勇者の日常?
ご高覧いただきありがとうございます。
この世界…………アールゲニアとかいう訳のわからない世界に召喚されてから今日で二十日目になる。あの日から毎日のように、午前はこの世界の歴史や地理、魔法についての講義などを聞き、午後は剣と魔法の鍛錬…といった日常?を過ごしてきた。
今日も今日とて退屈な講義を聞かされている。魔法や地理はともかく、この世界の歴史など知る必要あるだろうか?
「…であるからして、教会の教えの通り、獣人はこの世界において人間の劣等種であるとされているのです…そして…」
ものすごく退屈だ…もう何度も聞いた内容であるということもあるが、九割がたこの講師のせいである。どこの学校にも必ず一人はいるであろう、話を聞いているだけで教室にいる生徒全員が睡魔に襲われる教師。この講師はまさしくその手の輩である。
あまりに退屈なため、わたしはここに来てからの出来事を回想し始める。
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召喚初日
召喚の場であった教会から出たわたしは、教皇バルサニスにつれられるまま、透明な円盤のようなものに乗り込むのだった。それは底面が半径六メートルの円形、緑色の床に透明なガラスのようなもので上面を覆われた、半球型の乗り物である。
「これはどのように動くんですか? 動力装置のようなものは見当たりませんが…まさか自由落下でも!?」
少し心配そうに聞くと、バルサニスは笑って答える。
「いえいえ勇者様。流石にそんなことはございません。これは浮遊の魔法が付与された太古の秘宝…分かりやすく言えば魔道具でございます。前方に、突き立った棒のようなものがありましょう?」
言われた方を見ると、そこには確かに腰の高さくらいの金属の棒があった。そしてその棒のてっぺんには透明な球が付いている。
「あれに魔力を注ぎ込むことによってこれを動かすことができます…方向操作までは困難ですので、ワイヤーで教会と王都をつないで行き来しやすくしております」
なぜ王都のなかに教会を作らなかったのか物凄くツッコミたいが、我慢である。それよりも聞きたいことがあるのだ。
「わたしにもこれを動かせるんですか?」
実はめっちゃ、それはもうとてもとてもこれを運転してみたい。お目めキラキラである。
「もちろんできますが…まだ勇者様は魔力の扱いに慣れていないでしょうから、ここは私が運転しましょう」
「そうですか…」
わたしは肩を落とす。
「次に乗る機会があれば、その時には勇者様に操作をお願いしましょう」
そんなわたしの様子をみて苦笑いを浮かべたバルサニスは、仕方なさそうにそう言った。やや不満だが、仕方ないと今回は諦めることにする。
そこからは王国につくまで、ひたすら自然の景色を眺めて過ごした。真白な雲海を通る時などけっこうワクワクしたものだ。
そしてこの円盤のような乗り物は意外と速く、十五分ほどで王国が見えてくる。
「勇者様、リーディッヒ王国の王都、リーディッヒにもうすぐ着きますぞ」
いま自分たちが降りてきた山の麓にある王都 リーディッヒ。そこは意外にもかなり現代的な都市だった。
区画整備された美しい街並みに舗装された石畳の道。大通りには多くの店が立ち並び、人で賑わっている。異世界と言えば中世的な街並み、と勝手な印象を持っていたわたしは、想像以上に都会的なその街並みに軽く衝撃を受ける。
そしてなによりも目を引くのは目の前の建物。高い城壁に囲まれ、真白な壁にザ・城というような赤色の尖った屋根。昔、子どものころ絵本で見たような立派な王宮が、そこにはそびえたっていた。
乗っている円盤が止まる。
降りた先は王宮のすぐ横にある、石造りの建物だった。
防犯上これでいいのか? と思うところだが、あとで聞いたところによると、この城の周りには、許可なく入ったものを城内の兵に知らせる結界が常時張り巡らされているらしい。まったくもってファンタジーである。
「どうぞこちらへ」
そういって建物から出たバルサニスは、そのまま真っすぐと進み、我が物顔で城に入っていく。
こんな立派な城に入って良いものかとわたしは若干、尻込みをする。日本人の性なのだから仕方ない。
意を決して城の中に入ると、元の世界で言えばメイドのような服を着た…いや正真正銘のメイドさん六人に迎えられた。生メイドである。生メイド! 渋谷のコンカフェにいるような、なんちゃってメイドとは一線を画する美しい所作。それを見て、こんな時なのにわたしのテンションはちょっと上がる。
そのまま彼女らに案内されるままレッドカーペットの敷いてある廊下を歩いていくと、立派な装飾が施された扉の前に着いた。七匹の黄金色の蛇が絡まりあった姿の描かれた、大きな両開きの扉である。
脇に立っている衛兵が扉を開くと、そこは大理石でできた巨大な部屋だった。横二十メートル、高さ十五メートル、奥行きは四十メートルくらい。天井には大きなシャンデリアが三つ、十メートル間隔についている。部屋の脇には国の高官らしき人たちが整列し、そして奥には国王だろう男性が玉座に座っている。その左横には、自分と同い年くらいの男女が同じく立派な椅子に座っていた。
