長の言葉に、わたしは手をひらひらとさせながらそう答えると、部屋へと戻るのだった。
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「ただいまー」
部屋に入ると、こちらに背を向けていたカンナが「しゅばっ!!!」と音がしそうな勢いでこちらに向きなおる。そのままガン見されてわたしはたじろぐ。
「ど、どうかした?」
「いや、アドルフ団長となに話してたのかな~と思って」
わたしは「なるほど」と思うと、少し人の悪い笑みを浮かべた。
「実はねー…団長に求愛されちゃって~」
「あああああぁぁぁぁぁ~!!!…やっぱりそうなのかぁぁぁぁ!!!」
ベッドの上でゴロゴロと転げまわり暴れるカンナ。なかなかいい反応をする…と面白く思う。もう少しからかってやれ!とわたしの中の悪魔が唆す。
「それと、魔人王を倒した後は一緒に暮らさないか、とも言わr…」
「いぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁっっ!!!!」
半泣きで狂乱するカンナ。さすがにやり過ぎたか、とちょっと引きながら思う。
「ごめんごめん、今の嘘だよ」
「え?…本当?」
その言葉に、ぴたりと動きを止めてこちらを見るカンナ。
「ええ、カンナの邪魔をしたりしないわ…好きなんでしょ?アドルフ団長のこと」
「え? え? なんで知ってるの?」
視線が泳ぎまくるカンナ。やっぱり面白い。
「前からそうなんじゃないかと思ってたけど…さっきので確信に変わったわ」
「ううううぅぅぅ………団長には言わないでね?」
「え~…どうしよっかな~」
「お願いです星羅様ぁぁぁぁ~!!!!」
また泣き出しそうなカンナ。人をからかう趣味はないので、今日はこのくらいにしておく。とりあえずわたしはカンナにハンカチを差し出す。
「わかったから、とりあえず顔拭きなって。酷いことになってるよ?」
「う”ん…」
そんな風に一日目の夜は更けていくのだった。
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ガタンッガタンッ
馬車の揺れで目を覚ます。どうやら寝ていたようだ。
今日で出発してから六日目。そろそろ目的地に着くころである。
「あ、おはよう星羅。そろそろ起こすつもりだったからちょうどよかったわ。ほら! 村が見えてきたわ」
声のする方を見ると、にこにこと笑うカンナが隣に座り、馬車の前方を指さしている。そちらに目を向けると確かに、木でできた大きな門が見えた。
「今日はあそこで泊まって、明日森に行くんだよ」
そうこうしているうちに門の前まで着く。門の前には、門番だろう二人の男がいた。アドルフ団長が馬車を降り、二人に話しかけに行く。
長くなるかなーとか思ったが、そのわたしの予想は外れた。すぐに話はついたようで、すんなり村の中へと入れてもらえた。
「まずはいつも通り宿を取りに行こう。あの門番たちから場所は教えてもらった…で、夜は村にある居酒屋に行こう。すごく美味いと評判の店があるらしい」
そんなことを、目をキラキラさせながら言うアドルフ団長であった。
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その夕方、わたしたちは団長が言っていた評判の店とやらの前に来ていた。ただし、わたしは聖剣を中段に構えて、同じく剣を持ったエルフの女性と対峙している。
……なんでこんなことになったのだろうって?そんなのわたしが聞きたいわ!
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それは数分前のこと。
わたしが店の扉を開けると、カランカラーンとベルが鳴る。来客を告げる用のものだろう。
「いらっしゃーい!!!」
店の奥から茶色い髪の、ガタイがいいおばちゃんが声を張り上げ、こちらへ向かってくる。
「随分大所帯だね」
「すまんな、入れるか?」
アドルフ団長が聞く。
「ああ、大丈夫さ。ただこんな大人数の客は珍しくてね。おたくら冒険者なのかい?」
「いや、おれたちはリーディッヒから来た王国騎士団だ。森にでた魔物を倒しにな」
「へぇ…そっちの若い嬢ちゃん二人もかい?」
「あっちのほうはそうだが、こっちの黒髪のは勇者だ」
アドルフ団長がものすごく軽いノリでそう言うと、目の前のおばちゃんの目が鋭く細められる。なにか不穏な空気だ。
「勇者…そうかい。なら出てってくれ」
「!? なんでだ!?」
「以前、勇者と名乗る男が獣人を散々な扱いをしててね。それにキレたうちの従業員がそいつに蹴り飛ばされたんだよ」
「それは先代勇者の話だろうな。星羅は関係ない」
アドルフ団長が反論する。
「そんなことは百も承知だよっ!…だがその黒髪の子がそういう輩じゃないとは言い切れない。それになにより、勇者っていうだけで気持ち的に受け付けない。だから悪いとは思うが帰ってくれ」
