仲間
上位魔人カイメイの襲撃を退けてから一週間が過ぎた。その間、特に何もなかった。
なにせケンはあれから丸四日間、寝たきりだったのだから。起きてからも、食べてなかった分を取り返そうとドカ食いして苦しんだり、再び旅に出るための準備をする以外は基本的に静養していた。テイナの治療と、たっぷりとった睡眠のおかげで身体はほぼ万全だったが、念のためである。
まあこうしてダラダラとした一週間を過ごしたケンたちであったが、全く変化がないわけではない。
まずケンの荷物について。ジャンカ王国でセバスタンたちに買ってもらったリュックだが、試練を攻略した段階でかなりボロボロになっており、テイナに修理をしてもらおうと持っていったケン。だがそんなボロボロのリュックをもってきたケンに対して、怪訝な顔を浮かべるテイナ。そして「それ、もういらないよ」と一蹴したのであった。
曰く、『空間の指輪』には四次元の異空間が付随していて、魔力を流すことによって物を出し入れできるとのこと。いくらでも物を詰め込めて持ち運びに超便利!とのことらしい。
ちなみに、アリアやテイナが何もない空間から物を取り出していたように見えたのはこれが原因だとか。テイナの超科学力をもってしても『空間の指輪』を複製することはできなかったが、この四次元空間の複製には成功したらしく、アリアは体内が、テイナは手に付けた指輪が四次元空間に繋がっていて、そこにものを収納しているらしい。ちなみにテイナたちはこの四次元空間を宝物庫と呼んでいた。
二つ目の変化はというと、アリアの武器だ。もともとアリアの武器はただでかいだけのハンマーだったのだが、今回の上位魔人の襲撃のこともあってテイナが手を加えたのだった。その内容は大雑把に言うと、アリアと同様の装備を搭載したりミサイルが出るようになったりと…まあ意外とハチャメチャな内容だったりする。
そして最後の変化はというと…サラが大きくなった。いや、正確には違うのだが…とにかくサラは、ケンを軽々と乗せられるくらいに大きくなれるようになったのである。
その大きくなったサラを目の前に、複雑な顔をしながらここまでの経緯を振り返るケン。この事態は、テイナの何気ない言葉から始まったのだった。
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「そう言えばケン君って、サラちゃんと契約は結んでないん?」
「え?」
「キュイ?」
『空間の指輪』にものを出し入れしながら遊んでいたケンとサラ。そのテイナの問いかけにケラケラと笑っていた顔が疑問顔になり、豪華な椅子に腰掛けて本を読むテイナの方を向く。
「サラと契約?どういうことだ?」
「ん?いや、サラちゃんってサラマンダーやん?サラマンダーは魔物の中でも特殊な種族やから、人と契約することができるんよ。知らんかった?」
本から視線をあげたテイナがケンの疑問に答える。曰くこういうことらしい。
サラマンダーはこの世界にたった四種族しか存在しない、精霊と魔物の特性を併せ持つ特殊種族の一つなのだとか。肉体を持ち、固有魔法を使う魔物に対して、魔力で体を構成した、肉体を持たない精霊。その身体は肉体を持たないがゆえに、大きさから姿かたちまで自由自在。さらに、テイナが使う精霊魔法のように、精霊は人と契約することもできる。つまり、サラマンダーであるサラは精霊の特性により、人と契約することができるのだとか。ただし、精霊と人の契約では人が精霊に魔力を供給し、精霊が人に精霊魔法の行使を可能にする相互にメリットがあるのに対して、半霊半魔であるサラマンダーと人の契約では、人がサラマンダーに魔力を供給するのみの一方的な契約であるのだとか。
「で、サラちゃんと契約する?それともしない?」
説明を終えたテイナが、実に軽くケンに問いかける。それに対して少し考えるそぶりを見せるケン。サラと契約してもケンには特に利はない。というか、そもそも契約しても何も起きないかもしれない。それならば契約しても問題はなさそうだと考える。
と、そこで目の前のサラと目が合うケン。そのキラキラと輝く目を見て、ニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべる。そうだ、いろいろ考えこむ必要はないのだ。大切なことは、
「面白そうだ。やろう!」
自身が楽しむことである。