そして彼らの背後の壁。そこには白い羽を持つ女性が描かれた、天井まで届きそうなほど大きなステンドグラスがあり、そこから部屋の中に日の光が差し込んでいる。
国王の前まで案内される。
バルサニスが頭を下げるのを見て、慌ててわたしも頭を下げた。
そうしながらも、ちらりと視線を上げて壇上の国王たちを観察する。
真ん中に座る国王は、立派な口ひげを蓄えた茶色の髪の50歳くらいの男性。髪と同じ色の落ち着いた眼をしており、とても威厳に満ちている。
その横にいる女の子は綺麗な金色の髪に目、人形のように整った顔立ちにすらっとしたピンクのドレスを纏い、そしてとても優しそうな雰囲気に満ちていた。にこりと微笑むとまるでそこだけ花が咲いたよう。わたしも同じ女子だけど思わずため息が出る。
そのさらに横。短めの金髪の男の子もかなりの美男子であり、とても体つきががっちりとしている。そしてなぜか、わたしのことを瞬きもせずまじまじと見つめていた。
そこからの展開はとんとん拍子だった。決まりきっているのだろう口上をバルサニスが述べ、わたしが自己紹介をし、国王が「わが名はエドワード」と自己紹介を返して、これまたありきたりな言葉を喋る。なにかの儀式のようで、気味が悪かった。ちなみに国王の横の男女は王子と王女で、双子の姉弟なのだとか。王子のほうがヘンリー、王女がラナという名前だ。ヘンリー王子が自分のことを何度もちらちらと見てくるので、顔に何かついてるのかな?と何度も確認した覚え。
国王への挨拶が済むと、バルサニスは教会へと帰っていった。
案内を引き継いだ国王に、わたしが次に連れられて来たのは宝物庫だった。
どうやらここで武器と防具を選べということらしい。
恐る恐る宝物庫に入ると、わたしはとりあえず刀を探し始めた。が、見つからない。異世界ではそんなに普及していないのだろうか? 仕方なく刀は諦めて、いつのまにかやってきた王子に勧められた、白に輝く魔剣…聖剣とやらを選ぶ。
防具は軽装備がいいので、硬化の魔法が付与された胸当てだけにしておいた。
その後は身長などを測られた。オーダーメイドで専用の戦闘用服を仕立ててくれるらしい。
最後に自分に用意された部屋に案内され、その内装の豪華さに驚くというテンプレを行う。
いろいろありすぎて疲れていたが、ただでさえ慣れない環境であることに加え、こんな豪華な部屋に寝泊まりするということに違和感を感じ、猛烈に落ち着かなった。それでもなんだかんだベッドに入ると、そのままわたしは深い眠りに落ちるのだった。
そして翌日は朝から講義を聞かされた。
初日は地理。この世界の地図を見ながら、どこになにがあるのかを説明された。
この世界は大まかに言ってしまえば口を開けた魚のような形をしている。東が口で西が尾ひれだ。
広さは、地球で言えばだいたいユーラシア大陸と同じくらいだろう。
真ん中には広大な湖である「精霊の湖」があり、そこから東西南北に大運河が出ている。
その右側に位置するのが、海岸まで続く広大な領土を誇るリーディッヒ王国である。その北西には山脈を挟んで魔人国があり、南には森が広がっている。
ほかにもいろいろ説明されたが、とても覚えきれる量ではなかったのでほぼ忘れた。
あとこの世界の通貨についても説明された。どうやら単位が円からゼリアになるだけで、他は全く同じらしい。つまり一円=一ゼリア、千円=千ゼリアということである。
三日目は魔法についてである。
この世界のすべての人間には生まれつき魔力が備わっている。しかしその量には個人差があり、鍛錬によって魔力量が増えたりはしないらしい。完全に生まれ持った才能といった感じだ。だがどんなに魔力量が少なくても、練習すれば「火」「水」「風」「土」といった四大元素の属性の魔法は使えるようになるらしい。ただし注意しなければならないのが、人にはそれぞれ属性に関して適性が存在するということだ。適性がない属性に関しては、中級魔法…せいぜい対10人くらいの魔法までしか使えないという。適性がある属性では広範囲攻撃魔法などの上級魔法以上の魔法を使えるらしい。ちなみにわたしは四大元素に加えて、光属性に適性があり、周りを驚かせた。聞けばどうやら一般人は一つも属性を持たないことが多く、これまでの勇者も最大で3属性への適性までだったらしい。
またわたしには関係ないが、人は魔法を使う際に詠唱を必要とする。簡単に言ってしまえば、わたしは魔力を直接扱えるが、普通の人は魔力を操作するのに媒介として詠唱が必要ということらしい。
そして魔法を発動させられるのは、自分の視界が届く範囲内のみである。自分の目で見えないところで魔法を発動したければ、あらかじめ魔法陣を用意して設置しておくことが必要。さらに詠唱も視界内で使う場合よりずっと長くなるのだとか。魔法は万能という考えが日本では一般的だったが、実際には存外、制約の厳しいものらしい。
次の日は魔物と魔人について。
魔物は一部の例外を除けば基本的に魔法を使えない。ただし魔物にはそれぞれ固有の能力が存在するらしく、そのために油断は禁物らしい………以上!
