星降る空の下、龍と少年と
夜の村をトボトボと歩く少年が一人…自分の無力さに打ちひしがれているケンだ。涙と鼻水で顔はグショグショになってしまっているが、いまはもう泣き止んでいる
「あの熊の人を助けるには力が必要…自分の身を守るためにも力がいる…あの金ぴかは強かったけど、あんな人を傷つけるようなものが力なのか…?」
一人ポツリとつぶやくケン。店を飛び出してからずっとベルおばさんに言われたことについて考えているが、ただひたすら問いだけが浮かび、答えはいっこうに見つからない。
この世界には権力、武力、腕力といった様々な力が存在するが、ケンには、自分にはどの力が必要なのかちっとも分からなかった。
ふと視線を上げたケンの目に、一本の街頭の明かりが目に入る。それはまるで、初めて暗い森の中でコドラの光る眼を見た時のことを彷彿とさせ…
そこでケンの脳内に、以前したコドラとの会話が浮かび上がる。
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「村の子供たちと友達になるにはどうしたらいいの?みんなぼくを半端者ってバカにするんだ」
ケンが泣きべそをかきながら問いかけた時の話だ。
「うーむ…人と獣人の間には長い長い時をかけてできた深い溝があるからのぉ…」
困ったようにそう答えるコドラの声は優しい。そしてじーっとケンの目を見つめたコドラは、柔らかい声で問いかける。
「じゃが村に一人も友達がおらんわけではあるまい?」
「うん!リリーはよく一緒に遊んでくれるよ!」
そう言って笑顔で大きく頷くケン。そんなケンの様子を見て、コドラもニコリとほほ笑む。
そして、口を開く。
「うむ、それが大切なことじゃ」
「?」
そう言われたケンは、どういうことかサッパリ分からないといった様子で首を傾げる。
それを見て話し続けるコドラ。
「いまは一人しかいないかもしれない。じゃがどんなことにも最初の一歩があるものだ。この世に生まれてきた時から友達がいるものはおらん。一人、二人、三人と…だんだんと増えていくもの。時には性格の合わないものもおるじゃろうが、この小さな村でも一人いるのじゃろう? なら心配せずとも、この広い世界には数え切れんほどの多種多様な者たちがおる。生きていればいずれ友達も増えていくじゃろうて」
「へー!やっぱりコドラは物知りだなー」
そう言いながらポンッと手を叩いて感心するケン。だが、
「…でもぼくはいますぐ友達が欲しいの!」
我儘なのは健在である。そんなケンに苦笑いのコドラ。
「それはちと難しいと思うがのぉ」
「なんで⁉」
すこし拗ねたように、頬を膨らませるケン。それに対してコドラは黙り込み、目を閉じて逡巡する。そしてゆっくりと目を開けると、できるだけ柔らかく、ケンが傷つかないようにと言葉を選びながら話す。
「簡単に言えば、人間の偉い人たちの巨大な力が絡んでくるからのぉ」
「じゃあぼくも偉くなってチカラをつけたらいいの?」
そう口を挟むケン。コドラは再び苦笑いしながら首を横に振る。
「そうではないのじゃ、ケン。難しい話になるが聞くか?」
じっとケンの目を見つめるコドラ。ケンは少しの間、考え込むそぶりを見せると、一つ大きく頷く。
「うん!」
それを見てからコドラは話を再開する。
「人間が獣人を蔑んでいるのは知っておるな?」
コクリとうなずくケン。
