襲来
真昼の森に轟音が響き渡る。
アリアが真上から振り下ろしたハンマーを龍想牙で弾き、そのまま右斜め前に踏み込むと共に手首を返して、アリアの胴を薙ごうとするケン。
それに対してアリアは、弾かれたハンマーが地面を砕く勢いそのまま、地を蹴ると共に体操選手よろしく空中へと身を躍らせる。だが、それを予想していたケンは踏み込んだ右足を軸に回転すると、アリアが着地するであろう場所へ袈裟斬りを放つ。
だがアリアは、肘から銃弾を発射する激発を利用して、空中で自身の動きの方向を変えると、ケンの横へと着地する。そのままハンマーを横殴りに振るうアリア。
それをしっかりと目で追っていたケンは、慌てることなく刀を立ててアリアのハンマーを受け止める。そのまま横に飛び、ハンマーによる衝撃を殺すケン。そのまま森の奥へと吹き飛んでいく。
すぐにアリアが追ってくることを感じ取りながら、空中で体を回転させるケン。吹き飛んだ先にあった垂直な木の幹に着地すると、そのまま足に力を込め、巨大ハンマーを持って迫ってくるアリアを見据えて飛びかかる。
彗星のごとく水平に飛び出したケンと、残像を生じさせるほどの速度で疾走するアリア。互いに正面衝突するかに思えた次の瞬間、両者同時に武器を振りかぶる。ケンが全力の斬撃を繰り出だし、アリアが一回転した遠心力をも使った渾身の一撃を放つ。
そして両者の中間でぶつかり合う刀と巨大ハンマー。周囲に壮絶な衝撃が伝わり、地面が放射状に砕け、木々が根こそぎ吹き飛ぶ。
「あああああああぁぁぁぁ!!!」
「はあああああぁぁぁ!!!」
だがそれでもケンとアリアは互いに一歩も譲ることなく、気合の声と共に、全身に力を籠める。そうして拮抗する両者のぶつかり合い。
ケンもアリアもパワーはほぼ互角。押し切ることはできないと判断した二人は、同時に飛びのいて間合いを取る。宙に舞った瓦礫に着地する両者。すぐに次の攻撃へと切り替える。
先ほどの衝撃で宙に舞った地面や木々を足場に、空中を飛び回るケンとアリア。互いの武器がぶつかり合うたびに周囲に凄まじい衝撃波が撒き散らされ、空気が爆ぜたような爆発音が周囲に轟く。
だがそんな激しい攻防は突然終幕を迎える。
宙に浮いた岩を蹴り、空中で交錯するケンとアリア。ケンの鋭い突きを、アリアがハンマーの柄で受け止める。続けて手首を返したアリアのハンマーがケンの側面を襲うが、ケンは空中で身を捩ると危なげなくそれを回避する。
そのままひらりと地に着地する両者。すぐに追撃に移ろうとするケンの目の前でアリアがハンマーを地面に立て、右手をケンの方にかざす。
「ここまでにしましょう」
「!? おれはまだまだできるぞ」
瓦礫が降り注ぐ中、身構えたままのケンが叫ぶ。そんな気迫に満ちたケンに対して苦笑いを浮かべたアリア。上を指さしながら口を開く。
「そうは言っても、もうお昼時ですよ」
その言葉にケンが空を見上げてみれば、なるほど。確かに訓練始めは東にあった太陽が、いまはもう天頂近くに上っている。どうやら訓練に集中しすぎて時間の感覚を忘れていたらしい。ぐぅ〜と鳴る腹に、今更ながら自身の空腹に気が付く。
「訓練に打ち込むのはいいことですが、根を詰めすぎるのは良くありません」
そう言ってどこからともなくレジャーシートとバスケットを取り出すアリア。ケンを横目で見ながら小さく笑みを浮かべる。
「いったん昼食にしましょう」
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レジャーシートを広げて、向かい合って座るケンとアリア。アリアが二人の間にバスケット置き、蓋を開く。中には保温用ポットと、色とりどりの具材が挟み込まれた、サンドウィッチが綺麗に並べられている。
「さあどうぞ」
ポットを手に取り、蓋を開けるアリア。中身を注いだコップを手渡してくる。
「ああ。ありがとう」
立ち上る湯気を見つめながらケンがコップを受け取ると、紅茶のいい香りが漂ってくる。一口飲んでほっと息をつくケン。身体から力を抜くとともに、フニャンとした表情でリラックス。
「たくさん作ったので、こちらもお食べください」
「え?これアリアが作ったの?」