というのは冗談として、この世界の魔物はE~SSランクに分けられている。
強さの目安は以下の感じである
Eランク→畑や家畜に被害を与える程度の魔物
Dランク→不特定多数の人に被害を与えるような魔物
Cランク→村や小さな町に壊滅的な被害を与えうる魔物
Bランク→大きな町を壊滅しうる魔物
Aランク→複数の街を壊滅しうる魔物
Sランク→国一つを壊滅しうる魔物
SSランク→複数の国を破壊しうる魔物
ちなみに古龍はSSランクらしいが、つまり勇者のわたしも国を滅ぼせる?……いや、考えるのはよしておこう。
次は魔人について。魔人は大きく分けて二つに分類されるらしい。
下位魔人と上位魔人である。
下位魔人の見た目は、二足歩行する獣といった感じらしい。魔法属性適正はなく、ぶっちゃけそこまで強くない。普通の兵士と同等程度の戦闘能力だとか。
そのため、下位魔人だけならなにも恐れることはない。しかし、上位魔人は下位魔人と隔絶した強さを持つという。
上位魔人の見た目は人間とほとんど違いはなく、唯一の特徴と言えば髪らしい。これまで確認された上位魔人の髪はすべて銀髪なのだとか。魔法は無詠唱で発動でき、かつ四大元素の属性にはすべて適性を持つ。また、身体能力も極めて高く、一般兵が何万人いようが相手にならない強さだとか。事実、前の戦争では一体の上位魔人を倒すのに、騎士団長クラスやAランク以上の冒険者(三十万人近くいる冒険者たちのうちの、わずか五百人くらい)たちが二十人以上で戦いを挑み、それでも何人もの犠牲者を出したという。
それだけ強大な力を持つ上位魔人だが、数が少ないという点が唯一の救いだ。
なぜ少ないのかは、魔人がどこから現れたのかが不明なため定かではないが、強すぎるがゆえに出生率が極めて低いからではないか、と予想されている。
その次の日からはひたすらこの世界の歴史と、宗教的な考え方を滔々と語られる日々が続いている。もうそろそろうんざりだってばよ!!!
もちろん初日から剣の訓練、二日目からは魔法の練習も行っている。
初日の講義の後、昼食をはさんで剣の稽古を付けてもらうために城内の訓練場へ向かった。
そこで待っていたのは、王国の紋章が肩のところに描かれた鎧を着た男の人と女の人が一人ずつ。
わたしに気づいた男のほうが声をかけてくる。
「おう、あんたが勇者か。おれはアドルフ。一応、王国の騎士団 団長を務めさせてもらっている。ほんでこっちが…」
「王国騎士団 団員のカンナです…すみません勇者様、団長の言葉使いがなってなくて…」
驚いたことに男のほうは騎士団長らしい。ガタイのいい体躯に男らしい精悍な顔つき。確かにそれっぽい外見の人だ。真昼間から団長がこんなところにいていいのか…とか思わなくもないが、聞くと仕事は副団長に丸投げしてきたという。顔も知らないが、少し副団長に申し訳ないね!