そんなケンとサラの様子を見て、「オッケー!」と実に軽く返したテイナ。椅子から浮き上がると、片手に扇子を召喚し、一振りする。それとともにケンとサラの頭上に現れる精緻で巨大な、赤く輝く魔法陣。
知らない文字で描かれたその魔法陣をポカンと見上げるケンとサラ。その二人の目の前で再びテイナが扇子を振ると、その魔法陣が二つに分裂すると共に小さく凝縮し、そしてケンとサラに一つずつ吸い込まれた。
「はい!終わり!」
テイナが扇子を異空間にしまい、「パンッ!」と手を叩く。
「え?これだけ?」
「キュイ?」
もう終わったのかと拍子抜けするケンとサラ。特には変化を感じず、自身の身体をキョロキョロと見下ろすケン。サラも自身のしっぽを追いかけながら、ぐるぐると同じ場所を回っている。
そんな二人の様子を面白そうにニヤニヤと眺めるテイナ。
「まあ簡易的なものだからね…完全な契約を結ぶなら宝玉が必要やし…変化はそのうちに分かるよ!たぶん!」
そのテイナの言葉に、思わずジト目になるケン。つまりケンとサラが結んだのは、手抜きの不完全な契約であるということだ。テイナ曰く、精霊との契約には本来、宝玉と呼ばれる太古の秘宝が必要なのだそうだ。それがないならないで仕方ないと思うが、何の変化も起きないかもしれないということに若干がっかりするケン。
だが、そんなケンの不安は杞憂に終わる。サラに変化があったのは翌日のことだった。
いつも通り、テイナに用意された部屋のベッドで眠っていたケン。普段はアリアが起こしに来るまで決して目を覚まさないのだが、その日は妙な寝苦しさに目を覚ましてしまった。何か重いものが腹の上に乗っているような感覚。そして意識はあるのにも関わらず、身体が動かない。「すわっ!?金縛りか!?」と一瞬、焦るが、そこは寝起きの悪いケン。頑なに目を開けようとはせず、再び夢の世界へと旅立とうと試みる。
だが次の瞬間、身体の上に乗ったなにかがモゾりと動くのを感じるケン。その瞬間、その謎の存在に驚き、意識が完全に覚醒する。それとともに勢いよく上体を起こすケン。すると、
「キュイ~~~~~~!?」
その、身体の上に乗っていた何かは、そんな情けない悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、壁に衝突する。ズシンと言う音と共に床に落ちたそれを見やるケン。寝起きで霞む目を擦りながら見たそこには、巨大化したサラが目を回して倒れ伏していた。一拍後、
「サラ!?」
ようやく自分がサラを吹き飛ばしたのだと理解したケンは、悲鳴を上げてサラに駆け寄るのだった。
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そして現在、複雑な表情を浮かべながらサラを見上げるケンと、自身の変化に戸惑いを見せるサラは、腹を抱えて大爆笑するテイナを目の前にしていた。
「どういうことか説明してもらえます?」
ハイライトの消えた目でテイナを見るケン。そんな、感情の抜け落ちたようなケンの声を聴いてもなお笑い止まないテイナ。
そんなテイナの様子にいら立ったケンが、テイナの頭上に氷柱を生成し落とす。それを見もせず、片手間で粉砕するテイナ。笑いながらもようやく口を開く。
「あはははは!ごめんごめん、まさかサラちゃんが巨大化するとは思ってなかったから…プフッ」
そうして話し出したテイナによると、サラが大きくなったのは昨日の契約によるものだという。ケンからサラに流れ込んだ魔力をサラが扱いきれなかった結果、精霊の姿形を自由自在に変えられる特性が中途半端に出たのだとか。
「やから、ケン君が魔力供給を止めれば元に戻るよ」
そう言われてケンが意識してみるとなるほど、確かにサラに自身の魔力が流れ込んでいるのを感じる。少し集中してそれ止めてみると、サラの身体が、空気が抜けるようにシュルシュルと萎んでいく。そして、最後には元のサイズになった。
それを見て安堵の息をつくケンとサラ。
「まあ急には膨大な魔力を扱えないと思うけど、上手く扱えるようになれば魔力体に変化したりもできるようになるよ」
そんな二人に、テイナはウインクしながらそう言うのであった。
それから二日後。
