竜と勇者
翌朝
村へと戻り、「心配かけさせやがって!」とベルおばさんに抱きしめられた後、昨夜の片づけをさせられるケン。
…ベルおばさんは優しさだけではなく、厳しさも持ち合わせているのだ…トホホ。
そんなこんなで自分のケンカの後始末は自分でやるものである…と観念して、ケンが渋々と掃除をしていると、カランカラーンとベルが鳴った。まだ開店までだいぶ時間がある。いったいだれが来たんだ?と思いながら扉のほうを向くと、そこにはジョンさんとそのパーティーメンバーがいた。
「ジョンさんどうしたんだ?」
ケンが不思議そうに尋ねる。
「それが勇者どもが森への立ち入りを禁止してな。やることがねぇんだわ。それに…昨日のことがあるからな。もしかしたらケンがいるんじゃないかと思って、通りかかったついでに寄ってみたんだ」
「なるほど。昨日は迷惑かけてすみません」
そう言って丁寧に頭を下げるケン。それに対してジョンさんは、
「大丈夫だ、問題ない」
きりッとした顔でそう宣った。と、いきなりジョンさんの後ろからひょっこりと顔が現れる。
「自分で掃除してるの?エライわねー。私も手伝おうか?」
ジェシーさんだ。ジョンさんの後ろからひょっこりと顔を出したジェシーさんはそう申し出てくれた。
「大丈夫だ、問題ない…自分のケツは自分で拭くもんだ…」
さっそくジョンさんのネタをパクるケン。心もち声を低くして、渋みを出してみる。そんなケンの様子にジェシーさんはニッコリ。
「そう? 遠慮しなくていいのよ?」
「そうよ~、カワイイケンちゃんのためだったらワタシいくらでも手伝っちゃう」
ジェシーさんの後ろからさらにヌッと現れた巨漢の乙女がウインクをする。語尾にハートでもついてそうな言葉と、ネットリとした視線がケンに絡みつく。急速に顔面を蒼白に、そそくさと後ずさるケン。
「い、いや…ほんとに大丈夫だから、い、イヨナさんに手伝ってもらったらなんか、ほ、報酬とか要求されそうだし…」
「そんな大層なもの要求したりしないわ~。ちょっとチュッとさせてくれたら満足よ♪」
「っ――――!!!それが嫌なんだよぉぉぉぉ」
「ウフフ、恥ずかしがり屋さんね~」
絶叫するケンと、そんなケンにジリジリとにじり寄るオカマ。
「ちょっ、近づくなぁぁぁぁ。報酬は前払いしない…てそれ以前に報酬あげるなんて一言も言ってねぇぇぇ!!!」
「細かいことは気にしな~い」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ギラギラ目を光らせて少年を追い回す巨漢のオカマ…完全に通報ものだが、この場にそんな気の利いた人はいない。
「あんたらうるさいよ!」
救世主ベルおばさん登場である。
「あら、冗談のつもりだったのだけれど…ちょっとはしゃぎすぎちゃったみたいね」
そんなベルおばさんの怒鳴り声に肩をすくめるイヨナさん。
どうやら冗談のつもりだったらしい。冗談だと信じたい…たとえ追いかけまわしているときの目が、本気と書いてマジと読むっ!的な目つきだったとしても。
「店にはいていいけど、騒ぎは起こすんじゃないよっ!」
「おう、分かってるよ。じゃあゆっくりさせてもらうぜ。おっ、そうだケン坊。昨日の話の続きでもするか?」
そういって椅子に腰を下ろすジョンさん。他の3人も思い思いにくつろぎだす。
「それより昨日、金ぴかたちが言ってたドラゴンシュレッダーと鯛の秘宝?とかいうものについて知りたい」
「おれらの武勇伝は…」
「もういい、興味ない」
「「「ガターンっっっ‼」」」
大きな音がして振り返ると、三人が一斉にズッコケていた。
「そ、そうか…」
ジョンさんもなんかちょっとしょんぼりしているように見える。
「なんか………ごめん」
「いや、気にするな………」
めっちゃ気にしてる風な相手にそう言われると余計に申し訳なくなるが、話が進まなくなるのでここは華麗にスルー。
「で、えーと、確かドラゴン…ドラゴンをシュレッダーにかけちゃダメだろ…。ドラゴンスレイヤーと太古の秘宝についてだな?」
「うん、そんな感じ」
「太古の秘宝については良く知らん。過去の英雄たちが使っていた、魔道具の中でも特に強力なものたち…くらいの認識だな」
「そっかー。じゃあドラゴンスライダーは?」
「ドラゴンスレイヤーな………なんだよドラゴン滑り台って…。まあ簡単に言えば竜殺しの英雄のことだ」