そう言ってサンドウィッチを指し示すアリアに、驚いた表情をするケン。どういう風の吹き回しか、どうやらあのアリアがサンドウィッチを作ってきてくれたらしい。ケンの問いに対してアリアがコクリと頷く。
「いったいどういう風の吹き回しだよ…」
思わずポツリと零してしまう程度にはケンにとってショッキングな出来事である。隙あらば暴言を吐き、笑顔で「死ね」とか言ってきちゃうあのアリアなので、無理もないだろう。
一方、その呟きに対してアリアはというと、
「どういう風も、こういう風もありませんよ。ダメでも、上手くいってなくても、一生懸命頑張っている人を応援したくなるのはいたって普通のことだと思います。特にここ二日のケン様はアリアとも互角に戦えてますし、最初のころから見ても素晴らしい進歩です。あとはなにかきっかけさえあればウルティマもマスターできると思いますよ」
そう言って、ぱくりとサンドウィッチにかぶりつく。モキュモキュと口を動かすアリアを見て、べた褒めされたことに何となく照れくさくなったケンは「そうか」と一言だけ言ってそっぽを向く。そしてバスケットからサンドウィッチをつかみ取ると口に運んだ。
「…美味い」
「アリアが作ったのだから当然です。アリアは料理の腕も一級品なのです」
想定外の美味しさに思わずポツリと零すケンに対して、モキュモキュしながら胸を張って見せるアリア。心なしか顔も自慢気である。それに対してケンはというと、
「その自分に対する自信は相変わらずなのな」
とツッコむのであった。
そうして束の間の休息を楽しむケンとアリア。訓練についての意見交換や単なる雑談、アリアの搭載機能に目を輝かせたりと、有意義な時間を過ごす。
だが、そんな平和な時間は唐突に終わりを迎える。
ドンッ!
遠くの方からなにかを殴るような音が響く。ピタリと会話を止め、キョロキョロと辺りを見渡すケンだったが、特に異常は見当たらず、気のせいだったかと考える。だが次の瞬間、再び何かを叩くような音と共に、何かにヒビが入る「ビシッ!」という音が響く。
「まさか…いえ、そんなはずは…」
アリアがぼそぼそと呟く。その声に反応してケンがアリアの方を見れば、青ざめた表情で難しい顔を浮かべる少女の顔が。その緊迫した表情に、これはただ事ではないと察するケン。そして、ケンがなにかできることはないかと、咄嗟に立ち上がろうとした次の瞬間、
ズドンッ!!!
バッキーーン!!!
三度目の衝撃音と共に、何かが砕ける音が響き渡り、地震が起きたように辺りが揺れる。立ち上がりかけていたケンはその揺れにより思わずよろけた。
「何が起きたんだ?」
体勢を立て直したケンが周囲を警戒しながら尋ねる。それに対して、驚愕の表情を浮かべたアリアが、呆然としながらポツリと呟く。
「……空間魔法で作った結界が…破られました」
その一言である程度のことを理解するケン。
この森にしろテイナの城にしろ、それらはテイナが空間魔法を使うことで、遥か昔にアールゲニアから隔離した空間にある。
この空間に入る方法は二つ。テイナが用意した試練をクリアする。これが正規ルート。そしてもう一つが、空間魔法の結界を外から破り、無理やり侵入するルートである。
「迎え撃とう」
なにものかが侵入したことを理解し、すぐに迎撃に向かおうとするケン。だが、走り出したケンの背中に待ったの声がかかる。
「お待ちください!ケン様!」
「なんだ?アリア」
鋭い叱責の声に思わず振り返るケン。険しい表情を浮かべたアリアの顔が目に入る。
「…ケン様はお逃げください」
しばらく考えるそぶりを見せた後、先ほどの叱責とは打って変わって静かに告げるアリア。ケンの目をひたと見据えている。だが、そう言われてケンが引き下がるはずもない。
「断る。アリア一人で迎撃する気なんだろうけど、二人の方が絶対に勝率は上がるだろ?」
そう言って再び走り出そうとするケン。だがアリアは首を横に振る。
「それは賛成しかねます。侵入者は我が主の結界を打ち砕けるほどの実力者。それもただの結界ではなく空間魔法の結界をです。まず間違いなく相当な実力者。さらに言えばこの魔力は…おそらく襲撃者は上位魔人です」
