ぼくアルバイトぉぉぉぉぉ
ドラゴンスレイヤー…またの名を龍殺しの英雄
それは人々のあいだでまことしやかに囁かれる伝説。曰く、一夜で国を亡ぼすと言われる世界最強の古龍。それを一人で討ち取ったものには古龍の力が受け継がれるという。山をも動かす龍の筋力、無限にも等しい膨大な魔力。そしてすべての魔法を弾く魔法障壁。そんな人の身に余る絶大な力を得ようと、数多くの人が古龍に挑み、そして散っていった。
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ケンの住む村の近く。天然の迷宮と呼ばれる『迷いの森』。そこに古龍が棲みついたという話は、世界全土に広がっていた。
そしてそんな迷いの森の最深部。
「おーい、オレオレー」
ケンの目の前には大きな黒い山。その山に向かって呼びかけるケン。すると突然、その山がズズッと動いたかと思うと、赤く鋭い目がケンを捉えた。
「…今日も来たのか」
頭に直接響く、低く太い声。だが同時に、その声には温かさと優しさが感じられる。その声に笑みを浮かべるケン。
「おう、コドラ! 村にいても暇だしな」
山かと思うほど大きなそれは、巨大なドラゴンだった。伝説的存在ー古龍ー。
八年前、魔物が村を襲った際にケンの命を救ったのもコドラだ。その命の恩人である竜が森に住み着いたと聞き、後日お礼を言いに森に入ったケン。それ以来、毎日のようにコドラの下に通うようになっていた。いまでは、両親を早くに亡くしたケンにとって親代わりと言っても過言では無い存在である。
「そうか…相変わらず冒険者で村はにぎわっているのか?」
古龍が森に住み着いたと聞き、いまでは冒険者たちがひっきりなしに腕試しに訪れるようになっていた。その影響で村も大盛況。
「うん。昨日も三組の冒険者パーティーが森に入ったってよ。今日はまだ一組かな?」
「そうかー…面倒くさいのう。毎日毎日、弱いとはいえひっきりなしに来る冒険者と戦ってるわしの身にもなってみろ…」
「冒険者の数が減らないのはコドラが絶対に冒険者を殺さないっていう理由もあると思うぞ?」
「あんな雑魚ども殺す価値もないわ」
そう言って笑うコドラ。そんなコドラになんとなく尋ねてみるケン。
「なんで殺さないんだ?」
「ん? お主に言っても理解できんと思うが、聞くか?」
「うん、知りたい」
コクリとケンが頷く。それを見たコドラは、優しげな瞳をケンに向けながら、ゆっくりと語りだした。
「そうか……ならよく聞け。わしら古龍はな、何万年も生きるんじゃ。普通は千年も生きると大概のことには飽きてしまう。ほれ、ずっと同じことをやっているのは退屈じゃろう? だが人間は別じゃ。人間は100年も生きればものすごく長寿じゃ。わしらから見れば刹那の時間。しかしその時間に彼らはそれぞれの物語を紡ぎ、中には大きく世の中を変えてしまう者もおる。そんな、短い時間を一生懸命生きているものたちを見ているのは、わしの数少ない楽しみの一つなのじゃよ。愛しささえ覚えてくる」
そう言って一人でうなずいているコドラ。ケンは首をひねる。
「へー、何言ってるのか全然わからない、この世界はこんなに広くておもしろいのに」
「まあお主にはわかるわけがないな。お主が言うように、この世界は広い。お主が見てきたものは世界のほんの一部じゃ。大きくなったら世界を見て回るのも悪くないと思うぞ」
