フラグとは回収するもの!
用意された昼食、エンドマリンという魚のムニエルをもぐもぐと食べながら、前に座る同い年の女の子を見る。目の前に座って同じくムニエルを頬張っているのはお転婆の女王…ではなくお転婆王女のラナだ。実際は、お転婆という表現も生ぬるいかもしれないが…
開いた窓からさわやかな春の風が入り、頬を撫でる。
「ハックションッ!!!!!」
ラナがくしゃみをすると、ラナの皿に乗ってる魚がビクン‼と跳ねた。ついでにそれを見たわたしの肩もビクン!と跳ねる。ホラーは苦手なのだ。
「寒い? 窓閉める?」
心臓をバクバクさせながら尋ねると、ラナは首を横に振り、
「ううん、寒くないよ。大丈夫」
と言って鼻をかんだ。
「でも、さっきから何回も鼻かんでるし…もしかして風邪?」
「違うよー。ただの花粉症」
「ならなおさら窓は閉めなよっ!!!」
目の前のテーブルを猛烈にひっくり返したい衝動に駆られる。席を立ち、心を落ち着けながら窓を閉める。
いろいろあって忘れていたがそこでふと、廊下での侍女たちの会話を思い出し、ラナに聞いてみる。
「そういえば疑問だったんだけど、先代勇者ってどんな人だったの?」
その質問に少し考えこんでから答えるラナ。
「うーん…端的に言えば、クソ野郎ね。貴族の金に踊らされるわ、稽古もろくにせずに街を遊び歩くわ、挙句の果てに私と結婚したいとか抜かしたのよ!?あいつ! なーにが『勇者である俺の嫁になるなんて最高の栄誉だろ?』よ!? 思い出しただけで腹立ってきたわっ」
なにか地雷を踏みぬいてしまったようだ…。ラナが動くと必ずと言っていいほど何かが起きるのでとりあえず落ち着いて欲しい。
「でもその人は死んだんでしょ?」
「ええ。南にある迷いの森へ、古龍の討伐に行ったきり帰ってこなかったわ。仲間3人は命からがら逃げ帰ってきたけれどね。一緒に行ったパウも帰ってこないのだけれど…心配だわ」
上から突然降ってきたカエルをヒョイと掴んで窓から逃がす。もうそろそろこういうことにも慣れてきた。ちなみにカエルや蜘蛛、虫は苦手ではない。
「迷いの森?たしかさっきそこで魔物がどうのこうのって言ってたような…?それにパウっていうのは?」
「パウは熊の獣人よ。友達なんだけど、勇者たちに荷物持ちとして連れていかれたの」
「そうなの…無事だといいね」
コクリと頷いて、そのままラナは黙り込んでしまう。しんみりとした空気が部屋に漂い、わたしはあわてて話題の転換を図る。
「それで迷いの森の魔物っていうのはなに?」
「わたしも詳しくは知らないけれど、なにか狂暴な魔物が突然に現れたらしいわ。ちょうどあのクソ勇者が死んだ直後くらいからかな? その魔物はとても動きが速く、その姿を見た者はいない。ただし逃げ帰ってきた人たちの証言によると赤い目をしているらしいわ。本当に存在するとしたら、星羅に討伐依頼が来るかもね」
そう言ってウインクをするラナ。
「ふーん…でもまだまだ訓練中だし、実践訓練にしてもいきなりそんな難易度の高そうなのに行かされたりしないわよ」
「そんなフラグ立てていいの?」
「そんな怖いこと言わないでよー」
からかってくるラナに、思いっきり顔をしかめて見せる。
「うふふ…ところで星羅、そろそろ午後の訓練が始まるころじゃない?」
慌てて時計を確認すると1時15分を回ったところだった。
アドルフ団長とカンナさんとの訓練は1時半からだから、そろそろ向かったほうがいいだろう。
「ほんとだ。教えてくれてありがとうラナ。また明日もお昼、ここにきていい?」
「ええもちろん。それじゃまた明日!」
「うん、またね!」
扉へと向かい、ドアノブを手に取る…と、ラナの声が後ろから飛んできた。
「あ、一つ言い忘れたけれど、私の部屋の扉、たまに変なところにつながるから気を付けてね」
「いやいや、さすがにそれは…」
苦笑いしながらそのまま扉を開ける…と、そこには、
「おぉ、ばあさんや。新しい石鹸持ってきてくれたのかのぉ? その辺にテキトーに置いといてくれぇ」
某世界が仰天するニュースに出てくる「ダイエットの神」みたいなガリガリのお爺さんが風呂場で髪を洗っていた。
わたしは黙ってそのまま「ばたんっ!」と扉を閉める。クルリと華麗なターンを決めてラナのほうに向きなおり、にこりと笑う。
「やっぱり明日は私の部屋で食べよう?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
訓練場に金属同士がぶつかり合う音が響く。星羅とアドルフ団長、それにカンナだ。一週間前からは真剣を使った訓練になっている。
「はああっ!!!」
気合の一声と共にアドルフ団長が剣を突き出してくる。わたしはそれを下から剣を振り上げて跳ね上げると、そのまま右足を軸に回転し、流れるように体勢が崩れた団長の横腹めがけて横なぎの斬撃を放つ。
キンッ!!