なら、なおさら二人で戦うべきだろうと思うケン。だが、ケンが口を挟むよりも先にアリアが続きを喋りだす。
「それに、ここを狙ってきているのであれば、まず間違いなく狙いは空間の指輪です。万に一つもアリアたちが負ければ、空間の指輪は敵の手に渡ってしまいます。それだけは絶対に避けなければなりません。ですので、一人が指輪をもって逃げ、もう一人が足止めに回るのがベストです。ケン様も、神獣の遺産がどれだけ重要かは理解しているでしょう」
ケンにもアリアの言っていることは理解できた。理屈ではそうなのかもしれない。絶対に神獣の遺産を魔人族に渡してはいけないということも分かる。だが、頭ではそうと分かっていても納得はできない。みすみすアリア一人に危険を背負わせたくはないのだ。
そんなケンの心情を察して小さな微笑を浮かべるアリア。
「ケン様は優しいのですね。ですが、大丈夫です。敵を倒すのではなく、ただ時間を稼ぐだけです。アリアにお任せください。ある程度、時間が稼げたらアリアも後を追います。ですので、心配なさらないでください」
最後に「アリアは機神なのですから」と小さく呟いたアリア。しかしケンにはそれの小さな呟きは聞こえず、そこまで言われたら引き下がるしかないと黙ってうなずくケン。
そうして転移魔法人の方に駆け出すケン。すれ違いざまにアリアにぼそりと呟く。
「死ぬなよ。アリア」
それに対して微笑みを浮かべたアリアは、ただ黙ってコクリと頷いた。それを見てケンは、一抹の不安を覚えながらも、アリアに背を向け、そのまま走り去るのであった。
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ケンが花畑の中の一本道を疾走する。最初にケンが通ってきた道である。その道の先にはツリーハウスがあり、さらに先に向かうと外の世界とここをつなぐ転移魔法陣がある。ケンの目的地はそこだ。外の世界に逃げたうえで、さらに距離を取ろうという魂胆である。
そうして走りながらもケンは、侵入者とアリアの戦いにも注視していた。ウルティマは扱えないが、魔力の動きで戦いの経過を感知することはできる。
そうしてアリアの様子を見つつも、そろそろ魔法陣が見えてくるところまで走ってきたケン。と、その時だった。突然、侵入者の魔力が爆発的に増幅するのを感知する。荒れ狂う大瀑布かのごときその緑の魔力は瞬く間に抗うアリアを飲み込み、そして、
「アリアの魔力が…消え…た?」
思わず立ち止まり、意識を集中させるケン。アリアは魔法を使うことはできないが、身体の内側に莫大な魔力を内包している。アリアが意図的に隠さない限り、遠く離れていてもはっきりと感知できるほどの魔力量だ。だが、その魔力がいまは全く感じられない。戦いの最中に魔力を隠す必要があるとは思えない。逃げるか、それか姿を隠しているのかもしれないと考えるが、ケンはまだそれほど離れたところにいるわけではない。時間稼ぎをすると言ったアリアが逃げるということは考えにくいだろう。
だんだんと嫌な予感がしてくるケン。何か良くないことが起こりそうな、じっとりと身体にまとわりつくような、そんな嫌な空気を感じる。この不安はそう、コドラが死んだあの時に似ている。
転移魔法陣はもう目と鼻の先。先ほどのアリアの言うことはもっともであり、ケンも早く魔法陣を使って外の世界に出るべきだと理解している。だがそれでも、なぜか足を踏み出すことができない。
そうして何もできずに突っ立っていると、侵入者の魔力がこちらに近づいてくるのを感知する。マズイと思った時には時すでに遅し。ケンの背後で衝撃音が響くと共に、もうもうと土煙が上がる。散った花びらが、ひらひらと風に流されていくのを見ながら、背後を振り返るケン。
すると、土煙のなかから歩いてくる影が一つ。じっとその影を睨みつけるケン。
その土煙からは身長二メートルを超える大男が姿を現した。坊主頭のように短く刈り上げらた銀髪に浅黒く日焼けした皮膚と筋肉質な身体。薄手の赤いシャツと膝下丈の白いズボンを身に纏い、口元には好戦的な笑みが刻まれている。
そしてその男の右手には、髪を掴まれて引きずられる、ぼろぼろになったアリアの姿があった。




