勇者召喚
ご高覧いただきありがとうございます。
二人目の主人公(予定)の紹介話です。
如月 星羅
神奈川在住の高校一年生でした。はい…
え? なぜ過去形なのかって? それは…
「あの、もう一度言ってもらえますか?」
「あなたは神に選ばれし勇者様です。どうか我々人類をお救い下さい。報酬はこちらの、吸うと気持ちよくなれる葉っぱです」
目の前の老人は一言一句違わず、わたしの要望通りに繰り返した。
「うん…いらないです…」
なに普通に応えてんのわたし!? 深呼吸だ。深呼吸。
ふぅー…
ちょっと落ち着こう。わたしは確か友達と登校している途中だったはず。それで唐突に足元が光ったかと思ったら、光の柱に巻き込まれて、ほんで友達を庇ったら逃げ遅れてしまって…
いまは聖堂のような場所で魔法陣の上に立っている。目の前には長い銀髪とヒゲを蓄えた老人。その手にはみるからに怪しい赤黒い植物が握られている。さらにその後ろには十数人の白ローブが控えていて、「先代勇者は気持ちよくなる葉っぱを与えれば、なんでもしてくれたのに…」「異世界人は気持ちよくなる葉っぱが大好物なのではないのか!?」などと囁いている。
うん、全然分からない。
混乱して目を白黒させているわたしを他所に、目の前の老人は話を進める。
「ここはあなたが住んでいた世界とは別の世界、剣と魔法の世界…アールゲニアでございます。わたくしは…」
「ちょ、ちょっと待って」
わたしは老人の話を遮った。
「これはなにかのドッキリ? だっておかしいじゃない。わたしはちょっと剣道ができるだけの普通の高校生で、確かに学校にファンクラブがあるくらい可愛い大和なでしこだけど…」
あれ? わたしはなにを言っているんだ?
「もう葉っぱキメちゃってる?」とでも言いたげに、こちらに奇妙なものを見るような視線を向ける白ローブたち。
う~ん、極めて心外だ。
一方、「ふむ…」と髭を擦る老人。
「信じられないご様子でございますな。致し方なし。では、勇者様の目で実際に見ていただきましょう…」
そう言って老人は「どうぞこちらへ」とわたしを大きな両開きの扉へと誘導する。わたしは逡巡した。あの老人に付いて行っていいものだろうか? 普通ならありえないが、わたしの周囲を囲う白ローブたちを見るに逃げることは無理そうだ。
だからわたしは素直に、老人のあとについて行くことにする。もしかしたら扉の先には「ドッキリ大成功!」の看板を持った人がいるかも…という一縷の希望があるかもだし。
わたしは扉の前に立った。老人が合図を送り、白ローブ二人が扉に手を掛ける。そうして低い音を立てながら扉がゆっくりと開いていき、隙間から光が漏れ出したかと思うと、
扉を出た先は、いわゆるバルコニーのような空間になっていた。その先にはとても地球のものとは思えないほどの雄大な大自然が広がっている。空を舞う翼竜のような鳥。生い茂る木々。森を走る、頭に角の生えた虎。そしてわたしはいま山の頂上付近にいるようで、眼下には雲海が広がっている。
わたしは息をするのも忘れて風景に見入ってしまった。爽やかな風が頬を撫で、長い黒髪が踊る。それを手で抑えながら、わたしは言葉を漏らす。
「綺麗…」
「そうでしょうとも。これで信じていただけましたかな?」
もう信じるしかなかった。わたしは黙ったまま頭を縦に振る。
「それはよかった」
そう言って老人が説明を再開する。
「ここはあなたが住んでいた世界とは別の世界、剣と魔法の世界…アールゲニアでございます。わたくしはこの世界の創造神、唯一絶対の存在で在らせられるゼブリスク様を信仰する白聖教の教皇、バルサニスでございます」
そう言って朗らかな笑みと共に頭を下げる老人、改めバルサニス。わたしも「如月星羅です。よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
バルサニスの話は続く。
「この世界には人のほかにも精霊や魔物、獣人など、多種多様な生物が住んでおります。我々人間は、たまに魔物による被害はあれど、比較的平和に、他種族と調和を保って暮らしてきました。しかし50年ほど前のことです、どこからあらわれたのか、突如として魔人と呼ばれる存在がこの世界に現れ、人間を滅ぼそうと攻めてきました。魔人の力は強大でした。個々の力もさることながら、人間が詠唱を必要とする魔法を無詠唱で発動することができ、魔力は無限。身体能力も我々人間とは比べられないほど高く、我々は劣勢を強いられました。ただそのときの戦争は数で押すことで、多大な犠牲を払いながらもなんとか敵を退けることに成功しました。しかし、この世界の北方の国は滅ぼされ、そこに魔人が住み着いてしまい、いまでも戦争は続いているのです。神、ゼブリスク様はこのままでは、この世界は魔人に滅ぼされてしまうと危惧し、異世界人を召喚して力を与えるようになりました。そうして召喚されたのが…」
「わたしってことね」
バルサニスの言葉を引き継ぐ。「左様でございます」とバルサニスが朗らかな笑みと共に答えた。
ふむ…一回整理しよう。わたしは勇者として召喚された。呼び出したのは神様。目的は魔人を倒すため。けど魔人はめっちゃ強い。
うん、絶対に御免被る。
「いやぁ…でもわたしものすごく運動音痴なんですよ。だからべつの人を頼った方が賢明かなぁ…と思いますね」
もちろん嘘だがこれくらいしか言い訳が思いつかない。そんな自分を内心なぐりつけたくなる。そしてそんなわたしの言い訳に、大きな笑い声をあげるバルサニス。
「その点は御心配なさらず。先ほど説明したように、召喚された勇者様の身体能力はこの世界屈指です。魔法も無詠唱で発動できます。それこそ世界最強の古龍を倒せるほど……」
なるほどぉ~。わたしは世界最強の力を手に入れたと。だからといって戦争に駆り出されるなんて嫌だけどね!
そこでバルサニスの口元がニヤリと歪む。いままでの好々爺とした笑みが嘘のように、邪悪な笑みを浮かべるバルサニス。わたしは嫌な予感がして身構えた。
「な、なんですか…」
「いえいえ、大したことではございません。ただこれは助言なのですが…勇者様には戦うという選択肢以外はないかと」
戦う以外の選択肢がない? どういうことだろう?
わたしは言葉の意図が分からず、黙ったまま話の続きを促す。
「世界を渡ることはいくら勇者様が強大な力を持つといえども不可能。ようするに勇者様を元の世界に戻せるのは勇者様をこの世界に召還したゼブリスク様のみ…この意味が分かりますね?」
「魔人を倒すほか、日本に帰る術はない…と?」
「理解が早くて助かります」
そういってバルサニスはにこりとほほ笑んだ。そんなバルサニスの笑顔の裏に、わたしはなにかうすら寒いものを感じ、身震いをする。だがその話が本当だとするなら、確かにわたしには戦う以外に道はないだろう。そう考えてわたしはため息を吐き、首を縦に振った。
「わかりました。魔人と戦いますよ」
「よくぞ決断してくださいました。それではこちらを…」
剣でも渡されるのかと、バルサニスを見る。しかしそこにあるのは、例の気持ちよくなれる奇妙な植物。
「それはいらないです!!!」
わたしの絶叫が青い空に吸い込まれていくのであった。
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