そのまま胴を両断するかに思われた聖剣の刃は、しかし横から音もなく現れたカンナによって受け止められる。
「はあああっ!」
「うぅっ!!!」
だが受け止めたはいいが、勇者であるわたしと普通の人であるカンナの腕力の差は歴然。そのまま押し切ろうとすると、カンナが必死に抗う。
と、わたしの足元に展開される魔法陣。
瞬時に飛び退さる。
直後、魔法陣から竜巻が発生し、暴風が轟々と吹き荒れる。いつのまに詠唱したのだろう? アドルフ団長の魔法だ。
迫ってくる竜巻。
それに対してわたしは聖剣を大上段に構える。そして聖剣に魔力を籠める。
「炸裂の光っ!!!!」
次の瞬間、振り下ろした聖剣が光を放ったかと思うと、光の奔流が津波の如く竜巻とぶつかる。そしてそのまま竜巻を飲み込む光の波。それでも勢いを少しも減じさせない光の波は、轟音と共に向かいの壁を粉砕して、ようやく光りが消える。
しばらくして、巻き上げられた砂ぼこりが収まるとそこには、
「……」
顔面蒼白のアドルフ団長とカンナがいた。
「…ごめんなさい」
すごく申し訳ない。
「つ、つぎはもう少し威力を調整しようねっ…!」
「はい…」
ちなみに訓練場の壁を破壊したのはこれで4回目だったりする。
「しかし最上級魔法を即時発動できるってのは反則だよなぁ…いや別にいいんだけど…絶対に敵としては戦いたくないなぁ…」
遠い目をしてそんなことをつぶやく団長…すごく気の毒だ。
「今日の訓練はここまでにしよう…」
「え、でもまだ一時k…」
「な?」
なにか必死感の漂う雰囲気だ。黙ってコクコクと頷く。それに安堵したように、「ほっ」と胸をなでおろしている団長。そしてわたしのほうに向きなおると、
「そういえば星羅、迷いの森は知ってるな?」
と言ってきた。なにか嫌な予感がしてくる。
「はい、知ってます…そこで狂暴な魔物が出たってラナに聞きました」
「ああ、明後日からそこに実践訓練として魔物討伐に行けとのことだ」
はーい。予感的中。見事にフラグも回収である。この世界に召喚されたことも含めて、わたしってなにかに呪われてるんだろうか?
そしてアドルフ団長の話しぶりから、わたしはだれかの指令なのだろうと察する。
「だれがそんなことを?…あとさすがに最初からそんなに危険そうなのは嫌なんですが…」
そう言って、必死に食い下がる。だが現実とは残酷なもので…
「ラナ様だが? 嫌がったら『ヘンリーと婚約させますよ? 王子の嫁が勇者だなんてとても素晴らしいですわね?』と言うといいわ、ともおっしゃていたぞ」
「あのくそトラブルメーカー王女めっ!!!!なんてことするのよっ!!!!」
あまりに頭にきて思わず暴言を吐いてしまう星羅。
最近ヘンリー王子が頻繁に言い寄ってくるのだが、まったくその気のない星羅にとってはいい迷惑である。だからヘンリーとの婚約は、確かに脅しとしてはかなり有効なのだが…なかなかいい性格をしてる王女様である。
「え!? い、いまクソ王女って?」
「いまから抗議してくるわ!!!」
わたしはプリプリと怒りを爆発させる。だがもう一度言おう、現実は残酷なものなのだ!