「竜殺しの…英雄?」
「ああ。おれら冒険者の間ではよく知られた話さ。まあ御伽話みたいなもので、昔から言い伝えられている三つの伝説の一つだ。『七つの大罪』、六体の『最強種』。そして『ドラゴンスレイヤー』…」
そう言ってちらりと、興味津々といった様子のケンのほうを見たジョンさん。前のめりになるケンを見て、得意げに話を続ける。
「この世界には六体の、まだ生きたいのであれば絶対に逆らってはいけない、世界最強と言われる存在がいる。まあ今では魔人王も入れて七体かもしれないが…。『砂漠の塔の魔女』『氷の洞窟の巨人』『霧の島のバンパイアクイーン』、とある森の奥に住む『魔犬』、『海を統べる海神』…そいつらと並んで恐れられる存在がドラゴンの王、『古龍』だ。古龍の力は絶大。一夜で国一つを滅ぼし、戦えば周囲の地形を一変させる…そんな古龍を一人で打ち倒せた者…ドラゴンスレイヤーは、古龍の力を受け継ぐことができる…山をも動かす竜の筋肉、無尽蔵の魔力を手に入れて、魔法は無詠唱で使えるように、そして敵の魔法をすべて防ぐ魔法障壁に守られるようになる…って話さ。まあ古龍を倒せるような人間がいるわけないがな。例えいたとしても、そんだけ強けりゃ古龍の力なんざいらないだろうし」
そう話を締めくくって、ジョンさんはガハハッと笑った。
「じゃあ嘘ってこと?」
「いーや! それは誰にもわからねえ。これまで古龍を倒した奴なんて存在しないからな! だから、もしかしたら本当なのかもしれねえな。まあおれは十中八九、昔の人が考えた妄想だと思ってるけどな」
「ふーん、そっかー。教えてくれてありがとうジョンさん」
「いいってことよ。じゃあ次はおれらの昨日の武勇伝を…」
「いや、それはいいよ」
そう言ってケンは店の開店準備を手伝いに、店の奥へ走っていく。
後ろで本日二度目の「「「「ガターン!!!!」」」」が響いていたが、やはりスルーだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~
それから数日後
「ベルさーんっ!酒持ってきてくれー」
「こっちも頼むよー!」
「マーガレットちゃーん! お酌してくれぇ!」
「ちょっと待っときな―…ほれケン、こいつを持ってきな!…あとマーガレットは勤務中だよっ! 店が終わってからにしな! まああんたらみたいなブ男、マーガレットが相手にするとは思えないけどねぇ」
「ぎゃははっ、違ぇねえっ!」
今日も今日とてベルおばさんの店でバイトするケン。ただここ数日はものすごく忙しい…理由は、勇者が冒険者たちの森への立ち入りを禁止したから。それで暇になった冒険者たちが店にたむろしているのである。
時刻は夜九時を回り、そろそろ冒険者たちも酔いが回ってくる頃合い。店の中はどんちゃん騒ぎのお祭り状態であった。
そんな、なんともない平和な時間が過ぎていた次の瞬間だった。
――――ドゴォォォォォンッッ
店の中の騒音などものともしないような、壮絶な轟音が闇夜を切り裂き、大地を揺らした。
一瞬で静まり返る店内。その場にいた全員の脳裏に、八年前の惨劇の光景がよぎる。
そしてすぐに店内は阿鼻叫喚となった。各々の獲物を手に、出口へと殺到する冒険者たち。
そんな冒険者たちにもみくちゃにされながら、ケンも慌てて店内から飛び出す。ケンの耳は人間のそれよりも数十倍よく利く。その耳によりケンは、その爆発音が森のほうから響いてきたことに気がついていた。
外へ出たケンの目に映るのは、真っ赤に染まる森の方角の夜空。そしてもくもくと立ち込める黒煙。
ケンの脳裏をコドラの姿がよぎる。
「コドラ…?」
ケンの胸中に嫌な予感がじわじわと広がる。周りの喧騒など耳に入らない。ケンの心にあるのはコドラの安否のみ。
そしてケンは、マーガレットの静止の声も聴かずに森のほうへと駆け出していった。
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時は少し遡る。
コドラは勇者一行と対峙していた。全身金ピカの勇者が、一匹の牛の死体を恭しく差し出す。
「偉大な古龍様の好物だと聞いてな。牛を連れてきたんだ。さっき殺したばかりだから新鮮そのもの。血抜きもしておいた。戦う前に食べてくれや」
「ほお、気が利いとるの。それではありがたくいただくかの」