「それは先ほど言ったように、人間の偉い人たちが遥か昔から人々に広めてきたことじゃ。力を持つものはそれほど影響力を持つのじゃ。それゆえ力を持つものはその力の扱い方に気を付け、責任を持たねばならない。それはどんな力をふるおうが、必ずお主らのように抑圧される者が出てくるからじゃ。例えお主が力をつけ、人間を組みふして獣人の権威を上げたとしても、それでは人間がこれまでやってきたことと変わらない。いきなり、これまで見下してきた獣人との平等を押し付けられても、人間たちはとうてい受け入れられないじゃろう。いつか必ず、人間の権威を取り戻そうという輩が出てくる。歴史は繰り返すというが、悪い歴史ならば繰り返さない努力をしなければならない。復讐は復讐しか生まないのじゃ。つまり、力を使って物事を解決したとしてもそれは表面上のことに過ぎない。いずれどこかに綻びを生むことになる」
「じゃあどんなチカラを身につければいいの?」
「ケン…お主わしの話をまったく聞いとらんじゃろ…」
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あの時はコドラがなにを言いたかったのか全く理解できなかったが……いまでもあまり理解できてはいないのだが……それでも、いま自分が悩んでいることについて、なにか核心を握っているのではないかという予感があった。
「よしっ…コドラのところに行こう!」
そう言ってケンは森のほうへと駆け出すのだった。
そうして数刻後。
「コドラ! おれはどんな力を身につけたらいい!?」
息を切らせながら走ってきたかと思うと、唐突に質問をしてくるケンにキョトンとなるコドラ。
「こんな時間にいったいどうしたというのじゃ?」
「だから! おれにはどんな力が必要なんだ!?」
「まあまあ、いったん落ち着きなさい。大きく深呼吸をして、それから話をしておくれ」
大きく息を吸い、そして吐き出すケン。そうしてからコドラに今日あったことを説明する。
勇者のこと。熊の獣人がどんな仕打ちを受けていたか。止めようとしたけど無理だったこと。そして、世界中にはそんな仕打ちを受けている獣人がたくさんいるのだと知ったこと。
そんなケンの言葉をコドラは真剣な眼差しで、ただ黙って聞いていた。そして説明を終えたケンは、
「ベルおばさんはおれに強くなれって言った。コドラ…おれに必要な力はなんだ?」
今一度、自身の疑問をコドラにぶつけた。コドラの目をじっと見つめ、だれよりも頼りになる竜からの答えを待つ。
しかしいくら待っても、コドラが答えをくれることはない。
「コドラ…?」
痺れを切らし、もう一度問いかけるケン。そんなケンの周囲を風が渦巻き、その身体が宙に浮かぶ。上ずった声を漏らすケン。しかしその声はすぐに安堵の声となる。
ケンはコドラの背中に着地した。呼吸と共に動く大きな背中。その背中に頬ずりをする。
「コドラの背中に乗るの、なんか久しぶりだな」
「そうじゃな…小さい頃はよくわしの背中を滑り台にして遊んでいたな」
「あ~、たしかに! どうだ、コドラ? おれも随分と大きくなっただろ!」
「はっはっはっは…わしから見ればお主はまだまだ小さいわい」
「むー!」
そんなやり取りをしながら翼を動かし、星の浮かぶ夜空へと羽ばたく二人。
遥か眼下、真黒な森を覗き込みながらケンが尋ねる。
「どこ行くんだ?」
「着いてからのお楽しみじゃ」
コドラはのらりくらりとその質問を躱し、遥か彼方へと視線を向ける。そんな竜の様子見て、ケンも流れるように過ぎ去る風景へと意識を向けた。
雲間から覗く月に合わせてその姿を浮かび上がらせる雄大な山々。月光を反射して輝く凪いだ湖面。動くことはなく、されどその息遣いを肌で感じる広大な森林。そして自然の合間合間に顔を見せる、煌びやかな人の街並み。
コドラがこれまで見てきた景色がそこにはあった。何とも言えない感慨に捉われ、ケンは目を細める。
いまにも星が降り出しそうな夜空の下、飛び続ける1人と1匹。時間が過ぎ去ると共に、勤めを終えた星々が山の裏に隠れていく。コドラが重なった山と山の合間を指し示した。
「あそこじゃよ」
山あいに少し平坦になった場所がある。周囲を森の木々に囲まれ、その中心にある湖が月光を浴びて鏡のように輝いていた。コドラがゆっくりと高度を落として行く。