「うん! そのために隠れて剣の練習もしてきたんだ。いつか世界中を旅して、たくさんの友達を作るのがおれの夢なんだ!」
「ウム、それは良い。わしの背中にのって旅すれば速いぞ」
そう言ってコドラが愉快そうに笑い声をあげる。そんなコドラの発言に頬を膨らませるケン。
「それじゃ面白くねえ、自分の足で歩いてこそ旅だ! それにコドラがいたら、みんな逃げちゃうよ」
「ワハハハ、冗談じゃよ」
それからどんなところに行きたいのか、何をしてみたいのかを熱く語るケン。それをコドラは優しげな眼をしながら、楽しそうに聴く。
そうこうしているうちに日が傾きだしてくる。それを見て、コドラに別れを告げるケン。
「おっ、そろそろバイトが始まるかな。また今度くるなー」
「ああ。またいつでも来い」
そんな言葉を背に、ケンは村へと駆け出した。
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村で唯一の居酒屋『ベルおばさんの店』。その店内。
「昨日はグレートモンキーを倒したぜ」
「おお~! すげぇ!」
四人組の冒険者パーティーのリーダー。スキンヘッドがトレードマークのおっさん ジョンから今日の戦果を聞き、バイト中にも関わらず感嘆の声を上げるケン。ジョンの横に座る魔術師のトイが胸を張る。
グレートモンキーは白い巨大なサルの魔物。街一つなら壊滅させられる。それを4人で倒したとなると…ケンが感嘆するのも頷ける。
「うふふ~。今日はお祝いにお酒飲んじゃおうかしら?」
「もう。イヨナさんはお酒弱いんだからほどほどにね」
「…そうだぞ。ほどほどにだ」
酒に弱いくせに酒好きな、巨漢で鍛え抜かれた肉体、心は乙女なイヨナさん。性別はもちろん♂。ピチピチのワンピースに厚い化粧、長い赤の髪は三つ編みにして左右に垂らされている。初対面のときいきなり襲い掛かられたのが懐かしい。
そんなイヨナさんを困ったように窘めるのはジェシーさん。このパーティーの治療術師で紅一点。少しくすんだブロンドの髪に茶色い目、全体的にすらっとした顔と体つきだ。イヨナさんが酔うと間違いなく襲い掛かってくる…なので頑張れジェシーさん!その調子でイヨナさんを止めてくれ!!!
「まあ今日くらいいいじゃないか。せっかく大物を狩れたんだしよっ!」
そう言って「ガハハ!」と笑うジョンをケンが睨む。そんな彼の視線に「どうどう」と言って、ジョンはグレートモンキーとの息をつく間もない激しい戦いを語りだす。
その話に目を輝かせて聞き入るケン。
「ケン?いつまで油を売ってるのかな~?」
突然おっとりとした、しかし冷ややかな声が掛けられ、ビシリッ! と固まるケン。この声は聞き覚えがある…というかほぼ毎日聞いている。「カクッカクッ」と音がしそうな様子でケンが首を回して振り返ると、そこには案の定、店の従業員 マーガレットがいた。きれいなエメラルドグリーンの髪に、特徴的なとがった耳を持つ美しい女性…そう! 彼女はエルフだ!
頭をマーガレットに鷲掴みにされ、顔を引きつらせるケン。助けを求めてジョン達に視線を向けるも、ジョンさん以外の三人は視線をそらしている。マーガレットは冒険者顔負けに強いし怖いから仕方ないとも思うが…ジョンさんに至っては腹を抱えて笑っていた。
ジョンさん!笑ってないで助けてよ!