旅の支度を終えたケンは、魔女の城から外の世界に通じている魔法陣の中心に立っていた。カイメイとの戦いで地獄絵図と化した周囲の元花畑は花こそないが、テイナの魔法によりある程度整地されていた。遠い目をしてそれを眺めながら、これからまた新しい花を育てるのだろうと思い、見送りに来てくれたテイナとアリアを見やる。
そしてその二人の微笑みを見て、思えば随分長いことここで過ごしたものだと感慨にふけるケン。死にそうな思いをしながらテイナが用意した試練を突破したかと思えば、今度は機神との闘い。さらにそれらを倒した先ではこの世界の真実を教えられ、自身が犯した過ちを知り、さらにはテイナから鬼のような特訓を課された。アリアには出会い頭に暴言を吐かれ、それからもことあるごとに罵詈雑言の嵐。笑顔で「死ね」と言われた際は、本気で死を覚悟したものだ。
あれ?よく考えてみれば、ここでの経験はあまりいいものではなかったなと今更ながら思うケン。目の前の、二人の笑みに軽く苛立ちを覚え、笑顔のまま額に青筋を浮かべる。だが、文句を言ったりはしない。否、文句などない。出てくるのは、
「世話になった。ありがとう」
ただの感謝の言葉。衣食住から怪我の治療まで、ありとあらゆることを二人に頼っていたと、そのことに感謝を述べる。そしてその言葉に対する二人の返答は、
「本当です。これ以上ないくらい世話の焼ける客人でした。ケン様はアリアにもっと感謝してもいいと思います。それこそ地に這いつくばってアリアの靴をなめるくらいの感謝がふさわしいです」
「そうやね~!靴を舐めろとは言わんけど、いつか恩を返してくれると期待してもいいかな?いいよね?十倍と言わず、千倍くらいで返してくれていいんやからね~!」
少しの謙遜もなく恩を着せてきた。それこそ清々しいくらいの恩着せがましさである。
その二人の返事に頬を引きつらせるケン。だが、恩を感じているのは事実なので、言い返すことはない。ただ肩をすくめながら口を開くと、
「まあ、そのうちな。いつか、むしろそっちが恩を感じるくらいの恩返しをしてやるから期待しとけ」
不敵な笑みと共にそう答える。そのケンの返答に、ただ微笑みで応えるテイナとアリア。その二人の様子を見て、再び口を開くケン。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
そう言って、魔法陣に魔力を注ぐ。そのケンの言葉に、笑顔で手を振って応えるテイナと頭を下げて「行ってらっしゃいませ」と呟くアリア。
そして、魔法陣の内部が淡い光に包まれ、光の柱が天に昇った次の瞬間だった。
テイナがアリアを突き飛ばした。
「「え?」」
まさかの事態に、間抜けな声を出しながら目が点になるケンとアリア。そのまま魔法陣のなかに取れ込んだアリアをケンが咄嗟に支える。慌てて魔法陣を止めようとするがもう遅い。魔法陣がひと際明るい光を放つとともに、視界が真っ白に染まる。そして魔法陣のなかが光に満たされ、視界が真っ白に塗りつぶされる直前、ケンは見た。笑顔で手を振るテイナの姿を。そして、
「二人とも、頑張ってね~!行ってらっしゃ~い!!!」
実に楽しそうなテイナの声を。
徐々に光が弱まり、視界が回復したケンの目に映るのは懐かしの広大な砂漠。そして横には呆然としたアリアの姿。思わず天を仰ぎ見るケン。最後のテイナの様子を思い出しつつ、空が青いな~と、現実逃避気味である。と突然、天からひらひらと降ってくる一枚の手紙がケンの目に入る。
「おい、あれ」
「?…………手紙??」
横に立つアリアの肩を叩き、ひらひらと舞い落ちる手紙を指さすケン。視線を向けたアリアも疑問顔になる。
そして二人が見つめる中、ケンとアリアの目の前に落ちた手紙。しばしの沈黙の後、ケンがかがんで手紙を拾う。訝しみながら封を切り、中の手紙を出すケン。そして、その内容を確認したケンがぼそりと呟く。
「これ…テイナからだな」
その言葉に、疑問顔でケンを見つめていたアリアが「ハッ」とした表情になり、食って掛かる。
「主からですか!?…なんと書かれてます?」
「どうどう。読み上げるからそう慌てるなって」
ずいッと顔を近づけるアリアを片手で抑えながら諫めるケン。アリアが姿勢を戻すのを確認して、手紙を読み上げる。手紙の出だしはこうだ。
『やっほ~!さっきぶり!テイナだよ~!びっくりした?びっくりしたよね!ごっめんね~』
「………なんか…うざいな」
「主を悪く言うのは許さないと言ったはずです。さっさと続きを読んでください、ケン様」