「それは無駄だと思うわ」
「なんでよカンナ!?」
「それは…これだけ訓練場を壊しまくれば、こういうことになっても仕方ないんじゃ…」
「…」
訂正しよう。完全に自業自得である。反論できず黙り込むしかない。
「あー、というわけで明日は訓練なしで、明後日に備えるように…」
そう言って、そそくさと訓練場を立ち去るアドルフ団長とカンナ。あとに取り残されたわたしはただ一人、ポツンと立ちすくむのであった。
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出発の日になった。
城門に集合予定となっているので向かうと、騎士たちがちょうど荷物を馬車のようなものに積み込んでいるところだった。というかまんま馬車だ。近くで馬が水を飲んでいるのが見える。当然カンナもいるので、話しかけてみる。
「おはようございます、カンナさん」
「おはよう星羅…て顔色悪いじゃない!?大丈夫?」
振り返ったカンナがわたしの顔を見て、心配そうな表情を浮かべた。わたしは苦笑いと共に答える。
「ああ…お気になさらず。ただの寝不足ですから…」
「そう? ならいいけど…」
そう言いながらもカンナはじっとわたしの目を見つめる。そんなカンナの澄み切った目に、自分の心を見透かされているように感じ、思わず目を逸らそうとする。すると次の瞬間、突然カンナが口を開いたかと思うと、
「…もしかして…怖い?」
わたしの心情をバッチリと当てて見せた。それを否定しようとして、しかし言葉が出てこない。正直に答えるべきか否か逡巡するが、
「…………はい」
結局、正直に答えてしまう。だが当然と言えば当然だ。突然飛ばされた異世界で、命をかけて戦えなんて言われても普通なら絶対に嫌だし怖いだろう。逃げ出さないだけでも大したものだ。
そんなわたしの返答に、神妙な顔で頷くカンナ。そして口を開くと、
「それはなにも悪いことじゃないわ。むしろ当たり前のこと。ここにいる騎士も全員同じ道を通ったわ。私だって初陣の時は吐くほど緊張したし怖かった」
そう言って優しく頭を撫でてくれた。わたしを励ましてくれているのだろう。カンナの言葉は続く。
「震えるわたしにね、団長がは声をかけてくれたの。なんて言われたと思う?」
「安心しろ、君はおれが守る…とか?」
「いやいや、それはない。あの団長がそんなキザなセリフ吐けるわけないじゃない」
そう言ってカンナはクスッと笑った。
「正解はね、『誰も責めない、おれがだれにも責めさせやしない。だから怖かったらいつでも逃げればいい。戦場に行くということは、何年騎士をやっていようが誰でも怖いものさ。俺だって怖い。それが初めてのこととなれば、その恐怖は何万倍にも大きく感じられるだろう。だから戦場に立つ覚悟が決まるまでずっと、それこそ永遠に逃げ回ったってかまわない』だってさ。だからね、星羅…勇者だから戦わなければいけないなんて気負わないで、覚悟が決まらないのならば逃げていいのよ。だれもあなたを責める権利なんてない。あなたの都合を無視して勝手に呼び出しといて、自分たちの思うとおりに動かないから責めるなんてそんなの都合がよすぎるもの」
その言葉は、わたしの琴線に触れる言葉だった。逃げたっていい…その言葉でどれだけ心が救われるか。まるで、とどめなく溢れる涙と共に流れていくかのように、恐怖が薄れ、心が軽くなっていく。この世界に来てからずっと押し殺してきた感情が爆発し、わたしはしばらく泣き続けた。そんなわたしをカンナは何も言わず、ただ優しく抱きしめてくれるのだった。
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「団長!遅いっすよー」
「おう、悪いな。少し用事があってな」
アドルフ団長がきたようだ。騎士たちが口々に団長に文句を言うが、どの団員も笑っている。雑なところもあるが、仲間思いで責任感の強いアドルフ団長は部下からもかなり慕われているらしい。
わたしは黙って、アドルフ団長のほうへと歩を進める。
団長がこちらに気づき、少し驚いたような表情をする。
「アドルフ団長…覚悟は、決まりました」
わたしはアドルフ団長の目をまっすぐに見て宣言する。
アドルフ団長もそんなわたしの目を、まるで何かを見定めるように覗き込む。そして何かに納得したのか、大きく一つ頷くとただ一言、
「そうか」
それだけ言って、馬車に乗り込んだ。
そのあとから王国騎士団の団員六名とカンナが続く。
御者の騎士を含めて総勢十名。迷いの森へ向けて出発するのであった。