なかなかいい気遣いだと感心するコドラ。牛を一口でぺろりと丸呑みする。味わう気など皆無。
「うむ、うまかった。感謝するぞ」
「はっ! 古龍てのは意外とバカなものなんだな」
次の瞬間だった。相手を見下すかのような嫌な笑みを浮かべる勇者。
それを見たコドラは眉を顰める。そして勇者は、魔法使いに声を掛けた。
「まあ、いまに分かる…やれっ!」
勇者がそう叫んだかと思うと次の瞬間、魔法使いの足元が光りだし、赤い魔法陣が広がった。と、自分の腹の中で魔力反応を感知するコドラ。
ギョッとして目を見開く。
「まさか…!?」
「そのまさかだよ! さっきおまえが食べた牛には、毒が仕込んであったのさ! 世界一の猛毒がな!」
嘲るようにニタニタと笑う勇者。
そして得意げに自分たちの汚い作戦を話し始める。
「町の冒険者からあんたはとってもお人好しだと聞いていたからな。例え敵からの贈り物だろうと、きっと気にせず受け取ってくれると思ってたんだよ! そしてあんたの好物は牛肉。だから戦いの前に必ず食べると踏んでいた。そしてこいつだ!」
そう言いながら、胸元から赤い液体の入った小瓶を取りだす。
それをコドラに見せつけながら、話を続ける勇者。
「この毒は摂取した者の身体を内側から溶かしていく猛毒! 触れても即死! まさにおまえみたいなデカブツにうってつけってわけだ!」
そこまで言い切ると勇者は、両手を腰に当てると胸を張り、とても得意げな表情を見せる。とっても得意げで、とっても滑稽だ。
「毒はわかった…しかしこの魔力反応は爆発魔法だろう?」
「よくわかったな…いや、さすがと言うべきか? 毒が効かなかった場合の第二策として、牛の体内に爆発魔法の魔法陣を用意しておいた。まさか丸呑みされるとは思ってなかったが、今回はそれが役に立ったな!」
やはり下劣。下劣でせこく、クソ野郎だ。とても勇者とは思えない。
もちろんコドラの反応は、
「…卑怯者じゃな…そんな戦い方をワシが黙って見ているとでも?」
「思わないね! そのためにおれがいるんだ!」
そう叫ぶと共に、勇者が黄金の槍を天に掲げる。それとともに勇者の背後に出現する十体の雷の兵士。その手にはバリバリと放電する雷の槍。
一方、コドラの目の前には拳大ほどの土塊が出現。その土塊はみるみるうちに周囲の土を巻き込んで巨大化していき、直径五メートルほどの、漆黒の巨岩を形成する。そして「ぼっ!」という音と共に炎に包まれる巨岩。
睨み合う両者。次の瞬間、
「火炎岩!!!」
「雷兵の輪舞曲!!!」
同時に打ち出される両雄の魔法。音速で飛来する灼熱の巨岩を、十の雷槍が迎え撃つ。ぶつかり合い、拮抗する両者。しかしそれは一瞬。雷槍の威力に耐え切れずに爆散する巨岩。同時にその爆風により十の槍も霧散する。
雨霰の如く降り注ぐ巨岩の破片。その一つ一つが未だに灼熱の炎を身に纏い、勇者目掛けて襲い掛かる。それらを目にも留まらぬ槍捌きで防ぐ勇者。
その間にも両者の間を無数の魔法が飛び交う。赤、青、緑、黄色、色とりどりの魔法が宙を舞い、ぶつかり合っては刹那に散る。一筋の雷が飛翔する巨岩を穿てば、こちらでは巨大な炎を津波の如く押し寄せる濁流が飲み込む。かと思えば、雨のように降り注ぐ氷の矢、そして無数の風刃がぶつかり合って砕け散り、破片がスターダストの如く夜空を彩った。
一見、互角にも見える両者の攻防。しかし徐々に余裕のなくなっていくのは勇者の方。コドラの魔法は勇者たちを少しずつ、しかし確実に手傷を負わせていくのに対し、勇者の魔法はコドラを守る虹色の魔法障壁を突破できずにいる。均衡する攻防は徐々に、しかし確実にコドラが優勢となっていく。
しかしそんな手に汗握る攻防は唐突に終わりを迎えた。魔法使いの足元、魔法陣が一際大きく輝く。それを見た勇者がゲラゲラと笑い声をあげた。
「卑怯? 下劣? 大いに結構! あの世で好きなだけ罵るがいいさっ! じゃあなトカゲ野郎っ!!!」
次の瞬間、コドラの身体が風船のように膨らんだかと思うと、響き渡る轟音。コドラの口から噴き上がる爆炎。それだけに留まらず、体内で行き場を失った炎が肉を突き破り、身体のいたる個所からも爆炎が噴き上がる。
火だるまとなったコドラの身体。その身体がゆっくりと傾く。そしてコドラは地響きと共に、地面に倒れ込んだ。
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