「あ、いえ。別にお気になさらず。むしろ敬語でないほうがありがたいです…年上の方に敬語を使われるのはちょっと…」
「だそうだ、カンナ。おまえもこれからはフレンドリーに接するといい」
カンナの敬語にわたしが居心地悪そうにしていると、豪快に笑ってそう言うアドルフ団長。
一方、それでいいのか、とオロオロしている紫の目と髪が特徴的な、わたしより少し年上くらいの綺麗な女性、カンナ。若干、気の弱そうな人である。
そんな考えを見透かされたとは思えないが、絶妙なタイミングでアドルフ団長が耳打ちしてくる。
「カンナは一見弱そうに見えるが、実際は騎士団のなかでもかなりやるほうだ。女だからってあまり舐めないほうがいいぞ」
私も女なのだが…どうやらアドルフ団長は女だからといって、色眼鏡で見るようなことはしない人らしい。日本にいるころ、女なのに男子より剣道が強いという理由で疎まれることもあったわたしには、アドルフ団長はとても好感の持てる人柄に思えた。
「というわけで、これからは俺たち二人で剣と魔法の稽古をつけていくことになる。よろしくなっ!…えっと…」
「星羅です」
「おっ、いい名前だな。よろしくな星羅!」
「わ、わたしもよろしくお願いします。星羅さ…あ、星羅」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。あと、無理してため口にしなくても大丈夫ですよ?」
やはりため口に抵抗があるらしいカンナ。微笑ましい。
その後、始まった訓練。結果的に言えば、魔法なしの場合はわたしの圧勝だった。二人がかりでも軽く一蹴できる。
これはわたしの剣の実力ではなく、底上げされた圧倒的な身体能力によるものであろうことは明らかだった。なぜなら、身体強化の魔法を使った団長との打ち合いでは、力や速さは勝っているにも関わらず、控えめに言っても互角といったところだったからだ。わたしの振り切った木剣は団長の剣に流され空振り、霞むような剣技にも目で追えてないのに団長は最小限の動きでいなして逆に鋭い斬撃を返してくる。
実力差は歴然だった。
いくら剣道をしていたといっても、わたしは平和な日本でぬくぬく過ごしてきたのだから当然の結果。仕方ないといえば仕方ない。ちなみにカンナさんからはなんとか一本とれたが、それでもほんとギリギリの勝負だった。
「基本はしっかりしているし筋もいい。すぐに俺たちのことなんか瞬殺できるようになるさ」
稽古が終わったあと、アドルフ団長はそう言ってガハハと笑ったのだった。
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「――――――――――はい、今日はここまでにしておきましょう。お疲れさまでした」
気が付くと、講義が終わったようだ。
講義室からでて、最近仲良くなったラナの部屋へと向かう。一緒に昼ご飯を食べようと考えたのだ。
廊下を歩いていると、向こうで窓ふきをしている侍女たちの話声が聞こえてきた。
「……迷いの森で………魔物が…………前の勇者が………」
特別聞き耳を立てていたわけではないのだが、ところどころ断片的に単語が耳に入る。
(そういえば先代勇者の話ってほとんど聞かないな…ちょっとラナに聞いてみようかな)
その会話を聞いて、ふと疑問に思う。そんなことを考えながら歩いていると、ラナの部屋の前につく。
扉をノックすると、鈴のような美しい声が返ってくる。
「はーい」
「星羅よ。入っていい?」
「ええ、少し待ってて。今開けるわ」
扉の向こうからパタパタと足音が聞こえる…と、次の瞬間「キャーッ!!!」とかわいらしい声が聞こえたかと思うと、
ガササ、ドドッ!ガガッ!ピシュンピシューン!……ドッゴーン!!!
なにかが倒れたのだろうか?それにしてはよくわからない音が聞こえたが……
いずれにしても部屋のなかで何かが起こったことは間違いない。
「ラナっ!?大丈夫!?」
慌ててドアノブを回すと、扉はすんなりと開いた。
恐る恐る部屋の中を覗くと、そこには部屋全体を覆うように成長した、観賞用植物の枝に絡まってもがくラナの姿。
いろいろツッコミどころが多すぎる。
「扉の鍵、開いてたけど?」
「うん! 知ってるよ?」
植物に絡まって、逆さになりながらニコニコしてるラナ。軽くホラーである。
「普通に『どうぞ入って』でよかったじゃない…あと、なんでそうなったの?」
「ちょっとこけちゃって…」
「どう転んだらそんな風になるのよっ!!!」
「エヘヘ♪」
「いやっ『エヘヘ♪』じゃなくてっ!」
ここ数日で分かってきたが、彼女は初対面のときの可憐な印象とは程遠い、重度のお転婆王女であるようだ。それも摩訶不思議な現象を引き起こす、かなりのトラブルメーカー。
そんなラナを見たわたしはというと、深い深い溜息をつくのだった。
最期まで読んでいただきありがとうございます。
本日、この話と同時にざまぁ系の短編を執筆、投稿してみました。
よかったら読んで感想頂けると嬉しいです。