「イタイイタイ!ちょっ!マーガレット姉!放して!」
「いますぐ仕事に戻るならね」
にこりと笑うマーガレット。顔は笑っているが目が笑っていないのがとても恐い。
「それはちょっと…前向きに検討します」
「あんたもうすぐ14歳でしょうがー!!!いつまでもそんな自由気ままな勤務態度で通用すると思うなー!!!」
引きずられていきそうなのを必死に抵抗するケン。
そんなこんなでいつものようにギャーギャーと騒いでいると、
カランカラーン
「らっしゃーい!!!」
ベルおばさんが厨房から声を張り上げる。顔を扉の方に向ける拍子に、肩口で切り揃えられた茶色の髪が揺れた。
マーガレットに羽交い絞めにされながら、ケンも扉のほうを見る。五人組の冒険者らしきパーティーが店に入ってきた。だがどこか普通の冒険者とは違うような気がするケン。
「ありゃ勇者パーティーだな…」
ジョンさんがぼそりとつぶやく。
頭の上に?マークを乗せながら5人組をもう一度見るケン。
先頭にいるのは金髪つり目、長身なイケメン男。口元には不敵な笑みが刻まれ、自己主張の激しい金色の鎧を身にまとい、これまた黄金色の槍を持っている。
その金髪男の後ろには順番に、大きなハンマーを持った戦士の大男、眼鏡をかけた黒髪、黒ローブの魔法使いの少女、天女のような羽衣を着て、金属製の杖を持つ聖女。最後尾に荷物持ちらしき熊の獣人、と並んでいる。
「勇者ってあの金ぴかの人?」
ケンはジョンさんに聞いた。
「ああ、全身金ぴかの聖なる鎧を身に着けていて、雷を発する金の槍を持っていると噂で聞いている…あまりいい話は聞かないがな…。どうやらこの村には古龍に用があるらしいぞ」
「ふーん」と相槌を打つケン。
勇者は店の中を少し見回した後、空いている席のほうに進む。そのままドカッと椅子に座り、足を組んでふんぞり返る勇者。仲間たちは彼の後ろにつき従い、勇者が座ったのを確認してから熊の獣人を除いて全員が椅子に座る。
「ケン…あんたは店の奥に引っ込んでなさい…」
マーガレットが耳打ちをする。
正直あまり彼らには関わりあいたくないと思っていたところなので、ありがたく店の奥へ駆け込むケン。
こっそりのぞき込むと、ベルおばさんが勇者たちの注文を取っていた。遠目にも、勇者たちの感じの悪さが見て取れる。ベルおばさんもにこやかではあるが、そうとうイラついているようだ。
そのまま様子をうかがっていると、勇者たちの方から「ドラゴンスレイヤー」「太古の秘宝」という単語が聞こえてくる。ケンは気になって耳を澄ませるが、店の喧騒に紛れてしまって上手く聞き取れない。
そうこうしているうちに料理ができたようだ。
「へいおまちー」
ベルおばさんが料理をテーブルに置く。
ケンのところからは、彼らが注文した料理がなんなのかは見えない。
と、突然勇者が皿を一つ持ち上げたかと思うと、次の瞬間、皿の中身を床にぶちまけた。中身はこの店自慢の一品、鶏ときのこのトマト煮だった。驚愕に目を見開くケン。
「おらっ! てめえら家畜のエサはこれで十分だろ!」
そう言って熊の獣人に下卑た笑いを向ける勇者とその仲間たち。熊の獣人は黙ってしゃがみ込むと、床の上の肉を拾って口へ運び始める。そんな衝撃的な光景を見たケン。最初の驚愕はだんだんと怒りへと変わっていく。そしてケンは、その怒りを抑えきれずに雄叫びを上げ、勇者めがけて突進した。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
完全なる不意打ち。だが相手はあの勇者である。
「ん?」
勇者はひょいと飛びのいてタックルを躱すと、そのままノーステップでケンを蹴り飛ばす。
「うぐっ…⁉」
「「ケン!?」」
吹き飛ばされ、店の奥の壁にたたきつけられるケン。その口から呻き声が漏れる。それを見たベルおばさんとジョンさんが悲鳴を上げた。
マーガレットが急いで駆け寄り、ケンの安否を確認する。
「ケン? 大丈夫?」
だが怒りに我を忘れているケンにその声は届かない。もう一度、勇者に飛びかかろうとするケン。それをジョンが羽交い絞めにして押しとどめる。
「やめろ!ケン‼おまえが怒る気持ちはわかるが、相手が悪い!いったんおちつけ!」
「グルルルルゥゥゥゥゥ…」