先代勇者の悪評はたまに聞いていたが、想像以上に嫌われ者だったらしい。わたしはこの世界に来てからまだ間もなく、大した活躍もしていない。だからその印象が先代勇者の悪評に引っ張られてしまうのも仕方がないのかもしれない。
そう思ってわたしは引き下がろうとする。だが周りの騎士たちはそうもいかないらしい。
「なんだその言い草は! 勇者様は神、ゼブリスク様に選ばれし存在だぞっ! それに…確かに先代勇者はちょっと…いやかなり意地の悪いやつだったが、団長が言ったように星羅はそんな奴じゃねーぞ!」
一人の騎士がそう言うと、他の騎士たちも「そうだそうだ!」と口々に叫ぶ。
騒ぎが大きくなり、他の客たちの視線も集まりだす。
「たとえそうだったとして、そんなの今すぐ証明できるのかい!!! できたならいますぐ店に入れてやるよ!!!」
騎士たちにおばちゃんが怒鳴り返す。店の中の空気が張り詰めている。一触即発のムードだ。わたしはその場を収めようと口を開こうとして……その時、凛とした声が店に響き渡った。
「ベルおばさんも騎士団の方たちも止まりなさい!!!」
全員が一斉に声のほうを見るとそこには、美しいエルフの女性がいた。おばちゃんがつぶやく。
「マーガレット…」
その呟きには反応せず、マーガレットと呼ばれたそのエルフの女性は、全員の顔を見渡しながらこう言った。
「話は聞いてました。ベルおばさんの気持ちはよくわかります…が、騎士の方々の言い分も一理あります。そこで、どうでしょうか勇者様…ここはひとつ、わたしと手合わせ致しませんか?」
なにを言い出すんだろうかこのエルフの女性は? なぜいきなり手合わせの話に? 頭湧いてんのかな?
わたしはそんな失礼なことを考えながら、エルフの女性を見つめる。だがそんなことはお構いなしに、彼女はそのまま話しを続ける。
「わたし、こう見えて昔はとある国で軍に所属していました。なので剣の腕にはそこそこ自信があります。そして剣はウソをつかない…剣を交えれば、相手の人がどのような方なのかだいたいわかります。ベルおばさんもわたしが言えば信じてくれるでしょうし…ここはひとつ、あなたの人柄を確認するために私と剣を交えてみませんか?」
なるほど~…て納得できるかアホ!!!!! 剣を交えれば人柄が分かるってなに言ってんのこの人!? むしろこっちがあなたを信用できないんですけど!?
そう思ったわたしはもちろん断ろうと口を開きかけて…
「なるほど。それはいい案だ。星羅、ここはひとつ受けて立て!」
わたしが断るより先に、アドルフ団長が口を開いてなにか言い出した。
ほんと勘弁してほしい。そんなわたしの願いは通じるはずもなく、アドルフ団長とエルフの女性の間で話はまとまってしまう。
「ではよろしくお願いします、マーガレットさん」
「こちらこそよろしくお願いします」
そう言って二人はがっちり握手をしあった。「もうどうにでもな~れ~」である。
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こうしてわたしは一言も話していないのに、なぜか決闘へと駆り出されたのだった。審判のアドルフ団長がルールを説明しはじめる。
「えー…ルールは、魔法の使用と故意に相手を殺害することは禁止。勝敗は相手に一太刀でも傷を負わせる、または相手が参ったと認めた場合。双方理解できたか?」
わたしの正面、十メートルほど離れたところでコクリと頷くマーガレット。
全然納得していないが、いまさらなにを言っても無駄だと分かってるいのでわたしも頷く。そしてそれを確認した団長の声とともに、決闘が始まった。
「それでは…始め!!!!!」
聖剣を構えながら相手の様子をうかがう。マーガレットは緑の光を纏う魔剣を下段に構えている。そうしてわたしは相手を観察していたが、次の瞬間、マーガレットの姿が目の前から掻き消える。否、掻き消えたように見えるほどの速度で、マーガレットが突進してきたのだ。
そう理解した時には、マーガレットはすでにわたしの目の前にいた。緑色の光の帯が宙を走り、わたしに迫る。
咄嗟に、左足を引きながら聖剣を体に引き寄せてマーガレットの剣を受け止める。
そのまま手首を返して横なぎの斬撃を放つが、マーガレットは地面を蹴るとまるで軽業師のようにあっさりとわたしの間合いを離脱してしまう。
そのまま十分な距離が開くと今度は中段に剣を構えるマーガレット。
彼女を見つめるわたしの頬を冷や汗が伝う。油断していたとはいえ、勇者である自分の知覚速度を上回る恐るべきスピードにアドルフ団長以上に鋭い斬撃。
(先に仕掛けさせないほうがよさそうね…)
そう考え、今度は自分からマーガレットへ仕掛ける。
真正面から、視界が歪むほどの速さでマーガレットに接近する。恐らくスピードだけならほぼ互角。
マーガレットの目は、わたしが数舜前までいた場所を見ている。
獲った!