「あ、はい」
あまりの手紙の出だしのうざさに、思わず本音を呟いてしまうケンに、アリアの絶対零度の視線が注がれる。その視線に冷や汗を流しつつ、ケンが続きを読み上げる。内容は以下の通りだ。
『ここからは真面目な話。まずアリア。ケン君の旅についていってほしい。突然のことで驚くと思う。けど、理由を説明させてほしい。まず第一に、ケン君の側にいることがアリアにとっていい影響を及ぼすと判断したんや。これはケン君がアリアの感情を呼び覚ましたことからも分かる。そして第二に、ケン君の手伝い。たぶんこれからケン君が辿る道は、想像以上に厳しく険しい。時にそれに挫けそうな時も出てくると思う。それをサラちゃんと共に支えてあげて欲しい。巨大な力に対して、幼い精神と硬い信念、そして実現し難い理想を持つケン君だからこそ、年の近い(見た目的に)アリアの手助けは必要やと判断した。あと最後は、ケン君バカやし、一人やとめっちゃ不安。食事もまともに作れないし、敵に『神獣の遺産』を渡しちゃうし。まあそんなわけで、アリアにはケン君の旅のお供を任せたい。もちろんうちの言うことを無視してくれても構わない。自分がどうするかは自分の意思で決めてほしいと思うし、いまのアリアならそれができると信じてる。アリアには以上や。続いてケン君。君には特に言いたいことはない。ただ自分のやりたいように、自由を謳歌してくれたらと思う。最善を尽くすという信念を貫き通す。大いに結構。ただ、うちが言ったことを忘れないで頭の片隅に置いておいてくれたらいいなとは思うけどね。それでは二人とも、武運を祈る! 麗しのテイナより』
そしてそれを読み終わったケンが手紙から視線をあげると、こちらを見つめるアリアと目が合う。そんなアリアの様子を見て、自然と問いかけるケン。
「テイナはこう言ってるが、アリアはどうするんだ?」
「そんなの決まってます。ケン様についていきますよ」
その問いに対して、間髪入れずにそう答えるアリア。その口元には笑みが刻まれ、声には確かな決意が見て取れる。だがそれでも、一応確認をしようとケンが口を開きかける。と、それを制するように先にアリアが口を開く。
「もちろん主に言われたからではありません。アリア自身の意思で、ケン様の旅についていくのです。アリアは生まれてからほとんどずっと主の城で過ごしてきました。ですので、そろそろ自分の目で世界を見て回るのも悪くないと思いました。アリアは生まれたばかりの子供とあまり大差ありません。新しい経験をすれば新しい気付きや知識を得られる。そう思うだけで胸が高鳴ります」
そう言うと共に、目を瞑り、手を胸にあてがうアリア。その嬉しそうな表情を見て、納得するケン。いまのアリアは、旅を始める前の自分と、そしていまの自分と同じ気持ちなのだと理解する。そしてそれを理解したケンは、小さく笑みを浮かべると大きく頷く。
「ああ、おれも同じだ。これからよろしくな!アリア!」
「はい。よろしくお願いします。ケン様」
そう言ってお互いに握手を交わす二人。「それで…」とアリアが言葉を続ける。
「それで、ケン様はどうするのですか?主の言葉を頭の片隅にどうのこうのというお話は」
手を離し、首を傾げながらそう問いかけるアリア。そんなアリアの問いかけに対して、難しい表情を浮かべながら考え込むケン。しばらくして、おもむろに口を開く。
「正直言うと、おれは自分の信念を曲げるつもりはない。いつでも最善を尽くすように努力するし、おれの大切な人を傷つける奴とは闘うし逃げない」
そこまで真っすぐに、淀みなく言い切るケン。だが、そこで苦笑いを浮かべると「けど」と言葉を続ける。
「けど、テイナの言葉は心に刺さるものがあった。他人のために動く、信念を貫き通すことをやめないのと同様に、考え続けることもやめないようにしようと思わせられた。それが周囲の、ひいては自身の大切な人たちの幸せにつながるとも感じた。うまく言葉にできないし、まだ自分の中でも形になってないけど、これがおれと向き合ってくれたテイナに対する精一杯の、おれの応え方だ」
そう言って、遠くに見える不動の巨大砂嵐に視線を向けるケン。その目には強い信念とそして、強い知性の光が宿っている。そのケンの目を見て、小さな微笑みを浮かべたアリアが視線で頷く。それを感じ取りつつ、ケンは砂嵐に背を向け、新しい一歩を踏み出すのだった。