犬のような唸り声を上げ、拘束を解こうと暴れまくるケン。
そんな様子を憎々し気に見ながら、勇者が悪態を吐く。
「ちっ! 獣人風情が…この勇者様に歯向かってんじゃねえよ! こいつの飼い主はどこのどいつだぁ! ちゃんと躾くらいしときやがれぇ!」
そこでベルおばさんが怒声を上げた。肩を怒らせ、手が白くなるほど強く拳を握りながら勇者に詰め寄る。
「そいつはうちのかわいい従業員だよっ! それをよくも……手を出したのはこの子かもしれないがね、先に粗相をしたのはあんたらだよ! おまえらみたいなゴロツキに出す料理はうちにはないっ! いますぐ出ていきなぁ!!!」
「あぁ? おれらは客だぞ? そんな態度でいいのかよ、ババア」
勇者がベルおばさんを睨みつける。だがベルおばさんも引かない。
「食べ物を粗末にするような輩は客とはよべないねっ」
そんなベルおばさんを憎々し気に見つめ、舌打ちをする勇者。
「…ふんっ…気分悪ぃぜ…おいおめぇら! さっさと行くぞ! こんな店、もう一秒たりともいたくねぇ!」
その勇者の捨て台詞を合図に、席を立つ一行。そのままぞろぞろと店を後にする…ただ、最後に出て行った熊の獣人だけは、ケンのほうを一度振り返り、頭を少し下げたのだった。
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「落ち着いたか、ケン?…ほら、水でも飲みな」
差し出されたコップをベルおばさんから受け取ったケン。一気に飲み干して息を吐く。
しばらくして、肩を怒らせながらおもむろに口を開くと、
「ハア…あいつら…獣人をなんだと思ってるんだっ」
怒りを抑えきれない!といった様子で叫ぶケン。
「人間が獣人を蔑んでるのは知ってるし、気味悪がられて避けられるのはまだ我慢できる…だけどあんな扱いはひど過ぎるっ…人としてすら扱われてなかった…」
そう言って俯くケン。ベルおばさんはそんなケンの前に腕を組んで仁王立ちすると、怒りに震えるケンを叱責する。
「だからといって怒りに任せて飛びかかるんじゃないよっ!相手はあのイカレタ勇者だ。あんた、あの場で斬られていてもおかしくなかったんだよっ!」
「勇者だろうがなんだろうが関係ねえっ! あれを見て黙っているなんて…そんなこと俺にはできない…間違っていることを間違ってると言って何が悪いっ!」
自分がやったことに間違いはない。そう自信を持って言えるケンは、少しもひるむことなくベルおばさんに反論する。そんなケンの様子を見たベルおばさんは、その場でしゃがみこむとケンの肩を掴み、表情を険しくする。
「あんたがやったことはなにも間違っちゃいない。周りの人間に受け入れられるかどうかは別だがね………あまり言いたかないが、あんたはこの村を出たことがなくて知らないだろうから教えといてやるよ。この世界にはなぁ、あんな扱い…いや、もっと酷い扱いを受けてる獣人は五万といるんだ! なかにはあんたより年下の子だっている。それも国家公認でな! あんたにこれがどうこうできるのかい!」
「っ…!」
驚愕の事実を知り、今度ばかりは言葉に詰まるケン。だがベルおばさんの話はまだ終わらない。
「あんたは自分を守る力さえない。そんなあんたにどうこうできることなんてこの世にゃ何もないよ! 覚えときな! 力がないものはなにもできない! 襲い来る理不尽にただ歯を食いしばって耐えるしかない。それが嫌なら強くなりな! 力を付けな!」
ベルおばさんのその言葉に、ケンの視界がジワリと滲んでいく。自分が無力だと、その事実を噛みしめながら、しかしケンはそれを受け入れることができなかった。
ベルおばさんが言っていることはきっと正しい…だがそれを受け入れれば自分が信じてきた世界が壊れそうで…過去の自分に後戻りしてしまいそうで…
頭では理解できても心がそれを受け入れることを拒否する。もうすぐ14歳とはいえ、まだまだ子供。
「ケンっ!どこ行くんだいっ!」
ケンはそのまま店を飛び出していってしまう。
慌てて追いかけるベルおばさん。だがもう辺りはすっかり暗くなり、獣人と違って夜目の利かない人間には、明かりのない道でケンを追いかけるのは到底不可能だった。
読んでいただきありがとうございます。
本当は2話くらいでやるところを、相当詰め込んだ感じです…