そのまま両手で、マーガレットの胸に向かって突きを繰り出す。もちろん寸止めするつもりで。しかしその必要はなかったようだ。焦点が合っていないはずのマーガレットは魔剣を少しずらすと、わたしが突き出した聖剣をすり上げる。予想外の出来事に、わたしは体勢を崩される。
さらにマーガレットは、そのまま流れるように少し右へ体をずらすと、振り上げた魔剣をわたしの頭へ向けて振り下ろしてきた。
突きの勢いのままわたしは、体を捻りながら前方へ飛び込み、すんでのところで斬撃を躱す。顔のすぐ横を剣が掠めていき、冷や汗が止まらない。あと数ミリずれていたら頭をかち割られていただろう。
すぐに立ち上がるが、すでにマーガレットはすぐ目の前。先ほどの死の恐怖で体が硬直し、一瞬反応が遅れる。
その一瞬は致命的で、聖剣を構えなおす暇すらなくなってしまう。やみくもに聖剣を振り上げて、なんとか迎撃しようとする。しかしマーガレットはそれを読んでいたかのように魔剣を聖剣に合わせると、地面を蹴って宙を一回転。わたしの背後に着地する。
「しまった」と思った次の瞬間には、背後から現れた緑の魔剣がわたしの首にあてられた。
「勝負ありじゃないかしら?」
「……はい、参りました」
完敗だった。
「アドルフさん?」
「え?あっ…しょ、勝者マーガレット!!!!」
団長はどうやら、マーガレットの鮮やかな剣技に見入っていたらしい。それは周りのやじ馬たちも同様である。団長が勝利宣言をしてから数舜後に爆発的な歓声が上がる。
首から剣が外され、背後で剣を鞘に納める音が聞こえた。わたしが振り返ると、そこには微笑んでいるマーガレットの姿。
「剣の腕はまだまだだけれど、悪い感じはしなかったわ」
「じゃあ店に入っても?」
「ええもちろん。ベルおばさんに言っとくわ」
「よろしくお願いします」
安堵の表情を浮かべながら、そう言ってわたしは頭を下げる。そんなわたしに呆れ顔を向けるマーガレット。
「しかし店に入るためによくここまでするわね」
「いや、わたし一言も喋ってないのにこうなってるんですが?」
全く持って心外だった。そもそも手合わせとか言いだしたのはあんたでしょうが!
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夕飯を、ベルおばさんのお詫びということで無料で頂いた後、宿への帰り道でのこと。
「いやーしかし、あのエルフの嬢ちゃん強かったな~」
「ほんと何者なんだろうなぁ」
「おれらじゃ目で追えないくらい速かったしな~。ただものではないのは確かだな」
食べてる時からずっとこの話題でもちきりだ。わたしも気になってマーガレット本人に聞いてみたが、はぐらかされてしまった。
と、この騎士団で一番の古株であるエンゾが突然口を開いた。
「いま思い出したんだが…」
「なんですかエンゾさん?」
話し声がぴたりと止まり、全員がエンゾに注目する。
「昔のことなんだが…まだ俺が騎士団に入団したてのころだから確か30年くらい前のことだな。風のうわさでエルフの国にとてつもなく強いやつがいるって話を聞いたことがある…そいつの名が確かマーガレットだった気がするんだよなぁ…。旋風のマーガレット」
「あ、それなら私も聞いたことがありますよ。エルフの国の元軍隊長で、50年前の魔人との戦争でも大活躍した英雄だとか」
そう相槌を打ったのはカンナだ。だが他の騎士たちはまったく信じていない様子。
「見た目的に二十代だったろ。いくら強いといってもその大英雄と同一人物なわけがない」
「だよなぁ~」
そう言って笑いあう騎士たち。だがその強さを実際に体験した私としては、マーガレットの正体がその英雄だとしても、ありえない話ではないと思えるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そのころ森の中。
そこには一体の魔物の姿があった。
人のように二足歩行し、黒い肌に凶悪な面構え、頭には二本の角。身長は三メートルを優に超える。そして手には、乾いた血の付いた巨大な金棒。そいつが一歩踏み出すごとに森が震える。そう錯覚させるほどの圧迫感。
Sランクの魔物…鬼だ。
存在自体が天災に等しい魔物。
そんな鬼の背後、少し離れた草陰。その鬼を見つめる赤い目が二つ、暗闇に浮かび上がる。…と次の瞬間、赤い目が「ふっ」と消える。そして宙を舞う鬼の首。同時に傷口からは血が吹き上がる。
全く何もできずに首とお別れになった胴体が、重い音を立てながら倒れ込む。そして次の瞬間、
「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ―――――」」」」
地に降り立った赤い目のそいつは、一つ大きく雄叫びをあげると、新たな獲物を探して森の中を彷徨い続けるのだった。