湖畔のほとりに腰を下ろした1人と1匹は、凪いだ湖面を静かに眺めた。水は澄んでいるが思ったより深いらしく、中心部は月夜と同じ深い青に染まっている。
「コドラ…なんでここに来たんだ?」
「さあなぁ…」
「なんだそれ」
小さく笑って答えるコドラに、ケンも小さな笑い声を漏らす。そして再び沈黙が落ちた。
ケンの中ではもう、力とか強くなるとか、そんな話はどうでもよくなっていた。いや、どうでもいいと言うと少し語弊があるか。
明確な答えは見つかっていない。けれどなんだろう。自分が悩んでいることは少なくとも力で解決するような、そんなものではないのだと。いまはそんな気がする。
「ケンはワシのことが好きか?」
その質問にケンは現実に引き戻された。ギョッとしてコドラの方を見ると、竜もまたケンの方を見つめる。
「な、なんだよ急に」
「なに、こんな夜更けに男2人だけとは寂しいじゃろ?じゃから恋バナでもしてみようかと思ってな」
「だとしたらその話の振り方はおかしいだろ」
おどけて見せるコドラにケンがツッコミを入れる。
「ほんでどうなんじゃ? ワシのことをどう思う?」
「えぇ… なんかすげぇ気恥ずかしいんだけど…」
ケンはそう言って視線を逸らすと、自分の思いを述べ始める。
「もちろんコドラのことは大好きだよ。頼りになるし、一緒に遊んでくれるし、物知りだし…それに、誰にでも優しい。すごく尊敬できる、自慢の友達だ。だけど……プレゼントについては結構、不満がある」
満面の笑みで話を聞いていたコドラの表情が、最後の一文でピシリと固まる。
「ちょ、ケン、それは…」
「会ってから最初のおれの誕生日のこと覚えてる? 『世界に二つとない、古代遺跡からの出土品じゃ』って言ってコドラ、おれに壺を渡したんだよ? 7歳になったばかりのおれに、残念っていう感想しか出てこない珍妙な壺を。普通7歳児にそんなものプレゼントするかね?」
「あぁー…そんなこともあたのぅ…トホホ…」
「それだけじゃない。次の年は厨二病を拗らせたとしか思えない棘だらけの鎧。さらに次の年はハートの髪飾りって…なんか思い出したらムカついてきた」
「む…むぅ…そ、そこまで言わんでもよくないか? ワシなりに悩み抜いた末の選択なわけで…」
「だとしたら絶望的にセンスが悪いよ!」
そう言って顔を見合わせる1人と1匹。一瞬の沈黙の後、「「ぷっ」」と同時に吹き出す。
「まあ、そんなところも含めて好きなんだけどね」
一頻り笑った後、ケンはそう言ってコドラにもたれかかった。そんなケンにコドラは少し困ったような、しかしどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
「じゃあさ、コドラは俺のことが好き?」
今度はケンが尋ねる。その問いかけにコドラは、
「さあなぁ…どうじゃろうのぅ」
そう言ってのらりくらりと言葉を濁す。しかしその顔を見上げれば、ケンを見つめる竜の瞳が目に入り、その眼を見れば答えは明白。
「そんな答…え…ずる…い」
しかし服越しに伝わるコドラの温かさに安堵したのだろう。日中の疲れも相まってうつらうつらとするケン。自分に注がれる慈しむような視線には気が付かない。
「疲れているなら寝ても構わんぞ。お主が寝ている間にワシが村に送り届けておこう」
そのコドラの言葉にこくりと頷いたケン。
「う…ん。じゃあ…おやす…み…」
そう言ってから、スヤスヤと寝息を立て始める。その緩み切ったケンの寝顔を見つめ、コドラは嬉しそうに目を細める。
夜空には満天の星空が浮かび、そんな一人と一匹を優しく見守っているのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回からストーリーが大きく動きます。